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小説:双肩銃ミスティ・ミラージュ マナビヤ特攻人(後編)63365文字

 

 

「ど、どうして?」

 

「わざわざデルフィの携帯を見てお前に電話をかけてくるんだ。そんな簡単に足を見せるようなやつじゃないだろう。どうせもう番号は捨てられてるよ」

 

「そうか……」

 

 となると、あのやる気のなかった警官の努力はムダということだ。

最初から期待してなかったけど、番号からは辿れないか。

 

「じゃあどうやってアルベロを探す?」

 

「決まってるだろう。相手はゲーム内にいるんだ。ゲーム内で探すしかない」

 

 またあのゲームをやらなくちゃいけないのか。

 

「運営に問い合わせてみるっていうのは?」

 

「そりゃダメだ。運営側がプレイヤーについて教えてくれるわけない。やっぱりゲーム内で地道に探すしかないな」

 

 そうは言っても、昨日始めたばかりのド素人がたった一人のプレイヤーを探すのは厳しい。

あの世界で情報収集もいいけど、一人ずつ訊くしかないか。

スライマンってやつにも聞こう。

 

「俺も探してみるけどよ、俺らだけじゃ途方もない。だから仲間を増やすんだ」

 

 トレドが真面目な顔つきで言った。

 

「増やすって……だからどういうことだよ」

 

「そのまんまの意味だ。ちょっと時間をくれ、放課後までに集めておく」

 

「集めるって」

 

「戦士だ。転校生を救うためのな」

 

 

 

 放課後。

真っ赤な夕日が窓から射しこんで校舎を輝かせていた。

俺の心を嘲るように温かい光で、それがなんだか鬱陶しかった。

 

 トレドが俺を呼び出したのは一階の図書室だった。

古い本ばかりで埃臭い場所だけど、なんだか本のにおいというものは落ち着く。

 

 二メートルほどの本棚に囲まれた部屋。

その中心に二つある長方形のテーブルには、車イスに座った女子生徒がいて、トレドが向かい合って座っていた。

 

「おおアトス、こっちだ」

 

 手招きしたトレドの隣に座ると、車イスの女子生徒がノートに何かを書き始めた。

 

「トレド、この人は?」

 

 会ったことのない女子だった。

黒のロングヘアーに真っ赤なメガネという清楚で知的な第一印象だったけど、無口で元気がない。

 

「まぁ見てろ、今この子は自己紹介をしている」

 

「え?」

 

 女子生徒がノートを逆さまにしてこちらに向けた。

『私の名前はミディ・パースです』と書かれ、下には『私は声が出せません』とも書いてある。

なるほどそういう理由か。

 

「……ミディには軍人の兄貴がいたらしいんだが。ペルセポリスが落ちた件で消息不明らしい。ラウマ・パースって名前でな。妹思いの優しい男だそうだ。メリダ姫とも親しかったみたいだ」

 

「なるほど、兄は姫の関係者ってことか」

 

 するとミディはノートを戻して何かを書き始めた。

言葉を話せないというのは実に不便だ。

 

『私は病気で声が出ません。足も動きません。ごめんなさい』

 

 そんなことを書かれても、どう反応すればいいのか分からない。

 

「い、いや、謝らなくてもいいけどさ」

 

『五年ほど前に急に声が出なくなりました。同じタイミングで足も動かなくなりました』

 

「そうか……」

 

 同情すればいいのかはげませばいいのか、困る。

 

『アトスさんは手話はできますか?』

 

 両手でバツ印を作ってノーの返事をする。

 

『では筆記で会話します』

 

「それでいいよ」

 

『トレドさんから話は聞きました。転校生がケガをしたと。あのゲームの中に犯人がいるかもしれないから一緒に探してほしいってことですよね?』

 

 ミディもミスティミラージュ・オンラインをプレイしたのか。

確かに精神をダイブさせるゲームなら身体的な障害は関係ない。

声も出るし足も動くだろうから、ミディみたいな人からしたら夢のような世界だろう。

 

「そうだけど。ミディはいいのか?」

 

 ミディは筆記ではなくこくりと頷いた。

 

『転校生のお名前は?』

 

「デルフィ・ソルテアって女子だ」

 

『会ったことないです。すいません』

 

 一日しかいなかったんだ。

しょうがない。

 

「ところで普段は、ミディは学校のどこにいるの? 俺はきみに会ったことなかったけど」

 

『特別学級です。喋れないと授業を受けるのに不便ですから』

 

 なるほどそういうことか。

疑問が解消され、今度はトレドに向き直った。

 

「で、トレド。どうしてこの人なんだ?」

 

「不服か?」

 

「そうじゃない。お前が選んだんだろう。まさか女子だからとかそういう理由じゃあるまい」

 

「バカ野郎。他にも何人か誘ったんだが、デルフィのことを伏せながら探すのは難しかった」

 

「そりゃまぁそうだろ」

 

「ちょっと危険かもしれないって最初に付け加えてな」

 

「そりゃ誰も来ないに決まってる」

 

「しょうがないだろ。デルフィがケガしたってことを学校中に言いすぎたら、デルフィだって帰って来づらくなるだろうし」

 

「じゃあどうしてミディはデルフィの件を知っているんだ」

 

「いきなりの誘いなのに断らず頷いてくれたからだよ。ここまであっさり引き受けてくれるとなると、大物だと思ったし」

 

 それにミディは喋れない。

危うく口が滑る心配もないだろう。

 

「そうか。まぁ、ミディ本人が良いって言うなら、協力してもらおうか」

 

 ミディは頷いた。

その顔には、何か悲しみのようなものがにじみ出ている。

それが消息不明になった兄に対するものか、会ったこともない転校生を心配してのことかは俺には分からない。

 

「それと、助っ人はもう一人いる」

 

「どこだ」

 

 イスには座っていない。

周囲を見渡してもそれらしい影はない。

しかし本棚へ目をやると、二つの本棚の間から女子生徒が姿を現した。

ゆっくり出てきたから幽霊のようで少し怖かった。

 

 女子生徒は無言でミディの隣に座った。

目はキリっとしていて気が強そうで、その目に押し負けそうなほどの力強さを感じてしまう。

 

「アニ・ヘンダーソン

 

 そいつはぶっきらぼうに自己紹介した。

 

長い黒髪をかきあげて偉そうに足を組み始める。

スカートを短くしているためそういう姿勢になると目のやり場に困る。

テーブルを挟んでいて見えないから幸いではあったが。

 

「で、あんたは誰?」

 

「アトス・エオリア」

 

 せっかく自己紹介したのに「ふーん」と興味なさげな返事が返って来た。

 

 どこかで見たことあると思ったけど、こいつは隣のクラスにいるやつだ。

不真面目であまり学校に来ないやつだと思ってたけど、こうして正面から会うのは初めてだ。

 

 どう切り出そうか考えていると、トレドが俺の肩を掴んで後ろへ向かせた。

 

「アニもミディと同じく、父親がペルセポリスの関係者らしい。ラウマ・パースと一緒に警備をしていたらしくてな。メリダ姫との関わりもあるそうだ」

 

「マジか。それって偶然なのか?」

 

「そうだ。俺もさっきまで知らなかったからな。ただ、こいつの父親も消息不明だから、あんまりその辺は深く訊くなよ」

 

 偶然か必然か、二人にはそんな繋がりがあった。

どちらも大切な人が大変なときなのに、よく協力してくれたもんだ。

いや、大変だからこそデルフィの気持ちが分かるのかもしれない。

 

「ねぇ。あんたら、なにコソコソしてんの」

 

 アニが少し強めに言った。

目力が強いから、思わず緊張が走る。

 

「いや、すまん」

 

「さっき話は聞いたよ。転校生がケガしたんでしょ。で、その犯人をゲーム内で探すっていう」

 

「そうだ」

 

「じゃあさ、もう正直に言っていい?」

 

 またまた緊張が走る。

夕日が当たるせいか睨まれているせいか、額から汗が垂れた。

 

「実はさ、産まれたばっかりの弟がいるんだよね。で、親父は飛行機の事故でどこにもいないし、家の中は色々と面倒なことになってるの」

 

「あぁ。ニュースで見たけど、あれは大変だな」

 

「だからさ、あんまりゲームには関われないかもしれないけど、それでも良ければ」

 

 時間がない人だとしても、仲間は少ないより多い方がいい。

少し気が強そうだけど、今回の件に関しては頼りになりそうだ。

 

「ゲームはちょっとだけやったよ。あんまり慣れてないけどさ」

 

「いや、助かるよ」

 

「そーいやあんた、アトムだっけ?」

 

「アトスだ。そんなに馬力はない」

 

「あんたって何? そのデルフィって転校生と付き合ってんの?」

 

 さも当たり前のように訊いてきた。

手を振って否定しても、怪しむような目で見てくる。

 

「ふーん。まぁいいけど。なんかさ、他人事って感じがしないんだよね。家族があんな事故に巻き込まれるとさ、人の命に敏感になるっていうか……」

 

 俯いてしまった女子二人に、俺はなんと声をかければいいのか分からなかった。

 

「で、ゲームはいつやるの?」

 

「今日の七時くらいにしようと思う。アトスも大丈夫だよな?」

 

「あぁ、俺は別に」

 

「場所はフィールドAでいいな」

 

 ミディもアニも頷いた。

意外と簡単に時間と場所が決まってよかった。

女の時間は男の時間とは別ものだと思ってたからな。

 

「そーいやあんた誰?」

 

 アニが隣のミディに言う。

すぐにノートに自己紹介文かなにかを書くと、アニは驚く様子も遠慮する様子もなく頷いた。

 

「へー、喋れないんだ。そういう人って初めて見た」

 

 好奇の意味だろうか、アニの目線を痛がるようにミディはまた頷いた。

 

「じゃあ、私は帰る」

 

「え、もう帰るの?」

 

「そりゃそうでしょ。時間も場所も決まったんだから、はやく帰らないと」

 

 アニは本棚に立てかけてあったカバンを手に取って足早に図書室を出て行った。

掴みにくいタイプではあったけど、話の分かる人でよかった。

 

「ミディ、きみはどうする?」

 

『そろそろ遅いので帰ります』

 

 とノートで答えた。

 

「じゃあ俺も帰るかな」

 

 トレドが帰るのなら俺も帰らないわけにはいかない。

 

 トレドと立ち上がり、各々がカバンを手に取って図書室を出た。

ミディは車イスだったから手伝おうか迷ったけど、一人で車輪を回せるようだから心配無用だった。

 

 トレドがしっかりと扉にカギをかけると、最後に指さし確認をしてから廊下を歩きだす。

 

「アトス、俺はカギを職員室に返してくる。お前らは先に帰ってていいぞ」

 

「え? 待ってるぞ」

 

「いや、これからちょっと用事があってな」

 

 トレドがカギを指でいじりながら、俺らに背を向けて廊下の奥へ消えていった。

言葉を話せないミディと一緒になり、心がくすぐったくなる。

 

「帰ろうか」

 

 ミディはこくりと頷いた。

 

 喋れないからか初対面だからか、はたまた両方なのか、どう接したらいいのか難しい。

せめて手話が出来れば。

 

 車イスに乗ったままではノートに書きづらいのか、ミディはスマホに打ってこっちへ向けた。

 

『親が近くに来るので、一人で大丈夫です』

 

「そうか? 入口までなら押してくけど」

 

『じゃあお願いします』

 

 車イスの後ろについたハンドルを持ち、控えめな速度で歩き出した。

後ろから話かけてもいいものか迷ったけど、意外にもミディから切り出した。

 

『ゲームはどのくらいやりました?』

 

 スマホを後ろ向きに見せて来た。

 

「いや、昨日ちょっと初めて……それから」

 

 デルフィの件で中断した。

さすがにあの流れでゲームをしようとは思わない。

 

「レベルは全然ないし、素人同然だよ」

 

『そうなんですか! 私もまだまだですけど、やっぱり足が動いて声も出るって、素晴らしいことですね(^^♪』

 

「そうだな。強くなれば身体能力とかも上がるし」

 

 改めてあのゲームの凄さに驚かされた。

身体障がい者も健常者もハンデなく楽しめるなんて、いつからこんな時代になったんだろう……そんな雑談を交わしていると、いつの間にか入口に到着していた。

昨日デルフィと肩を並べて歩きだした、あの入口に。

 

「ここでいい?」

 

『はい。ありがとうございました』

 

 ミディは俺と握手し、一人で車輪を回して外に出て行った。

遠くの方に小さなワゴン車が停まっていた。

おそらくあれがミディの親の車だろう。

 

 最期にもう一度だけ振り向き、手を振ってバイバイした。

大人しそうなイメージだったけど、あっちから話しかけてくるところを見ると、意外とお喋りが好きなのかもしれない。

 

 さて、俺も帰るか。

 

 でもやっぱり気になって、スマホを確認した。

まだデルフィの情報は来ない。

 

「ねぇ」

 

 唐突に背後から話しかけられた。

振り返ると、前髪を指でクルクル弄っているアニがこちらを向いていた。

 

「車イス押すなんて、意外といいとこあるじゃん」

 

「普通だろ。っていうか、どうしたんだ」

 

「別に。いたから声をかけただけ。じゃあね」

 

 カバンを肩にかけ、アニは俺を横切っていった。

だがすぐに立ち止まって振り向く。

 

「ねぇあんた、ちょっと訊きたいことあんだけど、いいかな?」

 

「どうした?」

 

「もしかしてさ、あんたって私のこと、不真面目で家出とかするタイプって思ってない?」

 

「いや、思ってないけど」

 

 ちょっとはあるけど。

 

「まぁ、私はそういうタイプだけどさ。面倒なやつって思うかもしれないけど、よろしくね」

 

「え、ああ」

 

「じゃあ、帰るから」

 

 アニは短いスカートを揺らして俺の目の前から去っていった。

すぐに彼氏とか作ってふらっと遊びに行ってしまうタイプに見えなくもないけど、案外いい人なのかもしれない。

 

「さて、俺も帰るか」

 

 アニは俺と肩を並べて帰るつもりはないようなので、なるべくアニを避けて歩くことにした。

一緒に歩いたって邪魔に思われるだけだろうし。

 

 

 

 それからはいつも通りに電車に乗って、まだ血の染みが残る駅で降りた。

あの時の惨劇はまだ鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

 臭いも色も、夜だったけどハッキリしている。

おそらく一生忘れることのない記憶だろう。

 

 さっそくエントランスからフィールドAに行ってトレドたちを探そう、と意気込んだが、その前にメニュー画面があることを忘れていた。

 

「ようこそ!」

 

 ポン・デュ・ガールズが出迎えてくれた。

こっちの元気なほうは、確かポン子だったかな。

 

「あれ、ナスカくんだっけ? 昨日はすぐ帰っちゃったけどどうしたの?」

 

「え? いや、急用を思い出して」

 

 こいつ、案内用のプログラムのクセしてこんなことまで訊いてくるのか。

 

「あ、今、案内用のプログラムのクセに、とか思ったでしょ?」

 

「いや、思ってねぇよ。それより、もう一人のデュー子はどうした?」

 

「いやいや、あんたなんて私一人で十分だって」

 

 それは職務放棄というやつだと思うけど、プログラムにそんなのないか。

 

「そうか。いないならまぁいいけど、エントランスに行かせてくれ」

 

「はいはーい」

 

 ポン子が適当な返事をすると、目の前に扉が現れた。

 

いちいちこういうことをしないといけないのか、面倒だな。

 

 扉を開こうとしたとき、不意にデュー子が現れて俺を止めた。

どこから来たんだ。

 

「あ、ナスカさん、こんばんは」

 

「こ、こんばんは」

 

 姉妹設定なのにこの違いはなんだろう。

こういう差が好きな人もいるんだろうけど。

 

「ナスカさんに一件の伝言があります」

 

 きっとトレドだ。

トレドとはゲーム開始前にIDを送っておいた。

IDさえ分かれば相手に伝言を残せるらしいし、せっかくだから使ってみると言っていたな。

 

「一件の伝言を再生します――ヴェルサイユことトレドだ。予定より早い時間だが、もう俺らは集まってる。フィールドAにいるからな――伝言の再生を終了します」

 

 トレドのキャラクターなのか、声優のような綺麗な男の声で再生された。

先にいるなら待つ必要がないから、まぁいいか。

 

「分かった。さっそくエントランスに行く」

 

「はい。お気をつけて。くれぐれもプレイのしすぎと課金のしすぎには注意してくださいね」

 

 確かに。

プレイしすぎはともかく、俺には課金なんて別次元のことだから関係ないけど。

 

 目の前の扉を開き、再びエントランスに出た。

相変わらず人は少ない。

 

「あれ、あれって……」

 

 ふとショップの方を見ると、昨日のスライムマンが商品を舐めるように見ていた。

関わるだけ時間と体力のムダだから無視だ。

 

 そっーとフィールドAの扉まで行こう。

頼むから気づくなよスライムマン。

 

 抜き足差し足、ニンジャさながらの動きで気配を消し、扉に手をかけた。

 

「そこ! ナスカだな!」

 

 作戦失敗。

見事に見つかった。

 

 面倒なヤツが、逃げようとした俺の前までドカドカとわざとらしい足音をたてながら接近してきた。

クソ、みんなが待ってるのに。

 

「や、やぁスライムマン」

 

「スライマンだ。今日の俺はお前にリベンジを申し込む!」

 

「はぁ? なんだよ、へっぽこなクセに威勢だけは良いんだな」

 

「威勢だけだと? バカを言ってもらっちゃ困る。これを見よ!」

 

 スライムマンは背中から石のような素材の剣を引き抜いた。

超古代のものとかそういう設定だろう。

この威勢から察するにかなり強い武器に違いない。

 

「実は昨日、同級生の妹が家に泊まってな……嬉しくてつい買ってしまったよこの剣をな……」

 

「同級生の妹? それが関係あるのか?」

 

「あるに決まってるだろう! とっても可愛いんだぞ。十歳でキャスケットで姉想いの子で、とってもいい子なんだ。まるで姫だな、うん」

 

 まるで姫と褒めちぎられても、その同級生の妹とはどんな子なのか俺は知らない。

 

「そうか、でも俺は約束があるんだ。頼むから邪魔をするな」

 

「いや! リベンジを申し込む! せっかく買った剣を味わえ! ふふ……この剣は失われしカティオスの剣。九万八千ポイントで購入したんだぞ!」

 

 そういえば最初にここに来たときにショップで見た、えらい高価な武器だったはず。

 

「お前、レベルは?」

 

「変わっていないぞ」

 

「じゃあどうやって一日で九万八千も貯めたんだよ」

 

「どうやってだと? 決まってるだろう。買ったのだ」

 

「買った? だから、どうやってそんなポイントを――」

 

 そこでハっと気づいた。

こいつが買ったのはポイントだ。

百円で二百ポイントだったから、つまり九万八千の武器を買うために四万九千エンも課金したのだ。

 

「ふふふ、気づいたか。小遣いを貯めて、お前を負かすために買ったんだ! できればああいう手段には頼りたくなかったが、勝利へ繋がるのは金だ! さぁ勝負しろ!」

 

 俺の目の前に“デュエルしますか?”と書かれたメッセージが現れた。

このままYESを押せばデュエルが始まるだろうけど、無視。

 

「悪いな、ヒマじゃないんだ」

 

「な、な、勝負を受けないというのか! じゃあ、なんのために大金はたいてこんなものを買ったっていうんだよ!」

 

「お前が勝手に買ったんだろ。いい買い物したな」

 

 これ以上トレドたちを待たせるわけにもいかない。

今度こそスライムを無視して扉を開いた。

だが、ふっと思いついた言葉をどうしてもぶつけたくて、俺はスライムへ振り返る。

 

「海賊とかけまして、お金の無駄遣いととく」

 

「その心は?」

 

「どちらも、大航海(大後悔)」

 

 フィールドAの扉を潜り、すぐにばたりと閉めた。

最後の一撃が決まったのか、それからスライムの追跡はなかった。

どんな表情でショックを受けているのか予想はつく。

 

 さて。

トレドのキャラ名はヴェルサイユだった。

あいつのことだ。爽やかで王子様ルックの見た目だろう。

いや、あいつのことだから女のキャラということもあり得るか。

 

 人は少なめ。

多分どっかのダンジョンか町にいるんだろう。人ごみに揉まれるよりマシだが。

 

 すぐにそれっぽい三人組を見つけた。

きっとあれだ。

あっちが気づいて金髪ロングの男が手を振った。

 

「おーい、アトス、こっちこっち」

 

 あれがトレドだろう。

ここはゲームだから、頼むから本名で呼ばないでほしい。

 

「はは、遅かったな」

 

