日々を駆け巡るoyayubiSANのブログ

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大白熱決戦!第21話 暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

 

「信じても、信じなくても、どちらにしても、どちらにしても同じことよ。事実は事実。信じても信じなくても、ね」

 

「そうかい。じゃあてめぇの言葉は信じねぇことにするぜ」

 

「けっこう」

 

 グールドが玉座から降りると、鈍い音を立てながらエレベーターは下降していった。

 

「さて、真実を信じないまま、あの世へ行ってもらおうか」

 

 小さな木箱を持ったメイドがグールドの側まで近寄り、膝をついて箱を開く。

その中には、ドロドロした薬液が詰まった注射器が一本だけ納められていた。

 

 グールドはそれを手にし、自分の腕にっ!

 

 突き刺すっ!

 

 ぶっ刺すっ!

 

「おおお! これだ! これ! 快感! けっこう! 素晴らしいぞ!」

 

 もはや注射と呼べる動きではない! これは注入! いや、これは投与! それも違う。

これはまさしく、強引な摂取! 強引な摂取! 強引な摂取だ!

 

「おいてめぇ! まさか、それっ!?」

 

「その、まさかだ! これは真の四天王にも注入した強化薬と同じもの! 四天王四人の薬プラス、真の四天王の薬を打ち込み! さらに強さを得る!」

 

「て、てめぇ……そんなことしたら、人間じゃなくなっちまうぞ!」

 

「人間としての限界などもう超えている! 超えてっ! いるのだよっ!」

 

 薬を強引に摂取した数秒後、体中の筋肉がメキメキと盛り上がった。

 

 バキバキと木版を叩き割ったような音が響き渡り、鉄を越える強度の肉体が形成されていく。

これは単なる肉体強化ではない

そんな生易しい領域はすでに凌駕し、変貌の域にまで達している。

 

 例えるのならば人間から狼男への変身! サナギから進化する蝶! オーガニックさは微塵もないが、これだけは言える! まさに究極! これぞ、究極、なのだ!

 

 図体は五十パーセント増し! すでに身長は二メートルを余裕で超えた。

 

知能は幾分か落ちたが、モンスターと呼ぶには丁度いいだろう。

モンスターはモンスターらしく、脳みそを筋肉に変換するべきなのだ!

 

「限界突破だ! さぁ死ねい、小僧ども!」

 

「はっ! そんなバカみてぇな図体してよく言うぜ!」

 

「その偉そうな口! この死闘で閉じてやる!」

 

「死闘だぁ? バカ言え。俺はなぁ、てめぇみたいなモンスターだろうと、殺しはしねぇ。ただ、ちょいと黙ってもらうだけだっ!」

 

 

 

 七章 ストロング・ウィーク

 

 

 

 リンセンは手袋に触れた! その瞬間、全身が本来のそれとは異なる姿へ変身! だがそれはグールドのような邪悪で邪道な方向への進化ではない。

外側のカッコよさよりも内側の強さを追求する、それがリンセンという男!

 

 戦闘に備えて手袋に触れようとしたリョウを、すかさずリンセンは制する!

 

「おいリョウ。お前は戦わなくていい」

 

「え?」

 

「お前は、まだあいつのメシを食ってねぇ。手はキレイにしとけ」

 

「大丈夫……なり? あいつ、強敵」

 

「俺をナメんな。さっさと片づける。ま、晩飯までには終わんだろ」

 

「じゃあ、あのクローナっていう人を助ける?」

 

「いや、そっちも俺がやる。どうやらグールドは完璧主義らしくてな。俺を倒さずに戦争をおっ始める気はないらしい。……だから、待ってろ」

 

 リョウに部屋の端っこで待機するよう指示を出し、リンセンは自分の拳と拳をバスンとぶつけ体中に気合を充填する。

 

 グールドに対し、人差し指をクイクイとやり挑発。

 

 かかってきやがれ、クソ人類が!

 

 そういう意味の無言の挑発!

 

「ウシャァァァァァ!」

 

 ではさっそく、と言わんばかりに、グールドが丸太のような腕を振り下ろし、リンセンに襲い掛かる。

リンセンは余裕をかまし、不動を貫くっ!

 

「はっ! 大した攻撃だな! まるでガキのケンカだっ!」

 

 が、

 

「やっべぇぇ!」

 

 瞬時に本能でムリだと悟り、回避行動へ移行っ!

 

 ドン! 一瞬の攻防は、間違いなかった! リンセンがいた床に怪力の拳がめり込み、一撃で床を粉砕している。

こんなものをまともに食らえば、死亡間違いなし!

 

「へっ! ガラ空きだっ!」

 

 隙を見つけたリンセンは、すかさず踏み込んでグールドの胸に混を叩き込む! だが強靭な肉体の前では鋼鉄に石を投げつける行為とそう変わらない! これは無意味!

 

 つまり、通じない! 効かない! ダメージは、ないっ!

 

 これはどういうことかっ!?

 

 鼻先に止まったハエを振り払うように、グールドのフックが炸裂し風を切る! 刹那のタイミングでかわし、すかさずリンセンは混を首元に打ち込むが、同じく手ごたえナシっ!

 

 つまり、動じない! 動かない! 傷一つ、ないっ!

 

 これはどういうことかっ!?

 

「どうした? 威勢のいいニッポン人。もっと力を出してもいいんだぞ?」

 

「ちっ……うるせぇぞてめぇ! こっちだって本気出してんだよ!」

 

「あっちの小娘と二人がかりでも構わんぞ?」

 

「はっ。てめぇみたいな汚ねぇやつとやりあうのは、俺だけでいい!」

 

「そうか。一人で足りればいいがな……!」

 

 再度グールドが拳を振り上げたとき、リンセンは回避の構えをとった!

 

 だが見てしまった。

グールドの背後で動く人影を。

グールドの大柄すぎる体格に隠れるようにして、さっきのメイドが別の注射器を背中に打ち込んでいるではないか!

 

「てめぇ! コソコソとっ!」

 

 最後まで薬液が注入されるより早く、リンセンはグールドの背後へステップしメイドの手にあった注射器を叩き落とすっ! メイドはふてぶてしく、かつ冷たい笑みを浮かべてから一歩後退した!

 

「気づくのが遅かったな、ニッポン人」

 

 グールドが体を捻ってリンセンに暴力的なまでの拳をおみまい! 最初とは比べ物にならない速度で襲いかかった拳を咄嗟に防御するが、人間並みの体重しかないリンセンでは人形のように吹き飛ばされて壁に叩きつけられるのがオチだ。

 

 轟音とともに激突した壁には大の字のヒビが入る。

 

 全身を襲ったのは凄まじい衝撃と悔しさ! リンセンにとって痛みなんて生易しいものより、自分をここまで負かした相手に対する敗北感と滾りのほうが上回った!

 

 ニヤリ。

リンセンは心で熱く燃え上がる闘志を感じ、戦いに喜びを覚えた。

 

 これだ。

この感じ。

この火のように燃えるこの感じ。

この徹底的に敵を叩き潰したくなるこの感じ。

 

 ぶち抜く衝動、貫く鼓動。

切り裂く躍動、裁く震動。

砕け散る能動、粉砕する鳴動。

 

 リンセンのハートを加速させる一つ一つの気合が爆発する! それは、激しくどしゃぶる雨そのものだ!

 

 クラウチングの構えからダッシュへ移行し、前傾姿勢でグールドめがけて突っ走る!

 

「ムダなあがきぃっぃ! このニッポン人がぁぁぁ! 正面からぶつかって勝てるわけがぁぁぁぁ! 速度も力も私のほうが上の上の上ぇぇぇぇ!」

 

「てめぇは下の下の下だぁぁぁ!」

 

 リンセンは加速を利用し、高く飛び上がる。

 

 途方もない高さまで跳ね上がり、グールドよりも遥か高い位置でほくそ笑んだ。

 

 だが、しかし! いくら高度を上げたとてグールドとの接近戦での勝利は絶望的! ならばどうするリンセン!?

 

「ほう! 落下攻撃か! ならば、落ちてこい! 返り討ちにしてくれるっ!」

 

「てめぇの敗因は、俺みたいな変身をしなかったことだっ!」

 

 強く握っていたリンセンの拳が開く! その拳は悪を砕くための鉄槌ではなかった! 開いた手の中には、壁と衝突したときに掴んだ粉塵があった! そいつを上空からグールドの目にぶちまけるっ!

 

「いいや! やっぱりてめぇは下の下の下の下の下の下ぁぁぁぁ!」

 

「でぇゃゃゃゃ!!!??? 貴様! 戦いの最中にっ! 敵の目の中にっ! そんなものをぉぉぉ!」

 

 リンセンは、視界ゼロのグールドの上空から渾身のカカト落としを放つ! 僅かなダメージだが、まともな一撃ではあるっ!

 

「貴様! ニッポン人らしい正々堂々はぁぁぁ!? どうしたというのだ!?」

 

「だから言ってんだろぉが! 俺は正々堂々がクソ嫌いだっつんだよぉぉ!」

 

 カカト落としから、流れるように地上に降りたち、グールドの背後へ進む! チャンスはここ! さきほど注射をしたところが、僅かだが出血している!

 

 医療知識のないメイドが勘で注射した結果なのだ!

 

 正々堂々なんてクソくらえのリンセンは、そこに突きをぶち込む!

 

 まともな一撃、パート2!

 

 それだけでは飽き足らず、僅かな隙を狙い蹴りもお見舞いするっ! 偶然作り出された急所に二連続で受けた攻撃は、さすがのグールドも無表情では済まない! 苦悶っ!

 

 だが怯むには至らずっ! グールドは百八十度体を捻り背後のリンセンへ拳を叩き込むっ! が、ヒットアンドアウェイを狙っていたリンセンは後方へのステップで回避っ!

 

「てめぇ! ダメージあんのかよっ!」

 

「ははぁん? 痛みは感じるさ。どうやら、僅かだがダメージがあるようだ」

 

「へっ! それならそうとちゃんと言えよなっ!」

 

「貴様、この程度の威力で倒せると思っているのか? だとすれば甘い。甘すぎてアクビが出るわ出るわ」

 

「そうかい。じゃあそのまま寝てろ! 俺はてめぇをぶっ倒すまで足を止めねぇ。足が止まってもてめぇをぶっ倒すがな!」

 

「面白い! では、こんなものはどうかね?」

 

 グールドが大きな手でパンと叩く。

野太い破裂音が木霊したとき、天井がパカっと開いて鳥カゴが出現した。

その中には、なんとクローナの妹クローネと母であるフランがいるではないか!

 

 なんという卑劣! これぞ悪者の特権だと言わんばかりに正々堂々と卑劣な行為を行うグールドは、まさに悪の中の悪と呼ぶのがちょうどいいくらいだろう!

 

 リンセンはその卑劣な戦い方に、さすがに怒りが頂点へ達して沸騰する!

 

「てめぇ……あのクソ女の母ちゃんと妹を人質にするなんてよ、卑劣すぎんだろが!」

 

「卑劣! 結構! 大満足! 卑怯! 結構! 大満足! 何度でも言うがいいさ! 一日で十五回ほどは言ってもらいたいものだ! 褒め言葉よの! ははは!」

 

 正々堂々を嫌うリンセンだったが、さすがに! さすがにこの反吐が出るような卑劣さには頭にきていた! リンセンは正々堂々ではないだけで決して卑劣ではない

罪のない人間を人質にするなど言語道断! 言語・道断っ!

