日々を駆け巡るoyayubiSANのブログ

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目が腐る小ネタと4コママンガを土日。ゲーム実況を月火。小説を水曜に更新!

小説:技巧鎧ミスティ・ミラージュ ギア(前編)55926文字

一章 冒険野郎と復讐少年 編

 

 さっそくだが彼はピンチである。

 

 渡り鳥――という男をご存じだろうか?

空から空へ飛びまわり、遺跡から洞窟から縦横無尽に駆け回って宝を集めるトレジャーハンターである。

 

 そんな彼の名は「マセル・エレバン

 

 丸いメガネに茶のジャケット。胸元には金に光る歯車のバッチが付けられている。

 

 ボサボサの黒髪に黒いスカーフは彼なりのオシャレのようだ。外見だけなら知的で優しそうな好青年だが、中身はまるで違う。

 

 正義感こそあるものの、とにかく冒険好き。そして何より危険ととなり合わせになるのが大好物という、変わった性格である。危険の種類にもよるが……。

 

 繰り返すが、マセルはピンチである。マセルにとって命の危機なんてものは、トーストからマーガリンがこぼれるくらいどうってことのない日常茶飯事なのだが、まぁ暖かい目で見守ってあげてほしい。

 

「またあいつらしつこく来やがって! 俺のトレジャーハンターライフを邪魔するな!」

 

 ここは海の上に存在する遺跡で、名はジャメナン遺跡。マセルがいる場所は海面より数十メートルは高い部分にある一本道である。遺跡の天井はなぜか光っていて照明の心配はない。

 

 半分に切ったタマゴに足が生えたような二メートルほどの機械が背後から迫っている。これがピンチの正体である。

 

「マセル坊や、今度こそその首とったげるわ!」

 

 機械に搭乗するわ悪のトレジャーハンター――その名も”キングストン”の”バンダル””スリブ””ガワン”

 

 リーダー格の女であるバンダルは偉そうにマセルを指さした。

 

 片目を隠した金のロングヘアーに、隠されていない目は切れ長。白と黒が縦に別れたカラーリングのネクタイでクールに決めている。化粧が濃く口調が古いため、二十代前半でありながら二十代後半に間違われることもしばしばなのがたまにキズ。どうやら大人の階段を駆け上りすぎてしまったようだ。 

 

「やってしまいなさいお前たち! あの坊やの持ってる箱を奪うのよ!」

 

「「承知でガッテン!」」

 

 狭いコクピットからむくむくと現れたスリブとガワンは、いわゆるバンダルの腰ぎんちゃくというか部下というか、家来である。

 

 スリブは細身で長身、ガワンは小太りで小さい。どちらも黒いジャケットにサングラスに黄色いネクタイという、非常に分かりやすい悪役らしい恰好である。よくいる悪役コンビだ。スリブの口癖が「ちょ」で、ガワンが「ですぜ」なので、それで覚えればよい。

 

「危ないですぜリーダー!」

 

「不安定なんですから、大人しくしててちょ!」

 

 調子に乗ったバンダルを二人で止めようとするもバンダルは止まらない。そんな三人を、マセルは後ろ向きに走りながら両手で指をさす。

 

「おいおいお前ら、よくも飽きずに俺の邪魔できるな!」

 

「あんたが邪魔したくなるようなところにいるからイケないのよ! 邪魔されたくなかったら、邪魔されないようにどっかに行ってなさいな!」

 

「リーダー! 発言が支離滅裂ですぜ!」

 

 マセルが向き直り真っすぐに走り続けると、その先はまさかの行き止まり。キングストン連中に押しつぶされれば絶体絶命だ。

 

「いや、まだ終わらねぇ!」

 

 マセルは天井を確認する。

 天井まで二メートル以上。この絶好の場所を利用しないわけが、ない。

 

「おほほ! マセル坊や、そのまま壁とキスして潰れちまいなさいな!」

 

 キングストンの機械が背後から迫る。当然、ブレーキをかける気もスピードを緩める気もなく、前進を続ける。

 

「そうかい、じゃあ、そうさせてもらおうかな!」

 

 マセルは垂直の壁に足をかけ、その流れで壁を登った。キングストン連中の目が点になり、口があんぐりと開かれる。

 壁を蹴って後ろへ一回転し、マセルがキングストン連中の真上まで飛び上がった頃、ようやく三人は壁と激突することに気づいた。

 

「リーダー! 前! 前! 激突するっちょぉぉぉ!」

 

「はやくブレーキしなさいな!」

 

「しまったですぜ! ブレーキをつけ忘れたんですぜぇえええ!」

 

 マセルは余裕の表情で背後に着地。後ろからキングストン連中に手を振った。

 

「また遊ぼうぜぇ! キングストン!」

 

 壁と激突――。

 そのまま倒れるだけならまだ良かったものの、壁を突き破り真っ逆さまに海へと落下していった。

 

「「「あぁああああああ!!」」」

 

 数十メートルは落下し、それぞれが着水完了。いくつかの大きな水紋が現れる。

 

 マセルが壁に空いた大きな穴から下を覗くと、全身に鳥肌がたった。

 

「うぅぅ……高っけぇ……そして海か、気の毒なキングストンだな」

 

 マセルにはトレジャーハンターとして決定的な弱点がある。それは空と海、すなわち高所恐怖症でありカナヅチ(泳げない)なのだが、怖いもの見たさでつい確認してしまうのだ。

 

「あーあ、空と海の遺跡だけは死んでも行きたくないね」

 

 それでも海や空を越えないと辿り着けない場所だってある。遺跡の中にいてもトラップとして水が流れることもあれば、地下遺跡かと思いきやトラップが動き出して天まで伸びることだってある。勘弁してほしいと思いつつも、お宝を求める探究心は収まらない。

 

 そんなこんなでまたもや危機をかい潜ったマセルは、遺跡の奥で発見したメロンほどのサイズの箱を二つカバンから取り出した。一緒に見つけたカギもポケットから取り出す。

 

「えーと、これこれ、これだな」

 

 箱に鍵を差し込もうとした、次の瞬間――。

 

「あっ」

 

 と口を開けた直後、手が滑り、片方の箱がカギが差し込まれたまま穴の穴へ飛んで行った。

 

「待て待て待て!」

 

 追いかけて穴から下を覗くも、時すでに遅し。せっかく見つけた箱は真っ逆さまに海へ吸い込まれていった。

 

 泳ぎが得意ならば飛び込んで回収するのも手ではあるが、あいにくマセルにそんな芸当を求めるのは野暮というものだ。

 

「ちくちょー……」

 

 仕方がないので、マセルは涙を浮かべながら残った箱に鍵を差し込んで回す。小気味の良い音が鳴る。フタを開くと、マセルの予想から外れたお宝が姿を現した。

 

「なんだ、これは?」

 

 中にあったのは、一言で言えば靴。

 

 膝下まで長いこげ茶色のブーツで、マセルの服とほぼ同じ色だった。青い宝石(のようなもの)で縁取られていて、サイズもマセルに丁度よさそうなものだった。

 

 なぜ、海の上に高くそびえる遺跡の中に靴があるのか? マセルの頭は疑問符で溢れる。

 

「とりあえず履いてみるか……?」

 

 履いた瞬間に呪われて脱げなくなるか、履きたい欲求こそがトラップの引き金となって足をもぎ取られるか、どちらかかと予想する。

 

 とりあえず、マセルは履くのは諦めることにした。箱にしまってカギをかける。そして、大きくため息。

 

 ハズレを引いてしまった。

 

 海に落としてしまったもう一つのほうは、きっと金銀財宝だったのだろう。そんな後悔をしても、箱は一つしかない。

 

 仕方がないので、箱はカバンに戻して遺跡の奥へ進むことにした。

穴の開いた壁には背を向け、走り抜けた道を引き返す。

 

 分かれ道は二本。

左は先ほど二つの箱を見つけた道。

箱以外にお宝はなく、隠し扉のようなものもなかった。

 

 右を真っすぐ進むと遺跡の入り口へ続く長い長い道。

階段や様々なトラップもあり、戻るのも簡単ではない。

入口への道に真っすぐ進まずにさらに右へ曲がると、そっちはまだ未踏の部屋だ。

 

どんなお宝が待っているのか知る者はいない。

逆に言えばどんなトラップが待ち受けているのか、誰も知らない。

 

 箱を落としたショックを引きずりながら、希望を求めて未踏の部屋へ歩きだした。

 

 奥に辿り着いたとき、ショックなど忘れて目を疑った。

もちろん、いい意味で、だ。

 

 そこは軽くスポーツくらいならできそうなほどの広い部屋で、湖のように水が張っている。水は光る天井によってキラキラと輝いていた。

 

「天井から照明みたいに光が出てるだけでも驚きだが、こんな湖みたいなものもあるとは」

 

 泳いで奥を調べるのは不可能だが、水に触れるくらいならカナヅチのマセルでもできる。

 

 しかしマセルには違和感があった。

ここに到達するまでは様々なトラップが行く手を阻んでいたのに、この湖の部屋にはなにもない。

トラップがないことが逆に怪しい。

 

 マセルは警戒しつつ、水に触れて確認する。

 

「ほどよい温かさだな。お湯とまではいかないけど、入っても問題なさそうだ」

 

 靴を脱いでカバンを降ろし、湖に足だけ入れてみる。

とくにこれといって異常はない。

 

 足で床を探ると、すぐ先が一部だけ深くなっていることに気づいた。進めば水の底にドボンは確定だが、そんなことで諦めるわけにもいかない。

 

「うううう、なんでよりによって水なんだよぉ」

 

 意を決して――厳密には決していないが――深いところへ――。

 

「あ?」

 

 進もうとしたところ、目を凝らすと水の底から何かが浮き上がってくるのが確認できた。

 

「まさか、水の中にあるお宝が浮いてきたのか?」

 

 ワクワク半分、ドキドキ半分で、マセルはその浮いてくる物体を見ていた。

 

 すると――。

 

 水の底から、少女が飛び出した。

歳は小学校高学年ほど、身長は百五十ほどの小柄である。

 

 大地を吸収したような見事なエメラルドグリーンのロングヘアー。

海を凝縮したような深い青の瞳。

空を張り付けたような、透き通るほどの白い肌。

右の頬には赤い塗料で太陽のマークが、左の頬には青い塗料で三日月のマークが描かれている。

小柄な身体の上に黒いワンピースは美しさを引き立てていた。

 

 マセルに“そっち”の趣味はないが、マセルから見ても美しい少女だった。

 

 驚きのあまり腰を抜かし、尻と手が水に浸かってしまう。

 そして驚くことに、少女は水の上に立っていた。

 

 マセルがずれたメガネを直してよく確認すると、少女はゆっくりと目を開き、しっかりとマセルを見据えた。

 

 そして一言。

 

「あなたは、誰?」

 

 質問の意味は分かっていても、質問の意図が掴めない。

 

「お、俺はマセル・エレバン。トレジャーハンター。渡り鳥って呼ばれている。高いところと水の中はキライだが」

 

「いいえ、そうではない。あなたは、誰?」

 

「は? 意味わかんねぇよ」

 

 再度マセルが質問をぶつけようとした、そのとき――。

 

「そのお宝、頂いたわよマセル坊や!」

 

 どこからか聞き飽きた声が響く。

天井の一部が丸く崩れ、先ほど海へ落ちたはずのキングストン連中が、また同じ機械に乗って出現した。

 

 二本の脚の先が丸く開き、機械はアメンボのように水の上に浮かび、背中からホースを伸ばして水を吸い始めた。

 

 この世界の火力や工学や電気技術というものはあまり発達せず、機械は全て水と歯車で動く。

水なくして機械は動かないのが、この世の常識である。

 

 という細かい説明は後回しでいいとして、とにかく下から上から現れるお客さんのせいで、マセルの頭はパンク寸前だった。

 

「その少女は頂いたわよ! そいつはきっとお宝よ! もしくはお宝の秘密を隠してる!」

 

 後ろのスリブとガワンも、うんうんと頷く。

実に根拠のない自信過剰である。

 

「っていうか、お前らはどっから来たんだ! さっき海へ落ちたんじゃないのか!」

 

「そんな細かいことはどーでもいいの。悪役は神出鬼没なのよ! 覚えときなさいな!」

 

「オーライ。そりゃ、今後も楽しみだね。次は水たまりからお出ましか? それともツボからジャジャジャジャンか? よろしくなゴキブリトリオ」

 

 あくまでジョークで返すマセルは、余裕の表情だ。

 

「余裕ぶってるのも今のウチよ! スリブ、ガワン、あの少女をこっちに連れてきなさい! できるだけ“丁重に”ね!」

 

「「承知でガッテン!」」

 

 スリブとガワンが機械から降り、少女に背後から近づく。

 少女の存在を知る人間はここにはいないが、なにか大きな秘密があることは、出現した場所からも想像ができた。

少女がキングストンに攫われるのはマズいということは理解できる。

たとえ少女でなくとも、キングストンの手に渡るのは阻止せねばならない。

 

 今は亡き、親友のためにも――。

 

 マセルは少女の手を引き、カバンを手に取って裸足のまま一目散に逃げた。

 

「あっ! 待つですぜ!」

 

「そいつは渡さないっちょ!」

 

 湖の部屋を出てすぐ右へ曲がり、遺跡の入口へ突き進む。

トラップなら全て解除済みだ。

少女を連れていても問題なく進める。

 

 はずだったが。

 

「なにっ!?」

 

 天井から壁が落ち、道は呆気なく塞がれた。

 おそらく遺跡の緊急防壁か、もしくは少女を連れたことで発動するタイプのセキュリティか――マセルは自分なりに分析しつつも次の逃げ道を頭の中からひねり出す。

 

 あとは二つの箱があった部屋か、もう一つはキングストンが激突して開けた大穴か。

 

「おいおい、マジかよ」

 

 箱があった部屋は行き止まり。

隠し部屋もない。

さきほど空いた穴から飛び出すならば、手始めに海へ落ちなくてはならない……つまり、高所から落ちるということ。

つまり、海へ落ちて自力で泳いで陸までたどり着かなくては命がないということ。

つまり高所恐怖症+カナヅチを組み合わせたマセルにはあまりにも無謀な冒険だということだ。

 

 それも、少女と一緒に、だ。

 

 そんなこんな迷っている最中にも、スリブとガワンは迫る。

 

「ど、どうするっ!? どうすりゃいいんだ俺は!」

 

 ――ところ変わって、とある少年ベルンの視点――。

 

 マセルが苦悩している一方、遺跡から少し離れた陸地にある町”アクラ”の路地裏では、別の意味で苦悩している少年がいた。

 

 少年の名はベルン・ロゾー。歳は高校一年生で、性格はマセルとは正反対のひ弱な少年だ。

短い金髪、平均的な身長。

バイオリンが得意ということを除けばこれといった特徴はない。

 

 ベルンは今、三人の少年によって攻撃を受けている。

つまりイジめられているのである。

 

「おいベルン、今日は持ってきただろうな」

 

 ベルンの制服の胸ぐらを掴んで壁に押さえつけたのは、ガキ大将のスリジャ。

その後ろにいる腰ぎんちゃくが、ワルダとナプラである。

 

「きょ、今日は持ってきてないよ。お金なんて」

 

「はぁ? たったの二万エンでいいんだぞ。親から盗んで持ってこいよ」

 

 二万エンもあれば、そこそこ身なりの良い服装を整えられる。

高校生にとっては、はした金などではない。

 

「そ、そんなの無理だよ……二万なんて……」

 

「だったら――」

 

 スリジャは拳を固く丸め、ベルンの顔にお見舞いした。

 

「うっ!」

 

 アザが生まれ、口と鼻から血がタラリと流れる。

それでも飽き足らず、スリジャは胸倉を掴

んで放り投げた。

 

「しょうがねぇな。たったの二万エンも持ってこれないんなら、こうしてやる」

 

 スリジャが二人に「やれ」と合図すると、ワルダとナプラはベルンの靴を脱がした。

 

「や、やめてくれ」

 

「これよ、良い靴らしいな。金持ちがよく履いてる靴なんだろ」

 

 ベルンが高校入学祝いに買ってもらった、黒い革靴。

それを盗まれるくらいなら、もう一発顔を殴られたほうがマシだった。

 

「か、返してくれよ。それは……」

 

「あ? なんだよ。返して欲しかったら二万エン持ってこい。いや、どうせなら三万エン持ってこいよ。そしたらこの靴を返してやる」

 

「そ、そんな」

 

「悪いなベルン、俺は手加減が苦手なんだ。用意できたらいつもの場所に来いよ」

 

 スリジャたちは靴を奪い、倒れるベルンを放置してその場を後にした。

 仕方なく、裸足のままベルンは立ち上がる。口と鼻から流れた血を拭い、路地裏から出た。

 

「……海に行こう」

 

 言われた通り三万エンを用意するのは不可能で、力づくで取り返すのはもっと無理だ。

迷ったときはとりあえず海に行く。

打開策が出るわけではないが、海に行くと心が安らぐのだ。

 

「あれ、ベルンだ。どうしたの?」

 

 海。ベルンの傍に来たのは、幼馴染である少女アピアニコシアだった。

 

 晴れ渡った空に引けを取らない白い素肌は、太陽にも負けず焼けることを知らない。

うるっとした瞳は、ベルンと同じく高校生ながらも大人びた印象を持ち、多少ベルンの世話を焼きすぎることとブレザーの制服を着ていることを除けば大人そのものだ。

 

 麦わら帽子の下に伸びる金のロングヘアーが風になびき、アピアは髪を押さえた。

 

ベルンは、その横顔が好きだった。

 

「ねぇ、ベルン、またスリジャたちに殴られたでしょ」

 

 ハッキリと顔を見たわけでもないのに、あっさりと見破られてしまった。

 

 できればベルンは傷について触れてほしくなかったのだが、バレてしまっては仕方ない。

 

「え、う、うん。少しだけだよ」

 

「ホント、卑怯だよね。三人で寄ってたかってさ。ベルンもガツンとやり返してやりなよ」

 

 と、言われても、ベルンにそんな度胸はない。

 

「私から言っておこうか?」

 

「ダメだ。危ないよあいつらは」

 

 口では強気でも、内心では女子に助けられることが何より嫌だった。

心を見透かされたくなくて、ベルンは話題を変える。

 

