日々を駆け巡るoyayubiSANのブログ

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目が腐る小ネタと4コママンガを土日。ゲーム実況を月火。小説を水曜に更新!

誰の名前だー第16話 双肩銃ミスティ・ミラージュ マナビヤ特攻人

 

 

 

映画ほどのスクリーンがある真っ暗な部屋に、屈強な兵士たちが礼儀正しく着席していた。

私は何度も感じたことのある空気だけど、セラードとして感じてみると熱気が凄まじい。

 

 私が来たことが合図になったのか、スクリーンの前に一人の兵士が立った。

アルコよりも一回りは年上の、確か名前はディキスだ。

私は戦いとか軍事には詳しくないし、アルコ以外の人もほとんど覚えていない。

というより、アルコやルートやラウマ以外はあまり私と砕けた会話をしてくれない。

姫であるからには色々と詳しいほうがいいのかもしれないけど、やっぱり物騒な単語や無骨な兵器は苦手だし、堅苦しい上下関係も好きじゃない。

 

 ディキスは作戦の説明を始めた。

専門用語や物騒な言葉が次々と並べられ、どれも私の耳には入ってこない。

それよりも私は、昨日の母さんの言葉を思い出していた。

 

 ――次の姫はセラードよ。

あなたはメリダのようにだらけた人間にならず、しっかり勉強して姫に相応しい器になりなさい。

 

 ――あなたは頭もよくて礼儀正しい。

姫の仕事だってすぐに覚えられる。学校もメリダより良い学校に入って、もっといろいろなことを学びなさい。

 

 ――あなたはまだ子供だからチャンスはある。

メリダを反面教師にしなさい。

セラードなら分かるわよね?

 

 ――今はショックかもしれない。

でも人の死なんてすぐに慣れるわ。

たかだが十年しか一緒にいなかった人間なのよ、死んでしまえばもう他人なの。

メリダのことなんて忘れなさい。

 

 次々と吐き出される言葉に胸が痛くなった。

確かに出来の悪い娘だったかもしれない。

実際に作戦の説明を理解できないし、自分のことをダメだダメだって卑下している。

 

 結果的にセラードは死なせてしまったけど、私だって必死に守った。

 

 それなのに、母さんは私のことを邪魔だと、死んでよかったと思ったらしい。

踏み台にしろとまで言われた。

それを正面から言われて、ショックじゃない娘がいるだろうか。

実の母親にそんなことを言われるために生き残ったんじゃない。

セラードの体のため、国のため、自分のために生き残ったんだ。

 

 自然と目から涙が溢れた。

暗い部屋で光る眩しいスクリーンが鬱陶しく思えて部屋を出る。

 

 破裂したパイプのように涙が止まらない。

あと数分も泣けば干ばつするだろうか、いっそ涙なんか枯れ果てたほうがすぅっとするかもしれない。

 

 悲しんでいるのは私だけじゃない。

ルートの子供やラウマの妹だってどこかで悲しみと戦っているんだ。

フレーザー艦長や他の乗組員の家族は私よりも泣いているだろう。

なのに呑気にお風呂に入って、クレープを食べて、ぐっすり眠って……私はまだ幸せなのかもしれない。

 

 部屋に戻ろう。

こんなところで泣いていて誰かに見られたら心配をかけさせてしまう。

 

 私は廊下を逆戻りして、セラードの部屋に戻った。

なぜだか自分の部屋よりも安心できる。

また大の字に寝そべって天井を眺めた。

その頃にはいくらか涙は引いていたけども、きっと涙で顔は酷い有様だろう。セラードの可愛らしい顔がもったいない。

 

「……そういえば、ブローチはどこだろう」

 

 母さんの言葉を忘れることなんてできないけど、切り替えないと心が持たない。

 

 けっきょくブローチはドレッサーにはなかったし、寝る前にキャビネットも調べたけどそれらしいものもなかった。残る可能性は……。

 

「ベッドの下……?」

 

 男の子じゃあるまいし、と思いながら軽い気持ちでベッドの下を覗いてみた。

細い隙間から僅かに小さな箱が見える。

ちょうどセラードの腕が入るくらいの隙間だったから探ってみる。

 

「あった、やっぱりこれだ」

 

 引っ張り出す。

薄い缶の箱だった。

ベッドの上に上げて蓋を開く。

 

 枝に葉っぱがついたような形の銀製のブローチが入っていた。

別の小袋には安全ピンとブルーベリーのような青い石が入っている。

きっとこの銀の枝に石をつけて、裏に安全ピンを接着剤でくっつければ完成するはずだ。

よく見ると葉っぱの部分は枝とは別になっているようで、こっちは接着されている。

 