 

 クローネもフランも口に布が巻かれている状態で、「助けて」とも叫ぶことができない状態だ。

これは卑劣っ!

 

「女子供の人質は実に役に立つ。それだけで相手は押し黙るのだからな」

 

「……俺はガキが嫌いだ。だがな、クローネが言ってたぜ。ガキってのはメシ食ってデっかくなんだよ。好き嫌いはあっても、美味そうにメシ食って大人になれるんなら、それだけで宝物だろうが。そんなことも分かんねぇのかてめぇ!」

 

「はははは! 一方通行しか能がないバカかと思ったが、ガラにもないことを言うのだな!」

 

「ガラじゃなくて悪かったな!」

 

「だが安心しろい。人質はあくまで場を盛り上げるための演出さ。こちらにはまだ手段があるのでな!」

 

 グールドは左腕を高く掲げた。

 

 今度は床に穴でも開けるつもりか? ……リンセンがそんな油断をしたときだった! グールドの左腕は適当に握った粘土のようにグニャグニャになり、すぐにバズーカのような筒状に再構成される!

 

「塵クズとなり果てい! 塵クズとぉぉぉ!」

 

 グールドが大口を開き、そこら一帯の空気という空気を吸う! 空気中の僅かなホコリも塵も構わず、なにもかもを吸い尽くす!

 

 リンセンも危うく吸い込まれそうになるが、床に混を突き立てた全身全霊のふんばりでブレーキをかける。

 

「てめぇ! なんて吸引力だっ!」

 

 だが! これはメインの攻撃ではない。本当の地獄はこれからなのだっ!

 

 吸い込んだ空気の全てを破壊エネルギーへと変換し、変形させた左腕からそれを放つっ!

 

 発射されたのはただの空気か!? 否っ! 断じてそれは違うっ!

 

 確かにそれは空気っ! だが空気は空気でも、リンセンめがけて一直線に発射される竜巻だ!

 

 床を抉りっ! 空気を破壊しっ! 壊滅的な竜巻がリンセンへ襲撃するっ!

 

 

 

涙!僕もあなたも感無量! 第20話 暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

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「ほう。あの小娘の料理はそれほどまでに。食べてみたいものだ。それで、その理由とは?」

 

「てめぇみたいにメシを粗末にする連中には、一生勝てねぇってことだよ。あいつはてめぇらのためにタマゴ焼き一つも作ったりしない。残念だったな」

 

「ほう。だが戦争ついでに料理を作らせればいい話だ」

 

「へっ。ついでねぇ……」

 

「もういい。この味が分からんやつと食事をしてもつまらん」

 

 するとグールドは指をパチンと鳴らし、周囲で待機していたシェフたちを呼んだ。

 

「料理を下げろ。お客様はご満足いただけなかったようなのでな」

 

 シェフの一人が、リンセンが一口しか食べていなかった皿に触れた。

その瞬間、リンセンの怒りの導火線に火がついた。

 

「おい! 俺はまだ食ってんだぞ! 勝手に下げんな!」

 

「貴様、美味しくないと言っただろう」

 

「だから言ってんだろ。てめぇらみたいにメシを粗末にする連中は気に食わねぇんだよ。俺は出されたものは全部食ってやる。決着はその後だ」

 

 リンセンは無限の胃袋と疲れを知らないアゴで次々と料理を平らげてゆき、数秒でテーブル上に出されたすべての料理を一網打尽にした。

 

 最後に一杯の水を飲み干したらKO!

 

「ふぅー。最後の水は美味かったな」

 

「満足かね? ニッポン人よ。私は少ししか食べていないのだが、私の分まで食べおって」

 

「へっ。食い足りねぇな。どいつもこいつも三流メシだ」

 

「そうか。ご満足いただけて嬉しいよ」

 

「あぁ。クソ不味いメシ、ごちそうさんした」

 

「シェフたちも修行が足りんようだな」

 

「そうだな。あのクソ女に教えてもらえよ、少しはマシになんだろ」

 

「考えておくよ」

 

 再度グールドが指を鳴らすと、シェフたちは食器類を片付け始めた。

まるで舞台上の場面転換のように迅速に動き、あっという間にそこは戦場になった。

 

 その素早さには、リンセンも素直に感心した。

 

「おいおい、メシよりも片づけるほうがうまいじゃねぇか」

 

「後片付けがきちんとできる人間は優秀だ」

 

「そうかい。じゃあ、邪魔な俺も片づけてみせろよ」

 

「お言葉に甘えて……だが相手をするのは私じゃない」

 

「あぁ? それはどういう――」

 

 ことなんだ。

と言い終えるより早く、変身済みのリョウがリンセンとグールドの間に割って入った。

 

 咄嗟の動きに思えたが、クローナの監視はリョウの代わりにラッツが務めているという抜かりのなさだ。

 

「あのナッツとかいう野郎にクソ女を任せてこいつを呼ぶとはな」

 

「お互いニッポン人だろう? せいぜい仲良くやるがいいさ」

 

「あぁ? てめぇは逃げるのかよ」

 

「逃げる? 何を言う。邪魔な貴様が消えたら、あの小娘を使って戦いを始めるのさ」

 

 そう言い残し、グールドは玉座に座ったままエレベーターで下降する。

ウィーンという機械音は、まるでリンセンをあざ笑うかのようだった。

 

 と、首のあたりまで隠れたところで、不意にエレベーターが停止した。

頭一つ分の隙間から腕を出し、ラッツを指さした。

 

「あぁそうだラッツ、一つ言い忘れていたよ」

 

「ハイ?」

 

「きみはたしか、列車の件で大きな失敗をしていたね」

 

「グギィ!? で、ですが、そ、それは……」

 

「それ以降も、これといった活躍はないようだねぇ」

 

「ぐ、グギィ!? で、ですが! そこのニッポン人の小娘も失敗を!」

 

「あの子は強い。まだチャンスはある。お前はダメ」

 

「な、なんとぉぉぉ!?」

 

「決めた。お前クビ」

 

「ええぇぇ!? クビ!? クビ!?」

 

「クビ」

 

「クビなのですか!? この! 私が!? クビぃぃいい!?」

 

「クビ」

 

「ホントに!? クゥゥゥビィ!?」

 

「うん、クビ。消えろ」

 

「消えろ!? クビクビ!? イィィィヤァァァ!?」

 

 まさかのクビ宣言! 突然突き付けられた真実を受け止めきれず、ラッツは阿鼻叫喚の限りを尽くし狂ったように頭をかかえてのたうつ! 

 

 その絶望! さながら悲しきピエロの哀れな嘆き!

 

 控えていた兵士たちは、クビになったラッツに見向きもせず、代わりにクローナが逃げぬよう押さえる。

 

 目も腕も自由が利かないクローナだが、ラッツに対してどうしても言わねば済まないことがあった。

 

「ラッツ。それがこのナイラ国に仕えたあなたの末路よ。ざまぁみろと言わせてもらうわ」

 

「のぉぉぉっ……! 貴様ら! 貴様ら!」

 

 クローナの一言でトドメをさされたラッツは、ふらつく足取りで階段を駆け下りて行った。

 

 邪魔者が消えて満足したグールドは、下降を再開し完全に姿を消した。

 

 これは、彼の言うとおり決して逃げではない。

これはあくまで、一時的に引いたにすぎない。

それほどまでにリョウの強さを確信しているのだ。

 

 少なくとも、ラッツよりは。

 

「おい、リョウ」

 

「ん……?」

 

 不意に名前を呼ばれたリョウは目を丸くした。

 

「お前いいのかよ。あのグールドとかってやつは仲間を平気で見捨てるやつだ。メシも粗末にする。あんなのについていったって意味ねぇぞ」

 

「……それは」

 

「分かってんだろ。なら俺と来いよ。お前、やっぱり俺の妹なんだろ」

 

 それは、あくまでただの直感に過ぎない。

心の底から思う、勘だ。

 

「こんなとこ抜けてよ。グールドをとっちめてよ、クソ女のとこで美味いメシでも食おうじゃねぇか」

 

「あ、あっしは……」

 

「それとも、この国に忠誠でも誓ったのかよ。違ぇだろ」

 

「忠誠……ちがう。あっしは、ただ、いつもの国に帰りたい。平和な、日本に」

 

「なら、俺と行こうぜ。ここで戦争なんておっ始めても意味ねぇよ」

 

「でも……それは……もう、日本は……」

 

「……あ?」

 

 リンセンは、その要領を得ないリョウの言葉に、なにか裏を察した。

 

 グールドになにかを言われている。

日本に逃げることを躊躇わせるような、鎖のような冷酷で無慈悲な言葉を。

 

「リョウ、お前、なにを言われた」

 

「……」

 

「答えないか。なら黙ってそこをどけ。俺はお前とは争いたくない。ぶちのめすのはグールドの野郎だけだ」

 

「あっしとは……争いたくない……それは、なぜ?」

 

「決まってんだろ。お前が俺の妹かもしれないからだ。いや、妹だ、絶対にな」

 

 そのとき、リョウの頭の中に鋭い痛みが走った。

 

 細い針を脳に差し込まれたかのような、鋭利な刃でゆっくり斬られていくような、徐々に行われる丁寧な拷問のように、リョウの頭を痛みが侵食する。

 

「あ、ああああああ、うううう」

 

 リョウの目つきが変わった。

 

 スイッチが切り替わったように、目の前にいるリンセンを完全に敵と認識する。

まるで鋭い痛みが敵意に変換されたかのようだ。

 

「あっしは……ナイラ国で生きるっ!」

 

 すかさず変身したリョウは、踏み込むと同時にリンセンへ強烈な拳を叩き込むっ。

 

「うっ!? お前、なに考えてやがるっ!!」

 

 バツ型に作ったガードで一撃は防いだ。

だがリョウは続けざまに拳を繰り出し、リンセンの鉄壁の防御を崩し蹴りを打ち込むっ!

 

 流れるような連撃は鉄板に穴が開くほどの威力と言っても過言ではない! だがリンセンは怯むことなく立ち続け、静かに攻撃を受け止めた。

 

「やるじゃねぇか、リョウ……」

 

「き、貴様……なぜ反撃しない!」

 

「言ったろう。俺はお前とは争わない。俺がぶちのめすのはグールドの野郎だけだってな。それで、クソ女のメシ食って、お前と日本に帰るんだよ」

 

「そんな、無駄なことをっ! あの国はもうっ……!」

 

「あいつになに言われたか知らねぇがよ。俺は意地でもお前を連れて帰るし、美味いメシがどんなもんかも知ってもらう。それまでは俺は倒れねぇし、一発も殴るつもりはねぇ」

 

 頭でも、心でも、リョウはすべてを理解していた。

この男は実の兄で、一緒に日本に帰るべきだと。

それなのに、頭の中を侵食する痛みが理解を許してくれない。

 

 無意識に、リョウは扇をリンセンへ向けていた。

 

「その扇、武器だったよな。やってみろよ。俺を殺す気で攻撃してみろ。俺は一歩も動かねぇ」

 

 望み通りにしてやると言わんばかりに、リョウは扇を持つ手に力を込める。

 

 自分の妹を信用したリンセンは、手袋に触れて変身を解除した。

いくらリンセンでも、生身で攻撃を受ければ一撃即死の大ダメージは間違いない。

 

「殺せよ、俺を。でもな、物を食う手が血で汚れちまったら、どんなメシも不味くなる。それでも構わねぇってんなら、遠慮なくやれよ」

 

 扇を構える手にさらに力が加えられる。

だが、リンセンを殺めるための力ではなく、殺めようとする心を抑えたことによる震えだ。

 

 希望を確信したリンセンは、トドメの一発をお見舞いするためクローナに人差し指を突き付けるっ!