 トレド――ヴェルサイユの隣には、少し気弱そうな感じの金髪ショートの女キャラと、気の強そうな黒髪ロングの女キャラがいた。

きっと気弱そうなのがミディで強そうなのがアニだな。

頭上には“メクネス”と“レナ”と名前が書かれていた。

 

「こんばんは」

 

 ミディであるメクネスが、手話や筆記ではなく声であいさつした。

ゲームの中は声が出なくても関係ないから、ミディにとっては天国のような世界だろう。

 

 それとは正反対に、アニであるレナは腕を組んでそっぽを向いている。

学校で別れてからそう時間も経過してないから、あいさつくらいされなくても仕方ないけど。

 

「あんた、なにやってたの?」

 

 アニが言う。

現実とそう変わらない声だ。

 

「いや、面倒なヤツに巻き込まれて。遅れてすまなかった」

 

「別にいいけど」

 

 別にいいけど、と思っているように感じられないそっぽの向き方だ。

 

「あの、人を、探しに、行くんですよね、どうするんですか」

 

 ミディが口を開く。

発音とかが慣れていないのか少し口調や声を調節しながら話している。

 

「そうだな、アルベロについて手分けして聞き込みをするしかないだろう。適当に歩いて遭遇するわけもないし」

 

 それにはトレドが答えた。

 

「じゃあ、俺はフィールドB。ミディとレナは他のエリアを頼む。アトスはどうする?」

 

「えっと俺は……えっと、ダンジョンとかあったっけ?」

 

「フィールドAにあるだろ、ほらそこ」

 

 後ろを見ると、奥の方にそれっぽい扉があった。

俺のレベルで丁度いいくらいのヘボいダンジョンだ。

でも、あそこに目的の人物がいるかどうかは疑問だ。

 

 不安そうな面持ちの三人と別れ、俺は扉へ向かった。

みんながアルベロにやられたとしても、ここはゲームの世界だ。

デルフィみたいに死ぬことはない。

 

「あんた、本名はミディだっけ?」

 

 私はアトスたち男子メンバーから離れてミディと一緒にフィールドCに来た。

オレンジ屋根のヨーロッパ風の落ち着いた街並みで、敵もいないから気楽でいい。

 

 さっそく人探しをしないといけないけど、その前にどうしてもミディと話したいことがあったから、キラキラと輝く川の前のベンチに腰かけていた。

 

「そうですけど、あの、いいんですか、探さなくて」

 

「あんた、もしかして慣れないの? 声出すの」

 

「ちょっと難しいですけど、大丈夫です」

 

「そう。ならいいけど。ええと私が訊きたいのはさ、あんたの兄のこと」

 

「ラウマ兄さんが、どうしたんですか」

 

「私の親父と知り合いだったんだよ、知ってるでしょ。あんたはどう思う? 無事だと思う?」

 

 急に黙ってしまった。

声が出ないんじゃなくて、言葉が出ないんだ。

 

 何秒かの間を開けてミディは口を開いた。

 

「無事だと思いたいですけど、あの、ニュース見ました。あれを見る限りは、少し厳しいと思います。海に堕ちても沈むでしょうし、シュトゥルーヴェの陸地に堕ちても大破するでしょうし、もし生きててもシュトゥルーヴェにやられる可能性も……」

 

「なんであんたはそう思うわけ?」

 

「私、父親がいないんです。私が五歳の頃に死んじゃって、そのとき凄く悲しかったんです。だから、最初から兄は無事じゃないって思っていれば、落胆しなくて済むと思って」

 

 そこまで口にしてミディは口を押さえた。

私に気を遣っているんだ。

 

「ごめんなさい。他にもたくさん人が乗っているのに。他の人たちにも家族はいるのに……」

 

「私はいいよ。あんたがそう思ってるならそれで。私は無事だと思ってる。まぁそれは自分の希望でしかないけど、そう思った方が気楽だし」

 

 ベンチの上にあった小さな石を川に投げつける。

リアルなしぶきと波が見えた。

 

「あの、そろそろ探しに行きませんか?」

 

「まぁいいけど」

 

 ベンチから立ち上がり、とりあえず近くにいた人に訊いてみようと思い、二人そろって歩いた。

レベルとかレアアイテムとかには興味ないけど、現実とは違う世界っていうのは悪いものではない。

ミディも同じ気持ちかも。

こっちの世界なら自由に言葉を話せるだろうから。

 

「お前たち」

 

 背中から何者かが話かけてきた。

知らない男の声だった。

 

「誰?」

 

 私たちは同時に振り返り、その人物の頭上にある名前を見た。

そこには喜ぶべきか逃げるべきか、探していた名前があった。

 

「あんた、アルベロっていう名前なの……?」

 

 

 

 ダンジョン・アンコール遺跡。

 

 俺がトレドたちと別れて入ったダンジョンは、石で出来た地味な遺跡だった。

どこも黒い石でゴツゴツしていて、気味が悪い。

 

 変身して適当にモンスターを倒しながら進んでいると、レベルが10にまで上がっていた。

意外とすぐに上がってよかったと思いつつ、微かにゲーム世界を楽しんでいる自分がいた。

 

 デルフィからアルベロなる人物の名前を出されて、気づけば他の生徒を巻き込んでの捜索になってしまったけど、アルベロを見つけたからってどうするんだ? 逮捕するのか? そんなの無理だ。

所詮はゲームの中だ。

ゲームの中で犯人を見つけたからってなんだってんだ。

 

 肩から抜いたマシンガンを見る。

よくできた金属のようなものだけど、これだってプログラムで構成されたまがい物だ。

見える風景も倒す敵も、人が作ったプログラムでしかない。

そう考えると、なんだか空しくなってきた。

 

 俺、なにをやってるんだろう。

デルフィが死んだショックで自分でも何をやったらいいのか分かってないのかもしれない。

 

「デルフィ……どうしてるかな」

 

 そんな心配をしていると、メッセージが入って来た。

ミディからだ。

 

『ヤバい アルベロがいた』

 

 それだけだった。

 

「もう見つけたのか!?」

 

 急いで返事を返す。

 

『見つけた? どこにいる? いまそっちに行く』

 

 しかし数秒で返ってくると思った返事は来ない。

これではどこに向かえばいいのか分からない。

少なくともこっちのダンジョンにはいないだろうから、どこかを探すしかないのか……。

 

 フィールドBかCか、どこかの町かダンジョンか。

あまりにも選択肢は多すぎる。

 

「いや、考えるより先に進もう!」

 

 ダンジョンを出てフィールドAに戻った。

当然だが目を凝らしてもトレドたちの姿はない。

いや、とにかくどこかに入ろう。

フィールドBはトレドがいるはずだからフィールドCだ。

 

 

 

 ヨーロッパ風の街並みのフィールドC。

歩いている人たちにこれといった異常はない。

焦る気持ちでもう一度メッセージを送る。

『フィールドCにいる。どこだ?』さっき送ったのにも返事はない。こっちも返事は来ないだろう。

 

 もしも一対一の戦闘中ならば目視はできなくなるはず。そうなれば探すのは厳しい。

 

 どうする。どうする。どうする。どうする――?

 

 いや待て、なにを緊張しているんだ俺は。

こんなの所詮はゲームだ。

さっきも自分で思ってたじゃないか。

アニがアルベロに勝ってようが負けてようが関係はない。ただアルベロを見つけられればそれでいいんだ。

 

 メッセージが来た。

アニかと思ったら、トレドからだ。

 

『おいアトス。アルベロじゃないが凄いものを見つけた』

 

 凄い物――? まさか可愛いキャラクターがいたとかそんなことか。まさかとは思いつつも、俺はトレドに返事を返した。

 

『どうした。アルベロを探せ』

 

 アニとは違ってすぐに返事が来た。

 

『デルフィのキャラ名ってソルテアだよな? デルフィ・ソルテアだもんな?』

 

 なぜ急にデルフィの話なのか疑問に思いつつも、『そうだ』と返す。

 

『いたんだ。ソルテアってキャラ名のキャラがいる。デルフィだろあれ』

 

『え――?』

 

 そのプレイヤーがデルフィなら、それはつまり無事の報告になる。

これほどの吉報はない。

だが今はアニを待ってアルベロと会わなくてはならない。

それでも、デルフィを放っておくわけにもいかない。

少しでも情報が欲しい。

 

『デルフィはどこにいるんだ?』

 

『すぐ近くにいる。話しかけてみたんだが、返事がない』

 

『返事がない? デルフィが操作しているんじゃないのか?』

 

『そんなの知るかよ。本人じゃないことだってあるだろうし、ただ俺を無視してるだけかもしれないだろ。いいから早く来いよ。フィールドBだ』

 

『すまん。アニからメッセージがあった。アルベロを見つけたらしいが、返事がない。おそらくフィールドCにいると思うんだけど、見当たらない』

 

『マジか、いたのかよアルベロ』

 

 アルベロもデルフィも重要だ。

アニもデルフィもお互いに返事がないというのも気になる。

どうすればいいのか、どっちを優先すべきなんだろう。

 

 アニは一向に帰ってくる気配がない。

返事もないならデュエルの最中と考えてもいいだろうし、長くなるかもしれない……そうだ、電話だ。

きっとデルフィはログイン時のエラーかなにかで、キャラだけが残ったんだろう。

だとしたら、ログアウトした現実世界にいるはずだ。

 

『すまん、ちょっと出る』

 

 トレドにそれだけ伝え、念のためにアニにも送っておいた。

手術やらなにやらが終わったデルフィに電話をかけるため、俺はゲームの世界から外に出た。

ちょっと勝手だったかもしれないけど、デルフィの無事を確認する一番手っ取り早い方法だ。

 

 

 

 呼び出し音が鳴ること十回。

デルフィがそれに応じることはなかった。

病院だから携帯が使えないのかもしれない。

いや、ゲームの世界にキャラがいたってことはスマホを使用したということだ。

でも、ゲーム中なら電話に出ることはないか? いや、ゲームの中でも応答はなかったみたいだし、プレイ中じゃないのか……?

 

 ダメだ。

答え合わせができずに、どうにも焦ってしまう。

みんなはゲームの中だ。

そろそろ戻らないといけない。

しかしデルフィからの電話も待たないと。

このゲームの欠点はスマホを使えないという点だ。

ハイテクなゲームだからそういった問題はあるだろうけど、緊急事態とかに対応できないのは不便だ。

 

 仕方ない。

ゲームに戻るか。

なにか進展があるかもしれないし。

 

 俺は汗で濡れた手でスマホを握りしめ、再びゲームの世界へ戻った。

デルフィからの電話を密かに待ちながら。

 

 ゲームを再開してエントランスに戻ると、さっそくトレドからメッセージが届いていた。

 

『おい、デルフィが消えたぞ』

 

『デルフィが消えた? さっきまで目の前にいたのにか?』

 

『そうだ。いきなり消えた。たぶん、エラーかなんかが起きたから強制的に消えたんだろう』

 

 何も分かってないが、『分かった』とだけ返しておいた。

それよりも今は気になることがある。

 

 入口にいたポン・デュ・ガールズなら、デルフィのエラーについて説明してくれるかもしれない、と思ったのだ。

さっそくエントランスから戻り、例の二人を呼び出す。

 

「おい、どっちかいないのか?」

 

「はいはーい!」

 

 元気なポン子がどこからともなく現れた。

正直どちらでも構わないのだが。

 

「ちょっと訊きたいことがある」

 

「ご質問? どんな御用?」

 

「硬直したまま動かないキャラがいたんだ。声をかけてもダメでさ、エラーかなにかか?」

 

「さぁ。あまり個人の情報は教えられないんで」

 

 やっぱりプログラムだ。

頭は固い。

じゃあ質問を変えよう。

 

「最近、エラーはあったか?」

 

「ああ、そういえばさっき、一件だけエラー報告があったね」

 

 やっぱりそうか。

デルフィのあれはただのエラーだったんだ。

それなら運営側が軽くチェックすればすぐに直せるだろう。

 

「それ、訊いてもいいかな?」

 

「エラー報告に関しては直接私たちは取得できないので、ちょっと時間がかかるけど、いい?」

 

 ちょっとの時間くらいがなんだ。

俺はすぐに頷いた。

 

 しばらくポン子が情報を読み込み、数秒でまた動き出す。

 

「あれ、これ……かなり稀だなぁ、なんでこんな状態でゲームをやってるんだろう」

 

「どういう情報だ」

 

「いいの? プライバシーのために具体的に誰とは言えないんだけど」

 

 エラーといえばデルフィしかない。

そこはポン子もプログラムなのか、エラーが起きた一人イコール・デルフィという発想はないようだった。

 

「いいよ」

 

「死亡者が一名」

 

「死亡者……って、ゲームの中でやられたってことだよな?」

 

「いえ、ゲームをプレイ中にプレイヤ―自身が現実の世界で亡くなると起きるエラーだね」

 

「お、おい。どういうことだよ」

 

「死因に関しては情報がないし、プレイヤーに関しては話せないけど、とにかくゲームプレイ中に亡くなってるね」

 

「じゃ、じゃああの硬直したキャラは、プレイヤーが死んだってことかよ?」

 

「そういう特定の個人のことは教えられないなぁ」

 

「ええと、もしプレイ中にプレイヤーが死んだら、ゲームの中のキャラはどうなる?」

 

 俺は微妙に質問を変えた。

 

「ゲーム世界にキャラは残って、一切の操作も受け付けなくなるよ。精神は死んじゃってるから肉体に戻ることはないし、精神の意思がないから肉体に戻るぞっていう命令も出せなくなるよ。だからくれぐれも危篤状態でゲームはプレイしないほうがいいね」

 

 これで確定した。

デルフィは命からがらゲームをプレイして、プレイ中に死んだんだ。

 

 なんだろう。

ずっと気にしていたデルフィの安否を心配する必要がなくなったからなのか、急に力が抜けて来た。

なぜか分からないけど、今は安心している。

 

 そもそも友達の死なんてものが現実的じゃなかったんだ。

 

 デルフィが死んだからなんだ? 俺は無関係じゃないか。

デルフィ自身だって俺のことは気にしてなかっただろうし。

 

 自分の気持ちが制御できない。

急に悲しくなってきた。

どっちなんだろう。

悲しいのか安心しているのか、意味不明だ。

 

『ごめん。今日はやめる。また明日』

 

 三人にそれだけメッセージを残して、俺はゲームをやめた。

勝手な行動はみんなには迷惑だと分かっていたけど、今はどうしようもなく疲れた。

 

『おい、どうしたんだよ?』

 

 トレドからそんなメッセージが来た。

けれど俺はそれを無視してゲームの世界から出た。

 

 ―四日目 朝―

 

 気づいたらスマホを片手に眠って次の日に突入していた。

どうやらゲームをやめてからそのまま眠ってしまったらしい。

 

 トレドからの着信が十八件、メールも三つ。

一番古いものから順にメールを開いた。

 

『おい、返事しろ』

 

『アニとミディとアルベロはどうした?』

 

『なんか返事しろ』

 

 頭の半分が空っぽになってしまっていた。

それどころか世界の半分が消え去ってしまったような感覚だ。

頬を垂れた涙が乾いて変な感触がするし、汗も酷かった。

 

 適当に返事を返した。

学校で説明すれば大丈夫だろう。

 

 時間を見る。

すでに遅刻確定の時間だ。

学校に行く気力はあまりなかったけど、トレドたちを放ってはおけない。

ダルい頭を叩き起こし、億劫な身体のまま家を出た。

 

 道中、ムダとは分かりつつデルフィからの返事を確認した。

 

 ゼロ件。

 

 デルフィはもう死んだんだから当然だ。

この世にいないし、痛みを感じることも死の恐怖を感じることもない。

 

 電車が来たけれど俺は乗らなかった。

学校をサボってしまいたかったからだ。

けっきょく何もせず、俺は家に戻った。

制服を脱ぎ捨ててベッドに大の字になった。

 

 今日はなにもやる気がない。

食欲も眠気もない。

欲という欲がすっかり抜け落ちてしまった。

 

 スマホのランプが点滅した。

デルフィからの返事かと期待したけど、相手はトレドだった。

 

 届いたメールを開く。

歯車の回らない頭でそこに書いてある文章を読んだ。

 

『アニとミディも来てない、お前も休むのか? どうしたんだ? 昨日はなにがあった?』

 

 アニとミディも来ていない……? 昨日はアルベロを見つけたって言って、それきりだ。

まさか、二人はアルベロと何かあったのか? 俺が、勝手にゲームを抜けたあのときに、二人の身になにかがあったって言うのか……?

 

 

 ―三日目 朝―

 

 

 朝が来た。

 

 セラードの姿のまま、二日が経過している。

 

いつか効果が切れて私という精神そのものも死んでしまうのではないかと冷や冷やしたけど、精神も体も特に問題はない。

 

 億劫な身体でベッドから出た。

昨日、引き出しのノートから見つけたメモを握りしめながら眠っていたのか、紙はくしゃくしゃになっている。

 

 そういえば、なんだったんだろうあれ。

紙に書いてあった“ソルテア”という文字。

聞いたこともない。

誰かの名前か、セラードが勝手に考えた何かの名前か、どちらにせよそんな言葉は耳にしていない。

 

 分からない、と言えばペルセポリスが沈む前に娯楽室でセラードが「誰かに見られている」と言っていた。

もしかして、このソルテアなる人物――人物かどうかは定かではないが――と関係するのだろうか。

 

 コンコン。

 

 寝ぼけた頭を起こすように、扉がノックされた。

 

「はい」

 

メリダか? 俺だ、アルコだ」

 

 紙をポケットに入れた。

乱れた髪をなんとなく整えて扉を開いた。

 

「よーメリダ、よく寝れたか?」

 

「う、うん……ところでアルコ、ちょっと見てほしいものが……」

 

 もしかして、アルコならソルテアについて知っているかもしれない。

ポケットから、サイフに詰めたレシートのように変貌した紙を広げた。

 

「これ、セラードの部屋の引き出しに入っていたノートに挟まってたの、ソルテアって書いてあるけど、何か心当りは?」

 

 アルコは静かに首を横に振った。

 

「いいや知らないな。でも、なんとなく人の名前っぽいな」

 

 と言っても、私たちの知り合いにそんな人物はいない。

ソルテアに関しては手詰まりだ。

 

「それはいいとして、アルコはなにしに来たの?」

 

「お前がちゃんと起きてるか確かめに来たんだよ」

 

「冗談でしょ」

 

「冗談だ」

 

 大きなため息が出た。

アルコなりに私を元気づけようとしてくれているんだろうけど。

 

「で、どこに行くの?」

 

「俺についてこい、やるべきことがある」

 

「まさか、シュトルーヴェとやりあう気なの?」

 

「そうだ。お前が眠った後、さんざん話し合ったんだ。もう決定した。いちおうお前にも聞いておいてほしいことなんだ」

 

 セラードの姿である私は作戦に参加できないけど、そう言われたからには行くしかない。

 

 

 

 パジャマであることに気づいて、キャビネットから明るい色の服を選んで着た。

白に水色のラインが入った爽やかな色で、実にセラードに似合っている。

もし私が着たら、似合うのかな。

 

「どうしたメリダ

 

 長い廊下を歩きながら、アルコが言った。

私が服を気にし過ぎていたせいかもしれない。

 

「ちょっと派手かな? でも、セラードに似合ってるし……」

 

「いいんだよ。お前は姫なんだ。勝利の女神らしく綺麗な格好でいろ」

 

 勝利の女神

たしかにセラードはそうかもしれない。

でもそれって、私にはなにもできないってことかな。

ただアルコたちの無事を祈るだけで、他にはなにもできないのかな。

 

映画ほどのスクリーンがある真っ暗な部屋に、屈強な兵士たちが礼儀正しく着席していた。

私は何度も感じたことのある空気だけど、セラードとして感じてみると熱気が凄まじい。

 

 私が来たことが合図になったのか、スクリーンの前に一人の兵士が立った。

アルコよりも一回りは年上の、確か名前はディキスだ。

私は戦いとか軍事には詳しくないし、アルコ以外の人もほとんど覚えていない。

というより、アルコやルートやラウマ以外はあまり私と砕けた会話をしてくれない。

姫であるからには色々と詳しいほうがいいのかもしれないけど、やっぱり物騒な単語や無骨な兵器は苦手だし、堅苦しい上下関係も好きじゃない。

 

 ディキスは作戦の説明を始めた。

専門用語や物騒な言葉が次々と並べられ、どれも私の耳には入ってこない。

それよりも私は、昨日の母さんの言葉を思い出していた。

 

 ――次の姫はセラードよ。

あなたはメリダのようにだらけた人間にならず、しっかり勉強して姫に相応しい器になりなさい。

 

 ――あなたは頭もよくて礼儀正しい。

姫の仕事だってすぐに覚えられる。学校もメリダより良い学校に入って、もっといろいろなことを学びなさい。

 

 ――あなたはまだ子供だからチャンスはある。

メリダを反面教師にしなさい。

セラードなら分かるわよね?