 これをセラード一人で、この小さな手で作ったというのだから驚きだ。

十歳の工作のレベルではない。

ペルセポリスの一件さえなければ、これは私の誕生日に渡すつもりだったんだろう。

 

「あれ?」

 

 銀の葉っぱの裏には何か文字のようなものが乱雑に彫られていた。

きっと適当な彫刻刀でやったせいなのか、少し彫りは荒い。

 

「なんだろう、この文字」

 

 私は、その文字を左から読んでみた。

 

「セラード」

 

 読もうとしたとき、名前を呼ばれて振り向いた。

ノックもせずにアルコが扉を開けていた。

 

「ちょ、ちょっとアルコ、ノックくらいしてよ」

 

「あ、す、すまん」

 

 申し訳なさそうにアルコはコメカミのあたりをかいた。

基本的には頼りになるしいい人だけど、女性の扱いはそううまくない。

それとも、私を女性とは認めていないのか、体がセラードだからそこまで気を使えないのか、どちらにせよ良くないことだ。

 

「どうしたのアルコ?」

 

「どうしたのじゃねぇよ。いきなり部屋を出てって何してる」

 

 作戦説明が頭に入らなくて戻った、なんて勝手な理由だけど、説明しないわけにはいかない。

 

「まぁ無理もない。あんな話を聞いたって、どのみちセラードは作戦に参加できないからな」

 

「それで、説明は終わったの?」

 

「ああ。今日は準備を整えて明日にはシュトルーヴェに向かう」

 

「ずいぶん早いね。どういう作戦なの?」

 

「おいおい、俺に要約しろってか?」

 

 小難しい話を聞くのは苦手だけど、アルコの要約なら分かりやすいから大丈夫な気がする。

 

 アルコが簡単に纏めた話はこうだった。

 

 少数で潜水艦で海を移動して、シュトルーヴェへ接近する。

 

 わざと敵に察知されるようゆっくり動き、敵に襲撃されるのを待つ。

 

 敵が来たら内側からゴレスターンで変身し反撃。

外から待機させたシルヴァンシャーで潜水艦を撃墜し、船員たちは沈む前に脱出。

中に残った敵だけを潜水艦ごと沈ませる。

 

 という作戦だ。

かなり捨て身の作戦ではあったけど、攻撃する側よりもされるのを待つ方が有利であると思える。

 

「でも、そう都合よく発見されるの?」

 

「あいつらはなんらかの方法でペルセポリスを見つけたんだ。潜水艦くらい見つけられるさ」

 

 敵の実力を信用することが作戦の一つになるという、なんとも不思議な状態だ。

相手だってバカではない、こちらから何か仕掛けてくることは予想してるはずだ。

 

ペルセポリスのように直接内部へ侵入してくるかな?」

 

「外から攻撃してもすぐに沈まないことは敵も分かってるさ。だからこそペルセポリスも内側から落としたんだ。今回も同じだ」

 

「でもどこから攻めてくるのか分からないんじゃ……」

 

「今度は不意打ちじゃない。中から敵の動きを探りつつわざと侵入させるんだ。中の人間もそれなりの防御を固めているからな」

 

「かなり危険だよね」

 

「だろうな。でも作戦には危険がつきものだ。これくらいなんともないさ」

 

 なんともない、と余裕で言えるような表情ではなかった。

アルコの額には僅かに汗が浮かんでいる。

その焦りを隠すためか、アルコはブローチの箱に目をやった。

 

「それ、セラードの作ったブローチだな。器用だな、あいつ」

 

「うん。私なんかよりずっと器用。頭もいいし芯は強いし、凄いよセラードは」

 

「私なんかより?」

 

 アルコがため息をついた。

姿勢を低くして私と同じ目線になる。

 

「私なんかよりって、なんだ」

 

「なんだって、セラードは私より優秀でしょ」

 

「お前だって……メリダだって、ゴレスターンで変身して守ったんじゃないのかよ」

 

 確かにそれは私自身も凄いと思う。

けど、母さんにはそんなことは伝わらなかった。

だからきっと誇れることじゃないのかもしれない。

 

メリダ、お前はもっと胸を張れ。妹のために戦ったんだ。強いんだよ、お前は」

 

「つ、強くなんかない」

 

「セラードはお前のことを尊敬してた。世界で一番の姉だって、誇りだって言ってたよ」

 