 

「そこで縛られて袋を被せられている女がいんだろ……まぁ、お前は面識あるだろうが、あいつの作るメシは美味いんだ」

 

「う、美味い……」

 

「テンプラって料理があってよ。黄色くてサクサクして、贅沢に一匹まるまるエビを使ってんだぜ。それが格別でよ」

 

 リョウはテンプラなるものの味など未踏の領域だったが、一度は食べたことがあるはずのエビの味を想像し、生唾を飲み込んだ。

 

「他にもよ、食っても食っても飽きねぇほどの肉料理とか、いろんな香辛料を使った料理とか、チーズとかバジルってやつとか、とにかく美味ぇもんはいっぱいある」

 

「う、美味いもの……」

 

「血で汚れた手じゃ、どれも食えねぇぞ。まぁお前が俺を殺すってんなら、好きにしろ」

 

「あ、あああああ……」

 

 リョウは手にしていた扇を落とし、手袋に触れて変身を解除した。

 

 力をなくしてリンセンの胸に倒れる。実の兄に優しく抱き留められ、熱い雫が頬を伝った。

 

「うう……あっしは……ひぐっ……あっしは……」

 

「好きなだけ泣いてろ。面倒ごとは俺が片づけてやる」

 

「あ、あっしは……なんでこんなことを……」

 

「悪いのはお前じゃない。あのグールドとかってやつのせいだ。あいつをぶっ倒して、美味いメシ食って、日本に帰るんだ」

 

「で、でも……日本は、もう……あっしらの故郷は、もう……壊れている、と……」

 

「誰から聞いた」

 

「グールド……から」

 

「んなもんウソだろ。俺たちを騙すためのハッタリさ。そう言っときゃ駒にできると思ってんだよ」

 

「そう……そう、かもしれない」

 

「分かったらお前はここで待ってろ。俺は決着をつける」

 

 涙をひっこめたリョウは、無言でこくりと頷いた。

 

 リョウの頭の上にぽんと手をのせてやると、自然と笑顔が戻った。

 

「さて……グールド! お前のお楽しみは残念ながら中止だ。俺とリョウの対決は諦めて大人しく出てこいよ!」

 

 リンセンが部屋いっぱいに叫ぶと、再び玉座のエレベーターが上昇。

心底つまらなそうな表情で姿を現したグールドは、皮肉を込めた拍手を送っている。

 

「はいはいはい。兄妹の熱い愛。素晴らしいねぇ、実に素晴らしいよぉうん」

 

「てめぇ。リョウになにを吹き込みやがった。日本がどうのこうのって、つまんねぇことぬかしやがって」

 

「つまらないこと? はて? なんのことやら? 事実をありのままに伝えただけさ」

 

「はっ。誰がてめぇの言葉なんぞ信じるかよ」

 

 

  

 

戦う前に食え! 第19話 暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

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 肉にかぶりついた体勢では、当然だが真下の人間の顔など視界に入らない。

 

「おい、降りてこい貴様」

 

「うるせぇな! 俺は肉で頭がいっぱいなんだよ!」

 

「いいから降りてこいって、そう言っているのだ!」

 

 真下からリンセンの足を引っ張り、強引に引きずり落とそうと試みるっ! さすがにアゴのパワーのみでは抗えず、みっともなく背中から落下した。

 

「ぐあっ! おいテメェ! あぶねぇじゃ! ……ね、え? だれだよおい」

 

 リンセンの目の前にいたのは、長髪で黒いスーツを着た細身の男、ラッツ!

 

 覚えているだろうか!? 列車内でクローナの額に銃口を突き付け、クワンザを使ってリンセンを攻撃したあの男だ。

 

 そんな彼の背後では、数人の兵士たちが仏頂面で槍を構えている。

 

「てめぇ、どっかで見たことあると思ったら、列車にいたやつか、おい」

 

「ほほう! 覚えていたとは、光栄だねぇ!」

 

「たしか名前は、ナッツだったか」

 

「そうそう。お酒のおつまみに丁度いい――違う、ラッツだぞ! このバカもの!」

 

「お前なんぞどうでもいい。それよりこのぞろぞろと集まりやがった兵士どもはなんだ。もしかして俺のファンか? 光栄だな」

 

「ボスに頼まれて捕まえにきたんだ。食いしん坊だと聞いていたが、まさかこんな低レベルなトラップに引っかかるとは、これはたまげた」

 

「へっ、そりゃあどうも。クソ固い肉、ありがとござんした」

 

「その肉は偽物だ。香りだけを再現した、ただのゴムだ。秘密の通路を使って侵入してくることは、想定済みだったからな。匂いで釣ったのさ」

 

「だと思ったぜ。この世に噛みちぎれない肉があってたまるかってんだよ」

 

「……ま、それはさておき、この状況をどうするつもりかね?」

 

「決まってんだろ、十把一絡げにぶっ潰して、あのクソ女を返してもらう」

 

「ほほう。クローナエスクードを助けに来た王子というところかね?」

 

「はっ、下らねぇな。あのクソ女には興味ねぇよ。ただよ、てめぇらみたいな卑怯な連中が心底ムカつくし、美味ぇメシが食いてぇんだよ」

 

「ほうほうほう。分かりやすくて実にいい! 実に、いい!」

 

 ラッツは両手を広げて全身で喜びを表現した。

小難しくない、シンプルな敵と相まみえたことに、心の底から快楽を得ているのだ。

 

「実にいいぞ!」

 

「だったらどうすんだ? おい」

 

「貴様をひっ捕らえる。適当に洗脳して、クローナエスクードと一緒に兵器になってもらう! 一度はクローナエスクードを捕まえた実力の持ち主である俺をナメるなよ!」

 

「はっ、俺を捕まえるのに失敗した実力の持ち主だろ?」

 

「黙れ! 兵士ども、このニッポン人をひっ捕らえろ!」

 

 待機していた兵士たちがリンセンへ一直線に突撃する。

だが所詮は人間並みの身体能力。

手袋で変身したリンセンの敵ではなく、兵士たちの肩を踏み台に部屋を脱出した。

 

「はっ! 先行くぜナッツさんよ! クソ女は俺が連れてくからな!」

 

 とは言うものの、リンセンにはクローナの居場所など検討もついていない。

無鉄砲で猪突猛進な頭で導き出した答えは、とりあえず高いとこ登っとく。

である。

 

 秘密の地下通路から侵入したため城の外観を入手できていなかったが、この城は十階建てである。

 

故に階段もバケモノ級に長く、普通の人間ならば引き返すだろう。

 

 だが今のリンセンは普通ではない。

 

 限界を超えた空腹によって食欲が倍増しているため、戦闘後のメシのことしか考えていない。

一刻も早くクローナを救出し、メシにありつきたいのだ。

 

 変身した肉体でズバ抜けた身体能力を披露し、あっという間に十階まで登り切った。

途中で数人の兵士が槍や弓矢やらをぶちかましてきたり、ロボットのクワンザが道を塞いだのだが、リンセンは気づいていなかった。

 

 十階には、象でも容易に入れそうなほどの巨大な扉があった。

空腹とイライラがピークを越えていたリンセンは、乱暴に扉を蹴破る。

 

「おらっ! クソ女! 出てこい!」

 

 勢い余って突入したものの、そこは気が遠くなるほど広いが人っ子一人いない寂しい部屋だった。

壁には金の装飾が施され、天井にも得体の知れない豪華な何かがぶら下がっている。

 

「来たか、自らここへ……」

 

「あぁ? 誰だ!」

 

 中央の床から、玉座がエレベーターのようにせりあがってきた。

そこで偉そうに足を組んで座るのは、鬼のような仮面をつけた大柄な男だ。

その仮面の下から覗く鋭い眼光は、真っすぐにリンセンを睨んでいた。

 

「私はグールド。このナイラ国のトップにして絶対的存在だ」

 

「へー。ってことは、俺が一番ぶちのめしてやりたいやつランキングトップが、てめぇってことでいいんだな」

 

「ほう! 喜んでくれて光栄だね!」

 

「どういたしまして!」

 

「いやはや、あの四天王を打ち破りここまで到達するとは、面白い男よ」

 

「はっ、てめぇだけ面白がってんじゃねぇぞ。さっさとあのクソ女を出せ」

 

「くそおんな……? はて、なんのことやら……あぁ、クローナエスクードのことか。彼女なら、ちゃんと連れてきている、ほれ」

 

 グールドが指をパチンと鳴らすと、変身していないリョウがクローナを連れて扉から現れた。

クローナは相変わらず手錠をされたままで、目隠しと麻袋で能力を封じられている。

 

「クソ女っ! なんて格好してやがる!」

 

「リンセン!? そこにいるのね!?」

 

「いちゃ悪いかよクソ女! てめぇこそ何やってんだ!」

 

「私だって好きでこんな格好してるんじゃないの! 好きでこんなところに来てるんじゃないの!」

 

「ピーチクパーチクうるせぇな。いいから、こんなとこさっさと出て俺に美味いメシでも作れ。黙って俺に助けられろ!」

 

「それが目当て!?」

 

「ほかに何があんだよ」

 

 リンセンが救出に来ることを信じてはいたが、脳みそまで空腹だったのは想定外だった。

颯爽と助けてくれる王子様のような心を僅かでも持ち合わせていると期待していたのだが、そう上手くおとぎ話のようにはいかない。

 

 理由はどうあれ、颯爽と助けにきてくれたことは変わりないから感謝はしているが。

 

「……そうね。私たちは、そういう契約だったわね」

 

「話が分かるようになったじゃねぇか、美味いメシ作れるクソ女」

 

「じゃあ、さっさと私を助けて。とびっきりのご馳走を作ってあげるから」

 

 リンセンはこくりと頷き、クローナに向かって一歩を踏み出した。

 

 だがここは敵の本拠地――それもボスの目の前だ。

はいそうですか、差し上げますよどうぞ。

と差し出すわけもなく、リョウはクローナの喉元に扇を突き付けた。

 

「そういや、お前とも決着つけてなかったな」

 

「……」

 

「お前、俺の妹なんだろ? 俺は覚えちゃいねぇが、そう感じる」

 

「……」

 

「ま、ここで語っても意味ねぇか。いいから大人しくそのクソ女を返しやがれ」

 

 その要求には、リョウではなくグールドが答えた。

 

「その小娘は我が国の戦に必要な勝利の女神だ。残念だが渡すわけにはいかないな」

 

「へっ、てめぇらの都合なんか知るかよ。ムカつくんだよ、自分勝手に人を利用してよ、それで偉そうにしてるやつらがな」

 

「ほう、さすが四天王と真の四天王を倒した男、言うことが違うな」

 

「はっ。そりゃどーも、嬉しいねそういう言葉はよ」

 

「貴様を真の戦士と見込んで、一つ頼みがある……その変身を解き、お互いに素顔を見せようではないか。正々堂々、とな」

 

「正々堂々、ね。俺は大嫌いなんだよ、そういうの。てめぇご自慢の四天王にもいたぜ、正々堂々野郎がな」

 

「そうか。なら自由にするがいい。私は貴様を歓迎して、特別に鬼の面を外してあげよう」

 

 そう言って、グールドは玉座から立ち上がり、鬼の面を外した。

 

 ――だが。

 

 その素顔は、鬼そのものだった。

 

 血塗られたように真っ赤な顔面。

斜めに刻まれた大きな斬り傷。

そして額には太い一本角が伸びた、まさに鬼のような形相と表現するのが的確だろうか。

 

 まさに鬼っ! 想像を絶する鬼らしさに、リンセン驚愕っ!

