日々を駆け巡るoyayubiSANのブログ

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目が腐る小ネタと4コママンガを土日。ゲーム実況を月火。小説を水曜に更新!

小説:魔獣記 ミスティミラージュ・ファントム(連載中)

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あらすじ

豊富な知恵を持つ人間族と魔力を有する魔獣族が存在する世界。

争いにより魔獣族は絶滅。人間族が残った世界では、魔獣族は悪という常識が広まりつつあった。主人公バルトも、当然のように魔獣族が悪だと教える教師である。

ある日、生徒のベリリと届け物をした際、偶然にも腕輪を装着したせいでバルト自身に秘められていた魔力が覚醒し、魔獣族の血を引くことが発覚。そこで出会った同じ境遇の少女ケイと逃げる羽目になるが、外で待機していたベリリも魔獣族と勘違いされ何者かに誘拐される・・・。

辛くも街へ逃げたバルトたちだったが、バルトたち魔獣族の存在を知った警備兵のユウロは、バルトたちを消そうと殲滅作戦を展開する・・・。

 

 

 

 大昔、この世界には人間族と魔獣族がいた。

 

 姿形はどちらも同じではあるが、人間族は賢く道具の扱いに長け、文明を作り世界を広げていった。

魔獣族は人間族にない強靭な肉体と素早い身のこなし、そしてなにより魔力を駆使して生活をした。

 

 人間族と魔獣族――姿は同じでも相容れない二つの種族はいつしか戦争を起こし、お互いの世界を守るためにいくつもの命が散っていった。

 

 共存はできない。

 

 誰もがそう思い、数百年に続く戦いの末、戦争は人間族の勝利で幕を閉じた。

 

 魔獣族は強靭な肉体と魔力で追い詰めたが、人間族は知恵で作戦を立て、大砲や火薬などの高度な武器を利用して立ち向かい、次々と魔獣族は死に絶える。

それでも人間族も無傷とはいかず、文明には様々な爪痕が残った。

 

 ――魔獣族が絶滅して、二十年。

 

 人間族の歴史にとって、魔獣族は敵であり汚らわしい存在でしかなかった。

 

 絶滅後に産まれた人間族も魔獣族を憎み、恨むことが当然の世の中になった。

そしてここにも、魔獣族をよく思わない青年がいた。

 

 彼は、自分の本当の姿を知ってしまうことになるが。

 

 ここは小さな学校で、十人いるクラスが三つ三学年ある。

その真ん中の階、二年生の端っこにそのクラスがあった。

 

「先生。もし魔獣族が残っていたらどうするんですか?」

 

 女子生徒の一人、ベリリ・ラジューが挙手し、許可を得る前に発言した。

 

 二つに結んだ黒髪が後ろから肩に伸び、目鼻立ちは整っている。

 

 高校教師、バルト・ノーベリは一クラス十人を束ねている。生徒たちからの信頼は厚いが、もちろんバルトも魔獣族のことは忌み嫌っている。

 

「もしもこの世に魔獣族の生き残りがいたら、それは二十年前に絶滅していなかったということになる。姿形は人間族と変わらないけど、すぐに倒さなくちゃいけない。それがこの世界だ」

 

 人間族にとって、魔獣族はただの敵であり、存在してはいけないもの。

生き残りなどあってはならない。

 

「でももし魔獣族を見つけても軽々しく近づかないほうがいい。なぜか分かるかベリリ?」

 

「魔獣族は魔力を駆使するからです。色々あるけど、電撃を出したりもするんですよね?」

 

「そうだ。じゃあ次、魔獣族と人間族は同じ姿だが、もしも紛れていた場合はどうするか?」

 

「見分ける方法があります」

 

 次は男子生徒が立ち上がった。

 

「魔獣族に伝わる腕輪があって、それを腕に付ければ魔獣族なら光るし、魔力の効果もアップする。人間族より知力が劣っている魔獣族がどうやってその腕輪を作ったのかは不明ですけど」

 

 この世界では、五歳になると魔獣族の腕輪を付けて検査をする。

もしも腕輪を付けて光るのなら、残酷ではあるが一家まとめて処刑しなければならない。

 

 しかし二十年以上もそんな例はなく、人間族は魔獣族が絶滅したと確信した。

もちろんバルトたちは腕輪を付けても光らなかった。

それはこの世界の常識だ。

 

 だが魔獣族と人間族の歴史については、小学校の頃から誰もが学び、そして大学生になっても飽きるほど繰り返す。

それでも、同じ授業に生徒が同じような質問を繰り返すことだって無駄ではない。

その結果で生徒と教師の絆は深まるからだ。

 

 バルトとは友人のような関係でいたいベリリは、今日もバルトと屋上で昼食を食べていた。

 

「ねぇバルト先生、もしもバルト先生が魔獣族だったら、どうする?」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「そりゃショックだけど、どうせなら魔力で人助けしたいかなぁ」

 

「魔力で人助け? なかなか不思議なことを考えるな」

 

「あ、信じてないんだ。っていうか私の質問はどこにいったの?」

 

「俺が魔獣族か。もし魔獣族なら苦労の連続だな。存在するだけでも難しいだろうし」

 

「夢がないなぁ先生。魔力で空を飛んだりできたら楽しいのになぁ」

 

「もしかして、魔獣族に憧れてるのか?」

 

「違うよ。魔獣族は嫌い。でも魔力は面白い。あーあ、人間族にも魔力があれば」

 

 

 放課後、あたりはすっかり暗くなっていた。

 

 バルトはサーカスにいる知り合いに物を届けるため、近くのサーカステントまで行くことにしたが、ベリリが無理やりついてきた。

月明かりの下で教師が制服姿の女子高生を連れて歩いているという瞬間を目撃されれば、よからぬ噂どころでは済まなくなる。

 

 そんなバルトの心配など、ベリリは微塵も気にしていないようだが。

 

「先生、サーカス団の名前なんていうの?」

 

 腕に抱き着きながら質問され、バルトは戸惑う。

緊張や恥ずかしさという意味ではなく、誰かに見られないかという心配である。

 

「ガドリサーカス団。小さなサーカスだよ。それより腕に抱き着くのをやめろベリリ」

 

 少し強めに言い、ベリリはしょんぼり肩を落とす。

 

 サーカスの裏手に到着。

夜でもサーカスは公演しているため、灯りも点いている。

テント自体も大きなものではなく、派手な飾りもない。

意外と貧相な外見にベリリはさらに肩を落とす。

 

「ベリリ、そこのベンチで待ってろ」

 

「あ……うん。すぐ戻ってきてよ」

 

 裏口から入る。

そこは大きなランタンが天井に吊るされた薄暗い部屋だった。

少し広めだが、学校の机と椅子を並べれば十個が限界だろう。

 

「団長、ランタンまで用意していてくれたのか。ありがたい」

 

 正面には表へ通じるドアがあり、司会の声や声援などの賑やかな声が響いている。

 

 だが肝心のガドリの姿がない。

 

 渡す物をテーブルの上に置いた。

すんなりと済んだ用事だったため、ランタンの灯りを消してすぐにベリリのところへ戻ろうとする。

 

 しかし、

 

「なんだ今のは?」

 

 ランタンの灯りを消そうとしたとき、テーブルの下で何かが光ったのが見えた。

 

 再確認するためランタンを近づける。

しぼんだボールや千切れた輪っかをどけ、目的の物を探る。

別に盗むわけではなかったが、まるで盗みのようだった。

 

「これ、腕輪か?」

 

 魔獣族の腕輪は見た目が様々なため、判別はできない。

ただバルトは人間族であるため、仮に魔獣族の腕輪をつけても反応はない。

 

 腕輪は紫色を基調として銀の縁取りがされ、白いダイヤルのようなものがあり、多少だが不気味な雰囲気がある。

バルトも例外ではなく、これは魔獣族の腕輪なんだと感じた。

 

 しかし、なぜかそれを腕に付けたくてしょうがない。

 

「団長がどっかで拾ったとか言ってた腕輪だけど……なんでこんなにそそられるんだ?」

 

 不思議な、魔力のようなもの。

 

 バルトは底知れぬ魔力を感じた。

だが光りも震えもせず、これといった大きな反応はない。

 

 腕輪に誘導されるように、留め金を外し、左腕に付ける。

サイズも丁度良く、腕を動かしても違和感はない。

 

 このまま持って帰ってしまおうか?

 

 どうせテーブルの下にあったのだから気づかないだろう。

 

 バルト自身も理解できていないが、なぜかそこまで感じさせる力があった。

 

「なにをしているんだ」

 

 バカバカしくなり、腕輪を外してテーブルの下に戻した。

 

 ランタンを天井に戻し、テントから出ようとしたとき、入り口の前に人影。

 

「ベリリ? ベンチで待ってろって……?」

 

 誰かがいた。

 

 だがベリリの制服よりも少し厚みのある格好だと分かり、別人だと判断した。

 

 ベリリではないであろう、誰かの人影。

ここはあくまでテントのため、入口はドアではない。

外に火や月の灯りさえあれば、中から影が確認できる。

 

 バルトは迷った。ここから出るべきなのかどうか。

 

 表に続くドアの先はサーカスの公演中で、大勢の人間がいる。

たった一人の人影を理由に表から出るわけにもいかない。

だがバルトはあくまで慎重で、もう一度声をかけた。

 

「誰だ?」

 

 返事はなく、動きもない。

 

 代わりに出たのは、質問とは違う答えだった。

 

「あなたなの?」

 

 バルトにはその女性の言葉が理解できず、「なにが?」と訊くこともできない。

 

 バルトが返事を返さないでいると、女性は中へ入ってきた。

 

 全身をローブで隠し、頭にはすっぽりとフードを被っている女性で、フードの下からは短い赤毛が見える。

背格好は小柄で、ベリリとそう変わらない。

バルトはその女性を盗人か何かだと思い、一歩引いた。

 