「そ、そうじゃない。私は……私はいらない人間だったんだ。死ぬべき人間だったんだ。昨日、寝る前に母さんに言われたよ、面と向かって……」

 

 それにはアルコも驚愕した。

 

 母さんに言われたことをそのままアルコに伝えた。

悲しいような怒りを堪えるような複雑な表情だった。

昨日の私も、そんな顔だったのかもしれない。

 

「たとえ母親だろうがなんだろうが、周りが言ったことなんて気にするな」

 

「気にするなって言われても……」

 

 それは無理だ。

もうすぐ十八になるというのに、実の母にいらないと言われたのだから。

 

「俺は、お前たち姉妹が何より大切だ。俺にとってはお前たちが女神のようなもんさ」

 

「それって、ちょっと大げさじゃない?」

 

「お前たちを誇りに思ってるんだよ。だからもう私なんかって自分を下にするな」

 

「う、うん」

 

 誇り。

 

 その言葉が心に深く染み込んだ。

 

 微かだけど、私はまだ存在してもいいんだって思えた。

だから、このまま指を咥えて見ているだけはイヤだ。

それこそ母さんに不要だと思われてしまう。

 

「ねぇアルコ。私を、作戦に参加させてほしいの」

 

「ダメだ」

 

 迷いなど微塵もなく、アルコは却下した。

 

「今はセラードの体だろう。ダメに決まってる」

 

「でも……何もしていないのは落ち着かないの。お願い、アルコ」

 

「落ち着かない? そんな理由なら尚更ダメだ。お前はここで待ってろ。さっき作戦を説明しただろう。潜水艦にもシルヴァンシャーにも乗せるつもりはない」

 

「じゃ、じゃあ、どこならいいの?」

 

「どこもダメだ。何度言ったら分かる。お前の体はお前のものじゃないんだぞ」

 

「でも……でも、でも……私は何かをやらなければいけないの。まだ何もしてない。何かしないと、戦わないといけない」

 

 心臓が激しく動いている。

額から汗も滲んでいた。

きっと焦っているんだろう。

そんなことは分かっている。

けど、活躍して母さんに認められて、みんなのために戦えるのは今しかない。

今ここで功績を残さないと、これからも弱い人間のままになってしまう。

 

メリダ、自分の手を見てみろ」

 

「手?」

 

 セラードの手の平を見る。

白くて小さくて、綺麗な手だ。

 

「お前の手は何かを壊すためじゃない。何かを作るためにあるんだ。そんな綺麗な手を血で染めていいはずがない」

 

「だ、だから私は、みんなを守るために……戦いたいって……」

 

「今回だけが活躍の場じゃない。焦ってセラードにケガさせたらどうすんだ。深呼吸しろ」

 

 言われたとおり、深く深呼吸した。

三度だけ繰り返すと、心臓に纏わりついていたようなモヤモヤが取っ払われた気がして軽くなった。

 

「落ち着いたか?」

 

「う、うん」

 

「ならいい。とにかく今は大人しくしてろ。危険じゃなければ手伝ってもらうから」

 

「うん」

 

「……でもまぁ、そこまで自信があるなら、そういう時も来るかもしれん」

 

「戦っても、いいってこと?」

 

「そういう時もあるかもな、おそらく」

 

 雑用とかおつかいとか簡単な計算とかなら私でもできる。

それで妥協しろと言われても納得しきれないけど、セラードのためを考えれば当然のことかもしれない。

 

 戦う時、か。

あるのかな、そういう時。

 

「じゃあ、俺は準備に入る。必要ならなんか買ってこようか?」

 

「ううん。ここまで私を守ってくれたんだもの、それで十分」

 

「分かったよ。じゃあな」

 

 アルコは部屋を出て、首だけ部屋に入れてこちらに微笑む。

 

メリダ、そのブローチ最後まで作ってやれよ」

 

「え、私が? でもこれ、セラードが」

 

「もともとお前にあげる予定だったんだ。代わりに作ったってバチは当たらないさ。ま、作るかどうかは任せるけどよ。じゃあな」

 

 パタりと扉は閉じられた。

一人になった私は、缶の中で眠る作りかけのブローチと睨めっこした。

作ろうかな、とも思ったけど、やめた。

 

「まだ、いいかな」

 

 いろいろと片付いてからでも遅くはない。

 

 缶をベッドの下に戻そうとしたけど、銀の葉っぱの裏に彫られた文字を忘れていた。

慌ててブローチを裏返して文字を読む。

 

 そこには“DELPHI”とだけ彫られていた。“