 

「てめぇ!? 人間かよぉぉ!?」

 

「私はね、四天王にも打ち込んだ究極の肉体強化薬を四つも打ち込んだのだ。最初は副作用が酷く、まさに地獄のような苦しみだったよ。でもね、地獄も住めば都さ。今じゃ薬を打ち込む前より心地いい気分さ」

 

「てめぇ、正真正銘イカれ野郎だな。そんな強さ、邪道だぜ」

 

「邪道! 結構! 大満足! 邪道! 結構! 大満足! ハハハハハ!」

 

「ハハハハハ! 面白いじゃねぇかお前!」

 

「ほう! 面白い、とな? 貴様もこの魅力に気づいたかね?」

 

「いいや違う。てめぇをぶちのめして、クソ女の作る豪勢なメシにありつけんだぜ? 楽しみでしょうがねぇぜ。強そうで倒しがいがあるってもんよ」

 

「ニッポン人の小僧、貴様は私に勝てる自信があるとでも?」

 

「てめぇに勝つ自信なんざねぇさ。あるのは勝つ確信だけだ」

 

「確信! 素晴らしい! これぞ戦士っ! まさに戦士の言葉!」

 

「ありがとよ、クソほども嬉しくねぇがな!」

 

 混を構えたリンセンがグールドを睨む。

これから戦闘が始まるかと思われた矢先っ!

 

 不意に、両者の、腹が、鳴った。

 

 つまり、空腹なのだ。

 

「ニッポン人よ……まさか貴様も」

 

「あぁ? もしやてめぇも……」

 

「腹が」――「腹が」

 

「「減った!」」

 

 意見が一致したことで、まさかの戦闘中断っ! まさかの延期っ! 両者にとっては、まずなによりもメシなのだ。

腹が減っては戦ができぬという言葉を体現している。

 

 グールドがパチンと指を鳴らすと、すかさずシェフたちが色とりどりの料理を持って階段を上ってきた。

扉の前にいるクローナたちの横を通り過ぎ、いつの間にか用意した長テーブルの上に並べていく。

 

 和洋折衷――一通り世界中の料理はそろっている。

イタリアンにジャンクフードに和食。

らに何かしらのホイル焼き、バター焼きも並び、極めつけに各種デザートが宝石のように輝いていた。

 

 どれもこれもが超一流の究極シェフによる究極の一品だ。

口にすれば舌は満足のし過ぎで悟りを開き、頬はとろけ、どれだけ食欲不振の人間でも食いしん坊にしてしまう、食の兵器だ。

 

 いつもなら目を輝かせているはずのリンセンだが、なぜか豪勢な料理たちを目にしてもリアクション一つない。

 

「どうしたニッポン人? 美味そうな香りだろう?」

 

「うーん。なんかなぁ、なんか違うんだよ」

 

「ほう?」

 

「ま、感想は食ってからだな」

 

 手始めに、リンセンは側にあったエビチャーハンを食べた。

 

「ん……? んー」

 

 だが相変わらずリンセンの表情は微動だにしない。

 

 続いて隣で湯気を立たせるボロネーゼ。

続けざまに手前にあったコーンポタージュ。

さらに奥にあるバジルソースとチーズのピザを数切れ。

さらにさらにワイングラスに盛り付けられたアイスクリームをペロりと平らげる。

 

 だが、だが……それでもリンセンの舌は満足せず、頬もとろけず美味の一言もない。

 

「どうかね。我がナイラ国が誇る百星シェフの料理の味は」

 

「……あぁ最高さ。てめぇの汚いツラを拝みながら食うメシは、最高にマズいね」

 

「ほう! あの小娘に負けず劣らず面白いことを言う」

 

「はっ。そりゃどうも」

 

「貴様にはこの味の素晴らしさが分からぬようだがな」

 

「分からんでいい。それより、このメシを作るのに、てめぇらはどれだけ苦労したんだ?」

 

「一つ一つの料理を何ヵ月も研究した」

 

「それで、失敗は?」

 

「当然、何度も失敗した」

 

「それで、失敗したのはどうしたんだ?」

 

「どうした、だと? 捨てたに決まっているだろう。失敗した料理など、食べる価値もない」

 

「そうかい。これで分かったぜ。苦労を重ねたてめぇらの料理より、あのクソ女の作る一品のほうが数倍も数万倍も数億倍も美味い理由がな」

 

 

  

 

美味い肉を食わせろ! 第18話 暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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 否、ルフィヤにはすでに敵意はない! リターンマッチではないっ!

 

「はっ! 誰が迷うかよ! それより、なんでてめぇがここにいんだよ」

 

「そりゃあそうでしょ。何分もかけて、他の男どもを連れてここに戻ってきたんだから」

 

「あ? ああ、俺が大成敗したあいつらか」

 

 まさか迷っている数分の間にそこまでしていたとは、リンセンも驚きだ。

 

「さっき男どもを安全な場所に置いてきたの。こんなボロボロな姿をボスに見られたら、もうお終いよ。あなたに負けた時点で、もう終わったようなものだけど」

 

「そうかい。じゃあ、せいぜいボスとやらにバレねぇよう、頑張りな」

 

 ひらひらと手を振りながら、リンセンは背を向けた。

 

 そのまま陽の当たらない狭い通路へ踏み出そうとしたとき、ふと解決策を閃く。

頭の中の電球が、パっと光ったのだ。

 

「あ、おい!」

 

 振り向きつつ、ルフィヤを指さした。

急に指をさされたルフィヤは口を一文字に結び、首を傾げている。

 

「お前、四天王だよな」

 

「あなたに負けたから、元だけど」

 

「お前、ボスの居場所知ってるだろ」

 

「え? ええ、まぁ……そうだけど、それが?」

 

「教えろ。俺が潰しに行く」

 

「お、教えろって。バカ言わないでよ。私たちのボスなのよ、あのお方は」

 

「はっ! そうかい。だがな、お前らは俺に負けたんだ。お前らが跪くボスは怒るだろうな。怖ぇ処罰が待ってるかもしんねぇぞ」

 

「こ、怖い処罰」

 

「さぁ、どうする。俺に大好きなボスの居場所を吐いてここから逃げるか。無様な報告をして処罰されるか、好きなほうを選びな」

 

「に、逃げるって……私たちを逃がすつもりなの?」

 

「てめぇらがボスに殺されるってことになったら、俺のせいで死んだみたいじゃねぇか」

 

「ま、まさか、そんな。私たちは敵よっ!? そんな、そんな理由で」

 

「さっきも言ったろ。血がついた手じゃメシが食いにくいんだよ」

 

「はっ……はっ……!」

 

 かつては桃色の烈風とまで呼ばれたブーメランの達人だ。

 

 金のロングヘアーが風になびけば、振り向かない男などいない。

どんな男も、得意のブーメランで一撃で仕留めてしまう鉄人美女だ。

 

 なのに、なのに、なのになのに。

 

 こんな薄汚いニッポン人に、僅かだが恋心を抱いてしまっている。微かだが頬が赤く染まっている。

 

 信じられない。こんなこと、ありえない!

 

 ルフィヤの心拍数が跳ね上がる。

 

「おいどうした」

 

「えっ……?」

 

「言うのか言わねぇのかハッキリしやがれ」

 

「えっ? あ、あぁ。ええと、その、言います」

 

「よし」

 

「このディナールの町は、ナイラ国の端っこに過ぎないの。ボスであるグールドがいる城はこの国のもっと中心よ」

 

「中心って言ったってよ、どこにあんだよ」

 

「ナイラ国は上から見ると丸い形になっているの。その中心」

 

「だからよ、その中心ってのはどっからどう行けばいいんだよ。変身してジャンプしてってらすぐ人に見つかって厄介なことになる」

 

「……そうね、じゃあ、いい作戦がある」

 

「へっ、じゃあそいつに賭けてみようか」

 

「ついてきて」

 

 ルフィヤ曰く、この町には四天王を含む数人のみが知る秘密の地下通路があるらしく、グールドの城まで一直線らしい。

 

 だが道はボロボロで、所々に穴が空き放題。

ネズミやナメクジの巣窟でもあり酷くジメジメ。

変なコケのオンパレードで真っ暗。

よって一直線だがランタン無しで進むのは不可能だ。

 

「おい女、お前の名前なんてったっけ?」

 

ルフィヤ

 

ルフィヤ、そもそもなんでこの町はこんな迷路みてぇに入り組んでるんだよ」

 

「何百年か前に戦争があったとき、敵の軍が町に攻め入ることを前提に建物を配置したんだって。迷路みたいに入り組んでると、敵が迷って隙ができるから」

 

「ふーん。姑息だな。男なら真正面からぶっ飛ばしゃいいだろ」

 

「みんなあなたみたいに強いわけじゃないのよ」

 

「クソ人類どもが弱すぎんだろ。っていうか、戦争してる時点でそいつらはザコだ」

 

「ど、どういうこと?」

 

「戦争なんてなぁ、臆病者がやるもんだ。周囲が怖いから攻め落とすんだ。本当に強いやつっていうのは、美味いメシを用意するやつと、いかに戦わずに済むかを考えられるやつだ」

 

「でも、あなたは戦うでしょ」

 

「そりゃあそうだろ! 俺は強いうえに戦いが好きだからな! 腹立つやつはぶちのめす。ムカつくやつはぶっ倒す。美味いメシはしっかりいただく。単純で良いだろ」

 

「そう……でも、それもいいかもね」

 

 ルフィヤは、このストレートすぎる心を尊敬していた。

 

 曲がることがなく、しかし鋼の意志を持ち、己のやりたいことを貫いている。

単純だが、それでいて迷いがなく、汚れもない。

 

 こんな敵、最初から勝てるわけがなかったのだ。

欲望に塗れて、戦争マニアの犬として戦う自分たちが、敵う相手ではない。

 

 自分の全力をぶつけ、敗北という形で真っ向から否定され、改めて自分の弱さを知った。

美味いメシなんかのために、命を奪う行為もしなかった。

 

 本当に自分が仕えるべき相手は、グールドなんかじゃない。

この男かもしれない――。

ルフィヤはそう思った。

 

 もちろんリンセンは、そんな気持ちなど察していないだろうが。

 