アピアはどうしてここに来たの?」

 

「どうしてって、海が見たくなったから。もしかして一人になりたかった?」

 

「い、いや、別に」

 

 本当なら一緒にいてほしいところだったが、傷だらけの自分を見せるのも気が引けた。

 

「分かった。一人になりたいのね」

 

 言葉の裏にある本心に気づき、アピアは背を向ける。

 

 どうしてこんなに自分は弱いのか。

 ベルンは答えのない疑問に対する答えがほしかった。

 

「病気、大丈夫?」

 

「うん。今はなんともない」

 

 アピアは幼い頃から病気だった。

二十歳までしか生きられないという、ソウル病だ。

生まれたとき、一千万人に一人だけが発症するという難病である。

 

 発見はできるものの、今の時代では治療できない。

ときどき軽い目眩がやってきて定期的に薬を飲み続けなくてはならないという点と余命以外には、これといった異常はない。

 

「そっか、じゃあまた今度」

 

 今度こそ、アピアはその場をあとにした。

 

「あれ? あれ、なんだろう」

 

 ふと、浜辺の端を見る。そこには見慣れないなにかがあった。

 

 小さな箱が石の隙間に引っかかっている。ベルンが近寄って手に取ったが、なぜかカギが差しっぱなしになっていた。

 

「もしかして、あの遺跡から来たのかな?」

 

 その遺跡とは、今まさしくマセルが決断を迫られている、目の前のジャメナン遺跡のことである。

 

 この国”プライア”では、未踏の遺跡がいくつも存在する。

いつから存在し、誰が作ったのか不明で危険も多い。

それこそ、マセルのようなトレジャーハンタ―でもない限り、足を踏み入れた直後にトラップの魔の手で八つ裂きにされてお終いだろう。

 

「でも、もしも箱が遺跡から来てたら、これはお宝なのかな?」

 

 ベルンは差さっているカギを回す。

 開いてみる――。

 

「なんだこれ?」

 

 幾何学的な赤い模様が描かれた黒いブーツが入っていた。

サイズはベルンに丁度よく作られていて、そして偶然にもベルン自身も裸足だった。

 

 何もなければそれでよし。

イチかバチか、ベルンはその靴を履いた。

 

「ん……?」

 

 予想通りサイズはピッタリだったが、お宝の呪いなどは特に感じなかった。

 

「なんだ……ただのボロ靴か」

 

 その靴を脱ごうと手をかけたが、靴に付いたボタンのようなものが目を引いた。

 

「これ、なんだろう……」

 

 右足の踝(くるぶし)のあたりにあるボタンを押すと、突然、誰の声が響いた。

 

アスンシオン キドウ キドウシャ カクニン】

アスンシオン キドウ キドウシャ カクニン】

アスンシオン キドウ キドウシャ カクニン】

 

「うわっ!」

 

 靴から謎の女の声が流れ、腰を抜かす。

 立ち上がろうと自分の足元を見ると、その足が自分の足でないことに気づいた。

 

「な、なななななんだよこれ」

 

 足の先からみるみるうちに黒く変化していく。

いや変化というよりは、靴を始点に服の上から別の服が出現しているのだ。

 

 なすすべなく、ベルンの全身に別の服が纏わりついてくる。

 

 海に写った自分を確認すれば、黒と赤のツートンカラーの手袋に、腰までは赤いラインの入ったウェットスーツのような黒いスーツが出現していた。

 

 ヘソのあたりには赤い宝石が光り、胸は赤を基調として黒いラインの入ったプロテクターが付けられている。

極め付けに、頭には全体を覆う黒いヘルメット。

口元は銀、鼻先から後頭部にかけて赤いVの字のツノが付けられていた。

メットの左右には半分に切られた黒い歯車がある。

 

 まるで漫画かなにかに出てくるような、コスプレ。

 

「たしか、靴から流れた声はアスンシオンって言ってたかな」

 

 詳しくは理解できなかったが、まずはアスンシオンとやらを解除したかった。

 

右でこうなるなら、と、左の靴のボタンを押すと、アスンシオンは無事に解除されてベルンはいつも通りの姿に戻った。

 

 恐ろしくなり、すぐに靴を脱いで箱に戻してカギをかけなおす。

 

「いったいなんなんだよ、これ」

 

 箱や靴のことは忘れて、まずは自分の靴を取り返す算段を練ろう。

そう自分に言い聞かせて、深呼吸をしてから、その場を後にした。

 

 のだが、すぐに戻ってきてしまった。

 

 アスンシオンが全身を覆ったとき、大きな力のようなものを感じていた。

 

 恐怖と、恐怖を凌駕する力――。

 

「もしかして、これって凄いものなんじゃ」


 どこからともなく鎧などが現れ、サイズもピッタリに身に纏うことができた。

これは、どんな技術を用いても成しえないことだ。

 

 もう一度箱を開き、アスンシオンを取り出す。

 

 ゴクリ。

唾を飲み込み、足を入れる。

右のボタンを押すと、声は鳴らなかったが、また全身を鎧が覆った。

 

「やっぱりそうだ。凄い力を感じる」

 

 試しに近くにあった手のひらサイズの石を手に取る。

もし握っただけで粉々にできれば、アスンシオンは本物だ。

 

 思いのほか、あっさりだった。

多少の力を加えただけで、石は粉々にはじけ飛んだ。

 

「……本物だ。これが、あれば……」

 

 アスンシオンがあれば、スリジャたちを三人纏めて相手にしても勝機がある。

もう、アピアに余計に心配されなくて済む。

もう、大事な靴を奪われることなく、スリジャたちに怯えることもなく平穏な日々を過ごせる。

 

「やってやる……! こいつで、あいつらを、叩きのめしてやる!」

 

 ――マセルサイド――。

 一方、窮地に立たされたマセルは。

 

「ど、どうするっ!? どうすりゃいいんだ俺は!」

 

 少女と穴から落ちて泳げもしない海を渡るか。

見知らぬ少女を守りつつ二人を倒すか。

 カバンの中には、お宝とは縁遠いような靴があった。

もしお宝だとすれば、そして凄まじい力が隠されているのだとすれば、イチかバチかそれに賭けてみるのもトレジャーハンターとしてはアリかもしれない。

 

 マセルはそう考え、海を泳ぐよりも“勘”を頼ることを選んだ。

 

 カバンから、例の靴を取り出す。

 

「く、靴? なんで靴だっちょ?」

 

「さぁな。俺には分からんよ。俺には価値が理解できないからな。お前らのリーダーに任せる。そうだ、一応安全だってことを証明するために履いてやるよ」

 

 マセルは二人の様子を窺いながら、靴に足を入れた。

 

 ――で、これからどうすれば?

 

 履いてから何をするべきかまでは、計算していなかった。

 

ほ、ほら。安全だろ」

 

 誤魔化しつつも靴を調べる。

よく見ると右の踝(くるぶし)あたりにボタンが付いている。

 

 マセルはそのボタンに触れようと手を伸ばす――。

 

「待つですぜ! お前、なにかするつもりですぜ!?」

 

 異変に気付いたガワンが、マセルに飛びついた。

釣られてスリブも飛びつく。

 

 作戦が見破られたマセルは巧みに回避するものの、すぐさま二人の標的は少女へ移った。

 

 不気味な笑みを浮かべ、二人は少女の腕を掴む。

絵面だけ見れば犯罪そのものだ。

 

「いっひひひ、捕まえたですぜぇ」

 

「靴は後で頂くっちょ」

 

 少女はこれといって抵抗はせず、表情も出していない。まるで感情がないようだ。

 

「動くなっちょ。その靴に触れたら、このガキんちょは海の底に落ちることになるっちょ!」

 

 壁に空いた大穴から海に落ちれば、連中はともかく、少女は無事では済まないだろう。

 

「お、お前ら、その子がお宝とか言ってたじゃないか! 命はどうでもいいのか!」

 

「どれくらいケガをするかは保障はしないですぜな!」

 

「でもこいつはお宝だっちょ、なるべくなら傷つけたくはないっちょ!」

 

「どっちだよお前ら! 相当なバカだが卑怯な連中だ……」

 

 状況は打破できない……が、さらに拍車をかける事態が発生してしまう。

 

「おほほほほ! 水はチャージ完了、今度こそ追い詰めたわよマセル坊や!」

 

 機械に搭乗したバンダルが現れた。もう力づくで突破するのも厳しい状況だ。

 

「その笑い方、やめとけよ。ババ臭いぞお前」

 

「黙らっしゃいな! まだ十代の前半だわ!」

 

「リーダー! ホントは二十代の後半だってことは黙っておきますぜ!」

 

「黙れバカ! 二十代前半じゃい!」

 

 キングストン連中のコントに苦笑いしつつも、マセルは諦めずに作戦を練っていた。

 

 靴のボタンに触れれば、少女は海へドボンされる。

 

 靴の凄まじい力――未知数だが――それさえ解放できれば勝機はあるだろう。

が、少女が人質になっている以上は失敗は許されない。

ならば、相手に隙を作るしかない。

 

「おいバンダル、そーいやお前、なんかこの前より太ったんじゃないか? パンケーキの食いすぎか? それとも体がパンケーキで出来てるのか?」

 

 マセルの単純な挑発によって、バンダルの怒りの導火線に火が点いた。

 

「な、ななな――」

 

「ホラ、来いよ。その自慢の機械(おもちゃ)で、俺を倒してみな」

 

「ななななな! なぜパンケーキのヤケ食いのことをぉぉ!」

 

仕掛けた挑発に乗った……というより乗りこなしたバンダルは、機械のボディに収納されていた腕を出現させた。

 

 長く伸びる細い腕。

ドラム缶くらいなら余裕で掴めるサイズの五本指のアーム。

その指で握りこぶしを作り、真上からマセルを殴りつけた。

 

「おっと!」

 

 素早い身のこなしで垂直にジャンプし、見事にアームの上に乗っかる。

 

 アームの上でしゃがんだマセルは、着地と同時に右の靴に触れていた。

 

【ウイントフック キドウ キドウシャ カクニン】

【ウイントフック キドウ キドウシャ カクニン】

【ウイントフック キドウ キドウシャ カクニン】

 

 靴から謎の男の声が響き軽く動揺する。

しかし引き下がるわけにもいかない。

 

 マセルはバンダルに背を向け、少女に向かって一直線に飛んだ。

少女を抱きかかえて、あとはもうどうにでもなれ。

一緒に海へドボンだ。

 

「「「逃げたっ!」」」

 

 キングストン連中が目を丸くし、口をあんぐり開く。

豆鉄砲で撃ち抜かれたハトの状態だ。

 

 要するに、以外すぎる行動に驚いたのである。

 

「俺は泳げねぇ! けど、この変な靴のパワーに頼ってやる!」

 

 すでに遺跡からは飛び出し、マセルと少女は落下している。

だが高所恐怖症のマセルは落下中にもかかわらず失神寸前だ。

 

「あぁあぁぁあぁぁああぁああああああ!!!」

 

 なんとかしろ、なんとかしろ、なんとかしろ、変な靴!

 

 必死の願いは虚しく届かず、代わりにバンダルが上からアームを伸ばしてきた。

 

 落下中に少女を奪い取る算段だ。

だが失神寸前のマセルに少女を守る曲芸はできない。

 

 腕が迫る。

五本指のアームが開き、高速でマセルたちを狙う。

 

「も、もうダメだぁ……」

 

 失神五秒前。

不意に、少女が口を開く。

 

「ソフィア」

 

「あ?」

 

 微かに、マセルの耳に声が届く。

 

「名前は、ソフィア」

 

 その自己紹介を合図にしたのか否か定かではないが、マセルの足を始点に全身を鎧のようなものが覆い始めた。

 

 指先から肘にかけて、茶と青のツートンカラーの手袋。腰までは青いラインの入ったウェットスーツのような茶色いスーツ。

 

ヘソの下あたりには青い宝石が光り、胸は青を基調として茶色いラインの入ったプロテクターが付けられていた。

 

 極め付けに、頭には全体を覆うヘルメットがある。

頭の形に合わせた茶色いメットで、口元は銀、鼻先から後頭部にかけて青い一本のツノが付けられていた。

メットの左右には、ベルンと同じく半分に切った茶色い歯車。

 

 まさにベルンと同じ状況である。

 

 急にコスプレ衣装のようなものを身にまとい、さすがのマセルも驚きを隠せない。

 

 全身にパワーがみなぎる。

起死回生のチャンスだ。

マセルは心の中でガッツポーズを取る。

それでも容赦なくバンダルの腕は伸び続け、少女に迫る。

 

「こいつで、こいつでこの子を守る! ソフィアを! うぉぉぉぉおおお!」

 

 気合の入った雄たけびを残し、マセルは落下しながら失神した。

むしろ気合を入れたからこそ、マセルは限界に達して失神してしまった。

 

 ソフィアはバンダルの腕に捕らえられ、マセルとは正反対に徐々に高度を上げていく。

 

 糸の切れた人形のように、マセルは真っ逆さまに深い海へ消えていった……。

 

 

 さて、ここでひとまず世界観の説明をしておきます。

面倒だっていう方は、無視しても問題はありませんよ。

 

 まずこの国のことをプライアランドと言い、大きく分けて四つの地域に分かれています。

 

 東がアクラ、西がチュニス、南がミンスク、北がキトです。

全部まとめてトキョー島という名前になっています。

 

 それらはそれぞれ二本の大きな橋で繋がっていて、中心には海があり、トレジャーハンターがウズウズするような遺跡がたくさん存在します。

島の外側にも海の中にも島の上にも遺跡はたくさんあります。

 

 まぁほとんどは古代の人が仕掛けたトラップだらけで危ないんですけどね。

 

 次に技術に関してです。

火や光や電気は存在していますが、火力や工学や電気技術といった類の技術はあまり発達していません。

が、車や飛行機やカメラや携帯は普通に存在します。

 

 じゃあ、それらはどうやって動かすのか。

それはズバリ、水をエネルギーにしています。

 

 液晶だとか電波なんかは電気とかを使っているらしいですが、電池やバッテリーは水を利用し、乗り物にも水を入れて動かすのです。

おかげで悪いガスが出ることなく、海に変なオイルが漏れることもありません。

 

 建物などに関しては、現代ヨーロッパあたりをイメージしてくれたらいいと思います。

 

 あ、最後になりますが、トレジャーハンターに関してです。

 ハッキリ言って泥棒です。

狙いが人の物か、遺跡の中か、が違うだけで。

遺跡は侵入するだけでも危ないですし、お宝は手に入れたとしてもお金には代えられないらしいのです。

どれだけ値打ちがあっても法律で禁止されていて、合法的には裁けないようになっています。

 

 でも裏でお宝を流す組織もいるようで……。

 

 美術館とかお金持ちのマニアとかに依頼されれば、お宝を持ってきた報酬を出すこともあるそうですが、それはあくまで“依頼の報酬”なのでギリセーフらしいです。

それにもいろいろな面倒な手続きが必要みたいですけどね。

 

 とまぁ大まかに説明はしておきましたが、どうでしょうか?

街並みもなかなか綺麗で空気も美味しくていいところだと思います。

 

 ……あ、そろそろ長くなってきたのでヤメにしましょうか。

 

 え? 私が誰だって? しがない地の文です。

忘れてください。

 

さて続きは、海に落ちたカナヅチのマセルがどうなったのか・・・。

 

――マセルサイド――。

 

 波の音――。ザラザラした砂の感触。

 

 無残にも海に落っこち、カナヅチらしく流されて運よく浜辺に辿り着いたのは、トレジャーハンターのマセルである。

 

 薄く目を開き、太陽を取り込む。

なんとかメガネは無事だった。

 

「マジかよ……」

 

 海へ落ちる直前までは、天国へ飛び上がるか、海の底から地獄に直行かどちらかを心配していたものの、中間であるどこかの浜辺に流れついた。

 

「まさか、海に落ちて助かるとはな」

 

 きょろきょろとあたりを見回す。

見えるのは浜辺と植物。

それだけでは東西南北どの島なのか判別できない。

背後にはさっき落ちてきたジャメナン遺跡がある。

 

 しかしその上には、なにか違和感。

 

 マセルは空にある微かな異常が気になっていた。

いつもと少し違うような、そんな感覚。

 

「いや気のせいだ」

 

 マセルは疲れのせいだと決めて空にある違和感を振り払った――。

 

「しょうがない。少し歩くとするか」

 

 海水でぐちょぐちょな靴――ウイントフック――を箱に戻し、浜辺から離れた。

 

 マセルの目の前には横一本に道路が伸び、正面にはレンガ造りの小さな建物があって、周囲にはいくつかの木が適当に生えていた。

建物にはガレージのようなシャッターが付けられ、車かなにかが収容されているのだろう、と推測する。

 

 周囲に人の影はなく、いるのは空を渡るカモメらしき鳥たち。

道路を進んで町に出ればもう少し人はいるのだろうが、そこまで進む気力はない。

 

「とりあえず、ここでいいか」

 

 妥協し、建物の扉をノックする。

すると、住人らしき少女が扉を開いた。

 

「はい? どなたですか?」

 

 まん丸と大きな瞳。

低い身長を誤魔化すための大きな帽子が黒髪に乗っかっている。

クロスした二本のベルトに歯車型のバックルは、なぜだか都会っぽさを漂わせていた。

水色のジャケットを羽織り、黒いショートパンツの下には黒いタイツでキめ、大人っぽく見せようとする努力が伺える。

 

「女子中学生?」

 

 マセルはつい思ったことを口にした。

 

「二十歳(ハタチ)です! それより、あなた誰ですか?」

 

「オーライ、俺はマセル・エレバン遺跡から飛び出して海に落ちてとっても楽しい目にあったトレジャーハンターだ。よろしくな」

 

 まだ海水でベタベタする握手を突き出すと、少女は一歩後退して警戒する。

 

「本当にトレジャーハンター? まぁいいですけど。具体的にどう助けてほしいんです?」

 

「服を乾かして、できれば風呂に入って、遺跡で見つけた妙な靴を調べて、南のミンスクのアジトに戻って次の遺跡にアタックする」

 

ミンスク? だったら正反対じゃないですか? ここは北のキトですけど」

 

「オーライ……マジかよ」

 

 東がアクラ、西がチュニス、南がミンスク、北がキト。

 