 

 ――今はショックかもしれない。

でも人の死なんてすぐに慣れるわ。

たかだが十年しか一緒にいなかった人間なのよ、死んでしまえばもう他人なの。

メリダのことなんて忘れなさい。

 

 次々と吐き出される言葉に胸が痛くなった。

確かに出来の悪い娘だったかもしれない。

実際に作戦の説明を理解できないし、自分のことをダメだダメだって卑下している。

 

 結果的にセラードは死なせてしまったけど、私だって必死に守った。

 

 それなのに、母さんは私のことを邪魔だと、死んでよかったと思ったらしい。

踏み台にしろとまで言われた。

それを正面から言われて、ショックじゃない娘がいるだろうか。

実の母親にそんなことを言われるために生き残ったんじゃない。

セラードの体のため、国のため、自分のために生き残ったんだ。

 

 自然と目から涙が溢れた。

暗い部屋で光る眩しいスクリーンが鬱陶しく思えて部屋を出る。

 

 破裂したパイプのように涙が止まらない。

あと数分も泣けば干ばつするだろうか、いっそ涙なんか枯れ果てたほうがすぅっとするかもしれない。

 

 悲しんでいるのは私だけじゃない。

ルートの子供やラウマの妹だってどこかで悲しみと戦っているんだ。

フレーザー艦長や他の乗組員の家族は私よりも泣いているだろう。

なのに呑気にお風呂に入って、クレープを食べて、ぐっすり眠って……私はまだ幸せなのかもしれない。

 

 部屋に戻ろう。

こんなところで泣いていて誰かに見られたら心配をかけさせてしまう。

 

 私は廊下を逆戻りして、セラードの部屋に戻った。

なぜだか自分の部屋よりも安心できる。

また大の字に寝そべって天井を眺めた。

その頃にはいくらか涙は引いていたけども、きっと涙で顔は酷い有様だろう。セラードの可愛らしい顔がもったいない。

 

「……そういえば、ブローチはどこだろう」

 

 母さんの言葉を忘れることなんてできないけど、切り替えないと心が持たない。

 

 けっきょくブローチはドレッサーにはなかったし、寝る前にキャビネットも調べたけどそれらしいものもなかった。残る可能性は……。

 

「ベッドの下……?」

 

 男の子じゃあるまいし、と思いながら軽い気持ちでベッドの下を覗いてみた。

細い隙間から僅かに小さな箱が見える。

ちょうどセラードの腕が入るくらいの隙間だったから探ってみる。

 

「あった、やっぱりこれだ」

 

 引っ張り出す。

薄い缶の箱だった。

ベッドの上に上げて蓋を開く。

 

 枝に葉っぱがついたような形の銀製のブローチが入っていた。

別の小袋には安全ピンとブルーベリーのような青い石が入っている。

きっとこの銀の枝に石をつけて、裏に安全ピンを接着剤でくっつければ完成するはずだ。

よく見ると葉っぱの部分は枝とは別になっているようで、こっちは接着されている。

 

 これをセラード一人で、この小さな手で作ったというのだから驚きだ。

十歳の工作のレベルではない。

ペルセポリスの一件さえなければ、これは私の誕生日に渡すつもりだったんだろう。

 

「あれ?」

 

 銀の葉っぱの裏には何か文字のようなものが乱雑に彫られていた。

きっと適当な彫刻刀でやったせいなのか、少し彫りは荒い。

 

「なんだろう、この文字」

 

 私は、その文字を左から読んでみた。

 

「セラード」

 

 読もうとしたとき、名前を呼ばれて振り向いた。

ノックもせずにアルコが扉を開けていた。

 

「ちょ、ちょっとアルコ、ノックくらいしてよ」

 

「あ、す、すまん」

 

 申し訳なさそうにアルコはコメカミのあたりをかいた。

基本的には頼りになるしいい人だけど、女性の扱いはそううまくない。

それとも、私を女性とは認めていないのか、体がセラードだからそこまで気を使えないのか、どちらにせよ良くないことだ。

 

「どうしたのアルコ?」

 

「どうしたのじゃねぇよ。いきなり部屋を出てって何してる」

 

 作戦説明が頭に入らなくて戻った、なんて勝手な理由だけど、説明しないわけにはいかない。

 

「まぁ無理もない。あんな話を聞いたって、どのみちセラードは作戦に参加できないからな」

 

「それで、説明は終わったの?」

 

「ああ。今日は準備を整えて明日にはシュトルーヴェに向かう」

 

「ずいぶん早いね。どういう作戦なの?」

 

「おいおい、俺に要約しろってか?」

 

 小難しい話を聞くのは苦手だけど、アルコの要約なら分かりやすいから大丈夫な気がする。

 

 アルコが簡単に纏めた話はこうだった。

 

 少数で潜水艦で海を移動して、シュトルーヴェへ接近する。

 

 わざと敵に察知されるようゆっくり動き、敵に襲撃されるのを待つ。

 

 敵が来たら内側からゴレスターンで変身し反撃。

外から待機させたシルヴァンシャーで潜水艦を撃墜し、船員たちは沈む前に脱出。

中に残った敵だけを潜水艦ごと沈ませる。

 

 という作戦だ。

かなり捨て身の作戦ではあったけど、攻撃する側よりもされるのを待つ方が有利であると思える。

 

「でも、そう都合よく発見されるの?」

 

「あいつらはなんらかの方法でペルセポリスを見つけたんだ。潜水艦くらい見つけられるさ」

 

 敵の実力を信用することが作戦の一つになるという、なんとも不思議な状態だ。

相手だってバカではない、こちらから何か仕掛けてくることは予想してるはずだ。

 

ペルセポリスのように直接内部へ侵入してくるかな?」

 

「外から攻撃してもすぐに沈まないことは敵も分かってるさ。だからこそペルセポリスも内側から落としたんだ。今回も同じだ」

 

「でもどこから攻めてくるのか分からないんじゃ……」

 

「今度は不意打ちじゃない。中から敵の動きを探りつつわざと侵入させるんだ。中の人間もそれなりの防御を固めているからな」

 

「かなり危険だよね」

 

「だろうな。でも作戦には危険がつきものだ。これくらいなんともないさ」

 

 なんともない、と余裕で言えるような表情ではなかった。

アルコの額には僅かに汗が浮かんでいる。

その焦りを隠すためか、アルコはブローチの箱に目をやった。

 

「それ、セラードの作ったブローチだな。器用だな、あいつ」

 

「うん。私なんかよりずっと器用。頭もいいし芯は強いし、凄いよセラードは」

 

「私なんかより?」

 

 アルコがため息をついた。

姿勢を低くして私と同じ目線になる。

 

「私なんかよりって、なんだ」

 

「なんだって、セラードは私より優秀でしょ」

 

「お前だって……メリダだって、ゴレスターンで変身して守ったんじゃないのかよ」

 

 確かにそれは私自身も凄いと思う。

けど、母さんにはそんなことは伝わらなかった。

だからきっと誇れることじゃないのかもしれない。

 

メリダ、お前はもっと胸を張れ。妹のために戦ったんだ。強いんだよ、お前は」

 

「つ、強くなんかない」

 

「セラードはお前のことを尊敬してた。世界で一番の姉だって、誇りだって言ってたよ」

 

「そ、そうじゃない。私は……私はいらない人間だったんだ。死ぬべき人間だったんだ。昨日、寝る前に母さんに言われたよ、面と向かって……」

 

 それにはアルコも驚愕した。

 

 母さんに言われたことをそのままアルコに伝えた。

悲しいような怒りを堪えるような複雑な表情だった。

昨日の私も、そんな顔だったのかもしれない。

 

「たとえ母親だろうがなんだろうが、周りが言ったことなんて気にするな」

 

「気にするなって言われても……」

 

 それは無理だ。

もうすぐ十八になるというのに、実の母にいらないと言われたのだから。

 

「俺は、お前たち姉妹が何より大切だ。俺にとってはお前たちが女神のようなもんさ」

 

「それって、ちょっと大げさじゃない?」

 

「お前たちを誇りに思ってるんだよ。だからもう私なんかって自分を下にするな」

 

「う、うん」

 

 誇り。

 

 その言葉が心に深く染み込んだ。

 

 微かだけど、私はまだ存在してもいいんだって思えた。

だから、このまま指を咥えて見ているだけはイヤだ。

それこそ母さんに不要だと思われてしまう。

 

「ねぇアルコ。私を、作戦に参加させてほしいの」

 

「ダメだ」

 

 迷いなど微塵もなく、アルコは却下した。

 

「今はセラードの体だろう。ダメに決まってる」

 

「でも……何もしていないのは落ち着かないの。お願い、アルコ」

 

「落ち着かない? そんな理由なら尚更ダメだ。お前はここで待ってろ。さっき作戦を説明しただろう。潜水艦にもシルヴァンシャーにも乗せるつもりはない」

 

「じゃ、じゃあ、どこならいいの?」

 

「どこもダメだ。何度言ったら分かる。お前の体はお前のものじゃないんだぞ」

 

「でも……でも、でも……私は何かをやらなければいけないの。まだ何もしてない。何かしないと、戦わないといけない」

 

 心臓が激しく動いている。

額から汗も滲んでいた。

きっと焦っているんだろう。

そんなことは分かっている。

けど、活躍して母さんに認められて、みんなのために戦えるのは今しかない。

今ここで功績を残さないと、これからも弱い人間のままになってしまう。

 

メリダ、自分の手を見てみろ」

 

「手?」

 

 セラードの手の平を見る。

白くて小さくて、綺麗な手だ。

 

「お前の手は何かを壊すためじゃない。何かを作るためにあるんだ。そんな綺麗な手を血で染めていいはずがない」

 

「だ、だから私は、みんなを守るために……戦いたいって……」

 

「今回だけが活躍の場じゃない。焦ってセラードにケガさせたらどうすんだ。深呼吸しろ」

 

 言われたとおり、深く深呼吸した。

三度だけ繰り返すと、心臓に纏わりついていたようなモヤモヤが取っ払われた気がして軽くなった。

 

「落ち着いたか?」

 

「う、うん」

 

「ならいい。とにかく今は大人しくしてろ。危険じゃなければ手伝ってもらうから」

 

「うん」

 

「……でもまぁ、そこまで自信があるなら、そういう時も来るかもしれん」

 

「戦っても、いいってこと?」

 

「そういう時もあるかもな、おそらく」

 

 雑用とかおつかいとか簡単な計算とかなら私でもできる。

それで妥協しろと言われても納得しきれないけど、セラードのためを考えれば当然のことかもしれない。

 

 戦う時、か。

あるのかな、そういう時。

 

「じゃあ、俺は準備に入る。必要ならなんか買ってこようか?」

 

「ううん。ここまで私を守ってくれたんだもの、それで十分」

 

「分かったよ。じゃあな」

 

 アルコは部屋を出て、首だけ部屋に入れてこちらに微笑む。

 

メリダ、そのブローチ最後まで作ってやれよ」

 

「え、私が? でもこれ、セラードが」

 

「もともとお前にあげる予定だったんだ。代わりに作ったってバチは当たらないさ。ま、作るかどうかは任せるけどよ。じゃあな」

 

 パタりと扉は閉じられた。

一人になった私は、缶の中で眠る作りかけのブローチと睨めっこした。

作ろうかな、とも思ったけど、やめた。

 

「まだ、いいかな」

 

 いろいろと片付いてからでも遅くはない。

 

 缶をベッドの下に戻そうとしたけど、銀の葉っぱの裏に彫られた文字を忘れていた。

慌ててブローチを裏返して文字を読む。

 

 そこには“DELPHI”とだけ彫られていた。“

 

「デルフィ? デルフィって、なに?」

 

 セラードの口からは聞いたこともない単語だった。

いや、単語なのかどうかも定かではない。

人名か地名かすらも。

 

 もしかして私のじゃないのかな。

そのデルフィっていう人に作ったものかも。

それともブローチの名前がデルフィ?

 

 ノートのメモにあったソルテアという言葉もそうだ。

デルフィとソルテア。

この二つは無視していいものではないだろう。でも考えたって答えは出せない。

いったんブローチを缶にしまい、ベッドの下に戻した。

 

 妹なのにセラードには謎が多い。

デルフィとソルテアも……娯楽室で言った、誰かに見られているっていう言葉も、どれほど手先が器用で、あのマンガもどんな内容なのかも、考えてみれば私は何も知らないのかもしれない。

 

 部屋で一人でいてもどうしようもないから、とりあえず部屋を出ることにした。

どこも人が動いてて忙しいだろうからウロウロできないけど、中庭なら誰にも邪魔にならずに済むだろう。

 

 廊下を歩きながら、ポケットから私のスマホを取り出した。

メールが五十五件も届いている。

どこからの迷惑メールだろうと思ったら、シルヴァンシャーで降りた後に家に泊めてもらったティカルだった。

 

メリダ、大丈夫?』

 

『返事して』

 

『生きてるよね、無事だよね』

 

 状況を把握するには最初の三件だけで十分だった。

 

 ペルセポリスが落ちたことがどこからか漏れたんだ。

あそこは海の上だ。

偶然にも下にいた漁師かなにかに撮影されて流れたんだろう。

ティカルもそれを見て、私が乗っていると思って(実際に乗っていたけど)こうして心配のメールをいくつも送ってきたのだろう。

 

 そうだよね。

母さんに冷たく言われても、こうして心配してくれる友人がいるんだ。

私だってティカルが危険な目に遭ったと思ったら同じことをするかもしれない。

 

 こうしている間にもメールは届いた。

これ以上ティカルに心配はかけさせたくない。

私は自分のスマホから『ちょっとバタバタして遅れた。

ごめん。

私は大丈夫だよ』と返した。

 

 ティカルに嘘をつくのは申し訳なかったけど、安心させるためにはこの一言だけでいい。

もうティカルは“メリダ”と会うことはないけど、今だけは安心させてやりたい。

 

 すぐに『よかった!』と返事が来る。

語尾にははち切れんばかりのハートが溢れていた。

 

「これで、良いんだよね」

 

 ウソも方便。

私が死んだ報告なら後ですればいい。

きっとティカルならウソも許してくれる。

 

 そっとスマホをポケットに戻して中庭へ歩いた。

室内に籠っているよりはちょっとでも外の空気を吸ったほうが身体にも良いだろうし、これからのことを考えるのにも丁度いい。

 

 四角い中庭。

中央に小さな噴水があり、その上には女性の銅像が鎮座している。

周囲は花に囲まれていて、なんとなく甘い匂いを漂わせていた。

やっぱりここに来て正解だった。

 

 噴水の前には小さな木製のベンチがある。

表面の砂を払って、そこに腰かけた。

セラードの体には少し背の高いベンチだったけど、座れないこともない。

 

 上を見上げる。

雲一つない青い空を背景にして鳥が飛んでいた。

ここだけ見れば平和なものだ。

とても国の姫が殺された後とは思えない。

 

 まだ私の訃報(人が死んだ知らせ)はおおやけにはなっていないだろう。

もし世間に公表されたらどれだけ影響があるのか分からないけど、いちおう姫だから結構な打撃になると思う。

 

 でも世間が危惧するのは次の姫のことだろう。

十歳に姫が務まるのか、世界に示しがつくのか。

っていう感じの。

もちろん十七歳の私が姫でも甘く見る国はあるだろうけど。

 これからのこと

を落ち着いて考えたくてここに来たけど、何を考えればいいのかな。

呼ばれてもいないのに首を突っ込んでも邪魔になっちゃうだろうし……今のところは退屈。

ヒマだ。

 

 スマホを取り出した。

ティカルから返事があったけど、返すとキリがない。

あくまで私は死んでいるんだから、深く関わるのはよくない。

 

 それと、ミスティミラージュ・オンラインというゲームもあったのを忘れていた。

アルコ曰く、精神をゲーム世界に移動させるらしいけど、凄いゲームだ。

 

 前にも思ったけど、これって凄くゴレスターンに似てる。

まさかこれって……。

 

「なにをしているの?」

 

「わっ!」

 

 急に後ろから呼ばれて、私はベンチから飛び降りた。

誰かと身構えれば、そこにいたのは母さんだった。

昔のように温かい目には見えない。

 

「それ、メリダの携帯でしょ? どうしたの?」

 

「あ、姉様から回収しました。重要な情報があると思って」

 

 しまった。

そんなことを口にすれば、母さんに取られる可能性がある。

 

「それを、セラードが調べてたの?」

 

「は、はい。何もなかったですけど」

 

「今、白いアイコンを見てたでしょ?」

 

 ――ミスティミラージュ・オンラインのことだ。

なぜか母さんの視線は鋭く突き刺さった。

 

「あれをプレイしたの?」

 

「い、いえ」

 

「そう。あれはすぐに消しなさい」

 

「へ?」

 

「あれは実験なの」

 

 ――実験……? このゲームが、実験……?

 

「それは、どういう……?」

 

「あなたには教えておいた方がいいわね。実はペルセポリスには、ある兵器が隠されていたの。あなたは知らないでしょうけど」

 

 ゴレスターンのことだ。

あれは私とアルコとか一部の人しか知らない。

当然、セラードには伝えていないし、市民も他の国にも情報はない。

 

「兵器、ですか」

 

「瞬時にパワードスーツを着用して戦えるの。それと、死人に精神を移すという能力もある」

 

 知っている。

だって実際に使用して今に至るのだから。

でもあくまで知らない”てい”を装うため、わざと首を傾げた。

 

「あのゲームはそのための試作で市民の携帯に配られた。安全性は最優先に考慮されているから危険なものではないけど」

 

「そのゴレスターンという指……兵器の実験ですか」

 

 危うく指輪と発言しそうになった。

まだ母さんはゴレスターンを指輪とは言っていない。

ここで指輪などと口にすれば精神を移したことがバレかねない。

 

「まだこれといった問題は報告されていない。つまり実験は成功ってことね。ただ、死亡者はいたけど」

 

「し、死亡者? ゲームでですか」

 

「いいえ、ゲーム内システムのトラブルで死亡したのではない。プレイ中に死亡したの。きっと危篤状態でプレイしたのね、それでゲーム内では操作不能になった。これはゲームのトラブルとは関係ないから別にいいのだけれど」

 

「そのプレイした方の名前……は……?」

 

 なんとなく、その人の名前が気になった。

 

なぜかと問われても答えは出ないけど。

 

「名前? そんなことを知ってどうするの?」

 

「いえ、教えちゃダメなら訊きませんけど」

 

「……いいわ。セラードには特別に教えてあげる」

 

「いいのですか?」

 

「ええ。死亡者の名前はデルフィ・ソルテア」

 

「――デルフィ……ソルテア?」

 

 枝分かれしていた道が一つに収束した気がした。

 

頭の中をかきまわしていた言葉と母さんの言葉が一致して息を飲む。

 

手が震える。

 

目を見開く。

 

メモにあったソルテアという単語と、ブローチにあったデルフィという単語。

二つが、繋がった。

 

「どうしたのセラード?」

 

「え、ええと……」

 

 あまりの衝撃に一歩後退した。

怪しまれないような言い訳を脳内でこねくり回す。

 

「いえ、不幸な方だな、と。若いのですか?」

 

「若い。と言ってもセラードよりは上の女性。高校生くらいね」

 

 メリダと同じくらい、と言ってくれないのが悲しかったけど、めげずに情報は集めたい。

 

「どこに住んでいるのですか?」

 

「亡くなった病院はエフェソス内にあるわ。お腹を何者かに刺されて、同級生の少年が救急車を呼んだらしいけど」

 

 国内の女子高校生。

お腹を刺されて死亡。

それだけあれば十分だ。

 

「でもセラード、そんなことを聞いて意味はあるの?」

 

「いえ、ちょっとした好奇心ですから」

 

「ゲーム中に死亡したなんて特殊なトラブルだったから、携帯の位置情報から病院を割り出して直接訊いたのよ。国が情報を欲していると言ったらすぐに教えてくれたわ」

 

 そんな強引な手が許されるのか。

でもゴレスターンの実験とあればそこまで必死になるのも分かる気がする。

けど死人の情報なんて、そう簡単に教えていいものじゃないし訊くべきでもない。

と言いつつ私もその一人だ。

 

「もう大丈夫です」

 

「とにかく、セラードはゲームをしないように。分かった?」

 

「はい」

 

 母さんは背を向けて去っていった。

中庭に差し込む温かい光から外れた母さんの背中は、セラードの目線から見るとすごく大きく見えた。

あそこまでセラードにゲームをさせたくないってことは、それほどゴレスターンの実験は重要で繊細なものらしい。

 