 下手なことをすれば、刺される可能性も。

 

 再び天井からランタンを取り、女性へ向ける。

だがフードのせいで素顔は見えない。

 

「あなた、いま腕輪をつけたでしょう?」

 

「つ、つけたぞ。それがどうした」

 

「やっぱり……」

 

 女性はローブのポケットから細身のナイフを取り出し、逆手持ちにして刃を向けた。

 

 嫌な予感が的中したバルトの額に冷や汗が流れる。

 

「さっきの腕輪を、もう一度つけなさい」

 

 拒否も質問も許されない状況に従い、バルトは黙って腕輪をつけた。

先ほどと同じようにこれといった反応はない。

 

「なんなんだよ」

 

「その腕輪、凄い力を放っている。私には分かるの。それよりあなた、これまでに魔獣族の腕輪をつけた経験は?」

 

「五歳のころに一度だけ」

 

「そう。じゃあ魔力を使ったことは?」

 

「あるわけないだろう。俺は人間族だ」

 

 フードの下、女性は不敵にほほ笑む。

 

「なにがおかしい?」

 

「その腕輪から感じた。魔力の反応をね。それとその腕輪も、力を感じる」

 

「魔力の反応だと? 人間族には魔力なんてないだろ」

 

「たしかに人間にはないね、魔力の反応は。でもあなたにはある」

 

「俺の魔力……?」

 

「私の魔力は狼への変身と電撃。服も一緒に小型の狼に変身することができる。身体能力も普通の狼と同じで、人くらいなら簡単に噛み殺せる。鼻も効くし耳もいい。便利な魔力だよ」

 

 女性は自己紹介をするかのように魔力について説明した。

 

バルトの脳内はパンク寸前で、何もかも訳が分からない。

 

「変身? 魔力? なにを言っているんだ。きみは魔獣族だっていうつもりか?」

 

「違うよ。魔獣族じゃない。でも魔力は使える。あなたもきっと」

 

「いいや、何度も言うが俺にはそんなものはない。魔力はもう二十年も前になくなっ――」

 

 言い終わるより早く、女性は指先から小さな電撃を放出した。

論より証拠とばかりに出た魔力に、バルトの混乱はさらに強くなる。

 

 青く光った後、テーブルの端が黒く焼け焦げた。

ローブの下に仕込みがあるのならば指先からではなく袖から出るはずだ。だが確かに、指先から出ていた。

 

「威力は自在。小さいのから人を吹き飛ばせるものまで。大きいのは魔力消費が激しいからあまりしないけど。でもこれで分かった? 私には魔力があるしあなたも素質がある」

 

 女性の右腕にはナイフ、そして左手には電撃。

相手は小柄な女性だが、それでも武器と魔力を前にしては勝ち目は薄い。

 

「だから、見せなさい。あなたの魔力を。今ここでっ!」

 

「う、うううう……」

 

 バルトの心の奥底、肉体の最深部から、力が湧き出てきた。

血液を流れている冷たく暗いエネルギーが体外に放出されるとき。

腕輪によって、その力――魔力が動き出した。

 

「うわああああ!」

 

 腕輪をつけた左腕を振ると、バルトの手の平から小さな氷柱(つらら)が放出された。

 

 凝縮された氷が魔力によって鋭利になり、側にあった木の箱に突き刺さった。

威力、速度ともに、人に刺さってもおかしくはない。

あまりのおぞましい力に、バルトは自分の体を疑った。

 

「やっぱり、あなたも魔力が使えるんだ? すごいでしょう?」

 

「ふ、ふざけるな。何かの間違いだ。俺が魔力を使えるだなんて、おかしい」

 

「おかしい? じゃあ、あの人に訊いてみる?」

 

「あの人?」

 

 女性はバルトの背後を指さした。

 

 振り返る。

 

 その先には、表から入ってきた団長のガドリが立っていた。

 

「バルト、どういうことだ。今の、魔力だよな……?」

 

 タイミング悪く現れたガドリ団長に、ツララを放つ瞬間を目撃された。

バルトにできるのは下手な言い訳だけだった。

 

「ち、違う。魔力なんかじゃ、ない」

 

「それと後ろのそいつ、誰だ? まさか……」

 

 突然――女性は中威力の電撃をガドリの足元に放った。

リンゴを砕くほどの威力だったが、突然の魔力にガドリは腰を抜かす。

 

「お、お前っ! 今のは魔力かっ!? バルト、お前も魔獣族なのか!?」

 

「違う! 俺は人間族だ! こいつは――」

 

「警備兵っ! 警備兵をっ! 魔獣族がいたぞ!」

 

 ガドリが表の舞台に向かって助けを求め、すぐに数人の警備兵がやってくる。

 

 薄い鎧をまとって槍を持った警備兵だ。

猛獣も扱うサーカスでの安全性、そしてトラブルを起こす客への対処のために、ガドリは警備兵を雇っていたのだ。

それは功を奏したが、バルトには不幸となって襲い掛かる。

 

 知り合いのガドリでさえ、魔獣族だと知った直後に信頼が崩壊した。

バルトは友人を一人失ったショックを受ける暇もなく、少女に手を引かれて外に出た。

 

「あなたは魔獣族だって疑われた。警備兵に殺されるよ!」

 

「きみのせいだろう!」

 

「これはあなたのためでもあるの!」

 

 意味が分からず、様々な気持ちが混雑するバルトだったが、今はただ本気で命を奪いに来るであろう警備兵たちから逃げるしかない。

 

 猫から逃げるネズミのようにただひたすら足を動かした。

 

 薄暗い森へ走る途中、バルトの視線はベンチに集中した。

一人で寂しく待っていたベリリの姿を確認するためだ。

もしこのまま自分がいなくなれば、ベリリは夜道を一人で帰ることになってしまう。

そんな教師らしい心配をしつつ目を凝らすが、

 

「いない……?」

 

 そこにベリリの姿はなく、周囲にそれらしい影もない。

 

「おい待てよっ! きみが電撃なんか出さなきゃ誤魔化せたかもしれないんだぞ!」

 

「あなたは私についていかなくちゃいけない! そのために、あなたを人間族の敵にした!」

 

 人間族の敵となり、人間族の生活に戻れないようにするために少女は電撃を放った。

 

「じゃあ、せめてきみの名前を教えろ!」

 

「私はケイ。ケイ・ローレン! 生き残れるまで、生き残れる場所に行くまで走り続ける!」

 

 振り返りもせずケイは答える。

 

「あなた、名前は!?」

 

 今度はケイが走りながら質問する。

 

「なぜきみに教えなくちゃいけない!?」

 

 信用もない相手に名を明かすほど愚かではない。

 

 ふとバルトは後ろを確認する。

 

「なっ……!」

 

 背後から追っていた警備兵の一人が立ち止まり、槍を高く構えていた。

 

 嫌な予感――警備兵は槍を投げつける。

 

「ケイ! 後ろだ!」

 

 バルトが指示すると、ケイは電撃を撃つための腕を警備兵たちに向けた。

 

「これでも食らえ人間族めっ!」

 

 ケイの腕輪が眩く光り、手の平から青白い電撃が放たれた。

放物線を描きながら闇を裂き、槍を弾き飛ばす。

電撃の猛進は衰えず、警備兵たちの手前で爆破。

警備兵たちは悲鳴と共に紙屑のように散らばっていった。

 

「ケイ! まさかあの人たち、死んでないよな!?」

 

「……し、知らない」

 

 なんとか警備兵の追跡から逃れ、二人は木陰に身を隠した。

 

「ねぇあなた、名前は?」

 

 ケイが息を整えながら質問する。

 

「さっきも言っただろう、なぜ教えなくちゃいけないんだ」

 

「自分はあなたに教えた。ケイ・ローレンって」

 

「だからなんだ。きみのせいでメチャクチャじゃないか。勘弁してくれ、運動は苦手なんだ」

 

「じゃあ、どうやったら教えてくれるの?」

 

「そのフードとローブを脱いでちゃんと顔を見せろ、話はそれからだ」

 

「分かった」

 

 すんなりと聞き入れたケイはフードの紐を解き、素顔を露わにした。

 

 意志の強い大きな瞳。

短く切り揃えられた赤髪。

ローブの下は華奢な身体つきだ。

 

 バルトは、とてもじゃないが強力な電撃を放てるような身体ではないなと思いながらも、自分よりも運動ができることに関心していた。

 

「……きみはどっちなんだ?」

 

 人間族なのか、絶滅したはずの魔獣族なのか、という意味だ。

 

「きみがどっちなのかによって、俺の判断は変わる。場合によってはきみを信用できない」

 

「そう……」

 

 ケイはため息をつきながらも真っすぐにバルトを見据えた。

 

「自分は、どちらでもない。私は魔獣族と人間族の混血(ハーフ)きっと、あなたも同じ」

 

「ハーフ? 俺がハーフだと?」

 

 バルトはうまく状況を整理できない。

 

 物心ついたときから自分を人間族だと思い生きてきた。

五歳のときの、人間族か魔獣族かを診断する検査でも通った。

ハーフであるという証拠はなにもない。

 

「なにを根拠に言っているんだ?」

 

「根拠? 根拠ならもう見たでしょ、自分のその目でさ」

 

「い、いや、見てない。あれはお前が仕組んだんだ。魔獣族は絶滅した。もう存在しない」

 

「そう。魔獣族は絶滅した。でも、もしもハーフだと知らずに育てられていたら?」

 

 バルトは立ち上がり、ケイに背を向ける。

 

「バカバカしい。俺は帰る」

 

 一歩、踏み出す。ケイはバルトの背中に軽い電撃をおみまいした。

「ぐっ!」

 

 バルトはその場で膝をついた。

足止めをするくらいなら十分な威力だ。

 

「どこに帰るつもりなの? もう帰る場所なんてないよ?」

 