 橋を渡れば徒歩でチュニスかアクラに行けないこともないが、その頃には太陽は姿を消しているだろう。

 

「まぁいい。それより、頼むから助けてくれ」

 

「って言われても、うら若き乙女の家に初対面の男性(オトコ)を入れるのはちょっと」

 

「そうだな、仕方ないな。まだ中学生だもんな」

 

「二十歳(ハタチ)ですってば!」

 

「仕方ない。じゃあこうしよう。俺のジャケットの胸元を見てくれ」

 

「へっ?」

 

 少女は胸元を見る。金の歯車のバッチが輝いていた。

 

「いつだったか、遺跡で見つけた。助けてくれたらこいつをプレゼントしてやる。特別だぞ」

 

「それって、もしかして圧倒的なお値打ちで?」

 

 少女の目の色が変わる。

 

「まぁ遺跡のお宝は売ることはできないが、もしお金に換算するんだとしたら、ざっと五十万エンはいくだろうな」

 

 ちなみに五十万エンとは、宝くじでも結構な額である。

 

 少女は数秒だけ迷い、決断した。

 

「……部屋はあんまり荒らさないでくださいよ」

 

 マセルはバッチを外して指ではじき、少女の家に入った――そこで、マセルはふり返って少女を指さした。

 

「ところでお前、名前はなんという?」

 

「バ、バレッタウェリントンです」

 

 歯車のバッチをうっとり眺めながらバレッタは言う。

お宝の魔力に魅入られて命を落とす人間も、こういう目をしている。

 

「そうか」

 

 バレッタの部屋の中は非常に散らかっていた。

 

 棚には歯車仕掛けの妙な機械が乱雑に置かれ“あらゆる衣服”が適当に干されていた。

床にもテーブルの上にも下にも、洗濯機ほどの大きな機械から炊飯器ほどの機械まで、マセルの理解の範疇を越えた機械が散らばっている。

 

「これ、お前が全部作ったのか?」

 

「そうですけど」

 

「じゃあ、ちょっと見てほしいものがあるんだが」

 

 箱から例の靴、ウイントフックを取り出す。

 

「なぁバレッタ、この靴、なにか知らないか? ウイントフックっていうらしいんだが」

 

「ウイントフック……」

 

 顎に手をあて、バレッタは「うーん」と唸る。

 

「ちょっと聞いたことないですね。ごめんなさい」

 

「そうか。まぁここに置いとくから好きに調べてくれ」

 

 テーブルの上の機械の上の機械の上に、ウイントフックの箱が乗っけられた。

 

 マセルはキョロキョロと辺りを見回す。

 

「それより、風呂はどこだ」

 

「え? えーと、そこ入って右です。ほとんど掃除してないですけど」

 

 右――というものがマセルの目に入らず、壁にあった冷蔵庫らしき機械の箱をずらしてようやく扉を見つけた。

まるで隠し扉だ。

 

「じゃあ俺はここで脱ぐ」

 

「はい!?」

 

「言っただろ。服を乾かすんだ。そこの壁から伸びてる変なロープに干す。いいだろ」

 

「じゃ、じゃあ後ろ向いてますから、圧倒的に急いでください」

 

「はいはい」

 

 マセルはベタベタで脱ぎにくくなった服を脱ぎ、壁から伸びているロープに服をかける。

 

「ん? なんだこれ」

 

 全てを脱ぎ終わったところで、マセルはふと床に落ちていた一枚の写真を手に取った。

 

 歯車がむき出しの小型プロペラ飛行機を背景に、大勢の人間が映った写真。

その中には、今は亡きマセルの友人であるナウル・アルマトゥイと、帽子を被っていないバレッタが含まれていた。

 

「あの中学生……あいつの知り合いだったのか。これ、ナウルが生きている頃に撮った写真か? いつのだろう」

 

 バレッタの容姿もそう変化がなかったため、古い写真ではないのか、それとも今も昔もバレッタの容姿に変化が見られないのか、どちらにせよ正確なことは分からない。

 

「なぁバレッ――」

 

 重要なことなのですぐに質問しようとしたが、質問は中断された。

 

「あの! まだですか? あの、早くしてほしいんですけど」

 

「あぁ、今から入るよ」

 

 とりあえず写真はその辺の機械の上に置いておき、マセルは風呂に入ることにした。

 

 その頃、バレッタは外でウイントフックを調べていた。と言っても、分解や改造などはできないため、ただ観察するだけである。

 

「なにもないなぁ。普通の靴っぽいし」

 

 ボタンを押してみても、それっぽい反応はない。

靴を履こうにも、サイズが合わない。

 

 やっぱり中で調べたほうが確実かもしれない。

そう思い、扉に手をかけた瞬間――。

 

「おほほほほ! お嬢さん、その靴をこっちに渡しなさいな!」

 バレッタの背後に、さきほどと同じ機械に乗ったキングストン連中が現れた。

 

「だ、だれ!?」

 

「名乗る必要は、ない! そーれスリブ、ガワン、あの小娘から靴を奪いなさいな!」

 

「「承知でガッテン!」」

 

 あまりに唐突な事態に、バレッタは状況をうまく呑み込めない。

 

 性格の曲がった突然の来訪者に渡された靴を狙って、マセルを上回る妙な三人組に狙われてしまう散々な今日。

 

 体中のエネルギーを脳に総動員させ、小さな頭を回転させる。

 

 ここで、バレッタに一つの作戦が浮かび上がった。

 

 ――ベルンサイド――。

 

 そんなバレッタのピンチはいったん置いておき、ところ変わって東のアクラ。

 

 マセルが海に落っことした靴の箱――アスンシオン――を東のアクラの浜辺で拾ったベルン・ロゾーのその後である。

 

 高校入学祝いに買ってもらった靴を、イジめっ子のリーダーであるスリジャに奪われ“いつものところ”へ三万エンを持って来いと命令されてしまった。

 

 命令通りにお金を渡すつもりもなく、用意もできない。嫌なことを忘れるために向かった浜辺で拾った靴の力を開放させ、偶然にも赤と黒の鎧、アスンシオンを装着することに。

 

 それは、常人を遥かに上回るパワーを誇っていた。

石を握って粉々にできるほどのパワーを使い、三人組への復讐を決意する――。

 

 浜辺を出たベルンはスリジャたちに呼ばれたいつもの場所へ向かっていた。

 

 いつもの場所とは、町の隅っこの廃墟になっている建物の裏である。

 

 ほとんど人は近づかないだろう。

つまりスリジャたちにとって、お金を奪う絶好の場所なのだ。

逆に言えば、ベルンがスリジャたちをボコボコにできる絶好の場所でもあるのだが。

 

 目的地が見えたところで、目の前にある人物が立ちはだかった。

 

「ちょっとベルン、どうするつもりなの?」

 

 幼馴染であるアピアニコシアだった。

 

 当然アスンシオンのことは知らないため、また殴られたらどうするの? という意味の問いだ。

 

 言わんとすることを察したベルンは横を通り過ぎた。

 

「ベルンはバイオリンが得意だから、それで見返したりできるかなって思ったの! わ、私もピアノで一緒に演奏するから、ね?」

 

 その背中に説得を試みるも、ベルンは無言で歩き去った。

 

 それでも、アピアはめげずにベルンの腕を掴んで止める。

 

「敵うわけないって! 相手は三人もいるんだよ!」

 

「うるさい!」

 

 言葉に押されて、アピアは掴んだ腕を放す。

 

「なんでいちいち報告しなくちゃいけないんだ。お前は母親か? 姉か? 違うだろ。確かに昔はアピアによく助けられた。でも、今はもう高校生だ。力になるって? なに下らないこと言ってるんだ。そんな細い腕で何ができるっていうんだ」

 

「べ、ベルン……?」

 

「僕は生まれ変わった。もう弱くない。誰にも僕に偉そうなことなんか言えない。僕を踏みつける人間も徹底的に叩き潰す。もしまだ邪魔をするなら、アピアでも容赦はしないぞ」

 

 ベルンから漂う雰囲気に、いつものひ弱な部分は一つもなかった。

 

 アピアも様子が違うことに気づき、一歩後退する。

 

 いや、それはただの後退ではない。

 

「あっ……」

 

 アピアの視界がぐらりと揺らぎ、空や地面が捻じ曲がったような感覚に陥る。

二十歳まで生きられないというソウル病による目眩のせいだ。

 

アピア。だ、大丈夫?」

 

 ふと、ベルンの足を見る。

いつもの靴がそこにはなかった。

 

「だ、大丈夫。ただの目眩だから。それよりベルン、その靴、なに?」

 

 アピアにはアスンシオンがちょっと変わった靴にしか見えていない。

それが凄まじい力を持っていることなど、想像もできない。

 

「……靴がなかったから代わりに履いているだけだ。それより、話は終わりか?」

 

「……分かった。もう、邪魔しないから」

 

「そうか」

 

 泣いて頼めば立ち止まってくれただろうか。

ビンタでもすれば解決しただろうか。

 

 去っていくベルンの背中を見て、アピアには諦めてしまった後悔と引き留められなかった無念だけが残った。

 

 すでに集まっていたスリジャ、ワルダ、ナプラの前にベルンは立ち止まった。

 

 いつもの場所は、レンガの壁で囲われたコの字型の狭い場所だった。

 

屋根はないものの、あまり太陽も入らず暗くジメジメしている。

 

「よーベルン。ちゃんと持ってきただろうな。三万エンはよ」

 

 それには答えず、ベルンは右足の踝(くるぶし)にあるボタンに手をかける。

 

 全身を覆う、露出ゼロの鎧。マジックのように現れたアスンシオンのスーツを目にしスリジャたちは目を丸くする。

 

 力を証明するため、ベルンは片手でレンガを拾って、そして。

 

 レンガは見るも無残に砕け、破片がスリジャたちの胸元に飛び散る。

額から冷や汗が落ち、歯が震え肩に伝染し、やがて全身が子犬のように震えだした。

 

「なぁ。頼むよ。僕に人殺しをさせないでくれ。だからさ、返してよ僕の靴」

 

 手袋で覆われた手のひらを突き出しながらジリジリと前進する。

 

 スリジャたちの喉からは、言い訳や謝罪や命乞いといった言葉が出てこない。

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あ」

 

「返せよ、僕の、靴をっ――!」

 

 ベルンの手のひらが拳に切り替わり、スリジャの顔の数センチ横、レンガ造りの壁を殴りつけた。

粘土のように、レンガにはクレーターが出来上がる。

 

 恐怖が限界に達し、スリジャたちはベルンの横を走り抜け、全速力で逃げる。

 

「待てよ」

 

 しかしスリジャは首根っこを掴まれ、逃走劇は二秒で終わる。

 

「わ、わ、わワルダ、ナプラ、お前ら、助けろ! こら!」

 

 逃走に成功したワルダとナプラは一瞬だけふり返るも、すぐに見捨てる決断を下してその場から消え去った。

 

「黙れ」

 

 スリジャは前方から壁に押し付けられた。

アスンシオンの怪力の前では為す術がない。

 

「お、お、俺が悪かった、く、く、靴は返す。そこだ。そこの端っこ」

 

 スリジャの指の先には、靴が左右セットできちんと揃えられていた。

 

 ベルンはスリジャを乱暴に放し、靴を回収しにいった。手に取ってよく確認する。

 

「よし、たしかに本物だな」

 

 紛うことなき本物、手袋の上からでも分かる。

色も質も同じだった。

 

「おい、スリジャ」

 

 そのまま逃がすわけもなく、腰が抜けて行動不能のスリジャを睨みつける。

メットの上からでも、威圧は通じた。

 

「靴は返ってきた。僕はお前らを殺しはしない。ただし二度と僕に近づくな。学校にも現れるな。来たら今度こそ容赦はしない。アピアにも近づくな」

 

「わ、分かった。分かったよ」

 

「そうか。なら今すぐここから消えろ」

 

 震える足で小鹿よろしく立ち上がり、次にスリジャは上を指さした。

 

「な、なぁベルン、あ、あれを見てくれないか?」

 

 そう言われ、ベルンは上空を見上げる。

 ――そこには、なにもない。

 

「オラァ!」

 

 スリジャは愚かにもポケットに隠していたナイフを低く構え、ベルンに襲い掛かった……

だがナイフを目視することなく、ベルンはその刃を鷲掴みにする。

 

「うわ!」

 

「なんだ、ちょっと厳しくしたらビビって、優しくしたら牙をむいて」

 

 ベルンは二本指のチョップでナイフを根本からへし折り、スリジャの首を掴んだ。

 

「靴を返せば手加減するとは言ったけど、ナイフを持ち歩くような悪人は許せないんだ」

 

「ゆ……許せないって……な、なにを……」

 

「いま、お前の命をどういう風に終わらせるのかを考えている」

 

 ――マセルサイド――の続き。

 

「名乗る必要は、ない! そーれスリブ、ガワン、あの小娘から靴を奪いなさいな!」

 

「「承知でガッテン!」」

 

 あまりに唐突な事態に、バレッタは状況をうまく呑み込めない。

 

 性格の曲がった突然の来訪者に渡された靴を狙って、マセルを上回る妙な三人組に狙われてしまう散々な今日。

 

 どうしよう――と頭を回転させる。

 

 ここで、バレッタに一つの作戦が浮かび上がった。

 

「そ、そこのアナタ、凄い逸材ですよ! 美貌、スタイル、白いワイシャツに白と黒のネクタイ、とってもオシャレ!」

 

 そこのアナタとは、バンダルのことである。

 

「そ、そ、そう?」

 

「しかも、その機械もすごい出来栄え! 同じ機械好きとしては尊敬しますよソンケイ」

 

 とにかく褒めまくる。これが、バレッタが二秒で考えたとっておきの作戦だった。

 

「お前たち、こんなセンスのあるお嬢さんに手荒なマネするんじゃないよ」

 

「「しょ、承知でガッテン」」

 

 見事に作戦に引っかかったバンダルたちは、ガラっと態度を変えた。

 

「お嬢さん、私はバンダルよ。そっちの細くて長いのがスリブで太くて短いのがガワン」

 

 スリブとガワンは敬礼する。

 

 このまま丁重にお帰り願おう、とバレッタが次の作戦をひねり出そうとしたとき「はーい!」というヤケに明るい声が機械の中から響いた。

 

 コクピットの中から、黒いワンピースを着た、深く青い瞳と透き通るほどの白い肌を持った少女がエメラルドグリーンのロングヘアーを靡(なび)かせながら現れた。

 

 マセルが遺跡で出会い、海への落下中にキングストン連中に攫われた少女である。

が、マセルと出会ったときと違い、妙にハキハキしている。

 

「ソッフィアッだよー! 呼んだかなぁー?」

 

 大きく手を振り、太陽にも負けない笑顔でコクピットの上に立ち上がった。

 

 数分前、バンダルたちは、まず海へ落下するソフィアを攫った。

 

 その後ソフィアは「あなたは誰?」とマセルにした質問を、バンダルにもした。

正直に名前を名乗ったキングストン連中だったが、ソフィアは「そうではない」とあっさり却下。

 

 バンダルはなんとなくノリで「私はあなたのリーダー」と言ったところこれが正解だった。

 

 表情は満面の笑みに変わり「ようやく来てくれたんだね!」とバンダルに抱き着いた。

それからバレッタのところへ到着するまではしゃぎまわり、言うことも聞かず今に至る。

 

 遺跡にいたからお宝だと信じて同行しているものの、もうバンダルは限界だった。

 

 不意に、バレッタの持つウイントフックが、ソフィアの目に入った。

 

「あー! その靴! バンダルバンダル、あの靴を取り返して!」

 

「え、えぇ?」

 

「はやく! 急いで急いで急いで急いで急いで急いで急いで急いで~!」

 

 ソフィアは身を乗り出し、バンダルの頭を前後左右縦横ナナメに揺らした。

 

「やめなさいってこの小娘が!」

 

 釣られてバンダルの腕が操縦レバーを傾け、バレッタたちに前進する。

 

「リ、リーダー! 待ってくださいですぜ!」

 

 そんな言葉がソフィアの耳に入るわけもなく、機械はアームを振り回し縦横無尽に動き回り、止めるに止められない状況となる。

 

 そんなハチャメチャな状況に、風呂上がりで上半身ハダカのマセルが現れた。

 

――なんだこれは。

 

「丁度いいところに! マセルさん、助けてください!」

 

「は? なんだよバレッタ。っていうかなんでキングストンがいるんだよ」

 

 暴れまわっている機械の上でバンダルをもみくちゃにするソフィアを見つけ、マセルの疑問符が増えた。

 

「そ、ソフィアじゃないか! 無事だったんだな!」

 

 と安堵している場合ではないと気づいたが、マセルは事の重大さを理解するのに時間がかかった。

 

「つまり、ソフィアがバンダルを操って、バレッタに襲い掛かかろうとしているのか」

 

 うんうんと頷くが、すぐに事態が急展開を迎える。

 

 ――機械のアームが、バレッタの上に振り下ろされようとしていた。

 

 バレッタは咄嗟に避けられない。

バンダルは制御不能

 

 だがここにはいる。

 

 ――渡り鳥が。

 

「危ねぇ!」

 

 マセルは俊敏な動きでバレッタに飛び、抱きかかえてアームの到達地点から回避させた。

 

 コンマ数秒のタイミング。

マセルの抜群の瞬発力がなければバレッタは危うかった。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「礼なんていい。ただそこにいたから助けただけだ」

 

 自身についた砂を払い、バレッタの手からウイントフックを預かる。

 

 海に落ちるとき、僅かに見えたウイントフックの力をもう一度発動できる保証はないが、賭けてみる価値はあると直感が叫ぶ。

 

 ウイントフックの右の踝(くるぶし)にあるボタンに手をかけ――。

 

「ウイントフック!」

 

 急にコスプレのような鎧を身にまとい、さすがにスリブとガワンもバレッタも驚きを隠せない。

まるでマジック、もしくは夢だ。

 

「あ、あ、あ、圧倒的にすごい技術です! その頭の歯車、カッコいいです!」

 

 バレッタは感激のあまり涙を流す。

 

「おいバレッタ、ちょっと離れてろ」

 

 マセルは百メートル走のように、クラウチングスタートの姿勢になる。キングストン連中との距離は数メートルだ。

 

