「うーんとね。昔ここにいたこととか」
「オーライ、マジかよ……」
「昔って言っても、うんと昔だからよく覚えてないけど」
「お前、どんな時代の人間なんだ」
最初にジャメナン遺跡でソフィアを見つけてから、マセルはずっと疑問に思っていた。
遺跡の内部にいたことを考えれば、現代の人間ではないことくらい理解できていた。
下手をすれば、超古代の人間かもしれない、ということも。
「あとは……うーんと。なんか、すっごい色んな人に見られていたような」
「色んな人に見られていた? となると、劇団とかそういうのか?」
「うーん。よく覚えてないけど、そんな感じだったような」
ソフィアはまだまだあやふやにしか思い出せていない。
無理に思い出させるのも厳しいと思い、マセルはそれ以上の追及はやめた。
そのとき、ちょうど次の試練らしき部屋の前にやってきた。
道が左右に伸びていた。
その先は曲がり角で、少し進んでみなければ先は見えない。
右の壁には赤い太陽のマークが描かれている。
同様に、左には青い月のマークがある。
マセルとベルンは、同時にソフィアに視線を移す。
「? どうしたの?」
ソフィアの頬にある太陽と月のマークと同じだ。
これでより遺跡とソフィアの関連性が深まったことが分かった。
太陽と月、と言っても、モデルが同じの違うマークというわけではない。
ソフィアの頬のマークからそのままコピーしたような、まったくと言っていいほど同じマークだ。
「ベルン、俺はソフィアを連れて太陽の道へ行く」
ウイントフックのボディは青だが、剣のマークは反対に赤い太陽のマークだ。
アスンシオンのボディは赤で剣のマークは青い月のマーク。
それならば、自分の剣と同じマークの道に進むのが当然だろう。
「じゃあ僕は、アピアを連れて月の道ですね」
両者頷き合い、左右に分かれた。
もしもそこで、新たな試練として敵が出現すれば、お互いにソフィアとアピアを守りながら戦わねばならない。
しかもアピアは、まだベルンの背中の上で夢の中だが、果たして――。
部屋に足を踏み入れたマセルは、ある人物と相対していた。
ナウル・アルマトゥイ。
五年前に飛行機事故でこの世を去った、マセルの親友。
命を司るこのアルジェ遺跡で、ナウルは一時的にだが蘇り、実態を成してマセルと五年ぶりの再会を果たした。
入口も出口も鉄格子で塞がれ、道はない。
もちろん引き返すつもりもないが。
「信じらねぇよ、ナウル」
ウイントフックの変身を解除したマセルがため息と共に言う。
「信じても信じなくても、俺はここにいる。しかし、よくこのマジュロ遺跡に来れたもんだ」
「マジュロ?」
このアルジェ遺跡とはマセルが勝手に命名しただけだ。
本当の名前はマジュロ遺跡と言う。
「まぁ、せっかく登場してもらって申し訳ないんだが、そこを通してくれ」
ソフィアの手を引き、ナウルを横切って進もうと試みる。
しかし、
「なぁマセル。どうして、俺のこと助けてくれなかったんだ?」
「え――」
目の前のナウルは作り者だ。
そう認識できていても、声も姿も本物であれば心に響く。
「あのとき、どうして飛行機が堕ちたか知っているか?」
「当たり前だろ。あれはただの燃料切れ。飛ぶ前に確認して水を補給しとけばよかった話だ」
「ふん。俺は無様だよなぁ。飛行機乗りが、たかだか燃料切れ程度で死ぬとはよ」
自分の死について語るナウルだが、どこか楽しげな会話になっている。
「ところで姉さんは元気か?」
「リンベルさんか。お前を喪ったショックを忘れたかったからか、盗賊団になったよ」
「盗賊団……?」
「リーダーが死んだから解散かもしれんが。もしやリンベルさんがリーダーになるかもしれん」
「まぁ、元気にやっているならいいよ」
そこからしばし沈黙が流れた。
親友同士の思い出話というわけにもいかず、所詮はこの世に存在しないまがい物でしかないのだと、マセルは改めて実感する。
その張り詰めた沈黙を破ったのはマセルだった。