「もう少し早くあなたに出会えていれば……」

 

「あぁ? なんか言ったか?」

 

「べ、べつになにも言ってない。それより、心配してないの? これから大勝負なんだよ?」

 

「ああ心配だな。腹は減っているが、腹さえなんとかなりゃ、まぁ余裕だろ」

 

「ごめんなさい。今は食べ物が用意できなくって」

 

「んなこたぁ分かってる。あっちで軽くつまんでやるよ」

 

「つまむって……どういうこと?」

 

「そのまんまの意味だろ。ボスの城なんだからよ、どっかに美味いメシくらいあんだろ」

 

 無計画。あまりにも無計画。

 

 これから一世一代の大勝負だというのに、リンセンは敵の本拠地で食べ物を見つけられるかどうかの賭けをしているのだ。

 

 そこまで意識していないのか、大した戦いだと思っていないのか、どちらにせよ緊張感など欠片も持ち合わせていない。

良く言えばリラックスしているが、悪く言えば甘く見ている。

 

「グールド様――いや、グールドはそんな甘い相手じゃないよ」

 

「強いって言ったってよ。俺の手袋に敵うわけねぇだろ。お前ら四天王を束でぶっ倒したんだぞ」

 

「……いえ、グールドは私たちの比じゃないわ」

 

「どういうことだよ。悪魔と合体でもしたのか」

 

「私たちは、究極の肉体強化薬を注入した戦士なの。だから普通の人間よりずっと強い」

 

「あぁ。頭のイカれた拳法野郎が言ってたぜ」

 

「その薬は、私たちの能力に合わせたものが注入されているの。でもグールドは、一種類だけじゃない」

 

「あー。読めたぜ、展開が」

 

「そう。グールドは四種類全てを注入しているの」

 

「お前らもぶっ飛んだ連中だと思ってたが、ボスはやっぱりボスだな。とびっきりぶっ飛んでるぜ」

 

「それでもあなたに勝つ自信があるっていうのなら、ここから入りなさい」

 

 グールドについての話が終わった同タイミングで、到着。

天井には錆びた鉄製のハッチがつけられているが、果たして何年使われていないのやら。

 

「ここから、グールドの城の地下倉庫に出られる」

 

「そこからどうすりゃいいんだよ」

 

「そのまま階段を探して、一番上の大きな扉の部屋にいるはずよ」

 

「へいへい。一番上のデカい扉ね。分かりやすくて助かる」

 

 リンセンは拳と拳を突き合わせ、気合十分にハッチを開いた。

 

 が。

 

「食糧庫を探そうだなんて思わないで。もし兵士に見つかって大ごとになったら、あのクローナって人がどうなるか分からないよ」

 

「あぁ? ま、余裕があれば探しとくさ。じゃあな」

 

 リンセンは忠告を聞くこともなく城内へ侵入した。

ハッチは閉じられ、年季の入ったサビが零れ落ちる。

 

 これで、自分の役目は終わった。

ルフィヤはリンセンという奇妙で魅力的な存在を胸に、一人孤独に通路を戻っていった。

 

「無事でいなさい、リンセン」

 

 

 

 地下倉庫のハッチを開いたリンセンは、そのあまりの暗さにテンションダダ下がりだ。

てっきり、松明の二、三本は用意してあると期待していたのに、真っ暗もいいとこだ。

あたり一面を闇が支配していた、とでも表現しようか。

 

 手探りで扉を見つけなんとか外に出たが、そこは石造りでコケだらけの、どんよりとした汚い廊下だ。

望んでいた松明が二本あっただけ幸いだが。

 

 運よく敵兵の姿はなかった――居眠りをしている見張り以外は。

 

「へっ、ご苦労なこった。こんな誰もいねぇ汚ねぇ地下を見張るなんてよ」

 

 見張りを放置し、リンセンは一階に続く扉を開けた。

地下とは正反対に、清掃が行き届いた小綺麗な廊下だ。

しかも天井からは廊下を照らす大きなランプまでぶら下がっている。

まさにボスが住むにふさわしい豪華な建物だ。

 

「さぁて、食糧庫はどこかなっと」

 

 敵のことなど後回し。

まずは腹ごしらえを優先させる。

空腹のまま戦場に立てば、勝負に勝つことはできないからだ。

リンセンにとっては最重要事項。

 

 目を凝らして隅から隅まで確認する。

扉だけ見ても食糧庫かどうかなど判別できず、そもそもこの階にあるのかどうかも謎だ。

 

 ぐぅ~

 

 腹が、食事を要求する。

 

 その合図を境に、リンセンの全身から力が抜けていった。

敵の本拠地ド真ん中で、まさかのダウン。

リンセンも予想できないまさかの事態だ。

 

 そのとき、香ばしい肉――のような香りがリンセンの鼻を刺激した。

エサ目前の犬のように飛び起き、香りの居場所を探る。

 

「ん? んんん? こっちか? 肉が焼ける匂いは」

 

 匂いを道しるべに、階段を上る。

食べ物で頭の中がいっぱいになったリンセンは、目の前で槍を持つ兵士が二人いても眼中にない。

 

「おい貴様! だれだ!」

 

「そこでなにをしている!」

 

「あぁ? うるせぇな。俺はメシが食いてぇんだよ」

 

「ん? 低い鼻、黒い髪に黒い目……こいつ、まさかっ!?」

 

「その、まさかだぜっ!」

 

 駆け出したときにはすでに変身していた。

目にも止まらぬ速さで兵士の槍を叩き落し、首根っこを掴んで、掃除が行き届いたピカピカの壁に叩きつける。

 

「ぐほっ!?」

 

 速攻撃破!

なんとか仲間を呼ばれる前に倒すことができて一安心。

しかし今のリンセンの頭の中は、やはり肉のことでいっぱいだった。

 

 香りの出どころである部屋の扉を蹴破って突入する。

 

 一切の物がない部屋には、狙い通りこんがりと焼かれた肉があった。

なぜか数メートルある天井からぶら下げられているが。

 

「おっ! 俺の鼻に間違いはなかったぜ! なぁんか怪しい気配がするが、まぁいいだろ!」

 

 ワナの可能性など微塵も考えず、ただメシ目掛けて食らいつくのみ、だ。

 

「おらぁ! 俺の肉ぅ!」

 

 変身を解除し、飛びあがって勢い任せにかぶりついたまではいいものの、硬くて噛みちぎることができない。

まるで釣られた魚だ。

 

「このぉぉぉ……クソ肉めぇぇぇ……」

 

 手で肉を引きちぎろうと試みるも、これまた硬くて敵わない。

だが肉を目の前にして引くわけにもいかない。

しかし肉に対する策もない。

 

「うおおお、どうすりゃいいんだ……」

 

 と、諦めかけたそのとき、何者かが部屋に入り真下に立った。

 

 みっともない恰好だが、リンセンはしっかり気づいている。

 

「いい恰好じゃないか、リンセェェェェン???」

 

「あ? 誰だ?」

  

 

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調子に乗れるのは今のうち 第17話 暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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六章 ポッシブル・インポッシブル

 

 一方そのころ、ナイラ国のボスであるグールドに捕らわれたクローナは……。

 

 捕らえられているとはいえ、その待遇は酷いものだった。

 

 能力を封じるため、目隠しをされ汚い麻袋を被せられている。

おまけに後ろ手に手錠をされ、ついでに足も縛られている。

なにより最悪なことは、この陽が差し込まない牢屋に閉じ込められている、という事実。

目を使う能力であるため、グールドたちも警戒に警戒を重ねた結果だ。

 

 しかし死なれては困る。

だから食事だけはしっかりと与えられているのだが……快適とは程遠い環境であることは間違いない。

 

 こんな状態ではまともに横になることすら適わない。

視界には映ることはないが、ネズミのような生物も徘徊している。

 

 意思の強いクローナでも、さすがに厳しい精神状態!

 

「諦めない。私は……こんなところで力尽きたりはしない」

 

 闇の中、一人決意を新たにする。

 

 そんなとき、不意にサビた鉄扉の軋む音が響いてクローナの鼓膜を揺らした。

 

 直後に固い石の床を歩く音が――誰かが牢屋のある地下へ入ってきたのだ。

だがあいにくとクローナの視界はゼロ。

聴覚を限界まで研ぎ澄ますが、足音だけでは訪問者の正体は探れない。

 

「だれ?」

 

 目の前に到着した訪問者に問うた。

声こそ冷静なものの、内心は叫びだしたいほどの恐怖で満たされていた。

 

「あっし、なり」

 

「あっし……? まさか、リョウ」

 

 馬車で襲撃してきた――リンセンの妹の可能性がある少女、リョウだ。

 

「なにをしにきたの。私の出番なの?」

 

「違う。あっしは個人的に来ただけなり」

 

「個人的? 個人的に?」

 

「あっしは、あの男について知りたいなり」

 

「あの男って……まさか、リンセンのこと?」

 

「ご明察なり。二戦交えたあの男、知りたいことだらけなり。知り合いである可能性もある。もしや、家族か……」

 

「あなた、勘づいているの? リンセンと同じこと言ってるわ」

 

「同じこと……」

 

 僅かだが、リョウの冷え切った心に変化があった。

 

 こんなこと、グールドの手によりナイラ国へ連れてこられて以来、初めてだ。

 

 姿こそ見えていないが、クローナはその心の変化を見逃さなかった。

 

「あなた、自分のこととリンセンとの関係、知りたいでしょう? だったら、ここを開けてちょうだい。手袋の力で変身すれば、こんな牢屋なんて一発でしょう」

 

「それは……裏切り行為となるなり」

 

「裏切り? 違うわ。裏切りじゃない。そもそもあなたはニッポン人なのよ。この国に連れてこられたのだって、ナイラ国のせいなのよ。あなたたちは、帰らなくちゃダメよ」

 

「帰る……ニッポン……」

 

「リンセンと同じく思い出せないでしょうけど。でもあなたがリンセンの妹だというのなら、私はあなたの味方よ。ここから出してくれたら、あなたに協力する」

 

「協力……」

 

 あと少し。

あと少しでもリョウの心を動かせれば、心強い味方になる。

この暗く冷たい牢屋の中でも、希望が生まれる。

 

「お願い。美味しいご飯、用意してあげるから」

 

 トドメの一発のつもりで、食事の話題を出した。

狙い通り、リョウの心は大きく動いた。

それはリンセンと兄妹である証拠と言えるのか、ただ単純に食いしん坊なだけなのか、真意は誰にも分からないが。

 

 ――リョウの手が手袋に伸びた、そのとき。

 

 不快な鉄扉が開かれ、ランプを持った数人の兵士たちがリョウに銃口を向けた。

 

「なにをしている、ニッポン人のガキ」

 

 中央に立つ兵士が代表して前へ出た。

眉を顰め、威圧的な態度で。

 

「あっしは……ただ、この女に用があっただけなり」

 

「グールド様が連れてきたと言うから野放しにしていたが、貴様、この女に加担して逃がす算段でも練っていたか? ニッポン人は信用ならなかったんだが、やはりな」

 

「あ、あっしは……あっしは……ただ」

 

「おい! ちゃんと説明しろ!」

 

「あ、あああ……あっしは、あっしの心は……」

 