 ウイントフックの肘、膝、首の付け根から細い蒸気が噴き出し、口元がニヤリと歪んだ。

 

 マセルが地面を蹴り、弾丸の如く駆け出した。

 

 バンダルはようやっとソフィアを押しのけ、まともな操縦に戻る。

 

「その靴、もらったぁ!」

 

 伸縮自在の右アームが正面から襲撃する。

 

「よっ!」

 

 マセルは俊足のサイドステップでひらりと避け、速度を緩めることなく前進を続ける。

 

「まだまだ! 腕は二本あるのさ!」

 

 その流れで左アームが襲撃。

動きを読んだマセルには造作もない。

 

 天高く跳躍し、アームの上に足を揃える。

細いアームを一気に駆け抜け、バンダルとの距離を詰めた。

 

「おいソフィア、俺と来い。逃げるんだ」

 

 ソフィアに手を差し出し、比較的やさしく言った。

 

 だが。

 

「えぇー? あたし行かない。バンダルたちと一緒にいる~」

 

「あぁ?」

 

 マセルは頭をポリポリとかき――メット越しなので厳密には無理だが――首をかしげる

 

 少女の外見をしていても、遺跡から出現した人間なのだ。

マセルの予想から外れていてもおかしくはない。

 

「おいおい、こいつらは悪党だぞ。一緒にいてもつまらんだろ」

 

「えぇー? そうかなぁ? 面白い機械に乗せてくれたし、助けてくれたし」

 

 それにはバンダルも黙ってはいない。

 

「乗せたんじゃなくてあんたが勝手に乗ったの。助けたんじゃなくて攫ったの」

 

「もっといっぱい楽しい機械に乗りたいよぉ~」

 

「いいや、俺と冒険するほうが楽しい」

 

「ダメ! この人たちの方が面白い!」

 

「面白くない!」

 

 マセルとソフィアのイタチごっこにうんざりしたバンダルは、コクピットを拳で殴りつけた。

完全に忘れ去られている。

 

「マセル坊や! ちょっと、こっちを忘れないでくれる? こっちにはね、人質がいるのよ」

 

「あ?」

 

「後ろを見なさいな。マセル坊や」

 

 マセルが振り返ると、目の前に涙目のバレッタがいた。

 

 胸から下をアームで掴まれ、両手で帽子を押さえている。

さきほどのアームはマセルを襲撃するためでもあり、同時にバレッタを捕まえる動作でもあったのだ。

 

「なるほど、人質ってことね」

 

 またもやマセルはメット越しに頭をかき、ため息をつく。

 

「さぁどうするマセル坊や? この帽子の中学生を握り潰されたいか、その靴を置いてソフィアを連れてここから立ち去るか、どっち!」

 

「二十歳(ハタチ)です! っていうか手荒なマネしないって言ったのに! 卑怯者!」

 

「黙らっしゃいな! 卑怯は悪党の特権よ!」

 

 究極の選択。

 ほぼ初対面のバレッタを助ける義理などマセルにはないが、助けてもらった恩はある。

 

 かと言って、ソフィアとウイントフックを手放すワケにもいかない。

 

 マセルは決断を、すぐに済ませた。

 

「すまんバレッタ、お前は助けられない」

 

「えっ――」

 

「さっきあげた金の歯車のバッチだが、あれは一緒に墓に入れてやるよ」

 

 バレッタは帽子につけていたバッチを外し、強く握りしめた。

 

「そのバッチ、よく見ろよ」

 

「え?」

 

 バレッタはバッチをつまみ、裏までよく確認した。

 

 そこにはハッキリと“ミンスク商店街”と書いてあった。

 

「こ、これは……」

 

「さっきは五十万エンと言ったな。悪いな、あれは嘘だ」

 

 バッチを渡したとき、マセルは適当なことを言っていた。

本当は商店街で二十エンで買った安物のバッチだったと言うのだ。

 

「な、な、な、な、な、な、な」

 

「だってよ、ああでも言わないと入れてくれないだろ」

 

「こ……こ……こ……この……この男は……」

 

 温度計のように、真っ赤な怒りがバレッタのつま先から頭の先まで伸びあがる。

 

「最低です! もういい! 今すぐ私を握り潰してください!」

 

 さすがのバンダルも唖然とする。

 

 それもそうだ、人質を解放しろと頼むわけではなく、人質本人もはやく殺せと願っている。

もう、バンダルの頭はパンク寸前だ。

 

「え、あの、けっきょくどうするの? 人質は、いいの?」

 

「あぁ。自分でもこう言ってるんだ。好きにさせてやれ」

 

「マセル坊や、あんた、なんか凄い嫌なヤツだったのね……人質をとっている私たちが言うのもアレだけど、あんた最低ね」 

 

「オーライ、そりゃどうも。で、どうするんだ? やるのか? やらないのか?」

 

「え? でも、なんかちょっと」

 

 そう言われては、人質をとった本人たちもやりづらい。

 

「そうか。だったら第三の選択肢といこうか」

 

「第三の選択肢?」

 

 マセルはコメカミのあたりに手を当てた。

 丁度、メットの左右に付けられている、半分に切られた茶色い歯車のあたりだ――その歯車から、人が握れるほどの太さの棒が飛び出した。

 

 マセルはそれを握り、歯車を外す。

 

「どうやら、ウイントフックにはこういうものもあるらしいぜ」

 

 右腕を横に伸ばすと、歯車の中に収納されていた刃が出現した。

 

 ウイントフックの体と同じく、焦げた茶色の刃。

刃の長さは一メートルほど。

石のように見えても、鉄を遥かに凌駕する強度だ。

刃に刻まれているのは太陽のマークで、ソフィアの右頬にあった赤い塗料と同じだった。

 

 ソフィアは剣を見て大興奮。

バンダルはめちゃくちゃな行動をとるマセルに困惑。

バレッタはアームで掴まれたまま暴れて泣いて怒っている。

 

 めちゃくちゃな状況だが、その中心でも落ち着いているマセルは、怯むことなく地を蹴って高く飛び上がった。

 

「これが、俺の第三の選択!」

 

 落下を利用したパワーで剣を振り落とす。

バレッタを捕らえていたアームの付け根は火花をまき散らしながら切断された。

解放されたバレッタは泣きながら落下し、ようやっと自由になる。

 

 一瞬の出来事に困惑に困惑を重ねたバンダルは、つい操縦レバーから手を放した。

 

「飛んでけこんチクショーー!」

 

 剣をバットのようにスイングし、ボディに叩き込む。

ソフィアとバンダルたちは、重力を無視して弾き飛ばされ、空の果てまでホームランでカッ飛ぶ。

 

「リ、リーダァァァァァァアア!」

 

 スリブとガワンが手を伸ばすも、すでに目視は不可能な距離へ消えていた。

 

「き、貴様! よくもリーダーをふっ飛ばしてくれたっちょね!」

 

 怒りが煮えたぎり、二人はマセルに近づく。

だがマセルは剣を突き出して風を切った。

 

「許さない? どう許さないんだ?」

 

 威嚇すると、スリブとガワンのテンションがガタガタと落ちていく。

前進する足を止め、そのまま回れ右。

 

「に、逃げるっちょ!」

 

「逃げるですぜ!」

 

 訪れる静寂――二人は全速力でその場から消え去った。

 

 

マセルはウイントフックの変身を解除し、風呂あがりの上半身裸の姿に戻る。

 

 疲れて力が抜けたバレッタに手を差し出した。

 

「ホラ、立てよバレッタ

 

 差し出された手を無視し、バレッタはマセルのお腹に強烈な拳を叩き込んだ。

だが、まともに鍛えていないパンチなど受けてもマセルには意味がない。

 

「あのソフィアって子はどうするんですか! 助けるんじゃなかったんですか!」

 

「あっ、やべぇ」

 

 ソフィアはバンダルと一緒に吹き飛ばしてしまった。

 

 交渉だけでこちらに連れていける状況ではなかったが、一緒に飛ばすのはやりすぎたとマセルも反省している。

 

 しかしポジティブに考えれば、ソフィアはキングストンを引っ掻き回すのが得意分野のようで、邪魔をしてくれればマセルとしても万々歳ではあった。

 

 バレッタは腕を組み、プイっと頬を膨らませる。

そして肝心なもう一つの大事なこと。

 

「さっきのアレ、なんなんですか。なにが五十万エンのバッチですか。二十エンなんてお菓子を買って終わりじゃないですか」

 

「いや、あれは作戦なんだよ。バレッタを怒らせてバンダルを油断させたんだ。じゃなかったらわざわざバッチの真実を言わないだろ」

 

 バレッタは僅かながら納得する。

怒らせる意味はほかにない。

 

「だったら、お風呂に入ったんですから、キッチリと恩を返してくださいよ」

 

「あ、あぁ」

 

 と言われても、五十万エン相当のお宝など手元にない。

 

「じゃあ、俺のアジトに来てくれ、指輪とかネックレスならある」

 

 なんとかバレッタを宥(なだ)め、マセルは服を着るためにバレッタの家に戻った。

まだしっかり乾いていない服を取り、それを着る。

 

 そういえば、と落ちていた写真について尋ねなければいけないことを思い出した。

 

 歯車がむき出しの小型飛行機を背景に、大勢の人間が映った写真。

 

その中には、今は亡きマセルの友人であるナウル・アルマトゥイと、帽子を被っていないバレッタが含まれている。

 

「なぁ、バレッタ、この写真――」

 

 見せた瞬間にバレッタがひったくり、質問は中断された。

 

 友人のことを聞くチャンスだったが、今のバレッタはどうやっても答えないだろう。

 

「そこに俺の友人が写っているんだ」

 

「本当ですかねぇ……?」

 

 目を細め、真実かどうか探っている。

 

「本当だって。ナウル・アルマトゥイっていう男だ。機械好きで、良いやつだった」

 

「だ、だったって……?」

 

 バレッタの疑いの眼差しは、マセルの一言で困惑に切り替わる。

 

「あいつは五年前に死んだよ」

 こればかりは、マセルの言葉が嘘だと信じたかった。

 

「頼むよ、ナウルとどういう関係だったんだ。それはいつ撮られた写真なんだ?」

 

「こ、答える義理はありません」

 

 写真はバレッタのポケットへと消え、背を向けた。

 

 これ以上聞き出すには、信用が足りない。

そう諦めたマセルは「すまなかった」と謝り、出口に手をかける。

 

 だが質問があったのはマセルだけではないようで、バレッタは背中に問いかける。

 

「マセルさんは、トレジャーハンターなんですよね。じゃあ、渡り鳥って知ってますか」

 

「そりゃもちろん」

 

「決してお宝を悪用せず裏で取引もせず、組織と取引して報酬を受け取りもしない一匹オオカミらしいですけど……渡り鳥はこの写真に写ってるナウルさんと親友同士だったとか」

 

「そうそう。目の前にいる俺が渡り鳥だ」

 

「え、そ、そうなんですか?」

 

 バレッタの目はキラキラと輝くわけでも嬉し涙で溢れるわけでもない。

疑いの眼差しがより強くなる。

 

「じゃあ、あなたがナウルさんを殺したんですね……?」

 

 ――ベルンサイド――。

 

 靴を取り返しに来たベルンは、アスンシオンに変身しスリジャたちを返り討ちにした。

 

 逃げ遅れたスリジャはベルンに捕まり、ナイフで刺そうとしたが失敗。

ベルンに首を掴まれ、危機一髪となった。

 

「靴を返せば手加減するとは言ったけど、ナイフを持ち歩くような悪人は許せないんだ」

 

「ゆ……許せないって……な、なにを……」

 

「いま、お前の命をどういう風に終わらせるのかを考えている」

 

 ベルンはメットの右に付けられている黒い歯車に触れた。

マセル同様、人が握れるほどの太さの棒が飛び出す。

それを握り、歯車を外す。

ブンと腕を振ると、歯車の中に収納されていた刃が出現した。

 

 アスンシオンの体と同じく、黒い刃。

そこに刻まれているのは三日月のマークで、ソフィアの左頬にあった青い塗料と同じだった。

 

「おいベルン、じょ、冗談だろ……? 冗談だよなぁ……?」

 

 右腕を引き、剣先をスリジャに向ける。

 

 本気で死を覚悟したスリジャは、鋭く光る剣先を見てツバを飲み込んだ。

 

「悪いなスリジャ、僕は手加減が苦手なんだ」

 

「やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉ!」

 

 ベルンの腕が容赦なく襲撃し、剣は深々と突き刺さった。

 

 ――スリジャの断末魔が“いつもの場所”に轟いた。

 

 ゆっくりと、スリジャは力を失くしてその場に倒れた。

 

「――ふん」

 

 アスンシオンの変身を解除し、ベルンは取り返した靴に履きなおした。

ため息をつき、ベルンはつま先をとんとんと整える。

 

 ベルンはその場を後にしようとしたが、直後に見知らぬ男が立ちふさがった。

 

 警察? バレた? アピアが通報した?

 

 あらゆる可能性に背筋が凍りつくベルンに、その男は指を突き付けて言った。

 

「僕様が気に食わないことその一、それは弱い人間だ。弱い人間がいい武器を手にしてもナマクラにしかならない」

 

「な、なんですか?」

 

「きみ、見ていたよ。すっごい度胸だねぇ。きみは強い人間だ」

 

 見知らぬ男。

背は百八十ほどで、白い服に白い靴、極めつけに白い帽子。

腰まで伸びた金髪を結んでいる。

まるで貴族のような風貌だった。

 

 唐突に出た賛美の言葉に、ベルンは不気味さを感じた。

決定的証拠であるスリジャを目撃されていたものの、ここで言い訳をしないわけにもいかない。

 

「いやぁ、とぼけなくてもいいよ。そいつを、いや、そいつらを返り討ちにしたんだろう」

 

「まさか、ずっと見ていたんですか。僕を人殺しで通報しますか」

 

「え? おかしいな、誰も死んでないみたいだけど」

 

「……」

 

「まさかギリギリで、剣を壁に突き刺すとはね」

 

 スリジャに刺し傷の類は一切なく、ただ死を覚悟したショックで気絶しただけだった。

代わりにレンガの壁には、剣による穴が深々と空いていた。

 

 ベルンの情け――甘さ――がなければ、剣がスリジャを貫通していたことだろう。

 

「それで、僕にどんな用ですか。あなたは誰なんですか」

 

「ごめんね。紹介を忘れていた。僕様の名はバンジュールフリータウン。盗賊団、カストリーズのボス、と言っておこうかな。まぁ、気軽にバンとでも呼んでくれよ」

 

「盗賊団? カストリーズ?」

 

カストリーズを知らないかいベルン・ロゾーくん。まぁ盗賊と言っても人から奪うわけではない。遺跡のお宝を見つけて、裏で流してお金を貰う」

 

「それって、犯罪なんじゃ」

 

 どれだけの値打ちがあっても、お宝を売ることは違法だ。

 

「僕様が気に食わないことその二、それは使えない人間だ。ただ酸素を二酸化炭素に代えるしか能がないなら、観葉植物の方が役に立つ」

 

「まさか、盗賊団と一緒に遺跡発掘でも行くのですか?」

 

「その、まさかだ」

 

 ――マセルサイド――。

 

 「――じゃあ、あなたがナウルさんを殺したんですね」

 

「確かに俺はナウルを殺した。でも直接ではなくて間接的だ」

 

「間接的?」

 

「……ところであれはいつの写真だ?」

 

「六年前です。私が十四歳、まさに中学生のときです」

 

「あの写真の一年後、俺は親友のあいつと飛行機に乗ったんだが、空中でトラブルがあって海に落ちたんだ。俺は飛行機の残骸にしがみついて助かったけど、ナウルは離れた場所に落ちて助けられなかった」

 

 バレッタは黙って聞いている。

 

「俺はナウルの死を周囲に聞かせたくなかったから、事実はナウルの姉だけに伝えた」

 

「リンベル・アルマトゥイさんですよね。あのときはお世話になりました」

 

「だから、リンベルさん以外には、ナウルは行方不明ってことにしてた。お前は真実を知らない方がよかったかもしれないな」

 

「いえ……ナウルさんが飛行機に乗る前、渡り鳥って人と乗るって聞いてましたけど、それが誰なのか分からなくて。渡り鳥のこと、心の中で責めてました」

 

「俺が渡り鳥だと知って、俺が憎いか?」

 

 バレッタは目に涙を浮かべ、車を停めた。

 

「憎い、というより、よく分かんないです。罪を償えとも思いませんし、なんなんでしょう。憎むとか恨むとか、もういい気がします」

 

「え、五年も思ってたんだろ? そんなあっさり?」

 

「私は、渡り鳥であるマセルさんに一つだけ確認したいことがあります……マセルさんは、良い人なんですか?」

 

 マセルはコメカミのあたりをボリボリと掻く。

 

「さっきはバンダルを倒すために嘘ついちまったけど、俺はお宝を悪用しないし裏に流すこともしない。困っている人はなるべく助ける。それしか言えることはない」

 

「……でも、もしもまた騙すことがあったら、絶対に信用しませんよ」

 

「分かったよ」

 

 再びアクセルを踏み込み車を走らせるバレッタ

あとは気分を変えて音楽でも流そうかと思った矢先、新たなトラブルがやってくる。

 

「危ないっ!」

 

 踏み込んだ足はすぐさまブレーキに移り、急停車する。さすがのマセルも対応できず、シートベルトがお腹に食い込んだ。

 

「い、いきなりどうした!?」

 

「だって、人が来たんですもん!」

 

 マセルが視線を正面へ向けると、そこには五人の人間がいた。

 

 制服を着た麦わら帽子の金髪少女……を連れたキングストン連中が歩いていた。

 

 バンダルとソフィアはともかく、自力で辿り着いたスリブたちも同行していた。

 

バレッタ、ちょっとここで待ってろ」

 

「は、はい!?」

 

 マセルは車を飛び出し、五人の前に立ちはだかった。

腰に手を当て、仁王立ちである。

 

 

「おいヘッポコキングストン、その子を放せ。ソフィアもだ」

 

「ゲゲゲッ、マセル坊や」

 

 あからさまに嫌な顔をするバンダル。

 

 少女は腕を掴まれているわけでもなく、マセルに助けを求める様子もない。

 