「せ、背中から撃つなんて卑怯だぞ」

 

「ごめん。手加減が苦手だから」

 

 バルトは立ち上がって乱れた服を正した。

今度は背中をやられないように正面を向く。

 

「さっきも言ったけど、あなたを人間族の生活に戻すわけにはいかない。だからああやったの。あなたは純粋な人間族じゃないんだから」

 

 ケイは睨み、刺すような鋭い口調で言った。

 

 それでもバルトは現実を受け止めきれず、帰るべき場所に帰りたいと思った。

 

「俺は教師だ。ここに来るときも生徒を待たせていたんだ。戻るからな」

 

「もう警備兵から話は広がってるでしょ」

 

「それでも、俺の生徒たちは信じてくれる」

 

「本当にそう? 生徒たちはあなたのことを信用してるの?」

 

「もちろんだ。絶対的な自信をもって言い切ってやる」

 

「じゃあ、ダメだね」

 

「どういうことだよ」

 

 

「普段いい人間が悪い印象を持たれると、すぐにイメージは落ちる。良いことは広がりにくいけど、悪いことはすぐに広がる。信頼している生徒がいても、信頼していない生徒に影響されて広がってゆく。魔獣族と人間族だってそう。もし信頼ある人が魔獣族だったら、どうなる?」

 

 魔獣族というだけで軽蔑され、今度こそ絶滅させるために殺されてしまうだろう。

魔獣族ではなくハーフだとしても、その血を絶滅させるために人間族は手に剣を持つ。

 

 他にハーフもいなければ仲間もいない。戦争になればバルトたちに勝ち目はない。

 

「だから、あなたに帰る場所なんかない。もう一度聞くよ、どこに帰るつもりなの?」

 

 バルトは答えられず、近くの木を殴った。

衝撃で葉が落ち、バルトの肩にかかる。

 

「じゃあ、これからどこに行くんだ」

 

「とりあえず私の家に来て。顔を隠しながら行けば大丈夫」

 

 バルトは肩の葉を払いのけると、大きく息を吸った。

 

 平穏な人生に突如襲い掛かった魔獣族の血という運命。

 

 まだ完全に事態を把握しきれず、ケイのことも信用していない。

ケイはそのことを悟ったのか悟っていないのか、バルトの横を通り過ぎて背中を向けた。

 

 邪な感情が、バルトを支配する。

 

 いまここで背中にツララを放てば、ケイを仕留めることもできる。

そうすれば、まだ誤魔化して生きることができる。

 

 バルトは手の平を、ケイの背へ向けた。

 

「やめて」

 

 ケイは背中に目がついているかのようなことを言った。

 

「あなた、ここで私を殺したらどうなるか分かってる? あなたは魔獣族で最後の血の持ち主になる。それで逃げられるの? それにまだ魔力だってうまく制御できないのに」

 

 バルトはゆっくりと手を下げる。

観念し、黙ってついていくことにした。

 

「私の家はここから歩いてすぐのプリックにある」

 

「プリックか。都会だから紛れるには打ってつけだな」

 

「そこで遠くに逃げるための準備をする。あなたも一緒にね」

 

「あぁ……」

 

 

 

「ユウロ様!」

 

 警備兵たちが訓練や作戦会議を行うための建物の中。

 

 警備兵が大きな木のドアをノックもせず開くと、中にはテーブルの上に足を乗せて眠そうに座る男。

ユウロ・ロジーがいた。

警備兵は報告のためユウロの前に立つ。

 

 木製のテーブルに白い壁、無駄のないシンプルな部屋だ。

壁には父を始めとした五代前までの歴代兵長の絵画が飾られている。

 

「ユウロ様!」

 

「あ? なんだ?」

 

 皮袋から取り出したマスカット味のグミを口に放り込み、ユウロはあくびをした。

 

 年は二十代前半。

長い白髪(はくはつ)に、額には黒いバンダナ。

恰好だけの勲章が胸にぶら下がり、赤いボタンのある警備兵長仕様の黒い服は傷一つない。

 

「た、大変です! 大変なことが判明しました!」

 

「大変か、人間が大変と言うときは大抵がそうでもないことだが、なんだね?」

 

「ま、まままま魔獣族が、生き残っていました!」

 

「なんだとっ!?」

 

 ユウロは椅子から転げ落ちた。

 

 転んだことなどなかったかのようにすぐ立ち上り、体勢を立て直した。

 

「おい、いま俺は転んだか?」

 

「いえ」

 

 警備兵は一部始終を見ていたが、目を逸らして言う。

 

「それで、魔獣族だと? 二十年も前に人間族が絶滅させたはずじゃないか」

 

「ガドリというサーカス団の団長が目撃したらしいのです、その、腕から電撃を放つ者を。残念ながら暗かったらしく、顔はよく見えていなかったと」

 

 ガドリは警備兵に報告したが、バルトのことは黙っていた。

僅かでも信頼があったからだ。

 

「近くの町はプリックです。もしかすれば、そこにいる可能性も」

 

 ユウロはうーんと唸り、冷静さを取り戻して椅子に座りなおす。

 

「しかし、なぜ今になって出るんだ? 二十年もたって今更」

 

「それは、調査中ですが。長い間どこかに隠れていた可能性がありますね」

 

「んん、まぁいい。プリックを軽く調べておけ。一応だが俺も向かう」

 

「大丈夫なのですか? 相手は魔獣族ですぞ」

 

「俺を誰だと思っている? 誇り高き兵長ユウロ・ロジーだぞ。穢れた魔獣族の血はこの世に存在してはならない。ならば一匹残らず、いや一滴残らずその血を根絶やしにしてやるのが俺の使命。退屈な警備などやめだ。俺は魔獣族狩りを楽しんでやる。アレを使ってな」

 

「アレ、ですな」

 

「その魔獣族がどんな魔力を駆使するのか知らんが、まぁ電撃なぞ大したものではないだろう」

 

「その、それが。申し上げにくいのですが……警備兵が、その、電撃で吹き飛ばされまして」

 

「なに……? 馬鹿者め! それくらいは用心しておけ!」

 

「す、すいません!」

 

「ふん。まぁいい、つまり、かなりの威力ということか」

 

「そうらしいです。ですが魔力を出せば、そのぶん疲れます。なので連発はできないかと」

 

「そうだな。それにもし町の中で特大の電撃など出されたら甚大な被害も考えられる。町の修繕に住民の苦情、それらが俺ら警備兵に集まってくる。まったく、面倒だな」

 

 ユウロは人々や命よりも、いかに自分への厄介ごとが減らせるかを考えている。

そのやり方に異議を唱える者もいるが、若くして兵長になったユウロには強力なバックがある。

 

 それは、歴代兵長の子孫という血筋。

 

 それだけで、警備兵の仕事やスケジュールのほとんどを決めることができる。

ユウロがクビと宣言すれば、即座に警備兵をクビにすることも可能だ。

人々のことは二の次で、まず一番は自分の立場。

警備兵の中にも、ユウロは上に立つ器ではないと考えている者が多い。

 

「そうですね。魔獣族が潜伏していることが人々へ知られれば混乱するでしょう。警備兵(こちら)側にも文句は来るでしょうな」

 

「グチグチ文句を言われる前に魔獣族を仕留めれば済む。見つけて密かに倒すのが理想か」

 

「では、今から馬車を用意いたしますが、馬車内のお飲み物はいかがいたしましょう?」

 

 まるで執事のように警備兵は訊いた。

 

「そうだな。レモンティーは飽きたから、シナモンティーを頼む。とびっきりの甘いやつをな」

 

「かしこまりました。ではユウロ様もアレの準備をお願いいたします」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

 警備兵は胸に拳を当てて敬礼し、退出しようとした。

だがユウロはその背中にパチンと指を鳴らして呼び止めた。

 

「はい? なにか?」

 

「そうだ。マスカット味のグミも忘れるな。あれを欠かしたら俺は戦えないからな」

 

 警備兵はもう一度だけ敬礼をし、今度こそ退出した。

 

 ドアが閉まって一人になったユウロは、父の絵画の前まで歩いた。

アレを取り出すためだ。

 

 隠し扉になっている父の絵画を開き、銀色の箱を取り出して中の物を確認する。

 

「おお、いつ見ても美しいぞプラセオル」

 

 それはユウロが日々訓練していた、対魔獣族用の武器である。

だがそれは剣でも弓でもない。

 

 銀を基調とし、複数の赤い宝石が埋め込まれている腕輪である。

宝石のダイヤルを捻ることで、一瞬にして全身を鎧に包むことができる。

魔獣族の魔力にも対抗でき、そして人間族でありながら魔力のように炎を放つこともできる。

 

「ついに、ついに魔獣族をこの手で仕留めることができる……はは、はははは」

 

 魔獣族を狩る喜びに浸りたくて、ユウロの全身から力がみなぎった。

 

 人々を魔獣族から守るためではなく、自分の快楽のためであり手柄のためだ。魔獣族を倒せれば、ユウロの立場はさらに大きくなる。

 

「一人くらいなら殺してもいいぞ魔獣族。その方が首の価値が上がるからなぁ!」

 

バルトとケイは密かに夜道を進み、近くの町プリックの入り口へ辿り着いた。

 

 すでに警備兵たちに情報は伝わっており、入口の門では魔獣族かどうかを調べる検問を行っていた。

 

 ここまで来たからには名前を伏せるわけにもいかず、バルトは正直に名前を明かした。

 

「ケイ、あれは入口でなにをしてるんだ」

 

「あれは検問だよ。一人一人に魔獣族の腕輪を付けさせて反応を見てるんだ。きっと私の顔はまだバレてない。普段からローブで顔を隠しているから。でもあなたは……」

 

「俺の魔力を見たガドリ団長は知り合いだ。俺の人相書きが広がっていたらおしまいだが……」

 