 母さんの言葉の一つ一つが重く感じられた。

愛情が感じられなかったからか否かは分からない。

けど、セラードに対する愛情はあった。

皮肉なことだ。

セラードだからこそ私の本心が見えて、セラードだからこそセラードの本心が見える。

親ってそういうものなのかもしれない。

 

「もう、いいや」

 

 外の空気も十分に吸ったことだし、中に戻ろう。

 

 そういえば、今日はまだ何も口にしていない。

お腹が減った。

確か軍人用の食堂もあったはず。

何も食べないままデルフィ・ソルテアについて考えられない。

腹が減っては戦はできぬと言うし、脳も満足してくれない。

 

 

 

 軍人用の食堂は初めて来た。

この建物は私たちの家もあり、軍人たちが作戦の調整や補給をできる施設もある。

戦いの最中でなければ賑やかなものだ。

もちろんシルヴァンシャーやゴレスターンに関することは別の建物でやるらしいけど、そっちはあまり見たことはない。

 

 食堂は学校の体育館くらいの広さで、適当な長テーブルが並べられていた。

例の作戦とは別なのか、何人かの軍人が座って食事をしているけど、どうにも浮かない顔だ。

 

「ううう……メリダ様……なんで死んじまったんだ……」

 

 男泣き、というものかな。

体格のいい人が隣の人に励まされながら派手に涙を流していた。

どうやら私のことで悲しんでくれているらしい。

 

 私が行ったら、あの人は遠慮しちゃうかもしれない。今は悲しませてあげよう。

涙で気持ちが晴れればあの人も楽になるだろうし。

 

 すぐに回れ右をして、食堂を出た。

直後、見覚えのある人と遭遇する。

 

「ようメリダ

 

 食堂に入ってきたのはアルコだった。

私の身長に合わせてしゃがんでくれるから話しやすい。

 

「俺はちょっと休憩だ。お前もか?」

 

「う、うん」

 

 でもあの男泣きをしていた人が気になる。

そのことをアルコに伝えると、困ったような怒ったような表情を浮かべながら頭をかきむしった。

 

「ったく、あんなのいたら入りづらいよな」

 

「私のために泣いてくれるのは、嬉しいけど……」

 

「まぁいい。じゃあバーに来いよ。地下にひっそりとあるんだ」

 

 そんなものがあったなんて知らなかった。

まるでここ、夜のショッピングモールみたいだ。

 

「バー……でも私、お酒は」

 

「分かってるよ。ジュースくらいなら出してくれるって」

 

 

 

 ちょっと薄暗くて落ち着いた感じのバーだった。

スピーカーから流れるジャズが大人な雰囲気を演出していて、私もちょっぴり大人になった気分だ。

実感がないけど、私も生きていればあと二年で二十歳だったんだ。

 

 アルコに手伝ってもらいながら、セラードには少し高い椅子に座る。

隣にアルコもいる。

 

「あら、セラード様ですか、お酒でも飲みます?」

 

 優しい笑顔のマスターがそんな冗談をかましながら綺麗なグレープジュースをそっと出してくれた。

カクテル用のグラスに注がれているから、それだけで高級感を感じられる。

 

「アルコ、酔いつぶれるなよ」

 

「分かってるよ。酒はいらん」

 

「まぁ、そもそもここは雰囲気だけで酒なんか置いてないんだけどな」

 

 それもそうか。

 

 マスターが、アルコの前に金色のジンジャーエールを出した。

 

 アルコのグラスと私のグラスをカチンと合わせると、お洒落な音が響いた。

少し口をつけると、突き刺すような炭酸ととろけるような甘さが口いっぱいに広がる。

 

 すぐにマスターが小さなサンドイッチも出してくれた。

軽くお礼を言うと、ニコリとほほ笑み返された。

 

「食べろよ、腹減ってるだろ?」

 

「う、うん」

 

 一口だけ頬張ると、薄くスライスされたジューシーなローストチキンと、ほのかなレモンが口いっぱいに広がった。

空腹だった体と疲れた心に染み渡る。

 

「アルコ、デルフィ・ソルテアって人、知ってる?」

 

「そういやお前、ソルテアがどうのこうのって言ってたな、でもデルフィってのも知らないし、そんな人物も俺には分からん」

 

「そう……」

 

「それがどうしたんだ?」

 

 私は母さんから聞いた情報をアルコにも伝えた。

 

 ミスティミラージュ・オンラインはゴレスターンの実験のためのゲームだということ。

これは正直、アルコに伝えてしまっていいものなのかと迷ったけど、アルコなら大丈夫だ。

 

 それと、デルフィ・ソルテアなる人物の年齢などなどと、ミスティミラージュ・オンラインの中で亡くなったという話。

デルフィ・ソルテアがセラードと無関係ではなさそうという話も。

 

「どう思うアルコ? それでも心当りはない?」

 

「分からんな。俺らも知らないってことは、きっとセラードが誰にも言わなかったことだろう」

 

「そ、そうだよね……」

 

 アルコが分からないのなら完全に手詰まりだ。

母さんに訊くのもイヤだし、セラードが母さんだけに教えているとも考えづらい。

 

 ただブローチにデルフィと書かれていたからブローチの名前なのかもしれないけど、それにしてもどうして同じ名前が、タイミングよく現れるんだろう。

 

「もしかしたら、ただの偶然かもな。セラードが考えた名前と、死んだ人間の名前が同じで、タイミングよく出てきたってだけかもしれん」

 

 その可能性もあるけど、姉としてそれは否定したい。

偶然だとしてもちょっと縁起が悪い。

 

「だが今は予想の範疇だ。心配なら、そのデルフィ・ソルテアって人の病院に行くか?」

 

「それもいいけど、でも今は作戦があるから」

 

「そうだな。片付いてからでもいいけど、あんまり遅いと葬式が始まっちまうかもしれん」

 

 確かにそれは近道だけど、セラードの残した文字だけを頼りに赤の他人を探るなんて、ちょっと失礼な気がする。

そういう強引な手もありかもしれないけど、死人に対しても礼儀はある。

 

「分かった。それは後で考えるよ。でも、それとは別にもう一つあるの」

 

「なんだ?」

 

「さっき食堂で、私のために泣いてくれていた人がいたけど……」

 

「あぁ。ブリッゲンのやつか。あいつは涙もろいし、何より人一倍メリダに敬意を評していた。男泣きってやつさ」

 

「私、嬉しかったの。母さんは私のことをどうでもいいって思ってたけど、あのブリッゲンって人は悲しんでくれた。悲しんでくれる人がいるって、凄く嬉しい」

 

「悲しんでるのはあいつだけじゃない。俺はメリダもセラードもいなくなったら悲しむ。今のお前はどっちも兼ね備えてるから安心だけどな」

 

「兼ね備えてるって」

 

「バニラとチョコのミックスみたいなもんさ。チワワとビーグルのミックスとも言えるか」

 

 きっと私はチョコレートでビーグルなんだろう。

セラードはバニラでチワワって感じだ。

 

「人ってよ、産まれたときは泣いてるもんさ。だから死んだ後くらいは、みんなに泣いてもらいたいよな」

 

「死んでから周囲の反応に気づくって、すごく皮肉だけど、死んだからこそ感じられることなんだよね。普通じゃ感じられない特別って感じがする」

 

「そうだな……」

 

 アルコの横顔には寂しさが混じっていた。

 

 そして、アルコはこんなことを口にする。

 

「俺も死んだら、誰か悲しんでくれるかな」

 

 あまりにもあっさりとした口調で、自然にそう言った。

だから私も自然に返す。

 

「私は悲しい。本当に」

 

「じゃあ、泣いてくれよ。枯れるくらいな」

 

 アルコはジンジャーエールを最後の一滴まで飲み干してから立ち上がった。

私の言葉のおかげか、寂しそうな顔はもうなかった。

 

「さて、休憩は終わりだ。お前はどうする?」

 

「特にやることがないなら、私はまだここにいる」

 

 母さんには会いたくなかったし、私が死んで悲しむ人たちも見たくなかった。

泣いてくれること自体は嬉しいけど、泣いている姿を見て幸せにはならないし。

 

「そういえば、ペルセポリスは大丈夫なの? 微弱な電波があるって言ってたから生存の確率はあると思うけど」

 

「まだ分からん。けど、捜索に行った連中もいる。きっと見つかるさ」

 

「……そっか」

 

「まぁ、くれぐれも飲みすぎるなよ」

 

「お酒じゃないんだから、大丈夫」

 

 アルコは大きな背を向けてバーを出た。

セラードの体のまま大人になったら、いつかアルコと一緒にお酒を飲みたい。

あと十年、か。

 

「セラード様、なんか食べますかい?」

 

 私たちの会話を聞かないよう配慮していたのか、離れていたマスターはこちらに顔を向けた。

 

 まだサンドイッチは残っている。

でもお腹は正直で、まだ食べ物を望んでいた。

 

「パフェ、出せますけど」

 

「そ、それください」

 

 瞬間的に反応してしまい、少しセラードらしくない言い方をしてしまった。

でもマスターは何も言わず頷き、カウンターの奥へ消えた。

 

 残ったサンドイッチを片付け、グレープジュースを飲み干した。

 

 パフェを待つ間、やっぱりデルフィ・ソルテアのことが頭から離れなかった。

 

 誰か、誰か知っている人はいないのだろうか。

 

 亡くなった人のことを家族に図々しく質問したくはないから、ちょっと知っている程度の知り合いでいい。

作戦にもシュトゥルーヴェとの戦いにも関係ないけど、セラードのためにもどうしても知りたい。

 

 誰かいないのかな、デルフィ・ソルテアのことをよく知っている友人とかは……。

 

 

 

           ――四日目 朝――

 

 

 

 今日は学校を休んだ。

トレド曰く、俺の他にミディとアニも学校に来ていないらしい。

昨日、ミディとアニがアルベロと戦闘した。

でもどれくらい戦闘してどうなったのかを知る前に、俺はデルフィの死を知ってゲームを抜けてしまった。

 

 朝から、トレドからのメールだ。

 

『アニとミディも来てない、お前も休むのか? どうしたんだ? 昨日はなにがあった?』

 

 二人が学校にいないということは、やっぱりゲームの中で何かあったんだろう。なんとか話を聞きたいけど、あいにく二人の家は知らない。

 

 いや、家なんか知らなくても問題ないじゃないか。

 

 ミディは声が出ないため電話はできない。

だからアニへ電話をかけた。

 

 数回の着信音の後、元気なさそうなミディの返事が来た。

 

『ええ? あんた、なに?』

 

「ミディか?」

 

『そりゃそうでしょ。私のなんだから』

 

 無事を確認できて安心した。デルフィと続けて死んでいたら、俺の心臓が止まるところだ。

 

『あんた、学校は?』

 

「いや……」

 

『そう……なんかさ。ぜんぜん行く気しない。もうあのゲームはやらない』

 

「お、おい、どうしたんだよ」

 

『昨日は大変だったんだから。ミディと一緒にアルベロと戦闘して……それで……』

 

「それで……?」

 

『ボコボコにやられた。大したレベルじゃなかったけど、なんか、凄い怖い戦い方するんだよ』

 

 精神をそのままにプレイしているから、心臓が弱い人はゲーム中にトラウマを抱える人もいるってポン子だかデュー子が説明してたな。

でもそんな危険なゲームで本当に大丈夫なのか。

まるで何かの実験みたいだ。

 

「こ、怖い戦い方って?」

 

『不気味なこと呟きながら、剣を目の前で寸止めしたりすんの。ミディなんて、もう耐えられなくて途中でやめちゃったくらいだし、私も……なんかもう嫌』

 

 実際にデルフィを殺害しているやつだ。

ゲームの中でも狡猾なことをしててもおかしくない。

肉体的に攻められないなら、精神的に追い詰めるってことか。

変態を通り越して異常だ。

 

「待ってくれよ。協力するって言ったじゃないか」

 

『ごめん。私もそうしたいけど、ちょっとアニと一緒に行くところがあるの』

 

「行くところ?」

 

『姫様のところだよ。メリダ・エーランド。知ってるでしょ、私の親父とミディのお兄さんって軍人だから、メリダ・エーランドとも繋がりがあるの。ちょっと訊きたいこともあるし』

 

 そうだ。

アニの父親とミディの兄は、ペルセポリスにも乗っていた軍人なんだ。生死も不明だし、無理させるわけにもいかない。

協力者を失うのは痛手だけど、どうにもならない。

 

『ごめん。頼ってくれたのに』

 

「いいよ。あとは俺らでなんとかする」

 

『ごめん』

 

「いいよ。じゃあ」

 

 と締めくくって電話を切ろうとしたとき、『待って』とアニに止められた。

 

「どうした?」

 

『あのアルベロってやつ、かなり危ないやつだから気を付けて。ゲームとはいえ、あいつは狂ってるよ。それだけ忠告しておく。じゃあね』

 

 アニから電話を切った。

おそらくもう、アニと会うことも電話することもないだろう。

でもそれでよかったのかもしれない。

二人をアルベロやデルフィの問題に関わらせないほうがいいんだ。

二人もアルベロに殺されたら、俺は償っても償いきれない。

 

 さて問題はここからだ。

デルフィが死んだ以上、返事を待つ必要はなくなった。

トレドは普通に学校。

アニとミディは戦線離脱。

俺には策はない。

 

 どうしたもんか。

 

 ……ここでダラダラしていても道は拓けない。

デルフィはもういないけど、俺はなぜデルフィが死ななきゃいけなかったのか解明したい。

犯人は誰で、いつ刺されて、どんな顔で最期を迎えたのか、俺はデルフィのことなんてほとんど知らないんだ。

 

 メリダ・エーランドなら、デルフィのこと分かるのかな。

いや、姫といえ全知全能の神じゃあるまいし、一人の市民のことなんて名前すら知らないはずだ。

 

 いや、待てよ。そうとも言い切れない。

 

 デルフィが刺されて駅で倒れてたとき、こんなことを言っていた。

 

「私、小さな部屋でマンガを読んでいる女の子を見た……近くにお姉さんみたいな人も……」

 

 あのときはデルフィを助けるために必死でいまいち考えてなかったけど、もしかしたらデルフィは姫のことをどこかで見ていたのかもしれない。

 

 メリダ・エーランドは十七歳で、十歳の妹がいる。

確か名前はセラードだ。

マンガを読んでいた小さな女の子がセラードだとすると、近くにいたお姉さんとはメリダということになる。

 

 それに小さな部屋と言っていた。

姫がマンガを読む小さな部屋と言ったら、娯楽室かなにかだと思う。姫が読みそうなマンガと言えば……貴族ものとか、王族もの、もしくは軍事ものか。

 

 ……軍事もの……デルフィと軍事もののマンガ……なにか引っかかる。

デルフィと交わしたマンガの話題と言えば……確か……。

 

 ゲーセンでシマウマとアルパカのぬいぐるみを取ったときのことだ。

あのマンガの名前、えらく長かった気がするけど……なんとかバッファロー

スマッシュってやつ……。

 

 答えが出なくてもどかしくなり、スマホに頼ることにした。

もし俺がもっと古い時代に産まれていたらここで手詰まりだっただろう。

 

 なんとなくそれっぽいワードを打ち込んで検索する。

 

 スマッシュ バッファロー シマウマ アルパカ マンガ……。

 

「おっ」

 

 ヒットした。

答えはウォータートン・グレイシャー原作の、ヘッドスマッシュ&イン・バッファロージャンプだ。

 

 デルフィがどうして姫姉妹のことを知っていてどこで見たのか定かではないけど、ここまで情報が収束したなら何かあるはずだ。

 

 でもデルフィはもういない。

それは揺るがない事実で覆せない真実だ。

答え合わせなんて永遠にできないだろうけど、答えに近づいている気がする。

 

 きっと、デルフィとセラードは繋がっている。

超常的ななにかかもしれない。

それでもいい。

まだ頭の中の話でしかないけど、一歩でも進めればそれでいい。

 

 さて……これからどうしよう。

今さら学校に行く気にもならないから、いっそ今日は休んでしまおう。

でもいざサボってみると何もやる気が起きない。

本当ならセラード・エーランドと連絡を取ってデルフィについて訊きたい気分だけど、俺みたいな庶民が姫と話せるわけもないし……アニとミディみたいに関係者に知り合いがいればいいんだけど。

 

 所詮、俺程度の力じゃ調べるなんてことできない。

ネット検索で解決することじゃないし。

 

「あーあ」

 

 やることもなかったから、俺はミスティミラージュ・オンラインを起動することにした。

なんとなくゲーム世界にいれば気が紛れると思ったし、情報も得られると思ったからだ。

 

 

 

 さっそくフィールドAに行こうと思ったけど、エントランスに行く前にやることがあったから、ポン子とデュー子を呼んだ。

 

「はいはい、呼んだ?」

 

 どこからかポン子が現れた。

相変わらず元気だけはある。

 

「ちょっと、頼みがあるんだが、デュー子はいないのか?」

 

「え? いないけど。データだけど休むときくらいあるよ」

 

 まるでOLだな。

 

「で、なに?」

 

「いや、重要なことでな。現実にも関わることだ」

 

「お?」

 

 ポン子に要件を伝え、俺はフィールドAにやってきた。

午前中ということもあって人は多い。

こんな時間に学校も会社もサボってゲームしてる俺みたいなのが多いっていうのは問題だろう。

 

 今はトレドたちもいない、完全に一人の状態。

でもゲームらしいことはする気なくて、ただぼうっとゲームに浸りたいだけだった。

 

「よう、友よ」

 

 後ろから肩を叩かれた。

見覚えのあるやつだと思ったら、例のスライムマンだった。

 

 今は誰にも会いたくなかった。

特にスライムマンは嫌だ。

 

 でも話し相手が欲しいという気持ちも少しはあって、こんな質問をしてしまった。

 

「なぁ、ちょっと訊きたいんだが。お前さ、姫とかと知り合いじゃない?」

 

「な、な、ななな何を言う」

 

 スライムマンは妙にうろたえた。

まさかと思って訊いてみたけど、そのまさかなのか?