 バンダルよりも前にいて、捕まえるというよりは道案内をしているようだった。

 

「その様子だと、その子を脅迫してどっかに道案内させてるな?」

 

 と、マセルは少女を見る。

怯えた様子もなく、逃げるタイミングを計ってもいない。

 

「きみ、どうなんだ」

 

「は、はい。港まで案内してくれと頼まれて。ごめんなさい、ちゃんと車を見てなくて」

 

「案内だと? そう言えって脅されてるんだな?」

 

「ち、違いますよ」

 

「残念だが道案内はここで終了だ。きみは今すぐそいつらから離れろ。そいつらは悪党だぞ」

 

「悪党?」

 

 少女はバンダルたちを見据え、直後に表情が険しくなる。

 

「あの、もしかして故郷に帰るために船に乗るっているのは嘘なんですか?」

 

 なにを口実に案内を頼んだのか、少女は真実を探る。

 

 それにはソフィアが、開かなくてもいい口を開いた。

 

「嘘だよ! 本当はね、海に浮かぶベオグラード遺跡ですっごいお宝を見つけて、すっごい力で世界征服しようって企んでるんだよ! 秘密だから誰にも言わないでね~」

 

 事実をいとも容易くバラしたソフィアに、キングストン連中があわあわと慌てふためく。

 

 少女の疑問が確信に変わり、すぐさまマセルの下へ走り腕にしがみついた。

 

 女子高校生が密着し、マセルの頬がほんのり赤くなる。

 

「せ、世界征服って。どういうことですか? 本当に悪い人たちなんですか?」

 

「いや世界征服はやりすぎかもしれんが、大体その通りだ。ところできみ、名前は?」

 

 マセルは金髪の制服少女の名を訪ねた。

 

「あ、アピアニコシアです。あの、私、どうしたらいいんでしょう?」

 

 制服を着た金髪の少女――マセルたちに面識はないが、それはベルンの幼馴染、アピアニコシアだった。

 

 数分前、ベルンから離れて家に戻ろうとしたところ、飛ばされたキングストン連中と遭遇し、港への道案内を任されていたのだ。

 

「きみは逃げろ。こいつらは俺がなんとかする」

 

「なんとかするって、大丈夫なんですか? 悪い人たちなんですよね?」

 

「大丈夫だ。俺にはこいつがある」

 

 “こいつ”とは、ウイントフックのことだった。

 

 お宝とは無縁のアピアにウイントフックのことをバラしていいものか、とマセルはバラしてから後悔したが、もう遅い。

 

「これって……」

 

 アピアはウイントフックを目にし、ベルンの履いていたアスンシオンを思い出した。

 

 変身した姿をまだ見てはいなかったが、ベルンを変えるような力が隠されていることには薄々感づいていた。

 

 ウイントフックからは、同じ気配を感じている。

 

「とにかく、きみは離れていろ」

 

 アピアは近くの電灯の後ろに隠れ、様子を窺った。

 

 キングストン連中がどうなるのか、マセルは大丈夫なのか、そういった心配ではない。

 

 あの靴はベルンの靴と同じようなものなのか。アピアはその真相を知りたかった。

 

 マセルはウイントフックに三度目の変身をし、メットの歯車を外して剣を伸ばす。

 

 バンダルに向け、一歩ずつ距離を詰めた。

 

「さっきベオグラード遺跡と言ったな。ソフィア、ベオグラード遺跡にはなにがある?」

 

「うーん、知らないよ~」

 

 ソフィアが言うなら本当か、とマセルは納得する。

 

 だがバンダルは、まだ諦めていなかった。

秘策があるのだ。

 

「し、仕方ないわ。じゃあソフィアはそっちにあげる。うるさいし邪魔だから」

 

 バンダルはソフィアの背中を押し、マセルはソフィアの手を握る。

 

 これで邪魔者はいない――構えたバンダルは、秘策を発動する。

 

「じゃあ、スリブ、ガワン、一目散に全速力で逃げるよ!」

 

「「承知でガッテン!」」

 

 三人で同時に駆け抜け、あっという間にマセルの目の前から消えていった。

 

 変身しているうえに剣まで持っているのでは、敵うはずもない。

 

 目の前にいないのなら相手する必要もないと脱力したマセルは、ソフィアを連れて車に戻ろうとした。

 

 が――。

 

「あれ」

 

 握っていたはずの手はそこにはない、右にも左にも、後ろにもない。

 

「またついていったのかソフィア!」

 

 ソフィアはバンダルの腰にしがみつき、共に逃亡を果たしていた。

 

 なぜそこまでキングストン連中と一緒にいたがるのか、マセルには理解できないが、しかしいない者はどうしようもないので、変身を解除してアピアの下へ戻った。

 

「きみ、アピアといったな? ケガはないか?」

 

「え、えぇ。大丈夫ですけど」

 

 アピアの目にはウイントフックしか映っていない。

 

 その場で瞬時に鎧を装着し、瞬時に解除できる靴――夢か幻か、目を疑うとはこのことだ。

 

「それより、あなたのお名前は?」

 

「え? あぁ、俺はマセル・エレバン。南のミンスクに住んでるトレジャーハンターだ」

 

「トレジャーハンター? じゃあ、その靴も遺跡かなにかで?」

 

「そうだ。あ、いや、あんまり他人には言わないでくれよな」

 

 お宝にはそういう力もあるのかな、とアピアは無理やり納得する。

 

 だがもしベルンの靴もお宝ならば、同じく危険な力があるのかもしれない。

だから尋ねずにはいられなかった。

 

「……あの」

 

「うん?」

 

「その靴がもう一つあるって言ったら、どういう反応しますか?」

 

 マセルがジャメナン遺跡で海に落としたもう一つの箱のことなのか否かマセルには判別できないが、何か訳があってそう質問しているのは容易に想像できた。

 

「どういう反応って、もしかして、この靴のことを知っているのか?」

 

「い、いえ。もしもの話ですよ。もしもの話」

 

 アピアはベルンの持つアスンシオンについては黙っていた。

 

 まだベルンの靴がウイントフックと似たものだと確信もなかったうえ、今度はベルンが悪党に狙われる可能性も危惧していたからだ。

 

「あの、助けていただいてありがとうございました。私はこれで」

 

 アピアはぺこりと頭を下げ、そそくさとその場から退散した。

 

 妙なことを質問されたマセルは首を傾げつつも、バレッタの車に戻る。

 

「すまないな。待たせちまって」

 

「なんか、凄い活躍じゃないですか。女の子を助けるなんて」

 

「普通だろ? さぁ行くぞ」

 

「じゃあ、あとは橋を渡って南のミンスクまで行けばいいんですね」

 

 アクセルを踏み込もうとしたバレッタに、マセルは待ったをかける。

 

「いや、残念だがバレッタ、道は変更だ。ミンスクには行かない」

 

「え? 行かないって、ミンスクに戻らないんですか?」

 

「すまないな、トレジャーハンターのスケジュールは変動が激しいんでね」

 

 ――ベルンサイド――。

 

 ベルンを勧誘したカストリーズ盗賊団のボスであるバンジュールフリータウンは、ベルンを自身の船に案内した。

 

 色はほぼ白一色で、ちらほらと銀や黒が混ざっている。

尖った船頭に、薄く無駄のない船体。

サイズはテニスくらいなら大げさにプレーできるほど。

 

 中は白を基調としたカラーリングに、小さなキズ一つないツヤのある壁や天井。

天井には、白い船内に反発するように黒い歯車が回転している。

 

 コの字型に囲まれた計器類の前に五人の男女が座り、それぞれモニター類を見ながらキーを叩いている。

中心にはバンが立つ小高い足場があり、船内を見回せるようになっていた。

 

「す、すごい」

 

 ベルンは目の当たりにしたことない場所に瞬きを繰り返す。

 

「みんな、こっちを見てくれたまえ」

 

 バンが言うと、男女五人が一斉にバンへ向いた。

 

「右からルアンダ、ビクトリア、リンベルの女性メンバー。そこからキガリとタリンの男性メンバー。とっても頼りになる。ベルンくんも仲良くね」

 

「よ、よろしく」

 

 人前に立つのが得意ではないベルンは、誰一人の目を見ることなく挨拶をする。

 

 緊張を察したバンはベルンの肩を掴んで後ろを向かせ、耳元で囁く。

 

「ベルンくん、これから行くところ、どこだか分かるかい?」

 

「え?」

 

盗賊団なのだから向かうべき道は遺跡だろうと予想はできたが、具体的な情報はない。

 

「どこですか?」

 

ベオグラード遺跡って、知っているかい?」

 

「いえ」

 

「この国、プライアランドの遺跡たちの中でも最大級の大きさと危険度を誇っている遺跡だ。“ある困難”さえ潜り抜けてしまえば、入口そのものに入るのは簡単だ。だが入り口以外は海に沈んでいるから具体的な大きさは分からない。ただ、中に入った者は皆が帰らぬ人となり、並の実力では無駄死にする。外壁は黒く、ところどころ死者たちの血を吸ったように赤くなっているらしい。そう、きみがその靴で変身した姿と同じような色だね」

 

「……それで、中にはなにが? トレジャーハンターたちの骨でも拾うんですか?」

 

「並のトレジャーハンターでも進めないような難攻不落の先に、凄い物が眠っている。なんでも、無限の生命力を持つ歯車だとか。それが二つもあるらしい」

 

 と言われても、ベルンにはピンと来ない。

 

「手にした者は不老不死になれるらしいが、僕様は興味がない。人間は朽るからこそ美しい」

 

「じゃあ、死なせたくない人でもいるんですか?」

 

「いいや、言っただろう? 盗賊団はお宝を売るのがビジネスなんだ。不老不死の歯車だなんて、それこそ命を賭けても欲しい人はたくさんいる」

 

「それを、手伝えと?」

 

 バンが目を付けたのはベルン自身よりも、アスンシオンだった。

カストリーズ盗賊団の技術とアスンシオンがあれば、遺跡の最奥に到達できるとバンは踏んでいるのだ。

 

「無理にとは言わない。……が、きみの友人に欲しい人がいるのでは?」

 

「それって、まさか」

 

 ベルンには一人だけ心当りがあった。

 

 二十歳まで生きられないというソウル病を患っている、アピアのことだ。

 

「歯車は二つあるらしい。一つは僕様がお金に代える。もう一つはきみのものだ」

 

「知っているんですか」

 

アピアちゃんだっけ? いいのかなぁ、彼女は病気のせいで十代で一生を終える。もう余命は五年もないのか。可愛そうに、大人になればもっと素敵な女性になれただろうに」

 

「……なぜ、アピアのことを?」

 

「僕様は大抵のことは知っている。この島々のことは大体ね」

 

 カストリーズは東西南北どの島についても大体のことは把握している。

 

 一千万人に一人だけが発症するソウル病のアピアについても“珍しい”という理由だけで、バンが大まかな調査をしていた。

 

「どうする? 僕様が遺跡のトラップを見極め、きみはその靴で僕様と進む。そして奥にある二つの歯車を手にして帰る。きみはガールフレンドに一つを渡す。僕は稼ぐ。お互いが命を賭ければ得をする見事な話だろう?」

 

「……たしかに、そうですね」

 

「僕様が気に食わないことその三、それはハッキリしないヤツだ。ハッキリしないやつは道しるべを与える価値もない。きみのその言葉は行くという意味でいいのかな?」

 

 ベルンは迷いながらもコクりと頷く。

 

 承諾を得たバンは、五人のうち真ん中に座っているリンベルを呼んだ。

 

「リンベル、ちょっとこっちに」

 

 「はい」と返事をして、バンとベルンが立つ場所へやってきた。

 

「リンベル。ベルンくんに船内を案内してやってくれ。といっても食堂とトイレくらいしか案内するところはないかな」

 

「分かりました」

 

 リンベルはベルンの手を引き、操縦席を出た。

 

 肩にかかる程度の金のセミロングに引き締まった細身の体。

スラっとした足でジーンズを履きこなしている。

 

 アピアとは違う大人の魅力溢れる年上の女性に手を握られ、ベルンの頬が赤く染まる。

 

「私はリンベル・アルマトゥイ。よろしくね」

 

 そう――リンベルは、マセルの親友であるナウルの姉。

リンベル・アルマトゥイである。

 

 リンベルは掴んでいた手を引っ込め、代わりに握手のための手を突き出した。

ベルンの緊張していた顔が戻り、むっとした表情に切り替わる。

 

「僕は協力はしますが、盗賊団は信用しません。不老不死だって信じたわけでもないです」

 

「あら、そう。握手もしてくれないのね。でもあなたの気持ちは分かるわ。私も盗賊団なんて信用してないもの。弟のナウルの名に賭けてもね」

 

「信用していない? あなただって盗賊団の一人でしょう」

 

「そうね。でも私だって不老不死の歯車なんてものは信じていない。興味もない。あなたのガールフレンドのようにまだ生きている人間になら意味はあるけど、すでにいない人間にとっては歯車なんかより花の方が価値がある」

 

「じゃあ、あなたはどうして盗賊団なんかに?」

 

「吹っ切れたいから、かな」

 

 あまりにも小さな理由に、ベルンは肩を落とす。

 

「もっと崇高な理由かと思いました。そういう人もいるんですね」

 

「そうね。自分がバンの犯罪に加担しているのも自覚しているけど、もう、どうでもいいの」

 

 自分の思いを吐き出したリンベルは、シリアスな顔を取っ払って表情を切り替えた。

 

「じゃあ、船の案内をしましょうか。バンも言ったとおり大した設備はないんだけどね」

 

 

二章 ベオグラード

 

 

 ――マセルサイド――。

 

 車で南のミンスクまで戻ろうとしたマセルとバレッタ

だがマセルは行き先を変更した。

 

「どこに行くんですか?」

 

ベオグラード遺跡だ」

 

 キングストン連中と、カストリーズ盗賊団が向かおうとしている遺跡だ。

 

 不老不死の歯車が眠り、トレジャーハンターの間では昔から伝説となっている場所だ。

 

ベオグラード遺跡には不老不死の歯車があるらしい。で、キングストンのヤツらもそれを狙って港まで行く予定だったらしいな」

 

「ふ、不老不死って。マセルさんはそんなもの手に入れてどうするんですか?」

 

「俺か? 俺は不老不死なんて興味ないよ。俺が興味あるのは、その歯車がどんな形と色なのか、それだけよ。できれば家に飾ったりしたいけど、危なくて触りたくない」

 

 改めてトレジャーハンターは理解できない、とバレッタは首を傾げる。

 

「遺跡ってトラップがいっぱいあるんですよね? 圧倒的に危険じゃないですか?」

 

「俺をナメるなよ。渡り鳥だぞ。それにウイントフックもあるんだ。見たろこいつのパワー」

 

 バレッタは浜辺での出来事を思い出す。

 

 アームによるパンチをかわす速度。

鋼鉄のアームを一撃で切り落とした剣。

キングストン連中の乗るソフィア号を剣一本で空の彼方まで吹き飛ばす怪力――機械好きのバレッタとしては、デザインなども気になっていた。

ここでウイントフックについて訊かずにはいられない。

 

「あの、マセルさん、その靴って、いったいなんなんでしょう」

 

「ジャメナン遺跡で見つけたとしか。でも、やっぱりソフィアと関係はあると思う」

 

「もしかして、あの剣に刻まれていた模様ですか?」

 

 メットの歯車を外して出した茶色と青の剣。

そこには太陽のマーク――ソフィアの右頬にあった赤いマークと同じ――があり、同じ遺跡に存在したのも偶然ではないだろう、と推測する。

 

「さぁな……細かいことはソフィアに直接訊くしかないな。そのためにも、キングストン連中をとっちめてソフィアを助けないといけないしな」

 

「じゃあ次にすることは……」

 

ベオグラード遺跡に行こうか。……といきたいところだが、問題がある」

 

「問題?」

 

「もし船が沈んだら、俺を助けてくれ」

 

 港に到着したマセルたちは、車を停めて船を借りることにした。

 

 遺跡にはトレジャーハンターしか行かないため、個人で船を借りて行くしかない。

カナヅチ+高所恐怖症であるマセルからすれば、どんなに一級の船でも笹船と大して変わらないが。

 

「なぁバレッタ、船って沈むと思うか?」

 

「まぁ穴が開いたり壊れたりしたら沈むと思いますけど」

 

 マセルはカナヅチだということをバレッタに明かしていないが、察しはついていた。

 

 マセルはお金を出し、船を借りる。

歯車とスクリューで動く小さくて安っぽいモーターボートだったが、マセルにとっては大きくても小さくても同じようなものだ。

 

 バレッタが先に乗り込み、小刻みに震えるマセルを待っている。

 

「あのーマセルさん、乗らないんですか?」

 

「乗るよ。乗るさ。乗ってやる。乗ってやるとも」

 

 なんということか。

マセルにとって、船に乗るだけでも一世一代のアドベンチャーなのだ。

 

 慎重につま先を乗せる。

絶妙な揺れがマセルの緊張を加速させ、乗船を拒む。

 

「あーあ、嘘はつくし恩を返さないで遺跡探索になんか来るし、口も性格も悪いし、トレジャーハンターなのに水が苦手なんて、マセルさんってどーしよーもない人なんですねぇ」

 

 バレッタは目を細め、大きなため息をつく。

 

「お、お、お、オーライ。わ、わ、わ、わ、分かったよ。乗らないなんて言ってないだろ」

 

 幾度も躊躇を繰り返し、ようやっと船に乗った。

 

「じゃあマセルさん、そろそろ行きましょうか」

 

「行く? 行くって、もしかして一緒に行くつもりなのか?」

 

「いえ、中には入りませんよ。トラップで串刺しとかペチャンコになるのはイヤですから。行くのは入口あたりまでです。船を放置して流されていったらゴミになっちゃうじゃないですか」

 

「なるほど、船を戻す役か」

 

「圧倒的にエコな女子ですから私」

 

 マセルは船のエンジンを作動させ、ベオグラード遺跡へ向かうことに。

 

 ベオグラード遺跡は島々よりも外側にあるため、かなりの距離がある。

安っぽいモーターボートでは、二時間はかかってしまうだろう。

 

 だが問題なのはベオグラード遺跡の周辺だ。

 

 “ある困難”さえ潜り抜けてベオグラード遺跡の前に辿り着いてしまえば、素人でも中に入ることができる。

しかし、遺跡の中に入って生きて脱出した者はいない。

マセルも、ウイントフックを手に入れなければ近づこうとも思わなかった。

 

「そうか。じゃあ一緒に来い。ただし遺跡をナメるな。入口も甘く見るな」

 

「波で船が転覆したり?」

 

「そういう不吉なことを言うんじゃないよ」

 

船を動かし始めて三十分ほどが経過。目的の遺跡にはまだ到着しない。

 

「ま、マセルさん、あのー、雨、降ってますけど」

 

 ポツポツと微かな小雨が海を叩いている。

 

 バレッタが確認のために手を広げると、雨が当たった。

 

「オーライ……マジかよ」

 

 マセル一世一代の危機、海と雨の挟み撃ちでまさに逃げ場がない。

 

「でも戻らない。たとえ嵐がやってきても、俺は絶対に戻らないぞ!」

 

 トレジャーハンターとしてのプライドと、カナヅチとしての闘争本能が相反して本心とは真逆の言葉が飛び出した。

 

 本当ならば一度戻って仕切りなおすのがベストだが、一度火がついたマセルの心は雨でも海でも消火できない。

いや、すでに何度も消火されているのだが、トレジャーハンターとしてのプライドが再度火をつける。

 

「マセルさん! やっぱりマズいです! どんどん雨が強くなってますよ!」

 

 小雨はやがて大粒になって、すぐにドシャ降りに切り替わる。

空は黒く染まり、波は怒り狂ったように激しく暴れ嵐が巻き起こる。

 

波が強いせいで、船が進むというより押し出されているようだ。

 

 縦横無尽、前後左右、縦横斜に振り回される船の上でも、マセルは失神していなかった。

 

 そこに、バレッタがいたからだ。

 

「ちゃんと掴まってろ! もし船がひっくり返っても掴まっていればなんとかなる!」

 

「あががががががが」

 

 横から数メートルの巨大な波が押し寄せる。

影ができるほどの高い波に、マセルは失神寸前の意識の首根っこを掴んで無理やり精神を保っている。

 

「俺に掴まれバレッタ! ウイントフックだ!」

 

 ウイントフックに変身し、バレッタに飛びついて荒れ狂う海に飛び込む。

叫び声も、何もかもが雨と海にかき消され、二人が消えた静寂をも飲み込む。

 

 迫る波が船にのしかかり、船は真っ二つにへし折れた。

直後に波で八つ裂きにされ、見るも無残な残骸へとなり果てる。

そして海に飛び込んだ後、マセルは二度目の失神をした。

 

 ……ルさん! マ……さん!