「あのサーカスの団長がバルトのことをバラしてなければ心配はなさそうだけどね。まぁとにかく、あの検問でバルトの顔がバレなければ大丈夫」

 

「いや、顔より先に腕輪の反応でバレないか?」

 

「バルトが混じりっ気なしの魔獣族なら反応は出るけど、ハーフなら反応は出ない。だから検問なんて意味がない」

 

「な、なるほど。まだ相手は俺らのことを魔獣族だと勘違いしてるのか」

 

 バルトはサーカスの裏口で腕輪を付けたときのことを思い出した。

 

 光りも震えもせず、大きな反応はなかった。

だから五歳のときの検査も問題はなかったのだ。

 

「さぁ、行こう。私の家に」

 

 バルトは逃げるつもりもなく、ケイについていった。

あとは意味のない検問を潜り抜け、顔がバレないか祈り、ケイの家に行くだけだ。

 

 だがバルトの頭の中は、ベリリのことでいっぱいだった。

 

 ベリリが待っているはずのベンチには誰もいなかった。

ただベリリが少し離れたところにいて見えなかったと思えばそれまでだが、それでも胸騒ぎがしていた。

 

「なにしてるの? はやくしてよ。いまさら怖気ついた?」

 

 ケイが訝し気な様子で尋ねる。

 

「そうじゃない。生徒のことが心配だったんだ」

 

「そういえばバルトは教師だったね。でもその生徒だっていつかはバルトのことを差別するよ」

 

 バルトは絶対に大丈夫だと否定できない自分が悔しくなる。

自信ならあったのだが、口に出しても意味はない。

 

「じゃあ行くよ」

 

 プリックの町はレンガ造りの高い建物が並んだ都会である。

果物、服、護身用の武具からペットまで売られており、商売人にはまさに絶好の場所ともいえる。

 

 町は五角形に作られており、周囲は五メートルほどの高い壁で囲まれている。

また壁の手前は深く水の張られた水路があり、門以外からの侵入は難しい。

 

 ケイの家は南東の地下にある。

ほとんど日が当たらない場所ではあるが、迂闊に魔力を使えない状況では人の目に触れないほうが都合はいい。

ケイの電撃は、弱めに使えば火としても活用でき、ランプを点けるときや調理などに重宝するからだ。

 

 もちろん町も魔獣族は歓迎していない。

ハーフであろうと、町の中に魔獣族の血を持つものがいると知れ渡れば大騒ぎになるだろう。

 

 なるべく焦りを顔に出さぬよう冷静に門をくぐる。

左右の警備兵の前で足を止めた。

 

「腕を出せ」

 

 緊張の一瞬――バルトの胸の鼓動が早鐘を撃つ。

 

「……よし、いいぞ。行け」

 

 警備兵に腕輪を外され、バルトたちは無事にプリックへ入ることができた。

 

 ね、心配いらなかったでしょ。

とケイは無言でウインクする。

 

 だが――。

 

「待て、そっちの男」

 

 バルトはその言葉によって一時停止する。

 

「お前、その手にあるのはなんだ?」

 

 バルトはサーカスの裏口にあった紫色の腕輪を持ってきてしまっていた。

 

 持ち帰るつもりも盗むつもりもなかったが、騒ぎの勢いで仕方がなかったのだ。

 

「これは魔獣族の腕輪ではありません」

 

「は? そんなことは訊いてないぞ? 美しい腕輪だが、どこで手に入れた?」

 

 バルトは咄嗟に嘘を構築し、それを放った。

 

「これは親戚の形見です。お手製のものだと聞いてますが」

 

「そうか。いや、それだけ訊きたかったんだ」

 

 今度こそ警備兵をやり過ごし、本当の意味でプリックの町に到着することができた。

警備兵の些細な言動にも、バルトは神経質になってしまう。

 

「じゃあ、さっそく私の家に行くよ」

 

 そのまま何もなければよかったのだが、町を歩いていると近くにいた男たちが立ち話をしていた。

なんとなく、バルトは耳を傾ける。

 

「なぁ、あの検問ってなんなんだ?」

 

 一人の男が言うと、その正面にいた男が返す。

 

「さぁ、まさか魔獣族の生き残りがいるわけないし、まぁいてもすぐに退治すればいいんだよ」

 

 ユウロ率いる警備兵たちは、まだ魔獣族が潜伏していることを人々に知らせていない。

混乱を避けて人々の苦情から逃れるためだ。

 

「魔獣族がいたって町には入ってこれねぇよ。高い壁もあるし水も張ってるんだ」

 

「いや、魔力を使ってくるかもしれねぇぞ?」

 

「魔力なんか大したことねぇって。人間族様には太刀打ちできんよ」

 

「でも、実は腕輪の検問を潜る技があったりしてな」

 

「そんなもん、頭の悪い魔獣族に考え付くわけねぇよ」

 

「それもそうか!」

 

 男たち二人は笑いながら酒場へ消えていった。

 

 それを耳にしたバルトは、複雑な気持ちに襲われる。

今までは同じような話ができていたのに、今ではまるで他人事とは思えない。

 

 魔獣族であるだけでここまで忌み嫌われることを、改めて思い知った。

 

 

 

 しばらく歩き、ケイの家に到着した。

 

 小さなホテルと本屋の間、昼間でも太陽の当たらないほど暗い場所にある階段を下りる。

今は夜だが月明かりすら入ってこない。

家というより、酒場か闇の賭博会場とでも説明されたほうがしっくりくるような造りだった。

 

 バルトは真っ暗な階段を手探りで下り、ようやくドアの前にやってきた。

 

「ちょっと待って、いま中で灯りを点けるから」

 

 色も光もない地下でドアが開く音だけが響く。

 

 やがて部屋の四方にあるランプに弱い電撃で火が灯され、ようやく暗闇から解放された。

 

 バルトの予想以上にしっかりとした造りで、丸い部屋には棚やソファやベッド、カーペットに台所と一通りの物は揃っていた。

 

「あんまじろじろ見ないでよ。いいからそこのソファにでも座ってて」

 

 言われた通りバルトがソファに腰かけると、短時間で蓄積した疲れが消えていった。

 

 ケイは台所にあった皮の袋からパンを二つ取り出し、汲んであった水をコップに注ぎソファの前にあるテーブルに載せた。

 

「はい。今はこんなのしかないけど」

 

「あ、ありがたい」

 

 空腹のバルトは一気にパンを平らげる。

喉が水を駆け抜け、緊張した体に染み込んでいった。

 

 ケイは同じソファ――バルトの隣に座った。

 

「ねぇバルト。これからどうする?」

 

「どうする? どうするって、遠くに逃げるんじゃないのか」

 

「それも良いって思ったけど。なんかやっぱり面倒になってきた」

 

「面倒って、じゃあこれからどうするつもりだよ」

 

「だから、それを訊いてるんだけど」

 

 と言われても、バルトにはすぐに答えなど出せない。

 

「特にどうするかは決めてないってことね?」

 

「そりゃそうだろ。いきなり魔力なんか見せられて逃げることになって、プリックの町まで来てこれからどうするか決めろなんて言われたって無理がある」

 

「そっか。じゃあ私の明日の用事に付き合ってもらうから。いいよね」

 

「なんだよ、それ?」

 

 それには答えず、ケイは食事を平らげてベッドに潜り込んだ。

 

 続きは明日、ということだ。

 

「あーあ。勝手な奴だな」

 

「どうも。寝るなら適当にそのへんで」

 

 仮にも教師であるバルトが年端も行かぬ少女と同じベッドで眠るわけにもいかず、仕方なくソファで眠ることにした。

 

 疲れのせいもあってか、すぐに迎えにきた睡魔によって眠りに落ちた。

 

 

 翌朝――。

 

 寝ぼけ眼でバルトは立ち上がり、大きく伸びをしてケイと外へ出た。

 

 しかしそこには、待ち伏せしていたかのように二人の警備兵が立っていた。

 

 ケイは怪しまれないよう静かにフードを外し、あくまで自然に接することにした。

 

「なにか?」

 

「この近くに魔獣族が潜伏していると情報がある。もしかしたら町に潜んでいるかもしれん」

 

「どうしてうちに? 私はなにもしていませんよ」

 

「いや、ここに家があったとは驚きでな。人がいるか調べにきたのだ」

 

「ちゃんとここに住んでるよ。悪いこともしてません」

 

「ならいいんだ。くれぐれも魔獣族に気を付けろ。情報では電撃を駆使するらしいからな」

 

「はいはい」

 

 目の前にその目標がいることも知らず、警備兵たちは去っていった。

 

「どうしたケイ?」

 

「ったく、人間族ってのはよっぽど魔獣族が怖いんだね。もういいから早く行こうよ」

 

「あぁ。それはいいんだが……」

 

 行く前にバルトには大事な質問がある。

昨日から説明しない、その用事のことだ。

 

「これからどこに行くんだ?」

 

「パン屋だよ。私の昔からの知り合い――もちろん人間族だけど、とってもいい人で私もそこで働いてる。といっても簡単な仕事しか任されないけどね」

 

「パン屋か。俺も手伝ってくれってことか?」

 

「そう。あの人ならきっと、パンくらいならご馳走してくれるはずだよ」

 

「分かったよ。ついて行くしかないんだからな」

 

 バルトは黙々とケイについていくことにした。

それでも、ただ「はいはい」とついていくだけではない。

ケイの知り合いがいるとはいえ、相手は人間族。

誤って魔力を発動すれば、すぐに手の平は返される。

 

 バルトの場合は魔力を使い慣れていないため腕輪がなければ発動できないが、すでに一度ツララの魔力を放っている。

今なら腕輪なしでも魔力を発動できる可能性はゼロではない。

 

「そういえば、さ」

 

 ケイが足を止めずに質問する。

 

「さっきパン屋に知り合いがいるって言ったでしょ、その人を狙う厄介な人がいるんだよね」

 

