記憶を取り戻したソフィアは、あまりの衝撃にしりもちをついた。
思い出さなければよかった。
ソフィアから出た感想はそれだった。
「ソフィア、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
マセルもソフィアと一緒に過去の記憶を見たものの、かなりの衝撃を受けた。
ウイントフックはともかく、ベルンの持つアスンシオンについては言葉にできない。
ベルンはいくつもの命を奪ったアスンシオンを使っている。
その事実を知れば、彼はとても受け止められないだろう。
「……知らなければよかったかもしれない」
「そう、かもしれないな」
ソフィアはその場で膝を抱えて俯く。
少なくとも過去の記憶は、楽しい物語ではなかった。
「あんなこと思い出さずに、普通に暮らしていればよかった……苦しいだけだよ、あんなの」
膝に頭を埋めて丸くなったソフィアになんと声をかけていいのか分からず、マセルは立ち尽くした。
共に記憶を見たとはいえ、ソフィアの感じる重みはマセルとは大きく違うものだ。
「マセル」
重い空気に追い打ちをかけるように、ナウルがやってきた。
今はキャビクレイに変身しておらずナウルの姿だ。
「ナウル、なんの用だ」
「もう満足したか? 自分の過去、罪、歴史、それらを思い出してどう思った? “元”王様」
「う……」
「過去を知りたいと思ってここまで来たのはいいことだ。それで絶望するのも勝手だ」
「う……う……」
「王の血筋があっても、もう王ではない。だがこのマジュロ遺跡やベオグラード遺跡、ジャメナン遺跡を司っているのは王の血筋だ。記憶を取り戻したのならやるべきことがあるだろう」
ソフィアを追い詰めるナウルに、さすがのマセルも待ったをかけた。
「ナウル、何が言いたいんだ」
「もう一度王に戻ってスコピエ文明を復活させてくれ。あのときから逃げたままでいいのか?」
「ナウル――いや、お前はナウルの姿を借りたただの幻か。お前らは王に帰ってきてほしいと思っているかもしれんがな、肝心の本人が否定しているんだ」
「……ふん。やっぱりこうなるか」
ナウルは片足を上げ、靴に触れる。
「ミラージュコーティング」
瞬時にキャビクレイに変身した。
漆黒のマントが揺れ、マセルを睨む。
その姿を睨み返し、マセルもウイントフックに変身した。
互いにメットから剣を抜き、互いに剣先を突き付ける。
すすり泣くソフィアを前にして、微動だにしない沈黙の勝負が繰り広げられる。
しばしの沈黙の後、それを破ったのはナウルだった。
「文明は王がいてこそ成り立つ。王がいなければ、滅びたも同じだ」
「……でも、もう私は王様なんてイヤなの……あんな、あんなこと……」
「でも、あの真実を知りたくて、わざわざこんな空の上まで来たんだろう? なのに知ったら知ったで、また逃げるのか? 今度は何年だ?」
「もう……もう……」
涙で顔がぐちゃぐちゃになるソフィア。
答えも出せず、その場から逃げる気もない。
というより、逃げる気力がない。
「――いい加減にしろよ」
マセルの剣を握る手が怒りで震える。
「もう、スコピエ文明なんて古代の話は終わったんだよ。過去の時代でしかない」
「……」
「王や文明に縛られるなんてイヤだね。自由に冒険して、時には運任せでスリリングで爽快感があって面白いのがいい。王なんていなくても、世界は動くんだよ。まぁ、俺は王だとか文明だとかよく分からんけど、楽しく冒険ができないのは勘弁してほしいな」
「そうか、じゃあ勝負といこうかマセル」
「それしか、ないんだな」
部屋の中、刃と刃が交差する甲高い音が轟いた。
冒険のためか文明のためか――男同士の戦い、親友同士の戦いが、幕を開けた。
その頃、バンと対峙しているベルンは――。
「なにもないな……」
試練の部屋に辿り着いたベルンは、警戒しながらその部屋をざっと眺めた。
踏み込んだ直後に鉄格子が下りて退路を断つ。
しかし前の部屋と違い、塞がれたのは入口だけで、奥の出口はそのままだ。
退路を断たれた以外にこれといった変化はない。
「でも、鉄格子があるってことは、なにかをクリアしないとダメってことだよな」
恐る恐る一歩を踏み出す。
一番隙を突かれやすいのは、さきほどの黒い影のようにどこからともなく出現されることだ。
特に背後から攻められると、アピアに直撃する可能性が高い。
「ん……?」
ベルンの目の前に、今度は白い光が集まり始めた。
ぼんやりとしているが、人の形を形成している。
「敵……?」
白い光は武器を持たず、歓迎するように両手を広げている。
あいにく表情はないため、敵意の有無も判別できない。
高身長、細身な体系。
帽子を被った貴族のような風貌。
その姿に見覚えがあった。
カストリーズ盗賊団のボスで、ベオグラード遺跡の歯車に命を吸われ遺跡と共に海の藻屑と消えた、あの男だ。
「僕の心を見透かして、幻を見せているのか?」
ベルンの疑問に呼応するかのように、白い光は徐々に色を成し、人らしい肌とバンらしい白い服が現れ始める。
やがて、完全にバンそのものになった。
幻や影とは違い、確かにそこに立ち、動いている。
「やぁベルンくん。久しぶりだね」
その声も、バンとそっくりそのまま同じだ。
「あなたは死んだはずですよ。本物じゃない」
「失礼だなベルンくんは……僕様は本物だ」
本物――その声や姿がどこまで本物なのか、ベルンには分からない。
しかし、このアルジェ遺跡が生み出した試練だと理解している。
「ところでそっちの女の子、アピアちゃんじゃないか。ソウル病で死んじゃったとか?」