「貴様! 説明しないなら、この場で撃ち殺すぞ!」

 

「あ、あああああ、あっしは……ちがう。あっしは、ただ……故郷に……」

 

「構わん! このガキを撃ち殺せぇぇぇ!」

 

「――やめて!」

 

 クローナの叫びが、暴力的ボルテージが高まった兵士たちを黙らせた。

リョウに向けられていた銃口たちはクローナへ移る。

 

「なんだ、おい。兵器になる予定の女がなんか言ってるぜ」

 

「やめて。と言ったんです」

 

「おいおいおいおい、手足も縛られて目隠しもされた女が、なにを言う」

 

「このニッポン人から、軽い質問をされただけです」

 

「質問? 軽いだと?」

 

「気分はどうか。ここの牢屋の居心地はどうか。疲れてないか。そんな質問です。私を兵器として扱う予定だから、調子を整えておきたかったのでしょう」

 

 クローナの機転により、リョウに対する疑いは解けた。

あくまでリョウは敵であると主張することで、兵士たちの敵意を誤魔化したのだ。

 

「まぁ。私はその全てにおいて、最悪と返してやりましたけども」

 

「ふん、だろうな」

 

「私を戦争に使うつもりなのでしょう。活躍させたいんなら、せめてスイートルームでも用意してはいかが?」

 

「はぁ? なにを」

 

「それに、なんですかこの手足と麻袋は。私の能力を使いたいくせに、能力を恐れてここまでするなんて、臆病なのね、あなたたち」

 

「そうか。じゃあ臆病者じゃない証に鉛玉をぶちこんでやろうか?」

 

「えぇどうぞお好きに。私を殺して処罰されるのは、あなたたちでしょうけど」

 

「ちっ。威勢のいい女だ。そのナメた態度をとれるのも今のうちだがな」

 

「知っています。だから今のうちにナメているのですよ」

 

「ふん。もういい。帰るぞ」

 

 すっかり熱も冷めた兵士たちは、腰に拳銃を戻して外へ出ていった。

諦めたのか、呆れたのか、どちらにせよ九死に一生だ。

 

「リョウ、あなたも戻りなさい」

 

「あ、あっしは……」

 

「戻りなさい。また疑われる前に」

 

 リョウは無言でこくりと頷き、その場を後にした。

 

 心の底ではニッポンに帰りたいと思っている。

その気持ちをしっかりと思い出させてやれば、協力することも不可能ではない。

今は記憶が曖昧で、ナイラ国の仲間だと思い込んでいるだけなのだ。

 

 完全な孤独と闇に包まれたクローナにとって、リョウは希望だった。

あと少しで、希望を手にすることができたのに――。

 

 リョウと入れ替わりになるように、今度は別の人物が地下へやってきた。

 

目隠しをされていてもクローナに察しが付く。

これはリョウと違って大きく重い足音。

兵士よりも大股で偉そうな歩き方。

おそらく、グールドだ。

 

「どういった要件なの、グールド」

 

「ほう。足音で気づいたか」

 

「足音で相手を当てるゲームをしていたの。なかなか面白いわよ」

 

「ふん。小娘が。調子に乗れるのも今のうちだぞ」

 

「さっきもそれ言われたわ。今しかチャンスがないから、調子に乗っているの。いつかは乗りこなしたいぐらい」

 

「威勢はいいな。自分が負けていることを忘れたのか」

 

「私は、負けてなどいない。希望は捨てない。戦争もしない」

 

「ほう? たとえ、母親と可愛い妹が人質にされていても?」

 

「――なっ」

 

 平静を装っていたクローナでも、その発言だけは無視できなかった。

 

 その一言だけで、心臓が暴れるように鼓動する。

 

「どんな要件かと聞いたな。人質を用意できたことを伝えに来たのだ」

 

「清々しいほど卑怯者ね」

 

「くくく。あのニッポン人のガキ、リンセンとか言ったか? あいつは、送り込んだ四天王がすでに始末しているはずさ。たとえ、四天王を潜り抜けても真の四天王もいるからなぁ」

 

「四天王でリンセンを押さえて、その隙に私の家族を狙うなんて、あなたらしい姑息なやり方ね。尊敬するわ」

 

「軽口が叩けるのは今のうちだからなぁ。今のうちに叩いてるがいいさ。だが戦争は始まる。クローナエスクードは家族を人質にされて、大勢の人間を能力で殺すのだ」

 

「それで、破壊の女神の出来上がりってこと? へー。面白い夢ね」

 

「けっこう! 破壊こそが美しさ。美しさこそ全て。あなたは破壊と殺戮の女神として、今後も活躍するのです。素晴らしいでしょう」

 

「そうね。でも私は、それでも諦めないわ」

 

「あくまで絶望しないか」

 

「リンセンはね、私が雇った用心棒なの。その四天王っていうのも、もうみんな負けていたら面白いわね」

 

「ふん。ありえんな」

 

「美味しい食事のためなら、徹底的に暴れる男よ。たとえ敵国の中心でもね」

 

「クソ女め。そう簡単にいくものか」

 

「クソ女……えぇ。なんだか腹が立つけど、元気が出る言葉ね。ありがとう」

 

「もういい」

 

 グールドは怒りを込めて無骨な鉄格子を蹴り、牢屋を後にした。

四天王や人質の件を出してもなお崩れないクローナの意志に負けた証だ。

 

 だがその言葉と違い、クローナの震えは止まらない。

自由も光も見えないこのピンチで、いったい何ができるというのか。

 

「クローネ。母さん。無事でいて……リンセン、無理しないで」

 

 

 

 四天王との激戦を乗り越え、リンセンはナイラ国の領土へ踏み込んだ。

 

 多少――いや、かなり腹が減ってはいたが、目的のクローナはすぐそこにいるはず。

ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

 のだが。

 

「道が分からん。道が分からんぞ!」

 

 勢いだけで飛び出してナイラ国に到着したものの、肝心のクローナの居場所がつかめない。

ご丁寧に「クローナはこちらです」と親切な看板や張り紙などが用意されているわけもないのだ。

当然だ。

 

「クッソ……だが来ちまったものは仕方ない。あの四天王とかいう連中が俺を阻んだくらいだからな、ここで間違いはないはずだ」

 

 周囲はレンガ造りの建物ばかりで、建物同士の違いがほとんどない。

そのためリンセンには同じような風景にしか見えないうえ、そのどれもが驚くほど高く建てられていて周囲を見渡すことができない。

狭い通路や入り組んだ路地も多く、まるで迷路だ。

 

 変身して飛べばいい。

と、思うだろう。

リンセンもそう思った。

だが迂闊に変身して派手に目立つものなら、また敵に包囲されるだろう。

殺害を好まないリンセンには厳しい状況だ。

 

 腹も、鳴る。腹が、減る。

 

 まともな腹ごしらえもせずに戦闘をしようものなら、途中で力尽きるのは必至。

 

 数分迷った挙句、一つの結論が出た。

 

「こうなりゃ、イチかバチか一番デカい建物に入って適当に暴れてやるか? よし!」

 

 手の平をパンと合わせ気合を入れる。

 

 だが、何者かが背後からリンセンを呼び止め、その物騒すぎる有言実行を止めた。

 

「あなた、もしかして」

 

「あぁ? あっ! おい! てめぇ!」

 

「もしかして、あなた迷ってるの?」

 

 そこにいたのは、四天王の一人、ブーメランの達人であるルフィヤっ! まさかの強行! 背後からリターンマッチと洒落こむつもりかっ?

 

 

 

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真の四天王出現! 第16話 暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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「ぐっ! てめぇ! やっぱタダモンじゃねぇ!」

 

「ふふふふ。言っただろう。肉体強化の薬が体を駆け巡っているのだよ! たとえ手袋による変身能力があっても、なお! 平然と耐えられる一撃とは思わぬことだ!」

 

 リンセンが軽く仰け反ったところで、例の物体の第二波!

 

 正面から向かってくると思いきや、まさかの事態! その物体は高速回転しながら急に角度を変え、変則的な動きでリンセンを翻弄する!

 

 だがリンセンは見逃さなかった。

 

 その物体の形、シルエット――あの頑張りすぎたバナナのように曲がったボディは、まぎれもなく、

 

「ブーメランか!?」

 

 正体に気づいた瞬間、すでにブーメランは背後に回り、接近している。

コンビネーションを組むかのように、ディルハムはリンセンを挟み撃ちにした。

 

「そのルフィヤのブーメランは一級品だ! 貴様のような下等生物代表に、一級品が負けるものかっ!」

 

 まさかの事態! 一瞬の攻防、その二!

 

 一撃目から察するに、あのブーメランを背中から貰えば、一撃必中で仕留められることは目に見えている。

だが正面からのディルハムに耐えつつ背後のブーメランを凌ぐのは至難の業だ。

 

 ならば、回避に徹する!

 

 リンセンは俊足の横っ飛びで、牙をむくブーメランをかわした。

コンマの差でディルハムのストレートパンチが――虚しく空を切る。

 

 だがそのとき! ディルハムの拳が開き、高速回転するブーメランを掴んだ。

その流れで横方向に飛んだリンセンへまさかの投擲!

 

「てめぇ! 投げ返しかっ! まさかのっ!」

 

 まさかの予測不可能な連携っ! これは見事っ! ディルハムルフィヤの顔が見えないはずだが、まるで目の前にいるかのような連携っぷり! 

これは見事っ!

 

 不意のことに防御に失敗。

ダイレクトに受けたブーメランの威力は相当なものだが、ショートジャンプ中と違い足で踏ん張れるだけまだマシだ。

 

「ははは。ルフィヤのブーメランは特別製だ。ナイラ国が独自に開発した超金属ケツァルメタルを加工して作り上げた一級品のブーメランさ」

 

 命中したブーメランをキャッチしたディルハムは、自慢げに説明をする。

 

「さっきから一級品一級品うるせぇんだよてめぇ!」

 

「おうおうおうっ! 悔しいか、下等生物代表くぅん? もう一度言ってやろう、下等生物代表くぅぅぅん??? おまけにもう一度ぉぉ! 下等生物代表ぉぉくぅぅん???」

 

「やっすい挑発だな。腹立つから乗ってやるよ。感謝しな!」

 

 調子に乗ったディルハムは、返ってきたブーメランを再度投擲した。

ブーメランにおいてはルフィヤのほうが技術が上だが、ディルハム自慢の怪力があればけっこうな威力は繰り出せる。

 

 それを予測していたリンセンは棍をプロペラのように回転させ、ブーメランを弾き飛ばした。

回転力を失ったブーメランは明後日の方向に墜落するが、構わずディルハムはリンセンに突進する。

同時にリンセンも真正面から駆け出すっ!