「ここ、命を司る遺跡なんだよな」
「そうだな。俺もここにいるわけだし」
「同行している仲間に助けたい友人がいるんだ。この奥に命を救えるような何かはないか?」
「たしかに、この奥に辿り着いた者だけが手に入れられる物があるし、この遺跡とその女の子の秘密も知ることができる」
「え?」
その女の子とは、ソフィアのことである。
本人も目を丸くしていた。
「俺はお前の記憶とこの遺跡の力で実体化している。だから、この遺跡についても詳しいんだ。まぁ、ちょっとした試練も出すがな」
ナウルの足には、いつの間にかウイントフックと似たような靴が出現していた。
「お前、俺とやろうってのか」
「命を司る遺跡だ。それくらいの刺激はないとつまらないだろう?」
ナウルは右足を上げ、滑らせるように靴に触れた。
「ミラージュコーティング」
足先からマセルと同じシルエットの鎧が現れ始めた。
シルエットこそ同じだが、色は白を基調としていて装飾部分は黒い。
だがこちらには黒いマントが付けられている。
「悪いな。弱いやつを通すわけにはいかないんだ」
表情こそ窺えなかったが、そのメットの下では確かに笑みを浮かべていた。
「名づけて……そうだな、キャビクレイとでも名乗っておこうか。カッコいいだろ? マセル」
「オーライ、カッコいいぜ」
マセルも負けじと、ウイントフックに手を触れる。
「ソフィア、端にいろ」
「う、うん」
どんな争いになるか予想はできないが、ソフィアが隠れる場所もない。
ウイントフックに変身――メットから剣を抜くと、同じくナウルもメットから剣を抜いた。
「おっと、マセル。その前に、その子の過去について知っておけよ」
「お前を倒さないと通してくれないんじゃないのか?」
「俺とお前の仲だろう。命のことはともかく、その子についてなら先に見せてやってもいい」
キャビクレイに変身したナウルの表情はうかがえないが、声色からウソはないとマセルは判断した。
「それを見たら、お前と決着か」
「それでもいいぜ。お楽しみは最後だ」
マセルは変身を解除しないまま、端で丸くなるソフィアの手を取った。
「どうするソフィア?」
「えっと……」
自分の失われていた過去を知る――。
それは二つ返事で決断できることではない。
それに答えた直後、返事は決意へと変わることになる。
壮絶な過去を生き抜いた奇跡の子供である可能性――実は大罪人で、存在してはいけない存在である可能性――いつもは考えるのが苦手なソフィアだが、今回ばかりは様々な可能性が頭に渦巻いてしまう。
それでも、なにも知らない自分は気味が悪い。
「行くよ。マセルが、守ってくれるんでしょう?」
「あぁ」
ソフィアが立ち上がる。
二人が出口へ向くと、そこに確かにいたナウルが消えている。
幽霊か、幻か、多少は蘇った可能性も考えて喜んでいたマセルだったが、やはり現実はそう甘くないな、と前向きに受け止めることにした。
鉄格子も上がり、二人は前へ進んだ。
それからしばらくは、なにもない四角い通路だった。
隣の部屋にいるベルンのことも気になったが、戻ったところで手伝えることはない。
足を動かし続けていると、やがてソフィアが何かに気づいて立ち止まった。
「思い出してきた……ここ、やっぱり見たことある」
ソフィアはマセルの手を離れ、飼い主を見つけた犬のように一直線に駆け出した。
「ソフィア待て!」
無鉄砲に走ればトラップに引っかかりかねない。
どうにかして捕まえようと、マセルは駆け出して手を伸ばした。
が、その必要はなくなった。
ソフィアが奥に到着し、足を止めたからだ。
辿り着いたのは、四角く狭い部屋。
通路と同じく石で出来た不愛想な部屋だったが、金色に輝く石板が中心に浮遊していた。
大きさはスケートボードほど。
ソフィアはそれに見覚えがあるらしく、震える手で触れようとする。
「待てソフィア」
マセルは不用心に触れようとするソフィアの手を掴んで止める。