 ゆっくり瞼に力を込め、光を取り込む。

 海の底ではなく、石のような、硬い床の上にいた。

 

「マセルさん!」

 

 必死に呼びかけるバレッタの声で目を覚まし、マセルは起き上がった。

ようやく、どこかに流れ着いたことに気づく。

 

「ば、バレッタ。無事だったのか」

 

 ウイントフックもバレッタも実体として存在している。

 

 海に沈んでいたのは夢だったと気づき、マセルは胸をなでおろした。

 

「いえ、マセルさんがいなかったら私は沈んでました。私の帽子やマセルさんのメガネまで無事だなんて驚きですが、残念ながら船はどこかにいっちゃいました」

 

「それはいいけど、服とか大丈夫か?」

 

 バレッタの身体に濡れた服が張り付き、華奢な体つきがくっきりとしている。

思わずマセルは目を背ける。

 

「こう見えても体は頑丈ですからカゼはひきません。それより帰り道はどうしましょう? っていうかそもそも、私たちはどこから来たんでしょうか?」

 

 背後も天井も、どこにも入口らしき扉や穴はない。

正面には長い長い一本道があるが、そこから流れ着いたにしては長すぎる。

 

「まぁ、帰り道は後で考えればいい。それよりここ、ベオグラード遺跡か?」

 

 小太りな人間が手を広げて歩けるほどの広さの一本道に、天井までは約二メートルほど。

 

 壁や天井にある不規則な模様が、何をエネルギーにしているのか光を放っていて、本くらいなら読めるほどだ。

 

「まさか、ここがベオグラード遺跡か?」

 

 ご親切な看板はないので確信はなかったが、遺跡らしい雰囲気からそう推測する。

マセルもベオグラード遺跡とは初対面であるため、なにが起こるのか予想はできない。

 

 ――ベルンサイド――。

 

 マセルがベオグラード遺跡に無事(?)に到着する少し前、ベルンが乗った船での出来事の続きである。

 

 一通りの案内が終わったリンベルは、ベルンを連れて操縦席に戻った。

バンはすでにベオグラード遺跡へ向かうための準備を終えていて、待機していた。

 

「ところでベルンくん。きみに伝えておきたいことがある」

 

「なんですか?」

 

ベオグラード遺跡の周辺は、まるで守っているかのように嵐が巻き起こっている。もしも小さな船で近づくカナヅチで愚かなトレジャーハンターがいるのなら飛ばされて海に落ちるだろうけど、僕様の船は大砲を食らっても耐えられる」

 

「つまり、安心してもいいってことですよね?」

 

「そういうこと。僕様の船は完璧だからね。それともう一つ」

 

 バンはわざとらしく大きな咳ばらいをする。

 

「数分前、ベオグラード遺跡に近づくトレジャーハンターらしき船を見つけた。ずいぶんと小さな船だったけど、あれは沈むだろうね」

 

 それはまさしく、ベオグラード遺跡に向かうマセルたちの船だった。

 

「もしも、そのトレジャーハンターがベオグラード遺跡に入ったら?」

 

「そいつが奥までたどり着けるような人材なら、命のやり取りを覚悟してくれ」

 

 命のやり取り――尋常じゃないほどの危険に足を踏み入れようとしている自分に気づく。

 

 ――そうだ、この人たちは盗賊団なんだ。

 

 ――ただの遺跡マニアやトレジャーハンターなんかじゃない。

 

「ベルンくん、きみに覚悟はあるか?」

 

「覚悟は、ありません。僕が人の命を奪うだなんて」

 

「じゃあ、アピアちゃんは大人になれないな」

 

 ベルンは逃げ場のない選択肢に悔しくなり、拳を強く握る。

 

「もう一度聞く。きみは人を殺し、アピアちゃんを守る覚悟はあるか?」

 

 悪魔との契約をするような気分で、ベルンにはとても二つ返事などできない。

 

 アピアを守ること、即ち、不老不死の歯車を狙う敵を殺すということ。

 

 バンも約束を守るとは限らない。

用がなくなったベルンを使い捨てて、その手から歯車を奪うかもしれない。

隙を見てバンはベルンを抹殺するかもしれない。

 

 だが、不老不死の歯車――しかも本当にあるかは定かではない――がなければ、アピアも助けられない。

ベルンは、意を決して答えを出した。

 

「あ、あります。僕は、やります。それが、アピアを守るためならば」

 

「ふふ……ハハハハハハハ!」

 

 バンは腹を抱えて大笑いした。

何も面白いことなどなく笑われたベルンは眉をひそめる。

 

「いや、いやごめん。なんとも、神妙な顔つきで言うものだからついね」

 

「チッ……」

 

「相手はたかが小さな船だ。嵐に飲まれてお終いだよ。敵なんていないさ。もっとも、きみの靴と同じようなものを持っていなければ、だけどね」

 

「どういう意味ですか?」

 

「じゃあ、今度こそ行こうか」

 

 バンは髪の毛をかき上げ、パチンと指を鳴らして手を上げた。

 

「目的はベオグラード遺跡! 嵐は気にするな! 突き進め!」

 

 天井に取り付けられた歯車が高速で回転し、船のエンジンを活発に稼働させる。

 

 あとのことはリンベルたちに任せ、バンはもう一度ベルンへ振り返った。

 

「ベルンくん。僕様が気に食わないことその四、それは行動力のない人間だ。行動しない人間の立ち往生ほどつまらない劇はない。進むと決めたらどこまでも進むのが一番いい」

 

 無事に嵐を潜り抜け、ベルンたちはベオグラード遺跡に到着した。

 

 嵐さえ潜り抜けてしまえば、最初から嵐などなかったかのような雨一粒すら落ちていないエリアになる。

マセルたちのように沈むことも海に投げ出されることもなかった。

 

 バンは遺跡探索に必要な道具類を入れた大げさなカバンを背負って、ぽっかりと開いたベオグラード遺跡の入り口に足をかける。

 

 黒い四角形の入り口は海水がギリギリ入らないよう作られており、水位に合わせて入口の高さも変動する。

 

 いつから存在しているのか、人が手で作った物なのか、それは誰にも分からない。

 

「僕様が気に食わないことその五、それは探求心のない男だ。男は常に勝利への探求心がなければいけない。危険の最前線こそ男の立つ場所だよ」

 

 バンは迷いもなく“探求心”でベオグラード遺跡に入り、ベルンも勢いで続いた。

入るというよりは落ちるという表現が的確か、入ってすぐ高い段差になっていた。

 

 壁や床は不規則な模様が刻まれ、照明のような役割を果たしている。

遺跡よりも生物と説明されたほうがしっくりきた。

 

 次々と段差を降り、最後の段差を降りれば一本の長い道が続いている。

 

「なんだ。せっかくライトとか持ってきたのに」

 

 水を利用した二本の水電池(みずでんち)で動くライトだった。

 

 バンが四方八方を警戒しながら慎重に進む。

 

「トラップは大丈夫ですか? もうアスンシオンに変身してもいいですか?」

 

アスンシオン? なんだっけそれ?」

 

「靴ですよ。変身できる靴です」

 

「あぁそういう名前だったのか。でもそのアスンシオンとやら、いったいどれほどの性能があるんだい?」

 

「それは、まぁ」

 

 まだ変身したのは一回のみで、それもたったの数分だけ。

 

 具体的にどれくらいの性能(スペック)なのか、どれくらいの耐久力で、武器の強度や切れ味は如何ほどなのか、まだベルンはしっかりと把握していない。

 

 下手をすれば、もう二度と変身できないという可能性もある。

 

「よく知らないかい? それも面白いよ。僕様にとっては立派な冒険だ」

 

「不老不死の歯車を見つけたら帰りますからね。あなたを置いていってでも」

 

「そうか。好きにしていいよ。僕が気に食わないことその六、それは欲望に忠実でない人間だ。欲望は人間を形作る。きみがアピアちゃんを助けたいという欲望は、きみを強くする」

 

「あなたの気に食わないことなんてどうでもいいです。はやく行きましょう」

 

 しっかりアスンシオンを調べなかった後悔より、一刻も早く歯車を手に入れたいという欲望が上回る。

 

「しかし、妙だな」

 

 バンが周囲を見回しながら首を傾げた。

 

「今度はなんですか」

 

「幾多の人間を脱落させた難攻不落のベオグラード遺跡。開幕で足の二、三本は持っていかれると思ったけど、いざ入ってみればトラップのトの字もない。これは妙だ」

 

「たしかに、そうですね」

 

「ははは! 面白い。盗賊団である僕様を悩ませるとは!」

 

 面倒なやつに協力してしまった――後悔とはまさにこれだ、とベルンはしみじみ思った。

 

 ――マセルサイド――。

 

「辿り着いたここがベオグラード遺跡だとは思うんだが、少し拍子抜けなことが一つある。難攻不落と言っておきながら、なにも起こらないぞ。どういうことだ」

 

 到着してからいくらか進んだ。

だがトラップの一つもない。

トレジャーハンターであり渡り鳥であるマセルには、少し物足りないのだ。

 

「でも、人がたくさん亡くなっているんですよ? やっぱりなにかあるんじゃ……」

 

 バレッタが、背後から何かの気配を感じ 警戒し振り向く。

 

 そこにはただのトラップより手の込んだ異常があった――。

 

「ま、マセルさん。なんか、マズくないですか?」

 

 釣られてマセルも振り向く。

 

「さっき真っすぐ歩いていた道が、変わってるんですけど」

 

 一本道だったはずの道はどこに消えたのか、背後にはだだっ広い空間が構築されていた。

 

 バスケットボールくらいなら余裕でできる空間で、壁や天井の模様も他と同じである。

置物や柱などの類はない。

 

 それこそ蜃気楼のようにいつの間にか出現し、帰り道を奪っていた。

 

 トラップが仕掛けられた遺跡なら、マセルはいくつも潜り抜けてきた。

しかし道そのものが変化する遺跡など、体験したことはない。

 

「気を付けろバレッタ、なんか嫌な予感がする」

 

「気を付けるっていうのは、その、なにから気を付ければ?」

 

「“なにか”からだ!」

 

 マセルはバレッタを庇う姿勢になり、身構えた。

 

 トレジャーハンターとしての、渡り鳥としての勘が危険信号を発している。

 

 並のトラップではない、別の危機。

ウイントフックがあっても耐えられるかどうかの、危険。

バレッタを守り抜きながら戦えるかどうかの、不安。

 

 突如、マセルたちの目の前に何かが現れた――。

 

「マセルさん! う、ウイントフックがいっぱいいますよ!?」

 

 広い空間には、ウイントフックと同じ姿の何者かが、地面から吹き出したように出現した。

 

 一目で数えきれないほどの数で、それぞれはウイントフックと同じ姿でありながらも色は黒一色で、武器も同じものを所持していたが、やはり黒一色だった。

 

 規則的な並びではなく、それぞれの場所から好き勝手に迫っている。

知恵がないような動きで、マセルたちを狙って迫ってきているのは本能なのか、それともベオグラード遺跡がそう命じているのか、どちらにせよベオグラード遺跡によって抹殺されかかっていることは、素人のバレッタでも容易に想像できた。

 

「どうやら、ここはウイントフックとソフィアを見つけたジャメナン遺跡となにか関係がありそうだな。今までのトレジャーハンターもこいつらにやられたんだ」

 

「そんな分析は後でいいですから! まずはこの状況を!」

 

「数は十、二十――いや、もう少しか。もしあいつら一体一体が俺のウイントフックと同じ力なら勝ち目はないだろうな」

 

「じゃあどうするんですか!」

 

 絶望的な状況。

 

 背中を向け、黒ウイントフック集団と逆の方向に逃げればまだチャンスはある。

 

 マセルを上回る速度で黒ウイントフック集団が追ってこなければ、だが。

 

「オーライ。イチかバチか、逃げるぞバレッタ!」

 

「うぇっ!? ええ!?」

 

 変身し、バレッタの手を引きながら黒ウイントフック集団とは逆方向に走り出した。

 

 逃げずに闘うことは恰好のつくことではあったが、命がなければお宝にも意味はない。

 

 幸い、速度はマセルのウイントフックと大差はなかった。

それでも数が数なので、果敢に立ち向かうのは無謀以外のなんでもない。

 

「走りながらでいいからよく聞けバレッタ! 俺の渡り鳥としての心構えだ!」

 

「そんなの! 逃げ終わってからでいいじゃないですか!」

 

「それは命よりもスリリング! お宝よりも命! スリリングよりもお宝だ!」

 

「圧倒的にどうでもいいですよ! そんなことより、追いつかれそうです!」

 

 厳密には、マセルたちの速度が落ちているのだ。

変身すれば通常よりも速く走れるのだが、バレッタの手を引いている以上は合わせなくてはいけない。

 

 そこでマセルはある秘策を閃き、すぐに実行した。

 

「すまないバレッタ! ちょっとすまん!」

 

「えっ!」

 

 マセルはバレッタの片腕を首にかけ、膝の裏から持ち上げた。

要するにお姫様抱っこの状態になり、メット越しではあったがバレッタとマセルの顔が一気に近づいた。

 

「な、なにするんですか! ちょっと!」

 

「いいからそのまま大人しくしてろ!」

 

 じたばたするバレッタを押さえながら、マセルは一本道をひた走る。

 

 順調に直進したところで出口や不老不死の歯車に辿り着けるとも限らない。

 

 それでも今は走り続けるしかない。

走りつつも、単純なトラップが設置されていないか確認しながら進まなければいけない。

 

「マセルさん! 前! 前!」

 

 一寸先が雑巾絞りのようにぐにゃりと歪み、迷う暇もなく歪んだ道をひた走る。

 

 そもそも道なのか、壁なのか天井なのか、判別はできていないが、道なき道だろうとも前進あるのみだ。

 

「覚悟しろよバレッタ!」

 

 突き進むと、道の歪みはやがて治まってゆき、通常通りの一本道に戻った。

 

 前進を続けながら後ろを振り返る。

まだ黒ウイントフック集団は追ってきていたが、歪みのせいでかなり数が減って三体にまで落ちた。

 

「降ろすぞバレッタ!」

 

 マセルはバレッタを降ろし、すぐにバレッタを庇う体勢になる。

 

「ど、どうするんですか?」

 

「敵はあと三体。何体かは消えたみたいだな。これならウイントフックでいけるハズだ!」

 

「ハズって! ぜんぜん根拠なんかないじゃないですか!」

 

「オーライ、そうかもな!」

 

 もう逃げるのに飽きたマセルはメットから歯車を外し、剣を伸ばす。

 

バレッタ、俺の後ろにいろ! 怖くても勝手に逃げるなよ!」

 

「分かってますよ! トラップがあるからですよね!」

 

 黒ウイントフックの一体が剣を握ってマセルに襲い掛かった。

 

 振り下ろされた剣を剣で弾き、次が攻めてくるよりも早く蹴り飛ばして距離を取る。

 

 続けて二体同時の猛襲。

流れるように、それでいて暴れるように受け流し、隙が出来た一体を横一閃に切り伏せた。

 

「消えた――?」

 

 煙を切ったように、一体が消滅した。人間のように血しぶきをあげられるよりマシだが、本当に撃退できたのかどうか怪しくなる。

だが油断するわけにもいかず、他の二体へ剣を向ける。

 

「しまった」

 

 攻撃を避けるのに必死になり、黒ウイントフックを挟んでマセルの反対側にバレッタが立つ状況になってしまった。

 

 黒ウイントフックの一体が、バレッタに刃を向ける。

 

バレッタ! 避けろ!」

 

 マセルは他の敵のことなど忘れ、一心不乱にバレッタへ手を伸ばす。

 

 届かない――。

 

「こうなったら!」

 

 届かないのならば、届かせればいい。

 