 

「どうした、その反応は」

 

「い、いや、知り合いなわけないだろう。あんな美しい姫君たちと知り合いだなんて」

 

「そういや、同級生の妹が家に泊まったとか言ってたな。まるで姫みたいだったって。もしかしてあれって本当に姫だったのか?」

 

「ば、バカな。そんなものはものの例えだ」

 

 妙な反応をするスライムマンだけど、こんなやつが姫の知り合いなわけない。

そう思いたい。

 

「そんなことより、勝負をしろ」

 

「そういや言ってたな、カティオスの剣を課金して買ったって。九万八千ポイントだっけか」

 

 その魔剣札束ブレードはスライムマンの背中にくっついていた。

俺は勝負などしないから、おそらく永遠に使われることはないだろう。

 

「悪いけどパスだ」

 

「な、なにか理由があるのか? 勝負をしたくない理由が」

 

「その一。まずお前は鬱陶しい。その二、俺は姫と繋がりがあるかもしれないデルフィについて考えたい」

 

「姫と繋がりがある、だと?」

 

 しまった。こいつに姫の話題はタブーだった。

あまりにも予想が繋がりすぎてつい口にしてしまったことを後悔する。

でももう遅い。

 

「いや、それは例えだ気にするな。それより俺は一人になりたい。あっち行ってくれ頼むから」

 

「く、しょうがないな。今日のところは退く。また今度にしよう」

 

「永遠に退いてろ。今度はない」

 

 高価な剣を背負った寂しげな背中を向け、スライムは去った。

 

 やっぱり意味もなくこんなところ来るもんじゃないな、と後悔しつつ、俺はメニュー画面を開いて戻ろうとした。

の、だが。

 

「ん?」

 

 フィールドAの端っこ、気になる名前が目に入った。

偶然か必然か分からないけど、そこには確かに探し求めていた名前があった。

 

 全身が銀色のパワードスーツのキャラクター。

その頭上には、確かにアルベロと書いてある。

 

 アルベロ――俺は無我夢中で走りだした。

作戦もなにもなく、ただ一心不乱に。

蜃気楼のようにも見えたアルベロの背中に、たどり着いた。

 

「お前、こんなところでなにしてやがる」

 

 背中に声をかける。

アルベロはゆっくりと振り向いた。

 

「お、誰だきみは」

 

 若い男の声。

電話だと加工されていて男かどうか判別できなかったけど、今回は普通だ。

でもこれはあくまでゲーム内のキャラだ。

現実とは異なる。

 

「誰だじゃねぇ。俺は、お前が殺したあの子の友達だ」

 

「あの子、あぁデルフィ・ソルテアか。つまりきみは電話をかけたアトス・エオリアくんだね」

 

 アルベロはデルフィの携帯を見て俺の番号を知った。

だから名前を知っているのは当然だ。

 

「お前、なんでデルフィを殺した。ここで何やってやがる。どの面さげて呼吸してんだ、おい」

 

「どういうつもり、か」

 

「あいつが救急車で運ばれたあと、お前は電話をかけてきた。あれはなんだ」

 

「じゃあ逆に聞くけど、君の仲間が私のことを探っていたのはどういうことかな?」

 

 昨日のことだ。

それだって、俺にも訊きたいことはある。

 

「お前が殺人犯だからだ。デルフィが教えてくれたんだよ、アルベロっていうやつにやられたってな。だからお前を探すために仲間を集めた」

 

「くく……くくくくく……」

 

 アルベロは不気味に笑い出した。

ゲームキャラだし変身しているとはいえ、笑い方や動きから不気味さがにじみ出ている。

 

「な、なにがおかしい!?」

 

「殺した理由を教えろと、つまりそういうことだな」

 

当たりめぇだろ。なんで罪のないデルフィが殺されなきゃならなかったんだ。まだ高校生なんだぞ、どんな権利があって、お前なんかに……」

 

「じゃあ、勝負しようか」

 

「はぁ?」

 

「ここで勝負しよう。勝っても負けてもきみには理由を教えてやろう。私は遊びたいんだ。いいだろう? どうせヒマだろ?」

 

「ちっ……」

 

 喋り方、動き、声、どれもが腹立つ。

誰のせいで学校に行きたくなくなったと思ってるんだ。

 

 だがやらないわけにはいかない。

 

「さぁ、見せてくれよ、きみのミラージュ・コーティングを」

 

 すでにアルベロは変身している。

 

 俺は念じて、左の人差し指にダイヤの指輪を出現させた。

 

「ミラージュ……コーティング!」

 

 アルベロを殴りつけるように突き出した左腕はあっけなくキャッチされ、硬いメットを睨みつけながら、俺の体は俺じゃない体に変貌していく。

 

「威勢がいいねぇ。面白そうだ」

 

 目の前には“デュエルしますか?”のメッセージウィンドウ。俺は迷わず“はい”を選んだ。

 

 

 

 

 周囲を石が取り囲む遺跡のフィールドだ。

まるで数百年か数千年も時代が戻ったような雰囲気で、決闘するのに味がある場所だった

 

 ついに、アルベロとの決闘。

というより、まさか相手をこんな簡単に発見できるとは思わなかった。

ついに見つけた、という感じは微塵もない。

でもそんなことどうでもいい、俺はデルフィが死んだ理由を知りたい。

それなら、俺が死にそうな目にあったってかまわない。

 

 相手はレベル12。

対する俺はレベル10。

能力だけなら負けてるかもしれないけど、このゲームは能力だけじゃない。

 

 肩につけられた箱型のマシンガンを抜いて、アルベロに向けてがむしゃらな射撃をしながら特攻した。

作戦もへったくれもない。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 アルベロとの距離は十数メートル。

適当に撃ったって弾がバラけてまともに命中しない。

命中したところでアルベロに対するダメージなんてたかがしれてる。

 

 接近して格闘に持ち込む。

直接この手で殴ってやらなくちゃ気がすまない。

着々と距離が詰まる。

その間にも何発か命中しているけど、おそらく意味はない。

 

「数を撃てば当たると思ったかい?」

 

 アルベロは大したダメージがないから余裕だ。

 

 腕を高々と上げ、魔法陣のようなものを三つ出した。

そこからひょっこりと槍が見切れててこちらに矛先が向けられている。

 

 あんなのものを見せられれば、これからあの槍がどう動くのか予想はつく。

 

「来るなら来いよ! アルベロ!」

 

 アルベロが腕を振ると、魔法陣から槍が射出された。

三つそれぞれが誤差のあるタイミングで撃ち出され、避ける隙を見失う。

 

 前方斜め上から一本――まずはこいつを――。

 

「あぶねぇ!」

 

 全身をバネにして飛ぶ。

真下の地面に槍がねじ込まれた。

もし飛んでいなければ串刺しは間違いない。

残り二本も左右斜め上から強襲する。

空中にいるいまの状況じゃ回避は無理だ。なら――。

 

 二本の槍に左右のマシンガンを向け、撃つ!

 バラついた弾丸たちがいくつか命中し、寸前で槍は爆散。

一本目を避けた勢いでアルベロへの特攻を続ける。

マシンガンを前方に構え、再び撃つ――だが、

 

 カチカチッという味気ない音が弾切れを知らせた。

武器に弾切れがあるなんて、そんな説明されたのか覚えてないけど、どちらにせよ役に立たない。

マシンガンは肩からチューブで繋がっているから、手を放せばメジャーみたいに勝手に戻る。

 

 こうなったら、やっぱり直接この拳で殴ってやるしかない。

 

 魔法陣から槍を出したところを見ると、相手は魔法タイプかなにかだ。

接近戦なら、どうせ大したことはないはずだ。

 

 このまま、行けるっ!

 

「さぁ来てくれよ、ここまで!」

 

 次にアルベロは腕を下に向けた。

地面から分厚い石壁が飛び出し、進行を阻む。

でもそんなものでは俺は止められやしない。

むしろ利用してやる――!

 

 あえて壁を避けずに一歩踏み出した。

トーストみたいに出てきた壁をトランポリン代わりにして、俺は空高く舞い上がった。

 

「おらぁぁぁぁぁ!」

 

 隕石のように落ちながら、アルベロ一点に向けて拳を向ける。

これで、終わりだ!

 

「うわっ!」

 

 アルベロから予想外な声が出た。

やつの銀色のメットに拳を叩き込み、そのまま地面にねじ伏せた。

俺が上、やつが下だ。

 

「アルベロ! いい加減に吐きやがれ! なぜデルフィをあんな目に!」

 

「答えてほしいか? じゃあ、こっちを先にプレゼントしよう」

 

 アルベロの右手が僅かに光った。

今度はどんな魔法を繰り出すのかと身構えたが、それらしいものはなかった。

代わりにアルベロの手には細身の剣が握られている。

 

「うぐっ!」

 

 アルベロはその場で瞬時に生成した剣を振り、俺のわき腹に命中させた。

もし現実世界で生身なら血だらけ間違いなしの一撃だ。

だが今は変身していて、これはゲーム。

多少の痛みはリアルに体感できるけど、血なんかは一滴も出やしない。

 

 衝撃で二、三メートルはふっ飛ばされ放り投げたエンピツみたいに転がった。

 

「どうしたどうした? 肩のそれは弾切れか?」

 

「お前を殴りたい気分になったんだよ」

 

「拳一つで立ち向かうのか、無謀だな」

 

 そうだ。

無謀だ。

拳一つだけで剣を握る相手に挑むなんて無謀にもほどがある。

でも今の俺には武器なんてない。

こんなことなら、安い剣の一本でも買っとくべきだった。

 

「さぁ行くよ、アトス・エオリアくん」

 

「うるせぇ……気安く呼ぶんじゃねぇ!」

 

 がむしゃらに正面突破で突っ込む。

これしかない。

 

「芸がない攻撃だ!」

 

 アルベロは余裕をかましながらの一撃を振る。

だが防いだところでふっ飛ばされる。

 

 めげずに地を蹴ってリベンジ。

それでも剣を持つ相手に接近できるわけもなく、再び拳を叩き込むこともできずふっ飛ばされた。

 

「どうしたアトス・エオリアくん。真実を知りたくないのかい?」

 

「黙れよ……これが現実なら、お前をズタズタに引き裂いてやりたいところだ」

 

 せめて言葉だけでも威勢を見せる。

アルベロには効果ないだろうけど。

 

 なにか、なにか武器さえあれば――!

 

「あ?」

 

 目の前にメッセージウィンドウが現れた。

 

『これを使え、ナスカ』

 

 メッセージの次には、石のような剣が出現した。

見たことがある。

これは、スライムマンの背中にあった高価な剣、九万八千ポイントの、失われしカティオスの剣だ。

 

 よく分からないけど、感謝する! スライマン・トウ!

 

 カティオスの剣を鷲掴みにして、スタートダッシュでアルベロと距離を詰める。

ターボエンジンみたいな爆発的スピードで加速して、今度こそアルベロに一発を叩き込んでやる。

 

「ほう、そんなものを隠し持ってたか! さぁ来い!」

 

「望むところだ!」

 

 弾かれたように剣を突き出しまくる。

アルベロの華麗なステップで回避され、まるで遊ばれているようで段々とムカっ腹が立ってきた。

 

「どうしたどうした。遅いぞ!」

 

「うるせぇ! うるせぇうるせぇうるせぇ!」

 

 力任せに剣を振り回す。

もうこれは戦いなんかじゃない、ただがむしゃらに暴れまわっているだけだ。

でもそれでいい。

一発でも叩き込んで、あの顔に傷を作れるのなら、少しでもデルフィのためにできるのなら、それでいい!

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 気合のあまりムダに大きな一歩を踏み出して剣を振った。

俺の動きが予想外だったのか、アルベロのわき腹に、命中。

 

 剣は剣でも、高ポイントの強力な剣。

俺のレベル自体が低くたって、武器の強さがあればそれなりのダメージになるはずだ。

 

「アルベロぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 避けられないよう、チャンスの今、討つ!

 

 わき腹に叩き込まれた剣を、逃げられる前に押し込む。

出血しないのが俺にとって幸いだが、同時にデルフィと同じ目に合わせてやれないことに腹が立っていた。

 

 アルベロは剣を持つ俺の手を掴んで強引に引きはがそうとするけど、負けじと力を込めて黙らせる。

 

「き、貴様! どこでそんな強力な武器をぉぉぉ!」

 

 それがアルベロの最期の遠吠えになった。

 

 アルベロの体力は底をつき、俺に軍配が上がった。

これで、勝利だ。

 

 周囲を取り囲んでいた遺跡のような風景は、勝負の終了とともに消え去った。

 

 目の前には、変身が解除され膝をついたアルベロの姿があった。

 

長い金髪に切れ長の目という爽やか全開な顔だけど、それはあくまでゲームでの姿だ。

 

 敗者らしい惨めな姿だ。

本当なら、好き勝手に罵倒を浴びせてやりたいくらいだ。

 

「や、やるじゃないか」

 

「うるせぇ。早くデルフィのことを教えろ」

 

「ふん。いいだろう……約束だからね」

 

 と、アルベロが説明を始めようとしたとき、ある人物がこちらに寄って来た。

 

「ナスカ、大丈夫か」

 

 そこには、まるで仲間のようにスライムマンがいた。

 

 やっぱりあの剣はこいつのものだったか。

 

「感謝するよ。まさかいきなり送られてくるとは思わなかった」

 

「まぁいい。それより、きみは姫と繋がりがあるそうだからな、黙っていられなかった」

 

 まだ勘違いしているのかこいつは。

むしろこいつは姫とどういう関係なんだ。

同級生か?

 

「いや、まぁいい。詳しくは分からんが、このアルベロという男と大事な話があるそうだな、席を外させてもらう」

 

 スライムマンはそう言い捨ててその場を去った。

最低限の空気を読むという技術は持ち合わせているらしい。

ようやく、アルベロと二人になれた。

デルフィの話を聞ける。

 

「アルベロ、話の続きだ、話せ」

 

「あぁ、いいよ」

 

 ようやく、聞きたかった話が聞ける。

聞いたところでデルフィが帰ってくるわけじゃないけど、それでもいい。

俺は真実を知りたい。

 

「――まず単刀直入に言おう。私はデルフィ・ソルテアのストーカーだ」

 

「は? 何言ってやがる」

 

「本当さ。あの子が死ぬ前から、ずっと見ていた」

 

「ふざけんな。死なせたのはお前だろ」

 

「いや違う。あの子は、私が殺す前に一度だけ死んでいるんだ」

 

 理解できない。

こいつ、おかしいんじゃないのか。

いや、頭のおかしくないやつはストーカー殺人なんてやらないだろうけど。

 

「まずあの子の本名のことだが、あの子はエトナ・ウルネスという名前」

 

「え、エトナ・ウルネス?」

 

「あの子が一度目の死を迎える前――私が殺す前日。学校帰りのあの子をつけていると、あの子は森に入った。何をするかと思えば、持っていた縄跳びを木にくくりつけて首を吊ったんだ」

 

「な、なんで自殺なんか」

 

「知らないよ。家庭の事情かなにかだろうけど」

 

「お前が何かしたんじゃないのか」

 

「バカを抜かすな。あの子を殺したこと以外に手を加えてはいない。ただ観察していただけさ」

 

 その“殺した”ことが一番重要なことだが、こいつにとって大きなことではないらしい。

 

「とにかく、自殺の動機は知らない、でも観察を続けた」

 

「お前、デルフィが自殺するってのに止めないのかよ」

 

「必要ないだろう? 自殺は個人の意思さ」

 

 アルベロを殴ってやりたかった。

でもやめた。機嫌を損ねて逃げられたら台無しだ。

だから仕方なく突き出そうとした拳を抑えた。

 

「それで、あの子は、エトナは死んだ。でも生きてた。縄跳びを引っかけていた枝は折れて、あの子は地面に倒れた。脈は確認したよ。すでに死んでいた」

 

「それで、死んだデルフィにお前はなにをした」

 

「なにもしてない。死んだあの子には興味がない」

 

 つくづく頭のぶっ壊れたやつだ。

 

「それでも気になってね。隠れてじっと見ていたんだ。そうしたら、動いた。だから私は思い切ってあの子に訊いた。大丈夫かい? って。そしたら、姉様は大丈夫ですか? って言った」

 

「は? 姉様?」

 

 まるでどこかの姫みたいだ。

セラード・エーランドもこんな口調で姉のことを呼ぶんだろう。

 

「妙だと思ったよ。急にペルセポリスだのメリダ・エーランドだのエフェソスだの、まるで姫みたいなことを言った」

 

 ペルセポリスは姫が乗っていた船の名前で、メリダ・エーランドは姉の名前。

エフェソスはこの国の名前だ。

 

 俺の、デルフィとセラード・エーランドが繋がっているという考えは、やっぱり間違っていないかもしれない。

 

「それから、あの子は急に自分のことをデルフィ・ソルテアと名乗った」

 

「急に名乗っただと?」

 

「名前を覚えてないんだそうだ。だから、自分が姉の誕生日に向けて作っていたブローチの名前を咄嗟に名乗ったらしい。ソルテアは没らしいが」

 

「な、なんでそんな名前を名乗ったんだ」

 

「知らないよ。真相は彼女しか知らない」

 

 いちいち殴りたくなるやつだ。

 

「とにかくあの子はそう言った。それからは、まぁ分かるよね。きみの学校に行き、きみと仲良くなり、そして私に殺された」

 

 デルフィの本当の名はエトナ・ウルネス。

自殺して生き返りセラード・エーランドらしきことを言った。

俺と出会うもストーカーであるアルベロに殺された。

まとめるとこういう感じか。

 

「ま、非科学的なことをあまり信用したくないんだが、まるでセラード・エーランドと死んだ直後のあの子が入れ替わったみたいだね。ペルセポリスでもトラブルがあったようだし、同じタイミングで二人が死んだってこともあるかもね」

 

 同じタイミングで死んだ――。

 

 アルベロに同意するのは悔しいが、そういうことかもしれない。そんなファンタジーなことを信じたりしないけど、そのゴレスターンとやらにそういう力があれば、可能性もある。

 

「話は終わりだ。さようなら、アトスくん」

 

 そう言い捨ててアルベロはログアウトしようとした。

このまま逃げたって構わない。

俺には秘策がある。

ここで、こいつを捕まえてやる。

 

「待てよアルベロ。まだ訊きたいことはある」

 

「なんだね」

 

「どうせお前は逃げるんだ。手土産くらいいいだろ」

 

「ほう、いいだろう」

 

「アルベロ、お前、ゲームの中でもデルフィと関わってただろ」

 

 デルフィは死に際に言っていた。

本当の名前は知らないけど、ゲームの中のアルベロという名前は知っている、と。

 

 本名を知らないのは当然だ。

こいつがデルフィを見ていただけなんだから、でもゲームでの名前を知っているということは、接触があったってことだ。

 

「お前、俺より前から……いや、デルフィがお前にやられる前からゲームしてるだろ」

 

「もちろんさ」

 

「ゲーム内でもデルフィと接点があっただろ。だから現実での姿を見てストーカーを始めた」

 

「それは違う。ゲーム内で雑談していたら、自然と住んでいる場所が分かった。ほとんどずっと見ていたからね、名前くらいなら情報は入ってくる」

 

「あぁアルベロ、それだけ聞ければ満足だ」

 

「満足?」

 

「――出て来い! 出番だ!」

 

 俺が叫びながら高く手を上げると、どこからかポン子とデュー子が現れ、ワイヤーアクションみたいに空を飛びながらアルベロの前に立ちはだかった。

 

「なんだ、これは」

 

 いきなりのことにアルベロは動揺することなく冷静に言った。

 

「アルベロ、俺はお前を逮捕するつもりだ。本当なら殴ってやりたいくらいだがな、でも最後にお前とデルフィの出会いを訊けて良かったよ」

 

「逮捕? どういうことかな?」

 

「お前はバカ正直にベラベラと自分の犯罪を口にした。俺はいつお前を見つけても対処できるように、ポン子とデュー子にチェックを頼んでいた」

 

「逮捕するのか。確かにゲーム内とはいえ、ここまで言ってしまえば逮捕もあり得るだろうね」

 

 なんだ、この妙な冷静さは。

 

「キャラクターネーム“アルベロ”さん。あなたの言動は確認しました。犯罪を行ったと認識してよろしいですね?」

 

 デュー子は機械的に言う。

見た目はリアルだけど、プログラム通りにしか言えないんだろう。

 

「アルベロ、諦めろ。もうお前はログアウトしても捕まる。IDとか位置情報とかですぐにな」

 

「アトスくん、きみはなにか勘違いをしているよ。私はね、別に逮捕されたっていいんだ。そんなこと、些細なことさ」

 

 アルベロの表情は一つも変わることはなかった。

それはゲームだからなのか、人殺しをするようなやつだからなのか、どちらにせよこいつが異常なのは十分に伝わった。

そんなこと伝わったって嬉しくないけど。

 

「“アルベロ”さん。もう警察には連絡したから、逃げてもムダだよ。その様子じゃ逃げるつもりもないみたいだけど」

 

 ポン子はいつになく真面目な口調だ。

しかし、ゲームなのにそんなに早く警察に連絡できるのか、まるで軍隊みたいだな。

 

「じゃあナスカさん、ありがとうございました」

 

「え? いや、そんな大したことじゃないよ」

 

「いいえ、高度なゲームほど、こういうのが多いんです。大事なのですよ、こういうことが」

 

 デュー子にそんなことを言われ、なんとなく居心地が悪くなった。

俺はあまり面と向かってお礼を言われるような人間じゃないから、慣れてないのかもしれない。

 

「あとはこちらでやりますので、現実の方でアルベロさんが逮捕されるのを待つだけです」

 

「え? ああ、じゃあ、俺はログアウトしようかな」

 

 あとはもうゲーム世界でやることもない。

アルベロについては解決したし、デルフィについても知ることができた。

そして、アルベロも逮捕できた。

 

 もう、俺がここでするべきことなんてない。

 

           ―四日目 昼―

 

 なぜだか、意外にもすんなり解決してしまった。

 

 アルベロのやつは、本当は逮捕してもらいたかったのかもしれない。

そうじゃなきゃ、ああもあっさり発見できるわけないし、無抵抗にならない。

 

 急にやることがなくなって、どうにも心に穴が空いてしまったような感覚になる。言

葉の正確な意味なんてよく分からないけど、そんな感じだ。

 

 俺は、デルフィと普通に友達になれればそれでよかった。

なのに、気づけば殺人事件に関わることになって、犯人を逮捕までしてしまった。

 

 俺は、これから何をしたらいいだろう。

 

 長年続いた映画シリーズを制覇したような、五十巻くらいのマンガを読み終えたような、そんな例えしかできないような虚無感が襲ってきた。

 

 

 でもそれでいいんだ。

 

デルフィは悔しかっただろうけど、全て解決した。

 

それで、いいんだ。

 

 

 俺は今、デルフィとの最後の場所――家の近くの駅にいる。

 

学校に行くための電車を待っているんじゃない。

 

なんだか、家にも学校にも行く気がなかっただけだ。

 

人と関わりたくなくて、ただ無駄に時間を浪費していただけだ。

 

 ぼうっと空を眺めていた時、急にスマホに着信。相手が誰でもどうでもよかったけど、無視しようとも思わなかった。

億劫ながらも確認すると、相手はアニだった。

 

『アニだけど、あのさ、今いい?』

 

「なんだ。お前か。なにか質問か?」

 

『デルフィ・ソルテアってさ、どういう人だった?』

 

 このタイミングでこの話題とは。少なくともアルベロの話なんかよりはいいけど。

 