 

「へっ! ブーメランのやつ! 先に潰してやるっ!」

 

「貴様っ! まさかこの俺を無視するのかっ!」

 

「悪ぃな! そのまさかだよっ! お前と遊ぶのは後回しだっ!」

 

 タックルをひょいとジャンプでかわし、ディルハムの肩を踏み台にする。

 

ブーメランが投げられたであろう方向へ向かって大きく飛んだ。

 

 ルフィヤがいる岩山までの距離、実に数百メートル。

ディルハムに追いつかれることはないだろうが、ルフィヤはさらなるブーメランで迎え撃つだろう。

 

 だがそんなことも承知! リンセンの予想通り、ルフィヤは岩山のてっぺんから三方向にブーメランを投擲! それらが意思を与えられたかのように、リンセンに向かって襲撃を始める。

 

「どんなツラか拝んでやるぜ! クソ人類めっ!」

 

 不規則な挙動――だが確実にリンセンへ狙いを定めて牙をむくブーメラン。

 

 この数百メートルの距離からどう攻めてくる。

どう動けば避けられる。

避けてからどう次の回避に繋げる――頭脳戦は苦手なリンセンだったが、ただがむしゃらに動いて力だけで敵う相手ではないことくらい理解している。

 

 三本のうち、一本が加速を開始!

 

「やっぱりヤメだ! 考えるより、見て避けるっ!」

 

 抜群の反射神経と身体能力だけを頼りに、一本目を避けるっ!

 

 風圧を感じるほどの至近距離をブーメランが突き抜ける。

背後に落ちたそれは、容赦なく固い大地を引き裂いた。

 

「へっ! んなもんが当たるかよっ!」

 

 よく見てさえいれば、正面からの攻撃など造作もない。

 

 あとの二発も、大したことはないっ!

 

 流れるように襲撃を始めた二本のブーメランも容易く避け、ルフィヤが立つ岩山の真下に到着。

この位置ならばブーメランも逆に命中し辛いだろうが、まだ背後のディルハムは諦めていない。

 

「ったく! しつこい野郎だ!」

 

 ディルハムが加速をつけての蹴りを炸裂させた

鉄板をも貫けるほどのそれをリンセンはジャンプで回避する。

岩壁に強烈な蹴りが食い込んだ。

 

「じゃあな! お前は後回しって言ったろ!」

 

「貴様! この蹴りを受けろ! 逃げるなっ!」

 

 リンセンはジャンプのみで岩山を登り高度を上げた。

軽快なリズムとアクションで順調にルフィヤへ近づいてゆく。

 

「見えたっ! あいつがブーメランを投げつけやがった野郎か!」

 

 高速で駆け上り、勢い余って飛び上がった。

 

 大地を炙る太陽をバックに、ルフィヤより高い位置で、敵の顔をチェック――。

 

「女っ!?」

 

 一瞬驚く

そこにいたのは女っ! まさかの女っ!

 

 普通なら躊躇するところではあるが、あいにくリンセンはそんな程度のことで手を抜ける男ではない。

 

「てめぇ! 女だからって俺が手加減するとでも思ったかぁぁぁ!」

 

 リンセンはルフィヤに狙いを定め、これまでの鬱憤を晴らすかのように混を全力投球! 同タイミングでルフィヤもブーメラン四本乱れ投げだ!

 

「うふふふふ! ニッポン人! この私のブーメラン裁きに真正面から耐えられるかしら?」

 

 槍のように投げつけた混は、高速回転するブーメランたちの間を縫い、ルフィヤに直進した。

だが不意のブーメランによって僅かに狙いが逸れ、ルフィヤの横すぐへ突き刺さった。

 

「ちっ! 外したか! でも俺も、このブーメランをっ! 防がないと!」

 

 四本のブーメランが一斉にリンセンを襲う。

順番に列をなして襲ってくれば、まだ叩き落す猶予もあったものの、しかしタイミングは同時! 混が手元にない状況での防御は、自殺行為なのだ! 直撃しようものならば死は確実・確定・不可避っ! 

衝撃によって手袋の変身機能が解除され岩山から墜落すれば、いくらリンセンでも命はないだろう!

 

 成すすべなく、ブーメラン全弾直撃! 空気との摩擦で爆発が生じ、薄黒い煙と火炎がリンセンの姿を覆い隠した。

 

 辛うじて防御はしたものの、至近距離で受けるブーメランの威力はリンセンの体に多大なるダメージを与え――

 

「ったとでも思ったか!」

 

 ルフィヤの背後から、リンセンの声!

 

 敗北を確信させるかのような余裕のセリフに振り返るも時すでに遅しっ!

 

 二本のブーメランを握ったリンセンが、ルフィヤの首にそれを突き付ける。

 

「あ、あなたいつの間にっ!」

 

「へっ! よく見てみな!」

 

 ルフィヤが恐る恐る目を凝らすと、そこには力をなくしてダウンするディルハムの姿があった。

全身は煙に飲まれたかのように黒く染まり、肌も僅かに焼け焦げている。

 

「ま、まさかっ!」

 

「その、まさかだ! あいつが下から俺を追いかけてきたから、速攻で捕まえて身代わりにしたんだよ!」

 

「恐るべしっ! 私のブーメランより速くここまで動くなんて!」

 

「俺を褒めるのは後にしな! さぁどうする!? お前以外のお仲間は全滅か!?」

 

「くっ……!」

 

「それとも、お仲間を連れてしっぽ巻いて逃げるか? おい」

 

 戦闘不能にまで陥ったディルハムだったが、命までは奪われていない。

ディルハムを死なせないために、リンセンはブーメランを二本キャッチしたのだ。

 

 つまり、殺さないための行動――。

 

「あなた、ドブラとフォリントにも手加減したっていうの?」

 

「手加減? バカ言え。俺は本気でやりあった。ムカつく連中に手加減すんのは俺の性に合わないからな」

 

「……」

 

「だがな、俺は殺しはしない」

 

「どうして。私たちはあなたを本気で仕留めようとしたのに」

 

「血のついた手じゃあよ、美味いメシも不味くなっちまうだろうが」

 

「そ、そんな理由で、敵の命を奪わないというつもりなの!?」

 

「俺は人殺しじゃあねぇ。腹立つやつをぶちのめして、道が拓ければそれでいい」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「戦は終わりだ。大人しく俺を通せ」

 

 戦は終わり――その証拠に、リンセンは変身を解除して、奪い取ったブーメランを投げ捨てた。

警戒する素振りは微塵もなく、すっかり戦意が抜け落ちたルフィヤに背を向け、進むべき方向へ踏み出した。

 

「じゃあな。この荒野は暑いからよ。他の三人を連れて、さっさと帰れ」

 

「あ、あなたは、なにをするつもりなの!? まさか、あの捕らえた女のために、そこまでっ!」

 

「あのクソ女はなぁ、ついでだ。俺はあいつの作るメシを食いたい。理由はそれだけだ」

 

 再び手袋で変身し、岩山から跳躍した。

鳥と同じ高度まで飛び上がり、次の岩山をも飛び越える。

 

 リンセンの心に燃えるハートは、このコルナ荒野を焼く日差しでさえも燃やしきれない。

 

 だが――順調に進んでいたリンセンの前に、さらなる強敵が立ちふさがる!

 

「待て! 我ら真の四天王がまだ残っているぞ!」

 

 リンセンが着地した岩山の影から、全身黒づくめの連中が顔を出した。

 

 真の四天王と名乗る彼らは縦一列に並び、各々が両手を横に広げて構えている。

 

「くらえ! 真四天王必殺奥義! 閃空竜巻おっ――」

 

「うるせぇっ!」

 一撃!

 一撃!

 一撃!

 一撃!

 

 いや、これは四撃に見せかけた超高速の一撃! 

圧倒的光速的に放たれた怒りの鉄拳により真の四天王たちはたったの数秒で負傷兵へとなり果てた!

 

まさに!

壊滅!

鬼のような攻撃!

圧倒的勝利!

 

「邪魔なんだよてめぇら! シンだかヒンだか知らねぇが! 邪魔すんなクソ人類が!」

 

締まりのない勝利で幕を閉じ、再びリンセンは山を越えた。

 

 絶対的な自信があった真の四天王たちは、ただひたすらボスからの処罰に震えるのだった。

 

 

 

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強敵多数! ブログ小説(15)暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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「ふふふ……俺様の不意打ちを避けるとは、なかなかやるなニッポン人」

 

「褒めてくれて嬉しいね、でもちょいと質問がある」

 

「質問? ほう、なにかね」

 

「お前、バケモンだろ。ナイラ国は人間をバケモンに変える実験でもしてんのか」

 

「ふふふ、面白いことを訊くニッポン人だ。この体は断じてバケモノなどではない。これはナイラ国とグールド様への忠誠の証、そして我ら戦士の武器、そして力の証明! ナイラ国が誇る究極の化学力が生み出した、究極の肉体強化薬を注入した究極の肉体なのだ!」

 

「はっ! 下らねぇ自慢だな、訊いて損したぜ。その調子なら、あっちの吹き矢の野郎も同じ穴のなんとやら、か」

 

「ニッポン人、死ぬ前に忠告しておこう。今のうちに医者を呼んでおくことだ」

 

 今ここで貴様を八つ裂きにしてやるから、今のうちに医者を呼んでおけ、と、つまりそういうことだ。

 

「悪ぃな、医者ならもう呼んであるぜ。てめぇらのためになぁっ!」

 

 飛び上がったリンセンがディルハムへ食いつく。

ディルハムは空中から高速で繰り出された棍を巧みに受け流し、頭上のリンセンへほぼ直角の蹴りを叩き込んだ。

 

 解説っ! これは、かつて名をはせた闇闘技大会でも使われた殺人キックの一種! 空中から襲い掛かる相手には絶大な効果を発揮できる、ディルハムの得意技!

 

 だがリンセンには予想通りだった。

これまた的中!

 

 リンセンは空中で身を翻し、体勢を立て直した。

ディルハムの得意気な蹴りを踏み台変わりにし、岩陰に隠れるドブラへ大ジャンプ! この一瞬の攻防にはさすがのディルハムもヒヤっと焦る!

 

 ドブラはまさかの事態にも慌てず、次の吹き矢を射出

動き回る相手も撃ち落とせる自信はあるが、落ちてくる標的ならば狙いは確実!

 

「この毒! 受けてみよっ!」

 

 落下しながらも混で針を叩き落とし、順調に距離を詰める。

ディルハムの蹴りの威力も相まって、止まることを知らない超スピード! もはや弾丸!