「その知り合いって、もしかして女性か? つまり、そいつはストーカーってことか?」

 

「まぁそんな感じかな。私とバルトの間くらいの歳だけど気持ち悪い男でさ。町での評判も悪いからあまり近づきたくないけど」

 

 バルトとケイの間ということは、二十前半くらいということになる。

 

「あまりしつこかったら俺が追っ払ってやるよ」

 

「いや、やめておいたほうがいいと思うけど?」

 

「なぜだ? 俺は運動は得意な方ではないが、いざとなったら全力で守ってやるぞ」

 

「そうじゃなくて、相手は警備兵なんだよ。下手なことすると目を付けられるかもしれないし。それに魔獣族の騒ぎもあるし、今日なら確実に来てるね」

 

「だろうな。警備兵なら近辺調査に乗っかってそのパン屋に行くはずだ」

 

「甘い物に目がなくてさ、いっつもグミ食べて紅茶ばっかり飲んでるらしいよ。自分のことが可愛くて、権力ばっかりの最低な男だよ」

 

「その調子なら、魔獣族のことも嫌ってるんだろうな」

 

「もちろん。そもそも人間族ってみんなそうでしょ? バルトだって」

 

 バルトはぎこちなく頷く。やはり、まだ否定も肯定もしづらい。

 

 そんな気持ちを読まれてバカにされぬよう、バルトは話題を変えた。

 

「それより、パン屋はまだか?」

 

 ケイの家は大通りから脇道に入ったホテルと本屋の間にあるため、まずは脇道を抜けなければ大通りの様子が分からない。

 

 そしていま二人は大通りに出たのだが、人がごった返していて店の看板すらろくに視界に入らない状態である。

建物自体は高いものが多いのだが、あいにくとパン屋はそこまで高くない。

 

「こっち」

 

 歩く人にぶつからないよう慎重に歩いていると、やがてそれらしい建物に近づく。

レンガ造りの大きなパン屋で、たとえ象が入店しても問題はなさそうなほどだ。

長い煙突から煙を吐き出していて、側を通るだけでバルトの鼻を甘い香りが駆け抜けた。

 

 こんなパンをご馳走してもらえるなんて幸せだ、とバルトが思い入店しようと――。

 

「バルト? そっちじゃないけど」

 

「なに?」

 

「私のいるパン屋はこっち。隣の小さいほう」

 

 隣のパン屋は先ほどのパン屋の半分ほどの建物があった。

同じレンガ造りだが、大きさも煙突もレベルが違う。

 

 入口横の看板には“クロムランタン”とあり、大きくはなかったが綺麗な建物だった。

バルトは軽く落胆しながら入店すると、目の前には美しい女性と、しつこく迫る妙な男がいた。

 

「おぉ! 麗しの女神! さながら秘密の花園に咲く女神の花! 今日も明日も輝き続ける黄金の美女なり!」

 

 褒めちぎられている女性。それこそがまさにケイの知り合いだった。

歳は二十代前半ほど、背はケイより少し高く、片目を隠した茶のロングヘアーで、華奢な体つきをしている。

 

 女性は心底いやそうな顔で後退するも、それに合わせて男が詰め寄る。

さすがのバルトもその光景に呆れていた。

 

「ケイ、あの人がそうか?」

 

「うん。あのしつこい男が甘党の警備兵。たしか名前は……名前は、なんだっけ」

 

「まぁいい。助けたほうがいいか?」

 

「怒らせると面倒だから、なるべく丁重に」

 

 バルトはわざとらしく咳ばらいをすると、男が怪訝な顔つきでバルトへ振り向いた。

 

「呼んだか? この俺を」

 

「その人、嫌がっているじゃないか。もう少し引き際を学んだ方がいい」

 

「ほう?」

 

 男はさらりとした白髪(はくはつ)をかきわけながら、バルトとの距離を詰める。

 

「このユウロ・ロジーに指図をするとは、なかなかに肝が据わった男だ」

 

 ユウロは腕を組み、三対一の状況にも動じず腕を組む。

 

 どんな状況でも、自分が一番でないと気が済まない。

 

「ここプリック周辺に魔獣族の生き残りが潜伏していると情報を掴んでな、ついでに“ついでに”このパン屋へ寄っただけだ。いい香りがしたものでな」

 

 よく来るクセに。

と、ケイは気づかれないよう鼻で嗤(わら)う。

 

「勇気ある男よ、貴様に問おう。貴様はパンが好きか?」

 

 質問の意図がつかめず、バルトの口がへの字に曲がる。

 

「え、えぇ。まぁ、好きなほうだが」

 

「では、この店にあるパンならば、どれを選ぶ?」

 

 バルトは店内をぐるりと見回す。

 

 クロワッサン、フランスパン、アンパンにガーリックパンにホットドッグなど様々な種類がある。

それだけでなくクッキーやドーナツ、小さなケーキなども棚を埋め尽くしていた。

どれもこれもが良い香りを漂わせていたのだが、バルトはその中から一つを選んで指をさした。

 

 指の先にあったのはシナモンパンだった。

中にはとろけるように甘いクリームとチョコレートが同居し、シナモンパウダーが踊る焼きたての前で背を向ける者はいない。

ケイも納得の、この店の一押しでもあった。

 

 その瞬間、ユウロの顔つきが変わる。

 

「き、きききき貴様。それを選ぶというのか!?」

 

 驚かれたところで、バルトはそのパンを食べたこともないため具体的な味は知らない。

 

 ただ見た目だけで選んだに過ぎないのだ。

 

「まぁ、どれも美味しそうだけど、どれかといったらこれかな」

 

「そうか。そうかそうかそうか!」

 

 ユウロはバルトの前に手を突き出した。

握手、という意味である。

 

「貴様、いや、そなたはよき理解者になれそうだ」

 

「いや、そう言われても」

 

 ユウロの急な心変わりに、バルトは戸惑う。

 

「そなた、名は?」

 

 ここで正直に名乗ってしまうと、もしも魔獣族だと知られた際に情報が広まりやすくなってしまう。

それを警戒したバルトは、名乗ることを拒否した。

 

「あ、いや、名前は……」

 

「そうかそうか、緊張しているのだな。ならいい、無理はするな」

 

 ユウロは例のシナモンパンを三つほど購入し、代金を多めに払って店を出て行った。

釣りはいらねぇ、ということだ。

 

「また会おう、シナモンパンの友よ!」

 

 嵐が過ぎ去り、ドアが閉まってようやく平和が戻ってきた。

 

「なんだったんだ、あいつ?」

 

「さぁ。私は知らない。ああいうのは興味もないからさ。でも良かったね、友達が増えてさ」

 

「あー、最高にうれしいよ、まったく」

 

 バルトは、ユウロにしつこく迫られていた女性へ視線を移した。

 

「あの、ありがとうございます。ユウロさんから助けていただいて。私はホルミー・アスタ。そっちのケイとは、お知り合いですか?」

 

「え? えぇ、まぁ」

 

「でも、どういうご関係ですか? ずいぶん歳が離れているみたいだけど」

 

「いや、それは」

 

 場合によってはホルミーによからぬ勘違いをされかねない。

しかし以外にも助け船を出したのはケイだった。

 

「ホルミー。この人はバルトって言うんだけど、きのう仕事を失くして彷徨(さまよ)ってたんだよ。ここで働きたいってさ」

 

「あらそうなの? 大変だったわねバルトさん」

 

「いえ、いいんですけど……」

 

 勝手に状況を説明されて、バルトは戸惑う。

 

 しかしそれどころではない。まだトラブルは過ぎ去っていなかった。

 

「バルト、ホルミー、外の様子が……」

 

「外?」

 

 バルトがドアの窓から外の様子を窺う。

 

「なんだあれ? なにをやっている?」

 

 外では先ほどのユウロが、二人の警備兵を携えて若い男の腕を捻りあげていた。

その周囲で数人が囲み、困惑する者もいれば今にも怒鳴りだしそうな者もいる。

 

「あのユウロってやつ、なにをやってるんだ」

 

 バルトはそのトラブルを止めるため、パン屋から飛び出した。

 

「ちょっとバルト! 首を突っ込まないで!」

 

 その背に言葉が届くより早く、バルトは駆け出していた。

 

「ホルミー、ちょっと待ってて。ユウロがしつこいから外に出ないでね」

 

「う、うん。気を付けてね」

 

 慌ててケイがバルトを追い、外に出た。

 

 もしも何かをきっかけにして、町のど真ん中でバルトの魔力が発動すれば袋叩きは間違いない。

魔力次第では死人が出てもおかしくはない。

 

 外に出た二人はユウロに気づかれないよう、近くの建物と建物の隙間に隠れて様子を窺った。

隙間と言っても奥行きはあり、周囲の建物からはほぼ見えていない。

 

 ユウロを確認できる位置に立つと、その距離は三メートルほどになるが気づく気配はない。

 

 聞き耳を立てると、二人の耳に会話が飛び込む。

 

「貴様、なんだその目は!」

 

 ユウロは町の男に怒鳴り散らしている。

 

「い、いくらなんでも、少し肩がぶつかったくらいで俺が魔獣族だなんて言いすぎだろ! だいたい、俺は検問でも引っかからなかったぞ! 魔獣族なら腕輪が光るんだろ?」

 

「はっ、ずる賢い魔獣族め、なにか卑怯な手段で侵入したんだろ!」

 

 さすがにその言いがかりには周囲も黙っておらず、初老の男がユウロの肩を掴む。

 

 掴むといっても、大きな手で握り潰すように、である。

 

「おい警備兵さんよ、ここには魔獣族なんていねぇぞ。そういう言いがかりはやめろ」

 

「ぐ、き、貴様ら。兵長であるこのユウロ・ロジーに歯向かうというのか!」

 

「うるせー! なにが兵長だ! 鼻タレ小便タレの小僧のくせに!」

 