「なんでそんなこと訊くんだ」

 

『いや、ほら、念のためさ』

 

「念のため、か。……そうだ。デルフィの件だけど、解決したよ。アルベロも捕まえた。もうあの件には関わらなくてもいい」

 

『え!? そうなの!? そっか……でも良かったね。ごめんね、力になれなくて。ミディもそう言ってたから』

 

「あぁ。いいよ。そっちにもやることあるんだろうし」

 

『それで、話を戻すけど、デルフィはどんな人だった?』

 

「可愛げがあって、ゲームが好きで、まるで小学生みたいだったよ」

 

 いま思うと、デルフィはやっぱり姫みたいな雰囲気だった。

それでいて、子供っぽくもあって大人にも見えた。

たったの一日だけだったけど、本気でそう感じた。

 

「それと、ヘッドスマッシュ&イン・バッファロージャンプってマンガが好きで、もっと仲良くなれる気がした、そんな人だよ」

 

『うん、分かった……』

 

「それだけか? 俺は、ちょっと休みたいんだ」

 

『うん。ごめん、急に訊いちゃって。じゃあまた』

 

 電話は終わった。

なんでそんなことを訊いてきたのか分からないけど、別にいい。

 

 スマホをポケットに戻し、また何もない空を眺める。

 

 デルフィは失ってしまったけど、俺は不幸ではない気がする。な

んとなくだけど、そう思える。

そうやって、無理やり納得した。

 

 ――俺は電車に乗った。

空っぽになった心のまま、学校に向かうことにした。

一人でいたら何も考えられなくなってしまいそうだったから。

 

 デルフィ、きみは、幸せだったのかい。

 

 どうして、自殺なんてしてしまったんだい。

 

 どうして、俺なんて男と一緒にいてくれたんだい。

 

 どうして、ここにいないんだい。

 

 俺とデルフィが一緒にいたことって、何か意味があったのかな。

いや、どこかで奇跡があったと思いたい。

俺の知らないような奇跡が、きっとあるって、そう思いたい。

 

 さようなら、デルフィ。

 

 ―四日目 昼―

 

 特にすることもなく、昨日はそのまま眠ってしまって今もベッドの上だ。

けっきょくセラードのブローチを作る気にもなれず、気づけば今日は作戦の遂行日。私は参加しないけど……。

 

 アルコたちは潜水艦でシュトゥルーヴェ方面の海へ向かい、相手にわざと気づかれる。

そして攻めてきたらゴレスターンで迎え撃ちながら脱出し、敵を潜水艦ごと沈める、という作戦だ。

 

 つまりは反撃の体勢ということになる。

攻めに行くよりも攻められるのを待つという、かなり捨て身の作戦だ。

ほとんど賭けの部分もあるけど、アルコたちなら大丈夫だと信じたい。

 

 コンコン。

 

 扉がノックされ、返事をする。

 

「セラード様? お客様が」

 

 扉の反対側にいる軍人がそう言った。

 

「は、はい。今から行きます」

 

 ベッドから降りて急いで支度する。髪の毛をセットして服を着替えて、諸々を準備する。

 

 でも、お客さん? この私に? ……セラードだって学校には行っている。

可能性としては、セラードの友達だろう。

もしそうだとしたら、辻褄を合わせるのが難しい。

 

 急いでセラードを完成させ、私は扉を開いた。

 

 扉の奥で待機していた二十代後半の軍人――たしかリヨン――が姿勢を低くして私を見た。

 

「お、お客さんって、誰ですか?」

 

「セラード様は、ルートとラウマをご存知ですか?」

 

 もちろん知っている。

高校生の娘がいるルートと、病気の高校生の妹がいるラウマだ。

どちらもゴレスターンの部屋を警備していた親しい関係だ。

セラードもよくお世話になったから知っている。

 

「は、はい。一緒にペルセポリスにも乗りましたから」

 

「実は、ルートの娘さんと、ラウマの妹さんが来ています。メリダ様かセラード様に会いたいと仰ったので……いかがいたしましょう」

 

 となると必然的に私、ということになる。

 

「会います。みんなが戦う前なんだから、今はやれることを」

 

「分かりました。案内いたします。食堂に待たせておりますので」

 

 リヨンに誘導され、食堂に到着した。もし私が断ったらどうするつもりだったんだろう。

 

「念のため武器を所持しているかチェックしましたが、問題ありませんでした」

 

 リヨンはそれだけ言い残して、その場を後にした。

 

 ルートとラウマの家族なら、問答無用で信用できる。

 

だから特に警戒もなく、食堂に入った。

端の席に無難な私服姿の女性が二人いた。

高校生くらいの雰囲気だ。

 

 私は二人に歩み寄って声をかけた。

 

「あの」

 

 二人がこちらを見る。一人は車イスで赤いメガネ。

知的をそのまま擬人化したような人だ。

もう一人は黒のロングヘアーでキリっとした目つきの意志が強そうな人だった。

 

「あ、あの、セラード様、ですよね?」

 

 意志の強そうなほうが立ち上がって興奮気味にそう言った。

私は急いで二人の前に座って落ち着かせる。

 

「い、いえ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。お二人はお客さんですし。とりあえず、座ってください」

 

 事情を訊いた。

意志が強そうな方は、ルートの娘さんのアニ・ヘンダーソンさん。

メガネのほうはラウマの妹さんのミディ・パースさん。

確かにどことなく似ている。

ミディさんは足が動かず声も出ないらしい。

ラウマにはある程度聞いてはいたけど、実際に会ったのは初めてだ。

 

 お客さんに敬語を使われるのは居心地が悪いから、二人には敬語をやめるよう言っておいた。

 

「それで、どういう要件ですか?」

 

「私、メリダ様に会いたいの。親父……父のこと、少し聞いておきたくて。メリダ様はどこに?」

 

「あ、姉様は……」

 

 私が死んだことはまだ公(おおやけ)にはなっていない。

ここで二人だけに報告するわけにもいかないし、隠すしかないだろう。

 

「ちょっと今は手が離せなくて、私しか空いてないんです。私じゃ、ダメですか?」

 

「い、いや、そんなことは……」

 

 と言いつつも、アニさんはどこか不服そうだ。それも当然だと思う。

姫とはいえ十歳のセ

ラードにはそこまで期待しないのが普通だ。

 ミディさんはノートに何かを書き始めた。

声が出ないから筆記しかないんだろう。

 

『兄さんのこと、私も知りたい』

 

 ノートをひっくり返してこちらに向ける。

書かれている一行には切実な思いが籠っているように見えた。

だから私も、少しでも期待に応えてあげたかった。

 

「ルートとラウマは、とても優秀な軍人です」

 

 “でした”とは言わなかった。

まだ生きていると信じているから。

 

「昔、私もよくお世話になりました」

 

「生きてると、思う?」

 

「もちろんです。私も姉も生きて脱出しましたし、あの二人のことですから大丈夫ですよ」

 

「じゃあ、どうして帰ってこないの?」

 

「それは……きっと遠いところに落ちたんです。通信機器とかも故障していて、帰るのに苦労しているんだと、思います」

 

 頼りがない発言だと思われたに違いない。

私自身も自分の発言をそう思う。

 

 アニさんは涙を流し始めた。

隣のミディさんもメガネを外して涙を拭っている。

 

「じ、実は」

 

 アニさんが若干の涙声で言った。

 

「実は、この前やって来た転校生が、転校してすぐに殺されちゃったの」

 

 こ、殺された? とつぜん槍のように突き刺さった言葉に、私は息を飲む。

 

「それで、その人と仲の良かった男子と犯人捜しの協力をすることになって。でも、その犯人と会ってみて、すごく怖かった」

 

 それだけじゃどういう話なのか分からないけど、アニさんの涙から緊迫した状況だけは分かった。

でも個人の殺人事件だなんて、今の私には大きすぎる話だ。

 

「ごめん。こんな話しても分からないよね。今のは忘れて」

 

 そう言ってアニさんは立ち上がった。目に涙を残したままだったけど、もう話は終わりらしい。

ミディさんも同じ意見のようで、ノートで語ることはなかった。

 

「じゃあ、もう帰ります」

 

 アニさんはミディさんの車イスのハンドルを握って歩き出した。

私は、これ以上かける声がなくなって黙ってしまう。

 

 何か、話題はないだろうか。

何か、重要な情報を得られそうな気がする。

 

「ま、待ってくださいアニさん」

 

 立ち上がってアニさんの背中に言った。

アニさんたちに失礼のない程度で、少しでも有力な情報が得られそうな質問。

これしかない。

 

「あの、デルフィ・ソルテアって、知ってますか?」

 

 同じエフェソス国の病院で亡くなったデルフィ・ソルテアのことだから、アニさんたちが何か知っているかと思った。

 

 アニさんが振り返り、

 

「今、なんて言ったの?」

 

「で、デルフィ・ソルテア、と」

 

「どうして知ってるの、転校生のこと?」

 

「え?」

 

 転校生? さっき言ってた、殺された転校生……?

 

「……その、姉の部屋にあったノートに、たまたまそう書いてあって」

 

 本当は姉である私じゃなくてセラードだけど、この際どちらでもいい。

 

「もしかして、デルフィと知り合い、とか?」

 

「いえ、そういうわけでは……と、とにかく姉がどうしてその人の名前をノートに書いたのかは分かりませんけど、同じ名前だったので、何か関係があるのかと……」

 

「関係、か。残念だけど、私には……」

 

 ミディさんも同様だったらしく、首を横に振った。

 

「デルフィ・ソルテアさんがどういう方だったのかもわかりませんか?」

 

「ごめんなさい。私、デルフィには会ったことなくって。なにせ転校初日が最後だったから」

 

「仲の良かった方とかは、いないですよね」

 

 最後の希望とばかりにダメ押しをしてみた。

もう情報を得られないだろうな、と期待はしていなかったけど、意外にもそうではなかった。

 

 人差し指をピンと立てたアニさんは、ポケットからスマホを取り出した。

 

「そういえば、一人の男子が仲良かった。今から電話かけてみる」

 

 アニさんは器用に画面を叩いて電話をかけた。

しばらく待つと、その人物が電話に出る。

 

「アニだけど、あのさ、今いい?」

 

 電話の向こうから話す声は私には届かない。

届いたとしても盗み聞きするつもりもないけど。

 

「デルフィ・ソルテアってさ、どういう人だった?」

 

「……いや、ほら、念のためさ」

 

「……え!? そうなの!? そっか……でも良かったね。ごめんね、力になれなくて。ミディもそう言ってたから」

 

「……それで、話を戻すけど、デルフィはどんな人だった?」

 

「……うん、分かった……」

 

「……うん。ごめん、急に訊いちゃって。じゃあまた」

 

 電話を終えたアニさんはスマホの画面を指で叩いてポケットに戻した。

 

 ミディさんをそのままに、アニさんはまた私の正面に腰かけた。

 

「デルフィと仲良かった男子と話したけど、とっても可愛げがあって、ゲームが好きで、まるで小学生みたいだなって言ってた。褒め言葉としてね」

 

 それだけ聞けて安心した。

私の心に巣くっていたモヤモヤしたものが晴れていくようだ。

 

「ただ一日だけしか会えなかったから詳しいことはよく分からないらしいけど、そう言ってた」

 

「そうですか……可愛げがあって、ゲームが好きで小学生みたい、ですか」

 

 まるでセラードをそのまま高校生にしたような感じだ。

もしかしたら、私よりデルフィさんの方が似ているかもしれない。

 

「それと、なんとかバッファローってマンガの動物が好きだって。なんか長い名前のやつ」

 

「それって、ヘッドスマッシュ&イン・バッファロージャンプのことですか?」

 

 密かに調べて覚えていた甲斐があった。

まさか役立つ瞬間があるとは。

 

 アニさんは弾かれたように指を突き出した。

 

「あ、それそれ。それのアルパカとシマウマのぬいぐるみをゲーセンで取ったって」

 

 具体的にどう繋がりがあって、なぜそこまでセラードとデルフィさんが近い存在なのか、私には掴めない。

だけど自信は確信になった。

セラードとデルフィさんは、無関係じゃない。

 

「ありがとうございました。なんだか、安心しました」

 

「安心? そう。じゃあ私たち、そろそろ帰ります」

 

 アニさんが立ち上がってミディさんの車イスを押しながら歩き出した。

デルフィさんとセラードが繋がった喜びが私にはあったけれど、アニさんたちは大事な家族が帰ってこなくて悲しんでいるんだ。笑顔で送るわけにもいかない。

どんな風に別れれば適切なのか整理できなくて、けっきょく何も言えずに背中を見送った。

 

 これでよかったのかもしれない。

残った私の役目は、作戦が終わるまで待機するだけだ。

 

 もう戦っているのかな。

それともまだ待機している状態なのか、今から出発するのか、私には関係のない話だけど、気にならないわけもない。

 

 そうだ、さっき私をここまで案内してくれたリヨンなら、きっとアルコのところまで連れて行ってくれるはず。

 

 食堂を出て少し歩くと、壁の隅に立って耳に付けた通信機でどこかと通信しているリヨンが見えた。すぐに近づいて要件を伝える。

 

「り、リヨン。私を、潜水艦のところまで連れて行ってください」

 

「え、いきなりそう仰られましても」

 

 リヨンは露骨に嫌な顔で首を横に振った。

きっとアルコにもあらかじめ止められていたんだろう。

セラードをこっちに連れてくるな、と。

 

「お願い、します。どうしても行かなくちゃならないの」

 

「危険です。あっちと通信をしたんですけど、まだ敵が攻めてこなくて待ちぼうけらしいです」

 

「ま、待ちぼうけ?」

 

「詳しくは言えませんけど、うまくいかないそうで」

 

「場所、どこですか?」

 

 アルコから作戦の場所を訊いておくべきだった。

どのみち教えてはくれないだろうけど。

 

「い、言えませんよ」

 

「お願い。どうしても気になるの。それに、私も戦いたいの」

 

「わ、分かりましたよ、訊いてみますよ」

 

 リヨンは背中を向け、耳に付けた通信機で通信を始めた。

相手の声は一切聞こえないけど、あっちへ繋がっているはずだ。

特に期待はしていなかったけど、やがてリヨンが「えっ?」と少し大きめな声で驚いた。

 

「せ、セラード様ですか?」

 

 リヨンがそんなことを言う。

どうして、私の名前が出るのか。リヨンは私に振り返り、

 

「はい、ここにいますけど……えっ!? 僕が連れて行くんですか? でも、さすがに危険なんじゃ……は、はい。急ぎます。大丈夫……です。え? 娯楽室? え、えぇ」

 

 リヨンは通信を切った。

きょとんとする私と同じ目線になるよう姿勢を低くし、苦笑いを浮かべる。

 

「あ、あのー。出動です。使うときが来るかもしれないから、いちおうこっちに連れて来い、とアルコさんが。車であっちまで向かいますけど、いいですよね?」

 

「あ、は、はい!」

 

 詳細は分からないけど、ようやく私にも役目が回って来た。呼ばれたのなら、行くしかない。

どんな仕事でもやってやる。

雑用でもなんでも、やってやる。

 

 セラードの体は傷つけたくはない。

だから心の痛みだけならいくらでも受けるつもりだ。

 

「それと、娯楽室の隣の壁の傷がどうのこうのって言ってましたけど」

 

「娯楽室、の、隣?」

 

 娯楽室の隣……そういえば、ペルセポリスが落とされる前に一度だけ確認した壁に少しだけマッチを押し当てたような焼けた跡があったんだ。

 

 セラードがあんな目にあって、それからすっかり忘れていた。

覚えていたとしても、ペルセポリスが落ちてしまったからもう意味はないはずだ。

 

 でも、アルコがどうしてそのことを、しかも今更言ったのか……?

 

「もしあれを見ていたら、迷ったときに思い出せ、だそうです。とにかく伝えましたよ。じゃあ、行きましょうか」

 

リヨンの運転する車は、心なしかゆっくりだった。

命令されたものの、私を戦いの場へ連れて行くのは躊躇いがあったのかもしれない。

 

「あの、リヨン。大丈夫ですか? 緊張しているようでしたから」

 

 私は助手席からリヨンの横顔に問いかけた。

 

「もちろんです、姫様を乗せて運転なんて、こんな僕みたいな若造のペーペーに」

 

「いえ、そういうことでは……」

 

「しかし、どうしてセラード様が呼ばれるんですか? アルコさん凄く必死そうでしたけど」

 

 分からない。

必要とされれば行動するけど、どうして戦場に必要になるんだろう。

 

「心当りは、ないですけど。でも力になれるのなら力になりたいです」

 

「そういうことなら、分かりました。安全運転が優先ですけど、なるべく急ぎます」

 

 リヨンの表情は真っすぐに整い、深くアクセルのペダルを踏み込んだ。

 

 

 

「到着しました。すみませんが、ここから先は車では厳しいです」

 

 道路から完全に離れた道なき道。

セラードの腰の高さほどのデコボコな岩が無数に突き出し、百メートルほど先までそれが続いている。

車はもちろん、歩いて進むのも難しい地形だ。

 

「私、一人で行きます」

 

 私はリヨンにお礼を言い、車から飛び出して岩を抜ける。

途中で服が岩に引っかかったり破けそうになって肝が冷える。

でもこの程度で立ち止まるわけにはいかない。

 

 左右には切り立った岩壁があり、横から進むのは不可能だった。

ならばデコボコ岩の地帯を歩いて進むしかない。

 

「待っててアルコ。今そっちに行くから」

 

 五分。

十分が経過。

リヨンの姿も見えないほどになり、ようやくデコボコ岩の地帯を抜けた。

そこからは短い草が塗りつぶす地面が五十メートルほど続いていた。

端には何人かの人が見えるし、きっとあそこがゴールだ。

 

 走って、端に到着。

数人の兵士が私を見て、仰け反るほど驚いた。

 

「せ、セラード様!? どうしてここに!?」

 

「アルコに……アルコ・バッサーに呼ばれたの、すぐに来いって。今の状況は?」

 

 目の前には海が広がっていた。

左右の岩壁は私が立つ位置よりもずっと奥まで続いていて、左右にはシルヴァンシャーが待機しているらしい。

 

 潜水艦は低速でシュトゥルーヴェ側に前進を続けているものの、まだシュトゥルーヴェには気づかれていないのか敵は攻めてこないらしい。

作戦では攻めてきた敵を潜水艦の中で倒すことになっているから、相手から来なければ意味がない。

 

 潜水艦――ヴァルトブルクはここから数百メートルほど進んでいる。

シュトゥルーヴェは飛行機でもけっこうな距離だから、数百メートル程度で気づくものなのだろうか。

 

 ヴァルトブルクは肉眼では捉えられないけど、作戦が進まないというのはもどかしい。

 

「ヴァルトブルクはもう少しだけ早く進めないの?」

 

 私がそう急かすと、その場にいた全員が首を横に振った。

 

 

「あの程度でもヤツらが気づくときは気づきます。それに、すぐに戻ってこれるような距離でないとジーフ・メージッヒでの追撃がし辛らくなります。目的は敵が侵入したヴァルトブルクを敵ごと撃墜することです。慎重に動かないと撃墜し損ねます」

 

 そうだった。

私たちがペルセポリスからの脱出に使ったシルヴァンシャーは、正確にはジーフ・メージッヒという名前だった。

 

 兵士たちの中でも年配の――確か名前はボスラ――が冷静に言った。

あくまで急がず、相手の出方を考えながら対策を練るつもりらしい。

 

「なので、今のセラード様にできることはありません。危険ですので戻ってください」

 

「戻ると言われても、私はアルコから呼ばれて来たのですが」

 

「……そういえば、そうでしたな。さっきアルコからそんなことを言われてました」

 

「私は、どうして呼ばれたのでしょう?」

 

「作戦開始前に、アルコからこれを渡すように言われました」

 

 するとボスラはポケットから、ダイヤのような輝きを放つ指輪を取り出した。

 

 それは、アルコが預かっていたはずのゴレスターンだ。

 

「ゴレスターンのことは聞きました。試作中で一部以外には秘密だったとか」

 

 そうだ。

ゴレスターンのことは私やアルコや一部の人しか知らなかったものだ。

依然のボスラたちにとってはただの指輪にしか見えなかっただろう。

 

 ゴレスターンを私によこしたということは、つまりそれで変身して戦え、ということなのかもしれない。

メリダの体ならまだしも、セラードの体で戦うなんて無茶が過ぎる。

 

「とにかく、セラード様に渡しておけと言われたので」

 

 ゴレスターンを受け取った。いつ使うのか分からないけど。

 

 でもアルコはどうするつもりなんだろう? 侵入してきたシュトゥルーヴェの兵士に対してゴレスターンで迎え撃つと言っていた。変身できなくちゃ危険すぎる。

 

 アルコ、今、どういう状況なの?