「く……」
ベルンは唇を噛み、怒りを抑える。
「アピアは生きている。少し眠っているだけだ」
「ははは……そうか。ここに連れてくれば助けられると思っているのかい?」
「分からないけど、アピアだってそれを望んで覚悟をしている。だったら僕がアピアを守って、助けるしかないだろう」
「賭け、か。なんだかトレジャーハンターらしい思考になってきたじゃないか」
そんな褒めの言葉をぶつけられても、ベルンはちっとも嬉しくない。
「もういい。僕は先に進ませてもらう」
どうせこのバンは幻だ。
そう決めつけ、バンを手で払ってどけようとした、
しかし、バンに触れた手は幻を払うこともなければ、空を切ることもなかった。
確かに、物理的に触れたからだ。
「っ!」
一歩後退し、メットから剣を抜く。
その鋭い剣先は、ほかならぬバンに向けられた。
「おいおいベルンくん。そんな風に怒るなよ」
「あなた、ここを知っているんでしょう? なぜここにいる? なぜ生きている?」
「僕様が生きているって? バカバカしい。すっごく苦しくて痛かったんだから、もちろん死んだよ。今は魚のエサにでもなっているだろうね」
「じゃあどうして目の前にいるんだ!」
「ここが、命を司る遺跡だとしたら?」
それは、ついさっきもマセルに言われたことだった。
「ベオグラード遺跡が死の遺跡で、このアルジェ遺跡が命の遺跡……? それって?」
「本当らしいね、だから僕様はここにこうして存在している。まぁ、きみの記憶から一時的に作り出された実体のある幻でしかないが」
「存在しない人間を実体にできるのなら、病気くらいなら治せるっていうのか?」
「さぁ。死人のカンオケはあっても、命ある人間のカンオケはないだろう? それと同じさ」
バンはバンらしく、比喩表現で誤魔化した。
「僕様が気に食わないこと……えーと、いくつだったかな」
「あなたからはその下らない話をもう九回も聞いた覚えがある」
「僕様が気に食わないことその十。それは歴史から目を背ける人間だ。歴史は人間が積み上げた最高の塔だよ。その塔を登らない人間は、歴史に存在する価値はない」
「で、けっきょく何が言いたい?」
「つまり、この先にはアピアちゃんを助けられる秘密が、あるかもしれないってことさ」
「……本当だな?」
「本当さ。それと、血で汚れたきみの右手と呪われた靴についても、ね」
「なんだって――?」
以前、ベオグラード遺跡の中で見た、右手に付着していた血――最初は黒アスンシオンを撃ち抜いたバンの弾丸が命中して出血したと勘違いし、その後もアピアの家で血のことを思い出し、ずいぶんと混乱させられた。
「あったよね、ベオグラード遺跡で見た血をさ」
「……覚えている。確かにあのとき、血が見えた……」
「どういう意味か、分かるかい?」
「意味……?」
当然、ベルンには血の本当の意味など分かるはずもない。
「きみが変身しているアスンシオンはね、数千年前に、大勢の命を奪ったんだ」
「――え?」
無数の血を吸い、無数の亡骸を積み上げた呪われた右手。
呪われた靴という強力な力を手にし、反乱を起こしたコロールという男。
それがアスンシオンの真相だ。
「反乱を起こし、いくつもの命を奪った。王の記憶ではそうなっている」
「そ、そうやって騙すつもりか?」
「騙す? 今頃きみのお友達は見たんじゃないかな? そのときの記憶を」
「そんなことが……」
「きみがイジメっ子を殺しそうになったのも、ベオグラード遺跡を冒険したのも、アピアちゃんを連れてここまで来たのも、全てが呪われた靴のおかげだ」
「や、やめろ……」
「やめろだって? その血塗られた靴のおかげでここまで来れたんだろう? その靴でここから先に進んでアピアちゃんを救うんだろう?」
「そ、それは……」
「さぁどうする? それでも先に進むかい? 血で汚れた手でアピアちゃんを助けるかい?」
「ぼ、僕は……」
ベルンに迷いが生じたとき、背中で寝息を立てていたアピアが目を覚ました――。
ゆっくり目を開き、周囲の状況を確認する。
「あれ……?」
「アピア? 起きたか」
「え? え? うう……ここ、どこ? 飛行機は……?」
アピアをその場に下ろすと、寝ぼけている二本足で立ち、鈍った体で背伸びをする。
「アピア、よく聞いてくれ。飛行機は壊れた。みんな無事だけど、バレッタさんは外で残ってる。きみは飛行機が壊れて以降ずっと眠っていたんだ」
「そういえば……飛行機から飛んだよね……」
「アピアはコメカミをぶつけて血を流した。幸い大したケガではなかったけど」
アピアのことを優しく抱きしめた。嫌がる様子もなく、ゆっくりとベルンの背中に手をまわす。
だが次第に恥ずかしさが姿を現し、目を合わせずに離れた。
「べ、ベルン、これからどうするの? 飛行機は壊れちゃったんでしょ?」
「ああ……帰り道に関しては、まだよく分からないけど……ここを進めば、アピアの病気も治せるかもしれない」
「ホントに?」
「ああ」
本当はそこまでの確信はなかった。
遺跡の内部のことなど保障できるわけはないが、ここで頷いておかないと余計にアピアの不安を煽るだけになってしまう。
「その靴があれば大丈夫だよね? ベルンは、死んじゃったりしないよね?」
「く、靴」
靴が過去にどんなふうに扱われていようが、血に染め上げられていようが、これから自分の身を守ることには変わりない。
そして、アピアの命を守れる力であることにも、変わりはない。
だが本当にそれでいいのか。
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