「ききき貴様! 許さん! もういい! 貴様らは全員魔獣族だ!」

 

 二人の警備兵が初老の男を押さえ、ユウロは解放された。

そして、ユウロは左腕の袖を捲って銀色の腕輪を見せつける。

 

「そ、それは魔獣族の腕輪か!?」

 

 初老の男が驚く。

 

「いいや違う。これは兵長のみが使用を許される特殊な武器だ」

 

 ユウロはシナモンパンの入った紙袋を警備兵に託し、腕輪のダイヤルを回した。

そして両手を時計回りに回転させ、クロスさせる。

 

「ミラージュコーティング!」

 

 その瞬間。ユウロの立つ地面から赤い光が迸る。

朝にも関わらず周囲の誰もが眩しがるほどの強い光で、誰もが凝視できなかった。

 

 光の中心でユウロは微笑み、そして――。

 

 銀を基調として赤い装飾の施された鎧の戦士へと変貌した。

肌や髪の露出などいっさいない、完全防備。

その時間、僅かに三秒足らず。

 

「名はプラセオル! 魔獣族を根絶やしにする者だ」

 

 その姿に周囲は一歩後退して驚きを隠せない。

 

「どうだ平民ども! これが兵長である俺の変身だ。魔獣族の魔力にも対抗できる究極の武器、それがプラセオル! さぁひれ伏せ平民どもめ!」

 

 ユウロの威嚇に、周囲の人々は逃げるようにその場を後にした。

 

 自分が絶対的な権力を手にしたと錯覚したユウロは高らかに笑い、魔獣族だと疑っていた男すらも逃がしてしまった。

 

 二人の警備兵は拍手をし、ユウロの気持ちはさらに昂る。

 

 その一部始終をバルトと窺っていたケイは、怒りを抑えきれない。

 

「なんなの、あいつ……偉そうに」

 

 唇を噛み、拳を強く握る。

 

 徹底的な魔獣族への差別、そして手にした力の振りかざし方と態度。

全てが怒りへと変わる。

 

 それだけならまだよかったが、ケイにある異常が起こった。

 

 ケイの頭に狼のような耳が出現する。

 

 犬のように鼻が伸び、瞬時に体毛が生え、背が縮んでゆく。

ただならぬ事態に備え、バルトはケイを奥へと連れて行った。

たとえ魔力を発動しても周囲にはほとんど見えなくなる。

 

「おい、ケイ」

 

「う、ううううう……これ、魔力だ……私の魔力は、電撃と、狼への変身」

 

「まさか、ストレスかなにかで暴走しているのか?」

 

「そう。落ち着かなくなると、どうしようもなく、狼に……なるときが!」

 

 ケイの変身能力は、一時的に服ごと狼へと変身する能力。

 

 手が足となり地に付き、四足歩行になる。

しっぽが伸び牙が伸び、やがてケイは完全に狼の姿へと変身した。

全身が硬い毛で覆われた、体長百二十センチほどの狼へと。

 

 怒りに我を忘れ、ケイは建物の隙間からユウロへ飛び掛かった。

 

「待てケイ!」

 

 バルトの声がその長い耳に届くことはない。

 

「ガァァァァァ!」

 

 隙だらけのユウロの背中にケイが走る。

 

「ん?」

 

 気づいたユウロはふり返り、突如として現れたケイを刹那的な反応速度で蹴り飛ばした。

 

 ケイは建物の壁に叩きつけられ、背中を強打して倒れる。

 

「なんだこの狼は? まぁいい、汚らわしい魔獣族退治もいいが、その前に害獣駆除だ」

 

 ユウロはプラセオルの姿のままケイへ接近する。

 

 バルトはこの状況をどうするべきか、すぐに決断できなかった。

魔獣族だと疑われぬよう身をひそめるか

。魔獣族だと疑われる覚悟で迂闊なことをするべきか。

 

「俺は……どうしたらいいんだ!」

 

 武器もなく警備兵たちの前に飛び出しても勝ち目はない。

だからといってツララの魔力で対抗すれば一発で捕まる。

 

「それでも……やるしか、ない!」

 

 バルトは腕輪を付け、ユウロたちにバレないよう魔力を込めた。

具体的な魔力の込め方など習得していないが、血に走る遺伝子を頼りに勘で気合を入れた。

 

「頼む! 頼む頼む!」

 

 紫の腕輪が、微弱だが光り始めた。

 

「よし! これできっと……」

 

 腕輪を付けた左腕を、ケイを睨むユウロへ向ける。

ツララを撃ったあとにどうなるか、そんなことまで考えていない。

とにかく今は、ケイを守らねばならない。

 

「食らえ! 甘党の警備兵!」

 

 腕輪が強く光り始めた。

 

 洞窟くらいなら照らせるほどで、魔力によって腕も熱くなる。

 

 体の底から湧いてくる力が、今、左腕から解き放たれた――。

 

「あれ?」

 

 わけではなかった。

やがて腕輪は力を失い、その眩さはどこかへ消えた。

 

「おい、嘘だろ!? 昨日は出たじゃないか!」

 

 腕輪を叩いたところで何も出ない。

気合を入れても魔力が戻ることもない。

 

 ふと、バルトは腕輪に付いている白いダイヤルが気になった。

 

「そういえばこんなの付いていたな。まさかこれで魔力の調節をするのか?」

 

 深く考えず、ダイヤルを回す。

そして魔力を込める。

 

「うっ!?」

 

 先ほどよりも増幅された魔力が腕輪に溜まり、そこから全身に熱が伝染してゆく。

 

 ゆっくりと炎で焼かれるかのように――。

血の中に炎を注入されたように――。

 

「うううう……!」

 

 今度は熱が痛みに変わる。

全身の痛みに耐えるだけでも精一杯になり、地に膝をついた。

 

 ――なにかがおかしい。

見る見るうちに、手が黒く染まってゆく。

 

「な、なんだよこれ」

 

 心臓の鼓動が強くなり、やがて肌という肌が黒く染まり、足にはブーツが現れて腕には手袋のようなものが出現した。

まるで鎧の幽霊が憑りついたように、身体が鎧で覆われてゆく。

 

 頭にも兜が現れる。

黒を基調とした禍々しいフォルムに、ところどころ刻まれた不規則な紫の模様。

腰には鞘に収まった幅の広い剣。

鏡のないこの場所では姿を確認できないが、すでに露出のない完全な鎧の戦士へと変身を遂げた。

 

「これが、俺の魔力? ケイは電撃と狼化。なら俺は、氷と鎧化……?」

 

 自分の姿に困惑し、戦う力を手に入れた嬉しさと、新たな魔力への戸惑いが喧嘩をする。

 

 そうこうしているうちに、ユウロは腰に付けられている警棒を抜いた。

刃はついてないが、長さは剣にも匹敵するほど。

警棒といってもただの硬い棒というわけではなく、鎧にも対抗できるほどの特殊な警棒である。

当然、鎧の“よ”の字もない狼には十分すぎる武器だ。

 

 それを見た警備兵の一人がユウロに質問をする。

 

「あの、ユウロ兵長、せめて剣をお使いになられたら?」

 

「バカ者! 俺は刃物を使うのが大嫌いなんだ。たとえ敵に向けるものであろうとも、刃物だけは絶対に手にしない」

 

「は、はぁ」

 

「覚えておけ、俺は刃物が嫌いで甘い物が大好き、とな」

 

 ユウロは警棒を構え、睨むケイの鼻先に向ける。

 

「消えろ、害獣めっ――

 

「ユウロ様っ!」

 

 ユウロを止めたのは、警備兵の一人。

 

「おいなんだ? 今からこの汚い狼を退治しようと……」

 

「いえ、それが……そこに変なやつが……」

 

 ユウロが振り返る。

そこには、剣を手にしたバルトがいた。

 

「な、なんだ貴様は? 狼に続いて鎧騎士だと?」

 

 ユウロは警棒を突き出し、あくまで冷静に質問する。

 

「誰だ、名を名乗れ」

 

「そいつを、殺させない」

 

「なんだ? この狼の飼い主か? 飼い主ならちゃんと首輪をつけて、しつけをしろ」

 

「黙れ……」

 

 バルトは剣を引きずりながらユウロと距離を詰める。

 

「俺とやるというのか? こんな町の中で、鎧を着てか? いいだろう、面白い」

 

 ユウロは兜の向こうでニヤリと笑い、警備兵たちを一瞥した。

 

「お前ら、誇り高きこのユウロ様が、プラセオルの力でこの鎧男と狼を始末する。手は出すな」

 

「「は、はい!」」

 

 二人はユウロたちから離れた安全地帯へ走った。

しかし警備兵たちの命を考えての命令ではない。

たった一人で敵を倒せば、手柄は自分のものにできると考えた結果である。

 

「来い! 鎧の男! 貴様の命は……なに色だっ!」

 

 バルトが踏み出して剣で薙ぎ払う――叩き壊すかのような重い一撃を受け止め、ユウロの警棒は振動する。

だが警棒は折れることなく、決め手には程遠い。

 

「どうした鎧の男? やはりプラセオルには敵わんか?」

 

 だが剣と組み合っていた警棒に異常が起こる。

 

 剣との接触面から。徐々に凍結を始める。

 

「なにっ! 警棒が凍結している、だと!?」

 

 バルトは唖然とするユウロの正面から蹴りを叩き込み、地に膝をつかせる。

 

 その剣を振る力と蹴りの力。

そしてなにより警棒を凍結させる力。

この三つに注目し、ユウロはある一つの結論を出した。

 

「この力、人間ではないな……まさか貴様、噂の魔獣族か?」

 

 バルトは動揺せず、ただユウロ一点を睨んでいる。

その沈黙こそが、答えになった。

 

「ふん、そうか。魔獣族の魔力には変身能力があると聞いたことがある。まさか鎧に変身できる魔力とはな、恐れ入ったぞ……だがっ!」

 