 

 

 

 我がエフェソス国の誇る戦闘用潜水艦、ヴァルトブルク。

海面から三十メートルは下にいて、底まで五メートルほど空いている。

その中に、俺はいた。念のためにメリダにはプロトタイプのゴレスターンを渡しておいたけど、セラードの体で変身できるのか心配だ。

 

 鋼鉄の床。窓もなく味気ない艦内だが、男臭くて嫌いじゃない。

シルヴァンシャーで沈めやすいように小型のものを選んだけど、四人で乗るにはちょっとばかし狭い。

 

「アルコさん、来ませんねシュトゥルーヴェの連中」

 

 一緒にヴァルトブルクに乗ったハルが心配そうに言った。

ハルは俺より年下の若造だが、腕は信じている。

他には力自慢のサフリと頭脳派のエニーがいる。

 

「あぁ。だが近づきすぎるわけにもいかねぇし。地味だけど待つしかないんだよ」

 

「もしかして僕らを警戒して来ないんですかね。それとも姫様が乗ってないと攻めないとか」

 

 確かにペルセポリスのときの狙いはメリダたちだった。

けどシュトゥルーヴェの連中はメリダたちが死んだと思っているはずだ。

やつら、無駄な戦いは避けるつもりなのか。

 

「サフリ、警戒を怠るなよ。いつ来るか予想は難しい」

 

「わぁってますよアルコさん」

 

「あいつらだって泳ぐか潜水艦かで来るはずだ。だがペルセポリスのときみたいに、こっちにバレることなく攻めてくる可能性もある。不意打ちを前提にしろ」

 

「はいはい」

 

 サフリは巨大なマシンガン二丁をダンベル代わりにして筋トレしている。

心配はないか。

 

「エニー、状況は?」

 

「進展ありませんよ。見えないです」

 

 ヴァルトブルクにはレーダーもついている。

動いているものや生体反応があれば気づけるはずだ。

 

 反応があれば、だが。

 

 レーダーの他にも至るところにカメラがついていて、全方位をチェックすることができる。

もし敵が来るようなら、見えないはずない。

「でも、さっきから妙なんです。敵らしい反応はないんですが、たまに微弱な反応がヴァルトブルクの下から見えるんです。ゴミですよゴミ」

 

「調べたらどうなる?」

 

「どっかの船の残骸かなにか、だと思うんですが、カメラで見ても反応が弱すぎて捉え辛いです。けど大したものじゃないですよ」

 

「そうか。ならいいんだが……」

 

 やっぱり、ハルの言う通り警戒されたのか。あえて遅く移動して気づかれやすいよう動いたが、逆に露骨すぎて怪しまれてしまったかもしれない。

 

 もしそうなら、作戦は失敗と言ってもいい。

残念だが、強硬手段も取らざるを得ない。

 

 でもやっぱり妙だ。

どうしてこんなところに船の残骸があるんだ。

近くで船が沈む事故でもあったのか、シュトゥルーヴェがかく乱するためにまき散らしているのか。

 

「ところでハル、生体反応はないのか」

 

「ないです。微生物とか小さいやつは引っかからないですけど、人なら見つけられます」

 

「ヤツらがレーダーにかからない工夫、なんかあるか?」

 

「ないとは思いません。でもレーダーだけじゃなくてカメラでも見てますから、大丈夫です」

 

「そうか。まぁ注意してくれ」

 

「こっちは大丈夫ですよ。それより、ゴレスターンってやつは大丈夫なんですか?」

 

「あぁ? あぁ、ちゃんと変身できる。さっきも見せただろ」

 

 ゴレスターンは俺とメリダ姉妹と一部しか知らない。

目の前で変身したときはさすがに驚かれた。

けど準備は万全だ。

それも敵が攻めてきてこそ意味を成すわけだが。

 

「ちょっと待ってください。なんか気になるんですよ。船の残骸らしきものについてなんですけど、なんでヴァルトブルクより下にあるのかなって」

 

「おかしいかそれ?」

 

「えぇ。もし壊れた船なら、一つくらいヴァルトブルクとぶつかるのがあってもいいと思うんですけど、全部が下にあります。軽いものならちょっと浮きますよ」

 

「うーん? まぁ確かに妙っちゃあ妙だけど。まさか、残骸にヤツらがへばりついているとか?」

 

「それはないですね」

 

 ハルは間も開けずに否定した。

 

「手の平サイズとかサッカーボールくらいの残骸です。人がいたらレーダーにかかりますし、カメラでもバッチリ見えます」

 

「うーん……他に見えるものは?」

 

「あとは、十メートル先の海の上に小さい無人島がありますよ。無人島って言っても、人が十人も立てば沈みそうなくらいしょぼい島ですけど」

 

「島か……」

 

 ヴァルトブルクの下に流れる船らしき鉄クズ。

十メートル先にある無人島。

分かりやすいほどダラダラと動いているのに攻めてこない敵。

 なんか、胸騒ぎがする。

 

 人が小さな鉄クズに隠れるのは無理だ。

地面に埋まって隠れてたとしても、カメラで見て不自然な膨らみとかに違和感があるはずだ。

 

 いや、待てよ。鉄クズに人が隠れるのは無理……?

 

 じゃあ、もし人じゃないのが隠れてたら……?

 

「ハル、止まれ、ヴァルトブルクを止めろ!」

 

 ――直後、ヴァルトブルクの下を流れていた鉄クズたちが、爆弾のように熱と衝撃をまき散らしながら四散した。

いや、爆弾のようにじゃない。

鉄クズの下に爆弾がついていたんだ。

 

 ヴァルトブルクは不規則に揺れた。

咄嗟に掴まる場所を見つけられなくてバランスを崩しつつも、なんとか体勢だけは維持する。

 

 盲点だった。

人が隠れているとか、レーダーとか、もっと“なぜ”を見るべきだったんだ。

あの鉄がなぜ存在するのか考えれば、不自然に気付けたはずなのに!

 

「アルコさん! ヤバいですよ!」

 

「分かってる! これはヤツらの攻撃だ。レーダーは生きてるか!?」

 

「大丈夫です! けど、反応はないです!」

 

 おかしい。

あれだけ爆弾が設置されていて爆発したんだ。

もう揺れは治まったし手の平サイズの小さな爆弾くらいで沈むヴァルトブルクじゃないけど、これで終わりなわけもあるまい。

 

 きっとヤツらは、三十メートル上の海面にある島にいるはずだ。

この程度で混乱すると思ったら大間違いだシュトゥルーヴェ。

その隙をついて少数精鋭で攻めてくることは目に見えてる。

 

「ハル、上を見ろ。敵が見えるはずだ」

 

「え……?」

 

 そう言ってハルはカメラで海面を見た。

やっぱりそうだ。

四つの生体反応が見えた。

これがシュトゥルーヴェじゃなくて誰だと言うのか。

「おいサフリ! エニー! 敵が来るぞ!」

 

 やはり、ペルセポリスと同じように直接こっちに乗り込んで攻めてくるつもりだ。

どういうポリシーでそんな手を使うのかは知らねぇけど、メリダの仇を討てるのならどうでもいい!

 

「アルコさん! そろそろ来ますよ! 変身を!」

 

「分かってる!」

 

 今こそ、ゴレスターンを使うときだ。変身コードは――。

「ミラージュコーティング!」

 

 変身完了。戦闘態勢は整った。

 

 さぁ来い。俺が叩きつぶしてやる。ここがお前らの棺桶だ。

 

 直後俺の変身を待ってくれていたわけではないだろうけど、ヴァルトブルク内部の背後で爆発が起きた。

パンクロックのライブが始まったみたいな衝撃と音で大きく揺れる。

 

 ヴァルトブルクの広さはテニスコートの半分くらいだ。

前半分が操縦席もろもろ。後ろ半分は何もない適当なスペース。

 

 問題は、具体的にどこから来たか、だ。

後ろというのは確かだが、上か下か横か……。

ヴァルトブルクにダイレクトに穴を作って侵入するとなれば、当然そこからは大量の海水がなだれこんでくる。

相手は海水で沈む前に俺らを始末するだろう。

だが、こちらにはゴレスターンがある。普通の拳銃程度では通じない。

 

 敵をこの場で食い止めながら浮上し、陸に待機させてあるシルヴァンシャーに撃墜させる。そして、攻撃が届く前に俺らだけで脱出する。

これで、いける。

 

 ハル以外の全員が戦闘態勢を整えたとき、ヴァルトブルク後方の天井から、マンホールほどの太い海水が侵入した。

 

「ハル! 海面に上げろ!」

 

「はい!」

 

 飛び出した海水を見て、ヴァルトブルク浮上の指示を出す。

できることなら、このまま敵を全滅させてやる。

なおも侵入を続ける海水に紛れて四つの人影が見えた。

敵だ――。

 

「うっ!?」

 

 横にいたサフリが急に苦しみだした。肩から血を流し、膝をつく。

 

 何が、起きた――。

 

「う、撃たれた……」

 

「サフリ!」

 

 まさか、侵入直後に狙いを定めてサフリの肩を撃ったっていうのか。

海水に紛れながら……?

 

「エニー! ハル! ふせろ!」

 

 俺は二人に命令を出し、肩からマシンガンを抜いて特攻した。

いくら腕があっても、変身していればどこを撃たれても効かないはずだ。

今の俺に怖いものはない。

 

「こいつをくれてやる!」

 

 ダダダダダダダダダダダダダダ!

 

 双肩のマシンガンを前方に向け、エニーを撃ちやがった影に弾丸を連射する。

 

 いきなりエニーが負傷したことは想定外だ。

こうなれば、俺だけで耐えるべきか。

 

 海水はすでに足首まで上がり、ヴァルトブルクが沈むのも時間の問題だった。

 

「エニー! 海面に浮上したらサフリを連れて先に脱出しろ!」

 

「そんな! まだ俺ら、何もしてませんよ!」

 

「うるせー! 死ぬことは勇気じゃねぇんだよ! いいから黙って生き残れ!」

 

 俺が腹から出した全力の命令を受けて、エニーは負傷したサフリを連れて俺の後ろに隠れた。

これでいい。

死人が出ることが、俺にとって一番の不幸だ。

 

 しかし、効いているのか効いていないのか、相手に変化はない。

ここまで大量に撃ち込めば、一人くらいなら倒せるはずだが。

 

 すでに浸水は膝まで到達。

ヴァルトブルクは浮上を続けるが、まずは敵を足止めできなければシルヴァンシャーから攻撃もできない。

 

 敵がいる場所から、小さな何かが投げつけられた。

 

 ――いやこれは、爆弾だ。

 

 水の中に入れば食い止めるのは無理だ。

まだ落ちていないこの状況で撃ち落とすしかない。

 

「オラァ!」

 

 爆弾に向けて数発。

やがて爆風と熱をまき散らしながら、眩い光を迸らせた。

 

「くっ! 目くらまし!」

 

 ゴレスターンといえど、いきなり強力な光を見れば多少は怯む。

 

 その隙に、奥から一人が走ってきた。

手には、ナイフ――。

 

「おりゃあ!」

 

 乱暴にナイフが振り下ろされた。

だがただの人間の力ではゴレスターンには勝てない。

右の肩にマシンガンを戻し、そいつの腕を掴む。

 

「お前! ナイフなんかで攻めてきやがって!」

 

「へへへへへ。俺はビブロス。この前、飛行機で美人な姫さんを見たぜ。どこだ? どこにいる? うん? 可愛い可愛い姫様はどこだぁ?」

 

 なんだこいつは。

 

 ヘルメットに全身スーツで顔は見えないが、声からして俺と同じくらいの歳か。

 

 ペルセポリスを落としたときにメリダの顔を見たのか、妙にこだわっている。

こんな気持ち悪いやつに会わせるつもりもないが。

 

「お前なんかに会わせてたまるかよ!」

 

「会わせてたまるかよ……? ほう、じゃあ、どこかで生きてるんだな?」

 

「あ!? お前らが殺したんだろうが!」

 

「ええぇぇへへへ。そうだったなぁ。まぁお前らもやっつけてやるけどなぁあああ」

 

 その時、このビブロスとかいうやつの後ろから細身で長身の男が現れた。

そいつの言葉を聞かずとも、言いたいことは分かった。

長い刀が俺に向けられているからだ。

 

「ははは! やっちまえバールベック!」

 

 ビブロス曰くバールベックというそいつは無言で牙を剥いた。

同じくヘルメットで顔は見せてないが、冷血な雰囲気は感じ取ることができる。

 

 咄嗟に左のマシンガンを向けて撃つ。

だがマンガのように刀で弾をはじき返した。

 

 あの刀は普通の刀じゃない。

刃が青く光っている、レーザーブレードのようだ。

おそらくゴレスターンでも耐えられないような一撃を繰り出せるはずだ。

 

 マシンガンでは太刀打ちできない。

だが相手は前進をやめない。

どうすりゃ、どうすりゃ、いいんだ――。

 

「アルコさん!」

 

 俺の背後で隠れていたサフリが、ナイフを手に飛び出した。

相手は刀。

サフリは肩を負傷しナイフ一本。

無謀だ。

無謀すぎる。

 

 だが俺に止めるチャンスなんてなかった。

 

「食らえぇぇぇ!」

 

 突進したサフリのナイフが、バールベックのわき腹をかすめる。

 

 咄嗟に回避して直撃を免れたバールベックは、一歩後退して刀を振り下ろした。

 

 青いレーザーブレードはサフリの肉体を斜めに切り裂いた。

やめろ。

やめろ。

と心で叫びながら、俺はただその瞬間をじっと見ていることしかできなかった。

 

 無慈悲にも繰り出された一撃により、サフリはそれ以上活動する力を失った。

レーザーの熱で血が噴き出さないようにしているのか、幸いにもサフリの出血を見ることはなかったが、あんな鉄でも斬れそうな刀を食らえば、ひとたまりもない。

 

 相打ちだったが、サフリは膝まで溜まった水の中に倒れる。

バールベックは装備のせいでほとんどダメージはなかった。

 

「サフリ!」

 

 ビブロスを殴り倒し、再びマシンガンを手にビブロスとバールベックに向けて撃った。

 

「ごのやろぉぉぉぉぉぉ!」

 

 殴って怯ませたビブロスの全身に弾丸を浴びせた。

 

 ――当然、通じない。

最初に撃ったときから察してはいたが、全身が防弾装備だらけなんだろう。

ハチの巣のハの字もない。

だがこっちはゴレスターンだ。

そんじょそこらの武器とはわけが違う。

攻撃さえ当て続ければ、いつか防御は崩れるだろう。

 

 相手はたかだか防弾装備だ。どこかには、脆い部分があるはずだ。

 

 関節――昆虫は、背中や頭は固く作られている種類が多い。

だが関節は違う。普通に活動しているだけでも足が外れたりする。

 

 狙いは、そこだ――っ!

 

 肘にはプロテクターがある。

 

だがヤツらの肘の内側には、プロテクターは装着できない構造になっている。

 

関節を曲げるためにはどうしても邪魔になるからだ。

 

「うがぁぁああ!」

 

 命中――ビブロスの肘から一筋の血が垂れる。

予想通り、弱点はあった。

 

 それだけで観念したのか、ビブロスは肘を押さえたままヴァルトブルクの後方へ戻った。

 

「逃がすか!」

 

 なおも刀で弾丸を弾き続けるバールベックからも狙いを外さず、反対の手でビブロスの膝裏を狙い撃つ。

 

「うおおおおお!」

 

 ヒット。

無様に水の中へうつ伏せに倒れる。

ほぼ戦闘不能状態だが、問題はバールベックだ。

 

 関節に照準を定められても、刀で防がれてはダメージは、ない。

 

「死ね、姫の犬め」

 

 バールベックは倒れたサフリを踏みつけて一歩前進。

 

 俺の後ろにはエニーもハルもいる。

こいつらにだけは、手を出させるわけにはいかない。

 

「うるせぇ!」

 

 冷酷な表情をしているであろうバールベックへの射撃を継続する。

だがニンジャのような巧みな刀裁きで全て弾かれ、俺の体にバールベックの蹴りが繰り出される。

 

「うぐっ!」

 

 鋼鉄の扉すらも破れる力を持つゴレスターンなら大した衝撃でもないが、バールベックの力も相当なものだ。

 

 一歩後退し、目の前の敵に銃口を向ける。

いつどこに放ってもあの刀の前では弾丸も豆と変わらないだろう。

 

 浸水は膝より上までやってきた。

計算外だった。

ゴレスターンならすぐに敵を食い止められると踏んだのは、ゴレスターンの力を過信したせいだ。

 

「アルコさん! あと三十秒で海面です!」

 

「分かった! こっちは食い止める!」

 

 とは言ったものの……どうすりゃいい。

 

 こんなニンジャみたいなヤツを相手に、どうすりゃいい。

弾丸が通じない刀なんて――だがこっちは腐ってもゴレスターンだ。

離れて攻められないなら、接近して攻めるのみだ!

 

「かかって来いよこのニンジャ野郎!」

 

 肩にマシンガンを戻し、バールベックに突進した。

刀だろうが手裏剣だろうがどうでもいい。

やるしかねぇなら、やるしかねぇ! パワーならば勝てる。

こいつを力で押さえつけて、その隙にみんなを逃がす。

 

「貴様! 何をする!」

 

 バールベックの肩を握り潰すように掴むと、刀が俺のわき腹に叩き込まれた。

相当な熱エネルギー。

こっちがゴレスターンなら、そっちはその刀が秘密兵器ってことか。

 

「おいハル! エニー! サフリを連れて外に出ろ!」

 

 俺はふり返って叫ぶ。

脱出は上のハッチからだ。

二人もいればサフリを連れてハシゴを上って脱出もできるだろう。

 

「でもアルコさん! あなた一人じゃ!」

 

「うるせぇぞハル! さっさと行け!」

 

 こっちはシルヴァンシャーへ連絡もしなければならない。

あとはバールベックを道連れにしてシルヴァンシャーの攻撃でヴァルトブルクごと撃墜するだけだ。

 

 俺の叫びが通じたのか、それとも説得を諦めたのか、二人は水の中で倒れるサフリを背中におぶってハシゴを上り始めた。

 

「ほう、仲間を先に逃がしたか。美しいことだ」

 

「褒めてくれんのか、そりゃどうも」

 

「貴様のそのスーツ。どういう装備かは知らんが、この刀に耐えるとは、中々面白い」

 

「へっ、今のうちに喜んどけ。俺が、あの世に招待してやるぜ……!」

 

 刀を体に受けたまま、バールベックの首を掴んでねじ伏せる。

深く浸水した床に倒したところで、こいつらは潜水プラス防弾の装備をしている。窒息させる戦法は通じない。

 

 バールベックは刀を押し付けつつ、反対の手で俺の顔面に拳を叩き込んでくる。

 

 窒息しないとはいえ、がむしゃらな手段に出た俺に対し、こいつ焦っている。

 

「貴様ぁぁぁぁ! ちっぽけなエフェソスの犬が、首輪をつけたまま粋がるな!」

 

「黙れよ! お前は……! お前らは、セラードをっ!」

 

 まだ十歳のセラードを――多数の仲間を……こいつらは、許せない。

 

 もういい。

シルヴァンシャーに連絡して、こいつと一緒に海の藻屑になってやる!

 

「ボスラ! 聞こえるか!」

 

 メリダと一緒にいるであろうボスラに、ゴレスターンの通信機能で繋いだ。

 

「ヴァルトブルクは海面に見えるな!? ジーフ・メージッヒで撃て!」

 

『な、なんだと!? お前はどうした!』

 

「俺はいい! 早く撃て!」

 

 ビブロスは戦闘不能

こいつを押さえれば、いける!