 マセルは握っていた剣を投げつける。

空を切り、刃はバレッタの眼前を通過して敵の胸を貫通した。

間一髪で敵が消滅し、バレッタは腰が抜けてしりもちをつく。

 

 しかし剣は壁に突き刺さってしまい、今のマセルは丸腰(武器がない状態)だ。

 

 脅威はまだ去らない。

最後の一体が背後で構えているのだ。

 

 エサを欲する獣が如く、全身をバネにして敵が襲撃を開始する。

 

「邪魔なんだよニセモノ!」

 

 マセルは壁でしなる剣を引き抜き、直後に壁キックで方向転換。

逆向きに勢いをつけて、敵を打ち砕く攻撃力に変換する。

 

 黒ウイントフックとすれ違う。

刹那の横一閃で切り伏せた。

 

 マセルが構えを解いて剣を戻す頃には、脅威という脅威は跡形もなく滅していた。

 

「よし」

 

 なんとか危機を潜り抜けたマセルは、腰が抜けたバレッタに手を伸ばす。

 

「す、すいません」

 

 敵は全滅させたが、けっきょくは一本道。

 

 振り出しに戻っているのか進んでいるのか、ベオグラード遺跡に弄ばれているのか、それすらも把握できない。

 

「あの、どうしましょうか、これから」

 

「どうする、ねぇ」

 

 視線を前方に向けても一本道。

背後に向けても一本道だ。

 

 意気込んで歩を進めたところで、道が歪んだり変化してしまえば、もうどうにもならない。

 

「どうする、ねぇ。じゃないですよ! 帰り道は後で探すなんて言ってましたけど、それって、とりあえず考えナシに進むだけ進んで、対策は後で練るっていうことですよね! そんなテキトーな感覚でよくこんなところ入ろうと思いましたね!」

 

「お前だって入ってるだろ」

 

「私は入るつもりなんてなかったんですよ!」

 

 どうしようもなく口喧嘩が始まり、ついにバレッタの目から涙が溢れてきた。

 

 初めて体験した、腰が抜けるほどの命の危機。

道なき道しかない謎の遺跡のどこかに二人きり。

バレッタの精神は限界だった。

 

「第一! マセルさんがこんなところに来たいなんて言うからいけないんですよ! なんだって男の人ってこういう変なところが好きなんですか!」

 

「いや、俺はお前についてきてほしいなんて言ってないぞ」

 

「だって、船を置き去りにして流されたらゴミになっちゃうじゃないですか! けっきょくバラバラになって海のモクズになりましたけど……」

 

「そりゃまぁ、そうだけど。行きたくないならハッキリ言えばよかっただろ」

 

「う……まさか、私だってこんな遺跡だと思いませんでしたよ……もうお終いです! 私も今までのトレジャーハンターたちみたいに死んじゃうんですよ! あー、もう……」

 

 自分でも少々子供っぽかったなと反省しつつも、すっかりやる気をなくしたバレッタは帽子を外し、涙目で膝をかかえて丸くなった。

 

「うう……あれ?」

 

「どうしたバレッタ

 

「なんだか風が当たって寒いんですよ。海に落ちて濡れたままだったから。まぁカゼなんかひいたところで、関係ないですけどね」

 

「風か……」

 

 マセルはまだ諦めてなどいない。

 

「風邪、引きますけど、どうせ死にますし」

 

「いや、そうじゃない。どっかから風が吹いてないか?」

 

「え?」

 

 前後どちらも長い一本道が続いているものの、風などは吹いていない。

 

 とすれば、風は壁か床か天井のどこかから出ていることになる。

 

バレッタ、さっき風が当たって寒いって言ったな? どこからだ?」

 

 バレッタは立ち上がり、風の位置を調べる。

 

 天井には手が届かないので、壁と床を徹底的に調べることにした。

 

 数分の間、二人で調べると――。

 

「あ、ありました」

 

 壁の下に数ミリもないほどの隙間があり、そこから風が侵入していた。

 

 突破口になるかもしれない。

バレッタにも希望が蘇り、なんとなく壁を叩いた。

 

「ここ、少し壁が薄くなってませんか?」

 

 言われて、マセルはすぐに壁を蹴る。

思ったとおり一蹴りで壁に穴が開き、やがて粉々に崩れて道が開いた。

 

 そこには、地下へ通ずる階段があった。

 

 下に伸びていて、一寸先は奈落の闇に溶けている。

何メートルまで進めるのか未知数だ。

 

「どうするバレッタ? 行くか?」

 

「圧倒的に賛成です。少し、怖いですけど」

 

 とバレッタが一段目を下りた、次の瞬間――。

 

「えっ――?」

 

 そこにあったはずの階段は幻のように消え去り、奈落へと続く落とし穴に変わった。

 

 踏み出した体を戻す暇もなく、バレッタは重力に任せて落ちていった。

 

 ――――ベルンサイド――――。

 

 遺跡に足を踏み入れたからというもの、バンが望むようなトラップは襲ってこない。

 

 もちろんベルンとしては、平和に帰れればなによりだが……。

 

「僕様の心構え、それは命よりもスリリング。お宝よりも命。スリリングよりもお宝だ」

 

 同じ遺跡内部で別の人物が同じことを言っているとは、彼らは知る由もない。

 

「ベルンくん。トラップの気配はないから安心したまえ。でも、盗賊団は信用するな」

 

「裏切るって宣言するんですか?」

 

「どうかなぁ僕様は気まぐれだから」

 

 バンは不敵に笑い、ただでさえ低いベルンからの信頼をさらに落とす。

 

「まぁ、こんな一本道の遺跡をただ歩いていてもつまらない。雑談でもしようか」

 

「なんですか。勝手にやっててください」

 

「男同士の話でもしようか。じゃあ訊くけど、きみのガールフレンドのことだ」

 

「僕はしませんよ」

 

アピアちゃんとはどこまでいったの?」

 

「ぐほっ」

 

 不意打ちのようなアピアの話題に、ベルンは仰け反ってむせ返る。

 

「付き合ってるんだろう? まさか結婚はしてないだろうけど、手くらいは繋いだか」

 

「ば、ばかな」

 

 女の話題には滅法弱いベルンには、アスンシオンがあってもダメージが大きい。

 

アピアとはただの友達ですよ。それ以上の何かなんてありませんよ」

 

「そうか。つまらないなぁ」

 

「それより、アピアのこと調べてるって言ってましたよね。どういうことですか」

 

「あの子は一千万人に一人のソウル病だ。興味深いからね、調べないわけもいかないよ」

 

「それって、プライバシーの侵害じゃないですか」

 

「病気以外はあまり調べてない。きみが知りたいあんな情報やこんな情報は知らないよ」

 

「ぐほっ」

 

 たまらずベルンは仰け反ってむせ返る。

 

「じゃ、じゃあ次は僕から質問です」

 

 反撃のために体制を立て直す。

 

「お、乗ってきたね」

 

「あのリンベルって人、あなたのこと嫌ってますよ」

 

「あぁ、知ってるよ。信用されてないんだろう? 何年か前に弟が……たしか名前はナウルだったかな、そいつが死んだ悲しみを忘れたくて盗賊団に入った、とか」

 

「聞いたんですか? 直接」

 

「いいや。女は見ていれば分かる。僕様が気に食わないことその七。それは女を甘く見ている男だ。女はトゲのある花ってだけじゃない。時には毒にも薬にもなる。扱いを間違えれば痛い目を見るし、共に支えあえれば幸福だ」

 

「わけの分からないこと言ってないで、ハッキリ言ってください」

 

「つまり、だ。僕様にとってはリンベルは毒で、きみにとってアピアちゃんは薬なんだよ。大事にしなよ。大人になってもね」

 

 ――大人になっても。

 

 ソウル病で二十歳まで生きられないことを知っているうえでの発言だった。

 

 バンを殴りそうになる衝動を抑え、握った拳を理性で引っ込めた。

ここでバンを失えば、それこそアピアは大人になれない。

不老不死の歯車を手に入れるためにも、バンの協力は必要不可欠。

バンはそこまで計算して、わざわざ冗談を言った。

 

「もういいです」

 

 気分が悪くなったベルンは、アピアの話題から離れるために話を断ち切った。

 

 ふと、後ろを振り向く。

 

 一本道だったはずなのに――道がない。

代わりに目の前には広い空間が構築されていた。

 

 マセルたちの見たものと同じく、バスケットボールくらいなら余裕でできる空間で、壁や天井の模様までもがそっくりそのまま同じである。

物はなにも置いておらず、柱などもない。

 

「気を付けろベルンくん。床から何か出てくるぞ」

 

 広い空間の床、そこから影のようなものがむくむくと沸き上がって床を飛び出し、やがて人の形を構築し始めた。

 

 奇想天外な一部始終を、二人はただ黙って見ていることしかできなかった。

 

 ただしベルンは恐怖、バンは好奇心が心を駆り立てており、同じものを目にしながらも違う光景として瞳に焼き付いた。

 

「まさか、アスンシオン……?」

 

 作られた影は、赤いラインのない真っ黒なアスンシオンとなり、数は二十を超えていた。

それぞれが持つ剣先が、一斉にベルンたちへ向く。

 

 さながら、影の兵士。

肉体や心を求めるかのような、無表情の威圧だ。

 

「ベルンくん、用意はいいかい? 相手は人間じゃないようだから、思い切りやってくれ」

 

「そうは言っても、僕のアスンシオンと同じ姿なんですよ。色は黒一色ですけど、なんか不気味ですし。それに、この数じゃどうにもなりませんよ」

 

 ベルンはあくまで冷静に分析し、戦いを避けることを選んだ。

 

「そうか。逃げるのか。無理もないな……でもその前に試したいことがある」

 

 バンは敵が目の前にいるというのに、カバンから黒光りする銃を取り出した。

六発装填が可能の、シンプルなリボルバーだ。

 

 黒アスンシオンの一体に銃口を向けた。

躊躇もなにもなく、発砲。

 

 銃口から煙が上がり、放たれた弾丸は一体を貫いた。

煙を撃ったかのように、消滅。

 

「なるほど、やっぱりそうなったか」

 

 ニヤリと笑い、バンは続けて放った二発目で一体を撃ち抜いた。

 

 広い空間に銃声が鳴り響くが、聞きなれないベルンには不快な音でしかなかった。

 

「なにやってるんです――」

 

 パーン! ベルンに構わず発砲を続ける。

 

「あんなの相手にしたって――」

 

 パーン!

 

「それなら僕がや――」

 

 パーン!

 

 銃の弾が切れ、新たな弾を装填(リロード)する。

 ようやく与えられた静寂だが、ベルンはそれ以上なにも言わず、アスンシオンに変身して残りを斬り伏せた。

 

 ベルンの背後より二体。

 

 一体に気を取られたベルンはそいつを回し蹴りで仕留める。

背後より迫る二体のうち一体も回し蹴りでねじ伏せた。

だが残りの一体が猛獣のような跳躍を見せ、一瞬のことに隙が生じたベルンに剣を振り下ろした。

 

「こいつっ!」

 

 そこで再び銃声が轟き、襲い来る黒アスンシオンは消滅した。

 

 同時に、ベルンの胸に微かな衝撃が走った。

 

「なっ――?」

 

 ピンポン球をぶつけられたような軽い衝撃。

痛みより驚きが大きく、一歩後退する。

 

 目の前には、煙を吐き出す銃を持つバンがいた。

ふっと煙を吹き消し、満足げにほほ笑む。

 

「あなた、僕も一緒に撃ちましたね?」

 

「大丈夫だろう? アスンシオンがあるんだからさ」

 

 ベルンはバンへ接近し、胸倉を掴んだ。

 

 バンは手を上げて降参のポーズを取るが、ニヤリと口元を緩めており反省の色はない。

 

アスンシオンがあっても、撃つことないでしょう!」

 

「落ち着きなよ。まだ敵は残っている。全部で二十体いたけど、倒したのは十体だ」

 

 ベルンは怒りを抑えてバンを解放し、残りの黒アスンシオン集団へ剣を向けた。

 

「ん……?」

 

 ベルンは、自分の手にある異常が起こっていることに気づいた。

 

 絵具をかけられたような、べっとりと赤い“液体”が右の手の平に付着している。

 

「血……?」

 

 銃で撃たれたときのものだ、と胸を確認するが、血どころかアスンシオンには傷一つない。

 

「じゃあどこから……!?」

 

 体中をくまなく確認しても、出血などはまったくない。

バンの血だとしても手の平に付着するのは不自然であり、バン自身もそんな様子ではない。

 

 左手でその血を拭おうとしても、一滴たりとも手から零れ落ちない。

どころか、左手に付着することもない。

 

 ベオグラード遺跡のせいでおかしくなったんだ。

ベルンは無理にでもそう思い、残る敵へ視線を戻した。

 

 

「ベルンくん、なにをぼうっとしている」

 

 バンには表情が見えなくてもある程度は心を読み取れている。

 

「あれ……?」

 

 気づけば、ベルンの手の平からは血が消えていた。

一滴どころか、跡すら残っていない。

 

「どうした」

 

「あ、いえ……銃の弾はまだありますか?」

 

 考えるのは後回しにし、今は戦闘に集中することにした。

 

「あぁ。心配いらない」

 

「せいぜい死なないようにしてください。こいつらは全部倒します」

 

 ベルンは剣を握りしめ突撃し、バンは銃で加勢した。

本人たちにそのつもりはないが、息のあった共闘である。

 

 次々と黒アスンシオンは滅されてゆき、敵は数秒たらずで全滅してしまった。

 

「どうやら、全部やっつけたみたいだね。じゃあ、次に進もうか」

 

「次? 次ってどこに行くんですか?」

 

「さぁね。この遺跡は気まぐれで僕様たちを消しに来るようだし、この先もなにか仕掛けてあるだろう。でもトレジャーハンターや盗賊団の帰り道なんて、いつも後で探すものなんだ」

 

「安心できない言葉ですし、敵と一緒に僕を撃つ人に言われたらもっと安心できませんね」

 

「そうか。ありがとう」

 

 ベルンはバンのことを疑いながらも進まないわけにはいかず、とにかく前進を続ける。

 

 黒アスンシオン集団が出現した広い空間を抜け、会話もないまま数メートルを進む。

だが依然として道の変化もなく、トラップもない。

 

 拍子抜けしつつも警戒を怠らないバンは、弾の入った銃をクルクルと回しながら、ベオグラード遺跡についての分析をベルンに話す。

 

「ベルンくん、これまで数々のトレジャーハンターが帰ってこれなかった理由が分かった」

 

「なんですか、いちおう言ってみてください」

 

ベオグラード遺跡は生きているんだ。侵入した者を排除するためにね。さっきの黒いアスンシオンたちはまだ挨拶代わりの攻撃だろう」

 

「このまま進めば、また別の試練があると思います。そもそも帰れるのかも怪しいですが」

 

「あれ、怖いのかい?」

 

「違いますよ。ただ、この調子で本当に不老不死の歯車を手にできるか、心配なんです」

 

「心配なんてしていてもしょうがない。男なら探求心で勝負をしないと」

 

「それともう一つ気になることが」

 

「なにかね?」

 

「侵入したトレジャーハンターはたくさん死んでいるはずですよね。どうしてここまで骨の一本もないんでしょうか?」

 

「それはどうだろう。ほら、ここに一つあるよ」

 

 一本道を進む道中、バンは壁と床の隙間に気になるものを発見した。

 

「これは……骨ですか?」

 

 人間か動物かまでは判別不能だが、壁の下には指が一本入るほどの隙間があり、そこから尖った骨が一本だけはみ出していた。

 

 まるで壁がシャッターのように閉じて挟まれているかのようで、二人は直接目にするまでもなくその先に空間があるのだと理解する。

 

 バンはその隙間に指をかけ、持ち上げようとした。

 

「ん? ダメだな。重すぎてまったく動かないよ」

 

 バンの力では足りないと分かり、役目をベルンに託すことにした。

アスンシオンに変身しているベルンなら開けられると予想して。

 

「しょうがないですね。僕がやります」

 

 アスンシオンに変身しているベルンがやると意外にもすんなりと壁は開き、またもや長い長い一本道が続いていた。

 

 しかしベルンは道よりも、下に転がる骸骨を見て一歩後退する。

 

「こ、これは人ですよね」

 

 何十年前からそこにいるのか、骸骨はボロ布を羽織っていた。

腰にナイフを備えていたものの、その人物を守る刃にはならなかったようだ。

 

「見慣れないか。死んでるってことは、こいつの命を奪ったトラップがあるということだ」

 

「解除できるんですか?」

 

「うーん。というより、すでに解除は済んでいるようだ」

 

 ベルンが床を見ると、一つのブロックだけが不自然に凹んでいるのを確認できた。

 

「この凹んでいる床はおそらくスイッチだったんだろう。で、この骸骨くんはこれを踏んで何かしらのトラップで死んだ。つまりもうトラップは終わっているということだ」

 

 ベルンがその言葉を信用に足るべきか吟味しているところで、バンは構わずに骸骨を跨いで進んでいった。

慎重さのなさすぎる行動にため息をつくベルンへバンはふり返る。

顎に指を当て、口をへの字に曲げて頭を回転させる。

 

「ベルンくん、先に行ってくれ」

 

「は?」

 

「五メートル先、ここには罠がある。でも避けることはできない」

 

「ど、どこにそんなものが」

 

 ベルンが目を凝らして見ても、五メートル先にそれらしいものはない。天井にも床にも壁にも、怪しい部分はない。

 

「僕には見えませんが」

 

「五メートル先の右の壁、僅かに出っ張っている部分がある。そこにセンサーのようなものがあるはずだ。それに触れればトラップ発動だろう」

 

「その僅かな出っ張りが根拠ですか」

 

「いいや、盗賊団としての、ただの勘だよ」

 

「そうですか。凄い信用できる言葉で安心できますね」

 

 大きなため息をつき、バンの適当さにうんざりする。

 

「で、肝心のトラップはどういうもので?」

 

「さぁ。それは分からないよ。おそらく炎か、鉄球か、圧縮か、それともカマイタチで切り刻むか。でもまぁ、生身の人間なら一撃で死ぬだろうね」

 

「生身じゃないからって僕で実験ですか」

 