 ユウロは警棒を逆手に持ち、腕輪のある左手をバルトへ突き付ける。

 

「人間族でもこの腕輪があれば魔力と同等のものは扱えるんだ!」

 白い腕輪を起点に、手の平へ力が収束される。

 

 

「さぁ食らえ……これが、必殺のリーンシルバだ」

 

 生成された驚異的なエネルギーを、手のひらから一気に撃ち出す。

放たれたメロンほどのサイズの火球は、爆炎を撒き散らしながらバルトに食らいつく。

 

 だがバルトは、唐突に襲い来る火球を瞬時に切り伏せ、ユウロとの距離を一気に詰めた。

 

「単細胞の魔獣族め!」

 

 バルトが剣を振り下ろしたとき、ユウロはすでに空中にいた。

人を越えた驚異的な跳躍力で舞う姿を、バルトは捉えることができない。

 

「上から浴びろ! リーンシルバ!」

 

 再び手の平から火球が放たれ、バルトを頭上から襲う。

 

 今のバルトなら避けるのは容易。

だがもしもここで避ければ、立てないケイを火の粉が襲う可能性がある。

 

 瞬時に作戦を構築し、バルトは避けることではなく相殺することを選んだ。

 

 変身した今なら、最初の弱いツララとは違い、炎とも互角に渡り合えるほどの威力である。

 

 バルトは空中のユウロに腕を突き出して魔力を込めると、槍のようなツララで対峙した。

 

「ほう! 勝負というわけか! 来い魔獣族!」

 

 氷と炎、相反する二つの魔力が激突し、空中で大爆発を発生させる。

ケイも側で見ていた警備兵たちも、近距離で受ける爆風に顔を伏せる。

 

「うわぁぁぁ!」

 

 ユウロはたまらず爆風で吹き飛ばされる。

風景がめまぐるしく切り替わる中、プラセオルがありながら魔獣族にやられた事実に、屈辱に、唇を噛んでいた。

 

 背中から落下――それがスイッチとなったのか、ユウロの闘志に火が点く。

 

「ははは……面白い、これほど強い魔獣族なら、中々に倒しがいがある!」

 

 懲りずにユウロは警棒を構え、不敵にほほ笑み宣戦布告。

だがバルトはその挑戦状を受け取らなかった。

 

 変身が解除される前にケイを抱きかかえ、バルトは大ジャンプで建物や壁を飛び越した。

 

「ま、待て魔獣族!」

 

 ユウロが伸ばした腕は、空しく垂れさがる。

 

「く……クソ! クソクソクソ!」

 

 プラセオルの変身を解除し、ユウロはその場でしゃがみこんだ。

隠れて様子を見ていた二人の警備兵が慌てて駆けつける。

 

「ユウロ様! どこかお怪我でも!?」

 

「うるさい! いいからさっきの魔獣族どもを追え! あの様子だとおそらく狼も魔獣族だ! 二人――いや、二匹纏めて捕まえてこい!」

 

「「は、はい!」」

 

 警備兵たちはバルトが逃げた方向へ足を揃えて追跡しにいった。

 

「あああ……クソ……こうなったら、こうなったら不覚だが、あいつの手を借りるしかない。我が妹、セレンよ!」

 

 

 

「おい、大丈夫かケイ?」

 

 バルトたちは町から離れ、大きな岩の陰に隠れていた。

 

 両者とも変身していたおかげでユウロたちには正体がバレていないのが不幸中の幸いか。

 

 それでもプラセオルに変身したユウロの蹴りは常人とは桁違いの威力で、ケイは左肩と背中を強打していた。

 

 すでにケイは人間の姿に戻ってはいるが、ダメージは大きい。

 

「う、ユウロめ……痛てててて」

 

「無理するなよケイ」

 

「う、大丈夫。あいつ、本気でやってなかったから」

 

「どういうことだ?」

 

「本気の蹴りなら私は死んでた。きっと弱らせてじっくり殺すつもりだったんだ。趣味が悪い」

 

「そうだな。それに、あの鎧の姿に変身したのは驚きだ」

 

「驚きって言うけど、バルトだって変身したじゃない? あれはなに?」

 

「なにって、言われても」

 

 正直、質問をされたところでバルトには理由が分からない。

 

 だが推測ならできる。

 

「あれは、俺の魔力かもしれない。この腕輪のダイヤルを捻らないとツララすらも思い通りに出せないけど、捻れば変身の魔力も使えるようになるらしい」

 

 バルトが把握しているのはそれだけで、まだ情報は足りていない。

 

「やっぱり魔力だよね、ユウロともいい勝負だったし、でもちゃんと扱えるの?」

 

「分からないよ。さっきは無我夢中だったんだ。とりあえず一回パン屋に戻って整理しよう」

 

「そうだね、まずはパン屋で休もうか」

 

 なるべく平静を装って町に戻った。

怪しまれないよう、昨日とは反対側の門から入り検問を受ける。

もちろん問題なく突破した。

 

 騒ぎのせいで人は少なくなっていたものの、代わりに警備兵たちが見回りをしている。

パン屋まであと少しというところで、バルトたちは警備兵に呼び止められた。

 

「おい、そこの二人」

 

「はい?」

 

「さっき町の外から入って来たな?」

 

「そうですが、検問は受けましたよ」

 

「いやそうじゃない。さっき魔獣族の二人が外に飛んで行ったからな。見ていないかと思ったのだが」

 

 バルトたちは冷や汗をかきながらも首を横に振る。

 

 すると警備兵が下がり、二人はようやく詰まっていた息を吐き出せた。

 

 まだ体が痛むケイは、表情を保ったままバルトの腹を小突いた。

 

「行こう、しばらく警備兵は見たくないから」

 

「そうだな」

 

 

 

 パン屋のドアを開くと、落ち着かない表情のホルミーが出迎えた。

 

「ケイ! 帰りが遅いから心配したのよ」

 

「ごめんホルミー。それより、魔獣族は大丈夫だった?」

 

「え、えぇ。戦っているのは見たけど、こっちは大丈夫」

 

 その言葉から、変身の瞬間を見られていないことが分かり二人は安堵する。

 

「でも、ケイたちはさっき魔獣族と接触してなかった?」

 

「え、どういうこと?」

 

「さっき、二人は建物と建物の隙間にいたでしょ? こっちからよく見えなかったけど、私には魔獣族がその隙間から出てきたように見えたけど……でもあれ、魔獣族だったのかな……」

 

「しまった――」

 

 バルトたちが隠れた隙間は奥行きがあり、二人が変身したときは周囲からほとんど見えないところにいた。

だがホルミーは、変身後の姿が隙間から登場するのをばっちり目撃していたのだ。

 

「えっと、それはその」

 

 ケイはうまい言い訳が思いつかない。

 

 助け船を出したのはバルトだった。

 

「魔獣族はどこからともなく現れました。自分たちの目の前を通りましたけど、自分たちなんて見てすらいない様子で、触れてもいません」

 

「あら、そうなの? 二人に怪我がなかったなら良かった」

 

 あくまで魔獣族だと疑ってかからず、二人の心配をする。

まるでユウロとは正反対だ。

 

「あ、そういえば、バルトさんはこれからどうするんですか? 二階の部屋が空いてるから使ってもいいですけど?」

 

「い、いいんですか?」

 

「はい。兄が使ってたんですけど、もうここにはいないからいいですよ」

 

 ホルミーはニコリと笑う。

 

「でもケイ、バルトさんとは昨日会ったのよね? 昨日はどこで一泊したの? ケイの家?」

 

「う、どこでもいいでしょ」

 

 ケイは昨日の一件を誤魔化すために、バルトの手を引いて部屋に案内した。

 

「お、おい」

 

 カウンターの奥にある階段を上り、右手にあるドアを開いた。

終始むすっとした態度のケイは背中でドアを閉める。

 

「ここがバルトの部屋。それと隣がホルミーの部屋。変な気を起こさないように」

 

「ご心配なく」

 

「で、どうなの? この部屋」

 

 飾り気のないシンプルな四角い部屋に、光の差し込む小さな窓。無地のベッドに無地のカーペットという、若干の生活感を残しながらも小奇麗さを忘れていない、バルトとしては実に満足のいく部屋だった。

 

「いい部屋だな」

 

「でしょ。ホルミーのお兄さんが使ってたって言ったけど、まぁ気にしないで」

 

「あぁ」

 

「じゃあ私は自分の家に戻るけど、体が大丈夫そうだったらお店の手伝いでもしてて」

 

 ケイは肩と背中に僅かな痛みを感じつつも退出した。

 

 ――しかし部屋から一歩を踏み出す前にバルトが呼び止める。

 

「待てよケイ。お前と話したいことがあるんだ。いいか?」

 

「なに?」

 

「まず一つ、ホルミーさんは、お前がハーフだって知ってるのか?」

 

「知ってるわけないでしょ。ホルミーは魔獣族にたいしてそこまで毛嫌いしないけど、でも目の前にいたら怖いと思うだろうし、言えないよ」

 

「そうだよな」

 

 信頼を築いたとしても、魔獣族の血というだけで脆く崩れ去ってしまうことも考えられる。

バルトはそれを恐れていた。

 

「それより、私もバルトに訊きたいことがある。あの魔力について訊いたってよく分からないと思うから訊かないけど、バルトの両親って、その、どういう感じなの?」

 

「両親? なんで両親なんだ」

 

「だって、魔獣族とハーフなんだよ」

 

 そこまで言われてようやくバルトは気づいた。

 

 魔獣族と人間族とのハーフ――すなわち、両親のどちらかが魔獣族である、ということだ。

 

 もっとも、魔獣族が本当に絶滅しているのなら、魔獣族”だった”という表現が正しいが。

 

「……それが、よく覚えてないんだよ。実はさ、俺は生まれてすぐに引き取られたんだ。物心ついたときから、両親の行方は知らない」

 