 

「ははははは! 貴様、俺さえ封じれば勝ちだと思ったか? お前らの船を落として姫を殺した精鋭は俺らだけじゃない! アンジャルとティールっていう二人もいるんだよ!」

 

 確かに、ここに来た時に見えた影は二人だけではなかった。

残りの二人も警戒しつつこいつらとやりあっていたが――。

 

「俺が死んでも問題ない。一番の武器はアンジャルとティールだからな。もうこっちに用はない。さぁ、俺と遊んでていいのか? あっちの崖にいる連中は、死ぬことになるがな」

 

「なんだと」

 

「俺らが気づかないとでも思ったか? この潜水艦ごと俺らを撃墜するなんてお見通しだ」

 

 崖にはメリダたちがいる。

そのアンジャルとティールって連中にやらせるわけには――。

 

 ここをシルヴァンシャーで撃墜できても、メリダたちがやられたら敗北と同じだ。

 

「今頃はアンジャルとティールが小型の戦闘機で接近中だ。楽しみだなぁ……?」

 

「やれるもんならやってみろよ」

 

 メリダなら、ゴレスターンでなんとかしてくれるはずだ。

 

 ごめん。

俺はセラードの体が心配だけど、やっぱりお前の気持ちも汲み取ってやりたかった。

 

 

 

 数百メートル先、浮上した潜水艦ヴァルトブルクが見えた。

借りた双眼鏡でもハッキリ見えない距離だ。

 

 今、アルコはどうなっているんだろう。

 

ジーフ・メージッヒ、撃て」

 

 隣にいたボスラが、シルヴァンシャーのパイロットにそう命令した。

 

 ヴァルトブルクを撃墜するということ、つまりアルコも消えるということだ。

 

「待って! まだあの中にはアルコが!」

 

「ですが、メリダ様を殺めた連中を倒せるチャンスなのです。姉の仇を討てるんですよ」

 

「で、でも。アルコがまだあそこにっ!」

 

「セラード様。話なら後で聞きます。すみません」

 

 命令を受けたシルヴァンシャーが起動し、ボディの左右に付けられたバルカン砲にもエネルギーが廻った。

ヘリコプターすらも落とせる高威力のバルカンだから、もちろん潜水艦だって海面に出ていれば撃墜できるはず。

 

「やめっ! ――」

 

 私はもう一度だけボスラに叫んだ。

だけど、その声はすぐにシルヴァンシャーの一撃によって虚しくかき消された。

 

 

 

 無骨な弾丸が射出され、真っすぐヴァルトブルクに突き進む。

二十秒も経過しなかった。

ビリヤードのボールが鮮やかにポケットに放り込まれるように、すぅっと滑り込んでいった。

 

 私の心配をあざ笑うように、海面は大きな爆発を起こして波を作った。

ドーム状の爆発が、爆風と轟音をまき散らしながら空気を揺らした。

 

 双眼鏡で確認していたけど、アルコ以外のメンバーは脱出していた。

ということは、あの中にアルコは残されている、ということだろう。

 

「あ、アルコ……」

 

 ゴレスターンがあっても生存は絶望的だろう。

 

 どう受け止めればいいのか理解できない私の耳に、妙なエンジン音が飛び込む。

 

 シルヴァンシャーでもヴァルトブルクでも車でもない。

前方の上空から大きな音が聞こえる。

 

 はっとして見上げた。

 

 見たこともない小型の飛行機がこちらに直進していた。

銀一色の小型戦闘機だ。

速度こそ大したことがないものの、ヴァルトブルクのあったところから確実にこちらへ直進している。

 

 あれは、どこから来たのだろう。

 

 ヴァルトブルクの近くに小さな島があるけど、まさかあそこに隠されていたのだろうか。

 

 左右の翼の下には黒光りする大きな筒が取り付けられている。

おそらく、あれは武器だ。

大砲か、バルカンか、どちらにせよあれで私たちを撃つつもりなのは理解できた。

 

ジーフ・メージッヒ、あれを撃墜しろ!」

 

 ボスラがシルヴァンシャーのパイロットに命令を下す――だが、

 

「なに!? 動きが早くて狙えない? 弾もないだと!?」

 

 おそらく整備班の手抜きだろう。

弾は一発じゃ足りないくらい私にも分かる。

 

 ボスラは耳に付けられていた通信機を地面に叩きつけた。

その間にも戦闘機は接近を続ける。

 

 このままでは、全員が死ぬ。私がゴレスターンでやるしかない。

 

 でも、セラードの体で変身できるの? ゴレスターンは、まだ未完成と言ってもいい。

それにセラードの小さな体で、変身に耐えられるのか未知数だ。

 

 ――そうだ。

 

 アルコがリヨンに伝言していたことを思い出した。

 

 娯楽室の隣の部屋にある傷を思い出せって。

 

 きっとペルセポリスが落ちる前に見たあの壁の焼けた跡は、アルコがゴレスターンで変身したときに迸った電撃のせいだったんだ。

アルコは私が安全に変身できるように密かにゴレスターンの調整をしていたのかもしれない。

どうりでペルセポリスでスムーズに変身できたわけだ。

 でも、細かいことなんて後でいい。

 

「セラード……ちょっと体を借りるね」

 

 ゴレスターンを左の人差し指につける。

 

 母さんが私のことをどんな風に言ったっていい。

私が姫だろうとそうでなかろうと、関係ない。

私は私だ。

今は、私にできることをやるだけだ。

やるしかないなら、やるしかない!

 

「ミラージュコーティング!」

 

 指輪をつけた左腕を前方に突き出した。

 

 小さな体から、無限に溢れるパワーが背中を押す。

 

 アルコ、あなたは言葉が足りてない。

 

 私の手は壊すためじゃなくて作るためにあるって言ってた。

それって、何かを作るために壊すなら、いいってことだよね。

 

「せ、セラード様、大丈夫なのですか変身しても!?」

 

「私があの戦闘機を撃墜します」

 

 変身さえ成功すればセラードでも人間を凌駕する力を出せる。

 

 両肩にあるマシンガンを静かに引き抜き、左右の銃口を接近する戦闘機に向けた。

 

「セラード様! 来ます!」

 

 戦闘機に二つ装備された筒が赤く光り始めた。

警告されなくとも、撃ち落とすつもりだ。

 

「させないっ!」

 

 筒から細いミサイルが射出された。

煙をしっぽにして高速で迫る。

ダイレクトにぶつかればゴレスターンでも一たまりもないだろう。

崖の上にいるとはいえ、着弾点によっては一撃で敗北する。

でも、そうはいかない。

 

「はぁ!」

 

 ダダダダダダダダダダダダダダ!

 

 迫りくる左右のミサイルに、同じく左右のマシンガンを放つ、放つ、放つ!

 

 距離があって弾丸はバラつく。

それでもヒット率はゼロじゃない。

相手だって所詮は爆弾だ。

衝撃さえ与えれば空中で四散するはず。

 

「当たれぇ!」

 

 ミサイル同士で意思の疎通でもしているのか、右の一本が先行した。

でも惑わされるな。

攻撃を続けるのみだ。

 

 右の一本に集中的に弾丸を浴びせる。

空中で爆破させても、距離と爆風次第では被害は出るし、熱にやられて火傷するだろう。

 

「セラード様!」

 

「ボスラ! みんなを連れて逃げて!」

 

「ですが!」

 

「ゴレスターンを信用しなさい!」

 

 それでもボスラは動かない。

私だって、逃げるわけには!

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁあ! 壊れろぉぉぉぉぉぉぉぉお!」

 

 ミサイルとの距離が詰まって命中精度も上がる。

バラついていた弾丸は纏まって命中し、そして――爆散。

 

 凄まじい爆風が襲う。

ミサイルの破片が風に乗って飛び散り崖に鋭利な傷を作る。

だが早めに破壊できたおかげか大した被害ではない。

変身していない他のメンバーも負傷していない。

 

 まだだ。

まだ油断はできない。

破壊したミサイルはまだ一つ。

もう一つ、落とす!

 

 目と鼻の先。

ほとんど弾丸を浴びていないまだ五体満足なミサイル。

こいつを破壊しなくては、私が、ここで倒さねば――!

 

 落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ!

 

 絶え間なく弾丸を放ち続ける。

銃口が溶解しそうなほど熱を帯びてもなお止めることはない。

目的を、完全に破壊するまでっ!

 

 でも、間に合わない。

命中する弾丸だけでは破壊しきれず、傷だらけのミサイルは手の届く範囲にまで迫った。

これに目があったら、どんな目をしているだろう。

 

 あっ。

ぶつかる。

 

「セラード様!」

 

 ボスラが私に向かって飛び込み、地面に伏せた。

直後に真上をミサイルが通り過ぎ、戦闘機が通過したかのような高音と風が体をかすめる。

 

 数メートル背後、不規則にカーブして大岩に着弾したミサイルは、鋼鉄すらも粉砕するほどの威力で爆発。

岩を小石に変え私たちの前に飛び散る。

ゴレスターンがなければ耐えられなかっただろう熱と爆風が襲い来る。

 

 上に被さって私を守るボスラの背中を熱風が襲撃する。

ゴレスターンがある今ならボスラを守ることもできたけど、私は、何も言えず動けなかった。

 

「ボスラ! 私なら大丈夫だから!」

 

「セラード様……!」

 

 爆風が止み、ボスラへの衝撃はなくなった。

やや息が荒いボスラを横に寝かせて周囲の様子を窺う。

他の兵士たちは熱風が届かない範囲まで退避していたから大ダメージは免れたけど、それでも無傷とはいかず頭から血を流している者もいた。

 

「ボスラ、大丈夫?」

 

「大丈夫です。背中を負傷しただけです。それより、まだ敵の攻撃は終わりじゃありません」

 

 慌てて敵機へ視線を変える。

まだミサイルは確認できない。

準備段階なのかもしれないけど、次も一人で防ぎきれる自信はない。

 

 これがラストチャンス。

落とせなければ、みんな死ぬ。

 

 双肩のマシンガンを前方に構えた。

今度は二つを前後に重ねる。

一つずつの射撃ならバラつきのあるマシンガンしか撃てないけど、合体させれば強力な一撃を放てる。

ただ、連射が効かないから、命中範囲が狭いミサイル相手には使えなかった。

けど飛行機相手なら、問題はない。

 

 狙いは一つ。

外せば敗北。

当たれば勝利――が確定するわけではないけど――やるしかない。

 

 敵機の翼にある筒が赤い光を放つ。

同時に、飛行機もこちらとの距離を詰めている。

この距離で三発目のミサイルが来ればまず撃ち落とせない。

 

 あと一秒か、二秒か、三秒か、早い方が、生き残る!

 

「砕けぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 両手の引き金を引き絞り、連結したマシンガンから細く長い弾丸が撃ち出された。

 

 衝撃――直後に体が跳ねあがり、バランスを崩して一歩下がる。

 

 すぐに敵機がミサイルを放つ。

敵機を撃墜して爆風でミサイルを破壊できればいい、それでいい、そうでなければ勝てない。

 

 でも私のほうが早かった。

凄まじい衝撃で放たれた弾丸は、正面から敵機に命中。

鉄を引き裂く音を響かせながら中心に細い穴を穿ち、貫通。

 

「やった……」

 

 電撃を迸らせ、ボディをひしゃげさせ、そしてミサイルともども粉々に爆発して消し飛んだ。

 

「うっ!」

 

 目の前に台風が現れたかのような、戦闘機の爆風。

兵士の一人は転がり、一人は倒れ、私自身も吹き飛ばされそうだった。

 

 敵機撃破によって煙と爆風が乱れている。

なかなか晴れることのなさそうな煙の塊、そこから、一本のミサイルが現れた。

ごく自然に、さっきと同じようにこちらに向かってきている。

 

「え?」

 

 撃破したときの爆風に巻き込まれて二本のミサイルも破壊したと思い込んでいた。

でも、破壊に成功したのは一本だけで、運よく一本だけ生き残っていたんだ。

 

 ミサイルは真っすぐではなく、酔っぱらったように不規則な動きをしている。

連射で撃ち落とすのは望みが薄い。

なら、少しでも下がるしかない。

 

 膝をバネにし、大きく後ろへ後退。

相手は不規則ながらも意思を持ったように私たちを狙っている。

やっぱり、後ろへ避けつつ撃ち落とすしかない。

 

 双肩のマシンガンを再び前後に連結。

 

「撃つ!」

 

 高威力の弾丸は、やはり反動が大きく、それだけで肩が外れそうなほど痛くなる。

でもそんな弱音を吐いていられない。

銃口からミサイルまで届いてくれないと――。

 

 だが。

 

「外したっ!?」

 

 変身していなければ体が吹き飛びそうなほど反動の大きい弾丸は、ブレもなく真っすぐ突き進んだものの、がむしゃらに乱れるミサイルには命中せず空の彼方へ消えた。

 

 手前の崖でミサイルが爆散。

鋭利な石の破片を飛び散らせ、何度目になるか分からない爆風が襲った。

頭にもいくつかの石がぶつかり、変身していても衝撃で脳が揺さぶられる。

後退していた兵士たちに被害はなかったものの、私の体は大きく後ろへ飛ばされた。

爆風に乗った煙のせいで視界はほぼゼロ。

耳が爆音で支配され、周囲の状況を把握できない。

 

 体が千切れるように痛い。

まだ完成していないゴレスターンをセラードの体で使うのはやはり厳しかった。

けど、そのおかげでなんとか耐えられた。

 

 肉体的に限界を迎え、ゴレスターンによる変身が解除される。

 

 瞬間、砂漠に放りこまれたように渇いた熱が全身を駆け巡る。

野外なのに、邪悪な煙はすぐには晴れず、しつこく周囲を埋め尽くした。

 

 呼吸が、できない。

 

 変身も、できない。

 

 地面も空も焼けるように熱い。

熱い。

熱い。

死ぬのはいい。

イヤだけど、死ぬだけならいい。

けど、セラードだけは、セラードにだけは大きな傷は作りたくない。

わがままだ、私。

戦いたいのに、戦いたくない。

守りたいのに、戦いたい。

肺が熱い。

体が熱い。

戦えたのは嬉しい、けど、私には早かったかもしれない。

 

 とつぜん消されたテレビのように、視界はぷっつりと暗くなった。

これが死なのか……。

 

 

 

 気づいたら、そこはベッドの上だった。

よくあるシチュエーションかもしれないけど、白いベッドで仰向けになり、真っ白な天井を眺めていた。

 

「気づいたか?」

 

 全身に激痛が走っている。

なんとか顔だけを横に向けると、足を組んで座るアルコがいた。

他には誰もいない。

あるのは白い棚に白いカーテン。キャンバスにできそうなほど白一色だ。

 

「私は大丈夫」

 

 辛うじて、だけど。

 

 でもちょっと待って。

 

「アルコっ!?」

 

 激痛も忘れて上半身を起こした。

すぐに痛みが倍増して上半身を駆け巡ってまた寝る。

 

「あ、アルコ、どうして? ヴァルトブルクは、その……沈んだんじゃ……」

 

「おいおい、俺があんな程度で死ぬかよ。って言っても敵を押さえながらの脱出はギリギリだったけどな。都合が良い展開って思ってるだろ。でも大人の男ってのはそんなもんさ。簡単に死ぬようなアルコ・バッサーじゃねぇってことよ。それとも死んでたほうが感動的だったか?」

 

「え、いや、そんなことは」

 

「はは、また今度な」

 

 いたずらっぽく笑って、アルコは白い棚に置いてあるチョコレートを一つ手に取った。

 

 口を開けると小さな四角いチョコレートが放り込まれた。

幸い、顎を動かす力だけはあった。

 

「お前、丸一日は眠ってたんだぞ。ゴレスターンの変身がかなりのダメージだった。でも体に目立った傷はなかったらしいから安心しろ」

 

 やっぱり、ゴレスターンの影響は大きかった。

けどダメージはゴレスターンだけじゃない。

ミサイルの影響も大きい。

 

「アルコ、どうして私にゴレスターンを?」

 

「どうしてって、お前が戦いたいって言ってたからだろうが」

 

「そ、そんな理由で?」

 

「俺だってセラードは傷つけたくなかった。だけど、姉であるお前に決断してほしかった。セラードと一緒に戦うかどうか。イヤだったら他の人に託せばよかっただろ」

 

 それもそうだ。

ゴレスターンは私やアルコ限定じゃない。

負担は大きいけど、誰でも使える。

 

「でも結果的にみんなを守ることができた。それで、よかったのかな」

 

「良かったかどうかは、セラードと相談してお前が考えろ」

 

 もしセラードがここにいたらどう思うだろう。

嬉しい、のかな。

 

「それと、一つ朗報がある」

 

「ろ、朗報? どんな?」

 

ペルセポリスが見つかったぞ。全員が無事、とはいかなかったけど、何人かは生きている」

 

「ほ、本当っ!?」

 

 また上半身を起こす――激痛が襲い、ゴム紐で引っ張られたように逆戻りした。

 

ペルセポリスが沈んだ後もそれっぽい反応は見つけることができたが、それでもすぐには発見できなかった。まぁ結果オーライだろ。時間はかかったがな」

 

「ど、どこに落ちていたの?」

 

「エフェソスとシュトゥルーヴェの間にある海の上。ペルセポリスだってただの鉄の箱じゃねぇからな。食料もそれなりにあった。まぁ、死人は出ちまったが……」

 

「だ、誰が生き残ったの?」

 

 誰が死んだのか、よりも。誰が生き残ったのか、を聞きたかった。

 

「ルートとラウマと艦長も含めて数十名ってとこだ。俺も具体的には把握していないけどな」

 

「艦長に、ルートとラウマが……?」

 

 帰りを待っていたアニさんとミディさんにも安心して報告できる。

心に巣くっていたモヤモヤが晴れていくのを感じる。

 

「でもメリダ、これで終わりじゃねぇ。確かにお前たち姉妹を抹殺しようとする連中は倒したが、国同士は仲良しってわけにもいかなくなったんだ。戦争に発展しないだけマシだが」

 

 完全に平和、とはいかない。

ペルセポリスが見つかった件だって喜ばしいことだけど、死者が出ている以上は万歳三唱というわけにもいかない。

家族友人を失って涙を流し続ける人も世の中にはいるんだ。

姫として、悲しむことも大事な仕事だ。

 

「まっ! とにかく今は休めよ。あ、そうだ、目が覚めたから医者を呼ばないとな。安静にしてれば二日でなんとかなるってよ。心配すんな、本くらいなら読めるだろ」

 

 本といえば、あれしかない。

セラードが読んでいた、あのマンガしか。

 

「アルコ、ヘッドスマッシュ&イン・バッファロージャンプをお願い」

 

「あれな、分かったよ」

 

 アルコはグっと親指を立て、部屋を出て行った。

 

 あと二日もこの姿勢で寝てないといけないんだ。

運動不足で鈍ってしまいそうだけど、セラードの好きだったマンガを読むいい機会だし、色々なことを考えるチャンスかもしれない。

 

 

 

「おいアトス、おい」

 

「えっ?」

 

 教室。

顔を上げるとトレドが俺の肩を叩いた。

唐突の衝撃がぼうっとした頭を揺さぶる。

 

 アルベロを捕まえてから一週間。

あれから、姫のメリダ・エーランドが死亡したというニュースが流れた。

テレビは連日メリダ・エーランドのことばかりで、見たい番組もドラマも全て放送休止という事態で、レンタル屋が儲かった。

台風の日の桶屋なのか、姫の死で儲かるところがあるなんて、連鎖の激しい世の中だな。

 

 姫といえば、例のペルセポリスが発見されたらしく、アニの父親とミディの兄も見つかったそうだ。

そのおかげか、ミディの病気も良くなってきたらしく、不愛想だったアニは少しだけ表情が豊かになった。

メンタルって、大事なんだなとしみじみ思う。

 

 でも俺は、やっぱりデルフィに帰ってきてほしかった。

死人はどうにもならないけど、一週間が経過した今も俺の心はなかなか晴れることはない。

 

「なぁ、トレド、マンガ買いにいかね」

 

 ヘッドスマッシュ&イン・バッファロージャンプ。

デルフィが好きなキャラが出るマンガだ。

 

「分かったよ。行ってやるよ」

 

 こうして、俺のちょっとだけ非日常だった日々は終わった。

 

 これからは、普通の高校生に戻る。

でもそれでいい。

俺には危険や死なんて似合わないから。

 

 

 

「セラード、私、頑張ったよ」

 

 あれから一週間。痛みはすっかり治まり、調子を取り戻した。

 

 体が動くようになってからは、作りかけだった、DELPHIと刻まれたブローチを完成させた。

それを胸に付けて墓の前にまで来た。

 

 無数の人間たちが静かに眠る墓地の、一番手前のど真ん中。

綺麗に磨かれた墓の下に、ペルセポリスで見つけた私――メリダ・エーランドの体が眠っている。

私の体を私自身が見るのはやっぱり不思議な気分だったけど、私が弔うのはセラードだ。

 

 私とアルコしか知らない、セラードの死。

私が弔ってやらなくて、誰が弔うのか。

 

 このセラードの体は、私がずっと抱えて生きていく。

私がなれなかった十八――いや、二十歳にまでなって、大人になったセラードの姿を見てみたい。

 

 小さな赤い花を墓の前に添え、私は私に別れを告げた。

そして、セラードと共に歩んでいくと決めた。

 

 ――俺は、一生忘れることはない。

 

 ――私は、一生忘れることはない。

 

 ――このクラスに一日もいられなかったデルフィ・ソルテアという転校生のことを。

 

 ――この世界で十一歳にもなれなかったセラード・エーランドという妹のことを。

 

 ――俺は、見守り続ける。

 

 ――私は、見守り続ける。

 

 ――ずっと笑顔で輝いている、あの子の姿を。

 

 双肩銃ミスティミラージュ・マナビヤ特攻人 完