アスンシオンがあれば余裕なんだろう? 拳銃も通じなかったんだ。心配ないさ」

 

「あれも実験だったんですね。このときのための」

 

 怒りを抑えるベルンのことなど気にもとめず、バンはカバンからライトを取り出した。

 

「ライトはいらなんじゃなかったんですか?」

 

「いいや、使うんだよ。実験にね」

 

 ライトから水電池(みずでんち)を一本だけ抜き、トラップが仕掛けてあるだろうエリアへ投げつけた。

回転しながら放物線を描き、二人が見守る中、五メートル先へ到達。

――直後、水電池は滝に投げつけたかのように跡形もなく消えた。

 

 さすがのバンも目を疑うが、直後に好奇心に変わる。

 

「面白いね! 見たことのないトラップだ! ベルンくん、この先は別の空間に繋がっているはずだ。行ってみようか」

 

 バンの勘は外れていた。

トラップではなく、別空間への入り口だったのだ。

 

「そうですか。面白いのならお先にどうぞ」

 

 バンは手を叩きながら進み、なんの躊躇も警戒もなく“見えない壁”の中に入っていった。

 

 それを見てもなお信用できないベルンは、身構えながら見えない壁へ進む。手を先に入れると、切断されたように手だけが見えなくなり、思わず手を引っ込める。

戻ってきた手がしっかり残っていて安堵し、意を決して全身を潜り込ませた。

 

 ――そこには、両手を広げて歓喜するバンがいた。

 

「ベルンくん! 見たまえ! ここは素晴らしい場所じゃないか!」

 

 二人が次に見たものは、これまた広い空間だった。

 

 壁や天井の光る模様は同じだったが、黒アスンシオン集団と戦った空間とは別格の広さで、一気に千人は入れるテーマパークを作れてもおかしくはない。

 

 サイコロの六の目のように左右に六本の柱が並び、天井までは余裕で数十メートルほどあった。

中央には長い上り階段の付いた祭壇があり、ベルンたちはその階段の真下へやってきていた。

見上げるだけでも疲れるような祭壇で、上るだけでも骨が折れそうな高さだ。

 

 バンは部屋そのものにも興奮していたが、階段を上りたくてウズウズしている。

 

「はやく上ろうよベルンくん!」

 

 急かすバンのテンションについてゆけず、ベルンは何度目かのため息をつく。

 

 

 ――マセルサイド――。

 

「えっ――?」

 

 とバレッタが階段の一段目を降りた、次の瞬間――。

 

 そこにあったはずの階段は幻のように跡形もなく消え去り、奈落へと続く落とし穴に変わった。

踏み出した体を戻す暇もなく、バレッタは重力に任せて落ちていった。

 

「またピンチかよバレッタ!」

 

 地を蹴り、マセルはバレッタを抱えて落下する。

 

「もう落ちるのはコリゴリだぁぁぁぁ!」

 

 ウイントフックに飛行機能が備わっているのなら話は別だが、そう便利なものが都合よく出るわけもない。

 

 ウイントフックの耐久性を信じ、目を回すバレッタを抱えて背中から落下していった。

 

 一秒、二秒、三秒、四秒、五秒、六秒が経過。

 

「うわあああああ!」

 

 何メートルの落下か把握できないが、マセルには空から落ちたほどの高さに感じられた。

地上とはどれくらい離れたのか、とてつもない距離を落ちている。

 

 ようやく地に激突。

マセルが失神直前の精神を叩き起こすと、ウイントフックの変身を解除して立ち上がった。

 

「あぁ……クッソ、ここ最近は落ちたり溺れたりばっかだな」

 

 落ちたのは約六秒。

 

 かなりの高さを背中から落下したのにも関わらず、マセルの体にはほとんど傷がなかった。

それよりも精神的ダメージのほうが大きく、嘔吐寸前だった。

 

 気分が悪くなったがそれどころではない。

マセルは目を瞑るバレッタを起こす。

 

「おいバレッタ、起きろよ。到着だ」

 

 バスで乗り過ごしたような起こし方をすると、バレッタはゆっくり目を開いて半身を起こした。

 

「う~ん……あれ、あれれ?」

 

 バレッタは無事だった帽子を直し、マセルに対して二、三度、目をぱちくり。

 

「あの、マセルさん。私、死んでないですよね?」

 

「心配するな。無事に奈落の底に落ちてきたぞ」

 

「ウイントフックの力はすごいですけど、圧倒的に喜べる状況じゃないですよね」

 

 二人で周囲を見渡すと、そこは広い空間だった。

 

 サイコロの六の目のように六本の柱が左右に並び、天井まで数十メートル。

まさに、ベルンたちのいる広間と同じだった。

 

 しかし祭壇より遠く離れているうえにベルンたちとは反対の位置にいるため、落ちてきたマセルたちには気づいていない。

 

「いやバレッタ、そうでもないぞ。あれを見ろ」

 

 中央には長い階段のついた祭壇があった

バレッタが見上げると、それだけで首が痛くなるほどだ。

 

「あの先って、なにがあるんです?」

 

「この雰囲気ならあそこに不老不死の歯車があるはずだ。どーりでトレジャーハンターたちが帰ってこないわけだ。あんだけの高さから落ちたら、ウイントフックじゃなきゃ生きて帰れないしな」

 

「じゃ、じゃあさっそく上りましょうか」

 

 我慢できなかったマセルはウイントフックに変身し、バレッタを担いでニンジャの如く速足で階段を駆け上った。

 

「わ、わわわわ! いきなりなにするんですか!」

 

「なにって、普通に上ってたら日が暮れちまうぞ!」

 

「だからっていきなり担ぐことないじゃないですか!」

 

 文句を言いあいながらも、階段はすでに半分まで上っている。

 

「こっちのほうが早いんだ。我慢してくれ!」

 

 観念したバレッタはため息をつきつつ、ふと左にある一本の柱へ目をやる。

そこに小さな人影が見えた。

 

「マセルさん。あそこ、誰かいますよ?」

 

「なに?」

 

 マセルは足を止めて、指をさされた左方向へ目をやる。

 

 柱の影、何者かが隠れていた。

 

「ソフィア?」

 

 遠くからでも分かるエメラルドグリーンのロングヘアーは、誰の目から見てもソフィアだった。

 

 マセルたちに気づいたのか、ソフィアは柱の影に身をひそめた。

 

「あ、そういうことか」

 

 マセルはベオグラード遺跡をアタックする前に聞いたあることを思い出した。

 

「そーいやキングストン連中もベオグラード遺跡に行くって言ってたな」

 

「ということは……?」

 

「ソフィアがいるということは、キングストン連中もいるってことだ。あいつらの相手をするのは面倒だからな、まずは不老不死の歯車が先だ」

 

「え? いいんですか?」

 

「不老不死の歯車を見てからでも遅くない。行くぞっ!」

 

 マセルは再び踏み出し、残りの階段を駆け上り始める。

 

 普通なら気が遠くなるような距離の階段でも、ウイントフックがあればバレッタを担ぎながらでも大した苦ではない。

 

「うおおおお!! 歯車ぁあぁぁあ!!」

 

「私への恩返しも忘れないでくださいよ!」

 

 雄たけびと共に、マセルたちは祭壇の頂上へ到達した。

最後の一段で高く飛び、両足をそろえて着地する。

 

 そこは正方形で、ゾウが五頭は入れるほどの広い場所だった。

下を見れば鳥肌が立つほどの高低差があり、高所恐怖症のマセルなら確認しただけで何度目かの失神をするだろう。

 

 だからマセルは下を見ないようバレッタを降ろし、ただ中心に輝く不老不死の歯車だけに視線を集中させた。

 

「これが……」

 

 人間が両手で抱えられるほどのサイズで、石造りの四角い台座の上で歯車は浮いている。

そして金にも銀にも見える眩い光を放っていた。

 

 なぜ歯車の形状をしているのか、なぜ不老不死になれるのか、それを知るトレジャーハンターなどこの世に存在しない。

 

 おそらく初となる、不老不死の歯車へ到達したトレジャーハンターだ。

 

 その伝説へ、ついになった。

 

 はずだったが。

 

「それは僕様のだ!」

 

「は?」

 

 マセルの伝説への到達を、ある男が邪魔をした。

 

 バンはほぼ同時に到着したマセルの動きを声だけで封じる。

 

 いつになく興奮した様子で、鬼のような表情でマセルへ接近した。

 

「それに触るな! 汚らわしいトレジャーハンターめ!」

 

「な、なんだよお前!」

 

「まさか、あんな小さな船でここまで来たのかい? すごい度胸というか運というか、頭が悪いにもほどがあるなぁ!」

 

「なんで船のこと知ってんだ? いや、まぁいい……」

 

 マセルは嵐にかき回されて沈んだことを思い出し、船の件を頭の中から振り払った。

 

「ところで、きみもどこかでその鎧を手に入れたのか?」

 

 バンは盗賊団の目で、マセルの全身を品定めする。

 

「どうでもいいだろ俺のことは。で、お前は誰だ?」

 

「おいおいおい、僕様を知らないのかい? 僕様はカストリーズ盗賊団のボス、バンジュールフリータウン!」

 

「あ? カストリーズ盗賊団だと? 遺跡のお宝を奪って裏で金に換える下品な連中か」

 

 それには、バンは腹を抱えて大笑いを決め込む。

自分を下品だと思っているのが可哀そう、だと嗤(わら)ったのだ。

 

「下品! なるほど、トレジャーハンターは頭が悪い! 僕様が気に食わないことその八、それは美しさを理解できない人間だ。僕様という存在は素晴らしくて! それでいて美しい! 理解できないならば、貴様には下等生物代表という称号を与えよう!」

 

「そんな汚ねぇ称号はいらん。俺は帰る」

 

「帰るだと? そうやって僕様を油断させるつもりか。そんな女子中学生まで連れて」

 

 よくある間違いにバレッタは頬を膨らませて飛び跳ねる。

怒った姿もまるでウサギだ。

 

「ちゅ、中学生じゃなくて二十歳(ハタチ)ですってば!」

 

「どっちでもいいよ、邪魔者はここで消させてもらうからね」

 

 バンは自分が上ってきた階段へ目をやると、丁度のタイミングでベルンが到着した。

指をパチンと鳴らし、まるで召使いのようにベルンを呼ぶ。

 

「ベルンくん! 丁度よかった、こいつらを消し去ってくれたまえ!」

 

 頂上にやって来たばかりのベルンが状況を把握するには時間を要したが、すぐに目の前のマセルたちが敵なのだと理解する。

 

 それでも、自分と似たウイントフックの姿には驚きを隠せない。

その反応はマセルも同じで、あのとき落とした靴の所持者だと、トレジャーハンターの直感が言った。

 

「だ、だれですかこの人たちは。それに、その鎧……」

 

「ベルンくん。こいつらはトレジャーハンターだ。きみの欲している物を奪おうとしているんだ。さぁ早く倒してくれ!」

 

「――なんですって?」

 

 ベルンは戦闘態勢を作り、メットから剣を抜いた。

 

「きみは覚悟を決めたはずだろう? じゃあ、今がそのときだ」

 

 そうだ。

 

 今までイジめられていたベルンは、ついに力を手に入れた。

自分で勝ち取った力ではないものの、それは結果的にベルンを強くした。

 

 盗賊団との協力だろうとも、アピアを助けるためには、自分の使命を果たすしかない。

 

「あなたたちに恨みはありませんが、渡すわけには行きませんっ!」

 

「おいケンカ売るっていうか? ならしょうがねぇ。やってやるよ!」

 

 マセルは事情を説明しようともせず、同じく剣を抜いてマセルと対峙した。

 

 唐突に始まったマセルVSベルンに、バレッタは口を挟めず無言で立ち尽くすことしかできなかった。

 

 ウイントフックとアスンシオン――重なったのは偶然なのか必然なのか運命なのか、銃弾や高所からの落下に平然と耐えるほどの力で、常人を遥かに超えられる靴での勝負。

 

 止められる人間など、ここにはいない。

 

「勝負っ!」

 

 マセルが渾身の縦一閃を繰り出す。

激流を切り裂くような一撃を刹那的な反射神経でベルンは回避し剣が空を切った。

 

 剣先が床を叩き壊し、小さな穴が穿たれた。

その隙を見逃さず、ベルンはハイキックを肩に繰り出し続けて斜めに切り伏せる。

強烈な摩擦によってマセルの体から火花が散るが、それでもウイントフックは切り裂かれない。

 

「容赦はしませんよ!」

 

 もうすぐでアピアを助けられるとなれば、ベルンは本気で攻撃する。

 

 たとえ相手が見知らぬ人間だろうと、初対面だろうと、手加減という言葉はない。

ただ盲目的に、邪魔者を排除するのみだ。

 

「……もうすぐで……! もうすぐで、きみを助けるっ!」

 

 ベルンは剣を両手で握り祈るように真正面に構える。剣が蒼い輝きを帯び始めた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 輝きが頂点に達し、ベルンは片足を一歩後ろに下げる。

 

「行くぞ!」

 

 地を蹴り、怯んだマセルの正面から高速のショートジャンプで距離を詰める。

同時に空中で縦に回転し、命中した際の威力を爆発的に上昇させた。

 

 マセルもハイそうですかと正直にそれを受けるわけがなく、しかし逃げるという選択肢もなく、剣を構えた。

 

 バレッタの家の前でバンダルたちをカッ飛ばしたときの、バットのような構えだ。

 

「うぉりゃぁ!」

 

 マセルはベルンの一撃と真っ向から勝負をするつもりだった。

 

 狙い通り、剣と剣が激突し、周囲に絶大威力な爆風を生み出す。

 

「ぐっ!」

 

「うわっ!」

 

 互いの勢いが合わさり、通常よりもダメージは跳ね上がる。

たまらずバランスを崩し、二人は背中から地面に倒れ伏した。

両者のメットは歪みも割れしない。

倒れはしても戦闘態勢は崩さず、ガッチリと両の足で立ち上がる。

 

「どうした? お前も盗賊団なんだろ? 動きは完全に素人みたいだがな。ほら、来いよ」

 

 挑発に乗り、ベルンは剣を構えて息を整える。

 

 再度来るベルンの一手に身構えていたマセルの目に、あるものが映った。

 

「ソフィア……?」

 

 ソフィアが棒になった足をさすりながら階段の前に立ち尽くしていた。

一緒にいるはずのキングストン連中の姿はなく、一人だけだ。

 

 呆気に取られて戦闘態勢が崩れたマセルに視線を合わせ、口を開いた。

 

「こ――」

 

 しかし放たれた言葉は最後までマセルの耳に届かず、気づけば距離を詰めたベルンの剣が襲ってきていた。

 

 マセルは全身全霊のそれを剣で押さえ込み、力と力の組み合いになる。

 

 ――剣が交差したとき、マセルたちにも解読不能な出来事が起こった。

 

「な、なんだ?」

 

 ウイントフックの剣に刻まれた赤い太陽のマークと、アスンシオンの剣に刻まれた青い三日月のマークが淡く光り輝きだした。

 

 同時に、ソフィアの左右の頬に描かれた太陽と三日月のマークも淡く光り輝く。

 

 それを引き金にしたのか、祭壇の頂上の中心にある不老不死の歯車に、ある異変が起きた。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

 バンは突然のことに興奮を抑えきれない。

 

 マセルたちも交えていた剣を離し、歯車にくぎ付けになる。

高速で回転を始め、バチバチと電撃を迸らせた

それがエンジンの役割でも果たすように、台座が前方にスライドする

その下には地下へ続く階段があった。

 

「これは隠し扉……!? そうか、この歯車はニセモノで、本物はこの下か!」

 

 バンはベルンたちのことなど忘れ、吸い込まれるように地下へ走り去る。

 

「ま、待てっ!」

 

 マセルはよそ見していたベルンを正面から蹴り飛ばし、同じく地下へ飛び込む。

釣られたベルンが追いかけ、その場には静寂だけが残った。

 

 バレッタは地下になど入る勇気はなく、ソフィアは自分に起こった異常事態を理解するのに精いっぱいだったが、答えは出ない。

 

 置いて行かれたバレッタは、何をしていいのか分からずソフィアに声をかける。

 

「あ、あの、大丈夫?」

 

 ソフィアは数回まばたきを繰り返し、首をかしげる

 

「え、あ、何が起こったの? よくわかんないよ」

 

 問われてもバレッタにだって分からない。

 

「えぇと……どうしよう。マセルさんたちも戻ってくるか分からないし……」

 

「じゃあ追いかけようよ、あの人たち」

 

「ええ?」

 

 悩んで答えを出そうとしていたバレッタの腕を掴み、ソフィアは階段を駆け下りる。

 

 もう二度と遺跡になど来ないと誓い、引っ張られるまま地下へ進んだ。

 

 小太りな人間なら二人は入れないような狭い階段。

ここも今までと同じように壁や天井が光り、照明には困ることはない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ心の準備が!」

 

 船が八つ裂きにされ嵐に飛ばされ海に落ち、影に襲われ高所から落下して今度は狭い階段から地下へ。

もうバレッタ疲労は限界だった。

 

「そ、ソフィアちゃんだよね?」

 

「えぇ? そうだよ!」

 

「えーと、どうしてここにいるの? あのキングスッポンって人たちは……? サンダルと、スリムと、オチャワンって人たち」

 

 正しくはキングストンのバンダルとスリブとガワンである。

 

「えっとねぇ。四人で小さいお船で近づいたらビューってもみくちゃにされて、気づいたら遺跡の中にいて、気づいたら道がぐんにゃりして、気づいたら一人ぼっちでいたよ」

 

「要するに、嵐で飛ばされて流れ着いて、今は迷子ってこと?」

 

「そーいうこと!」

 

 満面の笑みで自信満々に言われてもバレッタは安心などできない。

 

「それに、さっきソフィアちゃんのほっぺが光ったけど、あれはなに?」

 

「んー? 知らないよー」

 

「し、知らないって! だってこの遺跡と関係あるかもしれないんだよ!?」

 

「んー、でも知らないものは知らないしー!」

 

 明るい調子で出た答えに、バレッタの困惑はさらに大きくなる。

 

 ?マークと不安だらけになったが、勢いで駆け下りたおかげで最深部まで到達した。

 

 またもや四角形の広い空間で、奥には石造りの台座があり、二個目の歯車が浮いていた。