「そっか、予想通りって感じだったけど」

 

 過去をほじったことを謝罪するつもりもなく、ケイは納得する。

 

「ってことは、育ての親はバルトがハーフだって知ってるの?」

 

「さぁ。たぶん知らないと思うけど」

 

「その人たちはどこに?」

 

「ここからずっと北の村タンタルだよ。俺は教師になるためにこっちに来た。俺が住んでるのはすぐ近くのエルビだ。学校もそこにある。でもそんなこと訊いてどうするつもりだよ」

 

「いや、魔獣族の親が生きてるかどうか確認しただけ」

 

「そうか。でもそういうときは、とりあえず謝っておくもんだ」

 

 ケイは本気で分からず首を傾げる。

 

「いや、家族とか友人の話をしたときに、もしその人が死んでいたりしたら一気に暗い話になるだろう? そういうときは謝るんだよ」

 

「そう、なんだ」

 

 バルトの教師らしい言葉に、ケイは軽く困惑をしながらも頷く。

 

 お互いにため口で話してはいても、ケイは生徒と同じくらいの年齢である。

バルトの職業柄、そういうことを言わざるを得ない。

 

「それで、俺からも同じような質問をしてもいいのか?」

 

「家族のこと? 私も物心ついたときから両親は知らない。どっちが魔獣族でどっちが人間族なのかも知らないし」

 

「育ての親は?」

 

「孤児院だよ。ぜんぜん友達なんてできなかったけど、そこを出てからはこのお店に来たの。でも、なんかこの部屋は気に食わなかったから貰わなかったけど」

 

「気に食わなかった? ホルミーの兄の部屋だからか?」

 

「えぇと、違う。なんだろう、なんとなく嫌なの、この部屋」

 

「……そうか、家族のことは分かったよ、ごめん」

 

「なんで謝るの?」

 

「さっき言ったろ、そういう意味だ」

 

 ケイはぽりぽりと頬を掻き、しばらく考えてからようやく理解に到達する。

 

「まぁ、バルトのこと少しでも知れてよかったよ。じゃあ私は戻るから」

 

 ケイは今度こそ退出した。

同時にバルトにのしかかる、重い沈黙と孤独。

 

 自分がハーフだと知ってから、周囲といつも通りに関われるのかが心配になっている。

迂闊に外に出るわけにも、学校のあるエルビに戻るのも危険だ。

 

 トラブルがあれば生徒たちを巻き込む可能性がある。

魔力もまだしっかり制御ができず、人に危害を加えたら大問題だ。

 

 ユウロとの闘いの疲れもあり、バルトは頭からベッドに沈む。

 

「なんだか、すごい疲れた……」

 

 体を回転させ、仰向けになって天井を見上げる。

 

「学校、どうなってるんだろう」

 

 すでに一日が過ぎ、学校も不審に思っている頃だろう。

 

 一番の心配はベリリのことだ。

サーカスから逃げる途中、ベリリがベンチからいなくなっていたことがバルトにとって何より心配だった。

 

 無駄だとは分かっていても、あのベンチだけでも確認したい衝動に駆られる。

 

 そのとき、ドアがノックされた。

 

「ホルミーです、入ってもいいですか?」

 

「は、はい」

 

 ホルミーはドアの隙間からそっと顔だけを出す。

 

「あのぉーバルトさん。ちょっと頼みがありまして」

 

「おのれ、魔獣族め……」

 

 自室に戻ったユウロは、バルトを逃したことを悔しがりながらシナモンパンを齧っていた。

 

 先祖より受け継いだプラセオルがついに力を発揮したものの、同じような魔力を持つ相手に負けたとあれば悔しさは倍増だ。

しかも相手は憎き魔獣族であり、消し去るべき存在。

仕留めていれば偉大な功績にもなるだろうチャンスを逃し、ユウロの怒りは止まらない。

 

 冷静さを取り戻すために革袋からマスカット味のグミを取り出して口に放り込む。

 

「……よし」

 

 ようやく調子を取り戻したユウロは、椅子に腰かけたまま天井を見上げた。

 

 実はユウロは今、ある人物を待っている。

 

 バルトたちが逃げてからすぐ部屋へ戻り、急いで警備兵に妹であるセレンを呼びに行かせた。

 

 だが予定よりも到着が遅く、さらにイライラが膨れ上がった。

 

「遅い……遅いぞ、我が妹セレン」

 

 ノックもせずに不意にドアが開かれた。

待ち焦がれていた妹のセレンである。

 

「おぉ! セレン! 来てくれたか!」

 

「兄様、まさか魔獣族を取り逃すとはね」

 

 セレン・ロジー。ユウロの実の妹であり、頼れるパートナー。

 

 プラセオルと同じく変身できる腕輪を母から継承し、魔獣族の出現に備えて訓練を積み重ねてきた。

その体力、精神力ともにユウロより上である。

 

 腰まで伸びた白髪を二つに束ね、輝かしい白とは対照的に黒い帽子(キャスケット)を被っている。

さらに高貴さを飾るように、純白のコートの中心に真っ赤なリボンが煌めく。

凛々しい目つきからは貴族のような雰囲気も感じられるが、ユウロからすればまだまだ可愛いものだ。

 

 歓迎のためにハグを求めたユウロを優雅に回避し、セレンは答えを要求する。

 

「どこにいたの? 魔獣族は」

 

 ハグが空振りしたユウロはごほんと咳ばらいをし、

 

「プリックだ。相手から現れてくれるとは好都合だったが、町の外に逃げられてしまったよ。相手は二体いたんだ。一人はプラセオルのような鎧の男で、もう一人は狼だった」

 

「変身系の魔力ね……」

 

「だろうな。鎧の男は狼を抱えて町の外へジャンプで逃げた。だがそれ以降は見当もつかない」

 

「なるほど。でも兄様、見当ならつくよ」

 

「な、なに? 教えてくれ」

 

「いいけど、あとでプリックに連れて行って、そこで例のチリサンドイッチを奢って」

 

 チリサンドイッチとは、牛肉と数種類の野菜と激辛唐辛子ソースを挟んだものである。

腹の弱い人間なら一撃でお腹を壊す辛さで、よほどの辛党でない限り食べない逸品だが、チャレンジャーなどは好んで食べるプリックの隠れ名物。

甘党なユウロとは対象的にセレンは極度な辛党であり、一度チリサンドイッチを食べた時が忘れられなかったのだ。

 

 妹の要求には断れないユウロは承諾し、例の見当を聞いた。

 

「まず相手はプリックにいて、兄様に襲い掛かった。なぜか? それはおそらく魔力の暴走。まぁ、どうせ兄様のことだから市民に喧嘩売ったんでしょ、それを見て暴走したとか」

 

「そ、そうだな」

 

「そして逃げた先、それは二通りの考え方ができる……。とその前に、兄様はその魔獣族の素顔を見たの?」

 

「いや鎧と狼の姿でしか見てないが、それでなにか分かるのか?」

 

「まず一つ、魔力が暴走しているなら、休むためにどこかで隠れている可能性が高い。つまりプリック周辺の洞窟とか。もう一つは、何か目的があってあえてプリックに潜伏している可能性。その場合は町の住人にすら気づかれないよう隠れているから、見つけるのは困難でしょう」

 

 うーん。

と、ユウロは顎に手をあてて考える。

 

 この二つの意見を合わせれば、つまり二人の魔獣族はプリック付近にいる可能性が高いということになる。

 

「だがセレン、プリックは腕輪で検問していた。プリックにいる可能性はないと思うぞ?」

 

 セレンは指を一本たてて「ちっちっち」とメトロノームのように振る。

 

「相手はプラセオルに対抗できるほど強い姿に変身できる。そして逃げるときもジャンプをした、つまり簡単に出入りできるということ。そう考えればまだプリックにいる可能性もある」

 

「くっ……けっきょくどこを探せばいいんだ」

 

「兄様、探すにしても情報が少なすぎる。……とりあえず、プリックに行ってみようか。チリサンドイッチ、奢ってくれるんでしょ?」

 

 

 

 バルトはホルミーに頼まれ、パンに使う材料の買い出しに付き合っていた。

パン屋から徒歩数分程度の距離ではあったが、ホルミーがバルトと親交を深めたくて買い物に誘ったのだ。

 

 という目的もあるが、メインは荷物持ちである。

 

「ごめんなさいね、付き合ってもらっちゃって」

 

「部屋を借りますからこれくらいは。でも良かったんですか? 部屋なんて借りちゃって」

 

「いいのいいの。兄は私のことなんて忘れて、もう帰ってきませんから……あ、べつに兄は亡くなったわけじゃないですよ。ただ長い家出みたいなもので」

 

「あ、ええ」

 

「私より十個も上なので、今はもう三十を超えてますね」

 

「でも年上の兄妹は心強いじゃないですか、俺には兄弟がいませんから、少し羨ましいです」

 

 バルトは心の底からそう思っていた。

だが兄弟がいても、そっちも魔獣族のハーフという重荷を背負ってしまうことになる。

羨ましい反面、それはそれで幸せなのだともバルトは思えた。

 

「それより、バルトさんはケイに会う前はどこにいたんですか?」

 

 ケイとの出会いの話は、ケイ本人によって妨げられてしまった。

継ぎ接ぎのデタラメすら言えていない。

 

「ええと、教師をやってました」

 

「教師? あら、偉い方なんですね。町はどこですか?」

 

「えーと、エルビです」

 

「教師なんて凄いですね。生徒さんにも好かれていたんじゃないですか?」

 

「まぁ、嫌われてはいなかったですね」

 

 一日経過しても、やはりベリリの安否を気にせずにはいられなかった。

ここでこうしている場合なのだろうか。

危険を承知で探しに行くべきではないのだろうか。

と。

 

 じわじわと蓄積する不安が、心を押しつぶす。