「これ、知ってるんだよな?」
「うん……これ見て、なんとなく思い出した。これは私の記憶を詰めた箱」
「これで思い出せるんだな?」
「うん。たぶん……」
ソフィアに確信はなかったが、その自信を確認に変えるためにも記憶は必要だった。
目を瞑り、二人の手が石板へ伸びる。
そして、記憶が流れ込む。
今から数千年前――。
ソフィアはスコピエ文明における王だった。
スコピエ文明は、超人的な力を手にすることができるウイントフックとアスンシオンを作り出し、その使用者にダッカとコロールという男を選んだ。
鉄の槍や剣などはウイントフックとアスンシオンの前なら紙同然のもの。
肉弾戦ともなれば、どんな屈強な戦士が相手だろうと赤子の手をひねるようなものだ。
靴の開発が滞りなく進んでいたとき、ダマスカスという盗人の男が捕まった。
男は五人の兵士に拘束され、ソフィアの前で地に押さえつけられる。
ダマスカスは元医者で、隣の村にいるソウル病の十歳の少年を治療できると豪語した。
だがここでソフィアにある取り引きを持ち掛ける。
九年間の解放を条件にソウル病の少年を治療するか、自分を盗人として処刑し少年を見殺しにするか、どちらがいいかと。
ソフィアを王として試したというわけだ。
仮に拷問をされたところで絶対に屈しないと自信たっぷりであるダマスカスを、ソフィアは半信半疑ながらも頼ることにした。
それでもソフィアは命の天秤に悩んでいた。
罪人の男か罪なき子供か――正しい判断で子供を殺すか、誤った判断で子供を救うか――まだ子供のソフィアには、難しすぎる判決だ。
それから半年後――ウイントフックとアスンシオンは完成し、ダッカとコロールを自分を守るための最強の兵士とした。
町の治安なども靴の力で容易に維持し、悪党の数も激減した。
だがダマスカスだけは捕まえることができなかった。
もし捕まえれば、ソウル病の子供を絶対に助けないと宣言したからだ。
判断を見誤った――ソフィアは改めて自分の力不足と経験不足を呪う。
さらに半年後――悪党と呼べる悪党はほとんどが処刑され、罪人はダマスカスのみとなった。
スコピエ文明の秩序と平和は、ソフィアのおかげで完全に保たれたのだ。
だが、一年も迷い続けていたソフィアに隙が生まれた。
ダマスカスを野放しにしたソフィアへのメッセージとして、コロールがアスンシオンで反乱を起こしたのだ。
罪人を信じた罪。
それがどれほどのことなのか、身をもって――多くの犠牲という形でソフィアに思い知らせた。
変身していなかったダッカも背後からや
られてしまい、止められる者はいない。
コロールとアスンシオンにより、市民たちは蹂躙され、町は血の海となった。
そんなとき、一年ぶりにあの男――ダマスカスがソフィアの前に現れてこう言った。
「医者ってのは本当だが、よくもまぁあんな嘘に簡単に騙されたもんだ」と。
ダマスカスは、ソフィアの王としての資格を試すと同時に、自分が罪から逃れるための嘘をついたのだ。
一年の半信半疑は、確信へと変わった。
当然、スコピエ文明の王であるソフィアにもコロールの魔の手が迫る。
しかし、逃げてもいいものか。
王として最強の武器に殺されるか、それとも市民を見捨てて自分だけ逃げ惑うか。
いくつもの命を奪ったコロールがソフィアの目の前に現れる。
ソフィアの側近が、回収したウイントフックで抵抗する。
そして、相打ち。
ソフィアは死亡した二人から靴を外し、それからマセルと出会ったジャメナン遺跡まで逃げた。
そこで靴を箱に封印し、永き眠りについて王としての記憶を失った。
――それから、マセルと出会うまでの数千年間、今度は正しい決断のできる王に出会えると信じて、ソフィアはじっと孤独に待ち続けることになる。
もう同じ悲劇を繰り返さないような、王に出会うため……。
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