 

「ヤバい! これは、ピンチ!」

 

 残念だが吹き矢の装填には時間を要する。

次の一発までは隙だらけで、もう間に合わない。

 

「俺の邪魔をすんなぁぁぁぁぁあ!」

 

 根を構え、余裕のなくなったドブラへ突き進む。

 

 落下のスピードをプラスした凶悪な一撃をねじ込む、その瞬間。

新たな攻撃がリンセンを襲う。

 

「なんだ、これはっ!」

 

 驚愕した瞬間、すでに回避できるタイミングは逃していた。

 

 筒状の鉄の塊が、尻から火を噴射しながら迫る。

コンマ数秒で混を使って防御したものの、鉄の塊は爆発し、リンセンは予想だにしないダメージを負った。

 

 リンセンの体は爆風で大きく横へ飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。

 

「ぐっ! なんだ、今のアレはっ!?」

 

 リンセンにとって、火薬による攻撃など前代未聞なのだ。

要するにミサイルだが、変身したリンセンを吹き飛ばすほどの威力となると、そうとうな技術が必要になる。

 

 ドブラがいる岩陰から、もう一人別の人物が顔を出した。

ミサイルを開発し放った張本人だ。

 

 やけに体が細く、肉体的戦闘は明らかに不得意だ。

だがその目に宿る野望や執念はドス黒く、もはやその瞳に光はない。

 

「ぐぐ、ぐぐぐぐ。私は、人呼んで恐怖のマッドサイエンティストフォリントだ。そのミサイルにはねぇ。特殊な電磁波が仕込まれていて、炸裂すると電磁波も展開される。電磁波に含まれるトゥグルグ粒子が人体の体細胞をマヒさせるから、どうにもならないねぇぐぐぐ」

 

 フォリントの説明通り、確かにリンセンの四肢はマヒしていた。

変身していても、肉体が活動できなければ戦闘など不可能だ。

 

「てめぇ……ニヤついた顔を見せんじゃねぇぜ、おい」

 

「ぐぐぐ、ニッポン人が作ったとされたその手袋、どれほどのものかと期待したのに、ぜんぜん大したことなくって、ガッカリじゃあないか。でもねぇ、調査したいから、ちょっと調べさせてもらうよぉん」

 

 リンセンの神経という神経全てが、言うことを聞かない。

 

 フォリントはボロボロに朽ち果てた歯を見せながら、汚い笑みを浮かべている。

もうリンセンは、科学的興味の対象でしかないのだ。

 

 岩陰からドブラが姿を現す。

まんまと蹴りを足場にされたディルハムもマヒしたリンセンの前に立った。

 

「お前ら、こいつを殺すのはまだだぞ。こいつの手袋を剥ぎ取って、調べつくして、そして私が変身して、その全てを解き明かしてみせるぞ」

 

「おいおいフォリント、なに言ってやがる。こいつを殺すのが命令だろう」

 

「なにを言うかディルハム。この手袋の変身能力を解き明かし、量産に成功すればどうなる? ナイラ軍はさらなる高みへと昇ることができるのだぞ、軍備増強万々歳!」

 

「ほう。だが満足した後、殺すのは俺たちだからな」

 

 そんな好き勝手なことを目の前で並べ立てられたリンセンは、マヒしているのにも関わらず、拳を強く握りしめた。

 

 驚愕! なんとマヒから、回復してきている! これは早い!

 

「てめぇら、俺がこの程度でぶっ飛ばされると思ったら大間違いだぞ……」

 

「こ、こいつ! 我がミサイルを受けてマヒしたはず! なぜ口が動く!」

 

「あぁ? なぜだと? なぜ口が動くのかって……?」

 

 拳と口に続き、弱弱しくも足が動く。

 

 これは、気合い! 紛れもなく気合だ!

科学などではなく、ただ単純に気合だけでマヒを打ち砕いた!

普通の人間ならば三日と動けない超強力なマヒを――それどころか、体が粉々にはじけ飛んでいてもおかしくはないほどの爆風すらも耐えてしまった!

 

 恐るべし手袋の変身能力! 恐るべしリンセンの気合と肉体!

 

 これには敵、揃いもそろって驚愕! ダブル驚愕っ!

 

「口が動かせなきゃあよ……美味いメシが食えねぇし、てめぇらにこのイライラをぶちまけらんねぇだろうが! だからだよっ!」

 

 リンセンの体を駆け巡る血液が、ただの気合によって最高潮に沸騰した。

目の前の敵を打ち倒すための怒りが燃え滾り、そしてナイラ国を打ち砕く野望が火を噴いた!

 

「うらぁぁぁぁぁぁあああ!」

 

 首輪の鎖を引きちぎった猛獣の加速か――リンセンは爆発的な初速でフォリントへ殴りかかるっ!

 

「砕け散る能動、粉砕する鳴動! 一天万乗のォォォ! 俺の一撃ィィィ!」

 

「やっ! やめろ! 私は、体力勝負はダメだあぁぁぁあああああん」

 

「十把一絡げにぃぃぃぃ! 大・成敗っ! してやるぜぇぇぇぇぇぇ!」

 

「うげげげげげっごごご!!!」

 

 フォリントのみぞおちに二発の拳! コンクリートすらも破壊できるほどの威力を正面から受けて数メートル彼方の岩壁へ吹き飛んでいった!

 

 これでも生身の人間相手だ。

リンセンは手加減していたつもりだが、ついうっかり全力でやってしまうこともある。

仕方がないことだが、死なない程度だ。

 

「この天才である私の発明をぉぉぉぉおおお!!」

 

 最期のセリフで敗北を認め、大の字で岩壁に衝突! 人間の形に象られた穴の奥には、完全に戦意喪失した科学者の成れの果てが転がっていた! 哀れ!

 

「貴様! よくもフォリントを!」

 

「お前、ディルハムだっけ? あとそっちの吹き矢野郎。お前ら十把一絡げに大成敗してやっから、かかってこいよ」

 

 仲間をやられて我を忘れたドブラが、渾身の吹き矢を放った。

リンセンは二本指だけでいとも簡単にキャッチし、素早く投げ返した。

 

「動作が見えれば、掴むのは楽勝だ!」

 

「イッヒィィ!」

 

 毒の針がドブラの額に突き刺さった。

両の目玉が中心の針を見据えたまま、ドブラは乾いた大地へ大の字に倒れた。

 

「安心しな、針をキャッチしたときに、針の毒は絞り出しておいた」

 

 敵! 相手は敵だ! だが、ほぼ初対面の相手を殺傷するほど落ちぶれてはいない。

戦意を喪失させ戦闘不能に陥らせれば、戦いは終了なのだ。

無益な殺傷は無意味だ。

 

「き、貴様! ドブラまでも! だが敵ながらその強さにはアッパレ!」

 

「へっ、悪ぃな、褒めてもらっちまってよ」

 

「ここはひとつ、正々堂々といこう」

 

「あぁ? どういうこった」

 

 すでに四天王の半分がやられ、ディルハムも敗北寸前。

正直、かなり戦う気は失せていた。

はやく家に帰って甘いお菓子を食べたかったくらいだ。

 

 だからこんな提案をし、少しでも気を落ち着かせようとしたのだ。

 

「貴様は、手袋の力で変身しているな。どうやらその変身能力、かなり身体能力を強化させると見た」

 

「あぁ。それがどうした」

 

「男同士、対等な戦いをしたい、その変身を解除し、体一つで――」

 

「拒否だ」

 

「しかし、戦士であるいじょ――」

 

「拒否だ」

 

「だがニッポン人は、なによりも礼儀を――」

 

「拒否だ」

 

「ま、まさか、正々堂々が、嫌いなのか?」

 

「その、まさか、さ。あいにく俺は、正々堂々の勝負が嫌いなんだよ」

 

「き、貴様! それが! それがサムライの言うセリフであるわけないぞォォォ!」

 

「はっ! うるせぇよ。黙って俺に敗北しやがれ! この正々堂々野郎が!」

 

 少しでもリンセンの戦力を削ごうとした作戦だったが、見事に打ち破られた。

それどころか、一ミリも乗ってこなかったことに怒りと焦りを感じていた。

ディルハムは頭を掻きむしり、冷静さを失う。

 

「言ったな貴様! もういい! 正々堂々はヤメだ! 卑怯でもいいから勝ってやる!」

 

 ディルハムはポケットから鏡を取り出して両手で高く掲げた。

強い日光が鏡に反射し、遠く離れた仲間への合図となった。

 

 一部始終が理解できないリンセンは首を傾げつつも、そのチャンスをただ茫然と眺めているわけではなかった。

高速のショートジャンプで距離を詰め、ディルハムに一直線だ。

 

「てめぇ! 鏡なんぞで何をするつもりだっ!」

 

「俺にはまだ仲間はいるんだ! あの貧弱な二人だけではない!」

 

 ショートジャンプで低空を移動中、リンセンは空を警戒した。

太陽を鏡に反射させて合図を送るとなれば、上空か高い岩壁にいる相手しか考えられない!

 

 予想は外れる!

 

 リンセンの左後方より回転する物体を確認。

たまらず両手でそいつを防御するも、受け身を取りづらい空中では姿勢を維持できず、地面に転がり落ちた。

 

「クソっ! んだこれおい! なにをぶつけやがった!」

 

 激突した物体は超高速で回転をしていたのだ。

一瞬触れた感覚だけでは形など把握できようもない。

 

 物体は消滅したのか――地面に落ちている様子もない。

 

 周囲を見渡し敵の発見に努める。

岩陰、岩山の上、地中、空中。

どこにもそこにも敵の姿がなく、次を防ごうにも防げない状況だ。

 

「ふふふ! はははははあ! そいつを耐え凌ぐとは、さすが大した男だ! 敵ながらアッパレと誉め言葉を送ってやろうではないか! アッパレ! と!」

 

「はっ! そいつぁどうもディルハムさんよ。だが方向は分かった。なら、てめぇをぶちのめしながらさっきのを防ぐってのも無理じゃあねぇってわけだ」

 

「ほう。自信はあるか。ならばやればいい!」

 

 ディルハムがリンセンと同じくショートジャンプを繰り出し距離を詰めるっ! リンセンほどではないが巧みに風に乗った踏み込みだっ! これは華麗!

 

 気に食わねぇ――リンセンは自分と似たような動きをするディルハムに怒りを覚えた。

自分だけが最強。

自分だけが頂点。

絶対的勝者である自分を真似た動きなど、言語道断っ!

 平素から短気なリンセンだが、今回ばかりは特に過激に短気だった。

 

 戦闘序盤、圧倒的な威力の格闘を見せつけたときから、ディルハムのことを「いけすかねぇ。クソ人類め」などと心で罵倒していたのだ。

不意打ちをしたドブラとフォリントにも「いけすかねぇ。クソ人類め」と罵倒していたのだが、倒せたのでもう罵倒はしていない。

 

 弱いやつはすぐ倒す。

強いやつには腹が立つ。

それがリンセンの戦いの流儀。

バトルイズムなのである。

 

「いけすかねぇ……いけすかねぇぞ特にてめぇはなぁ!」

 

 正面突破で立ち向かうディルハムに、負けじと正面から混を突き出した。

だが、

 

「甘い! 甘すぎて舐めてしまいそうなくらい、甘いっ! スイィィィト!」

 

 混を両手で受け流し、自身の体を前へ加速っ!

続けて変身したリンセンの強固な肉体に拳を叩き込むっ! これは一見、無意味にも見える一撃。

だがこのコルナ荒野の乾いた大地をもたたき割る拳なのだ。

リンセンも無傷とはいかない!

 

 

 

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ブログ小説(14)暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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ダメだ。

暗すぎる。

 

 この部屋は照明一つのみの薄暗い部屋だ。

なぜならば、グールドは薄暗い部屋が大好物だからだ。

たとえ透視できても、光がなければ目視できない。

 

 グールドは風呂のときもトイレのときもかかさず電気を消す徹底した暗闇好きである。

 

 徹底的な暗闇好き!

 

「待ちなさい! あなたたちの思い通りには! 決してならない!」

 

「ほう? なぜなら? なぁぁぜぇぇなぁぁらぁぁ?」

 

「食いしん坊のリンセンが駆けつけて、あなたたちを退治するのよ。私だって、本気で能力を使ったらナイラ国なんて簡単に滅ぼせるのよ」

 

 もちろん、国を亡ぼすほどの力を使えばクローナ自身の体が耐えられないのだが。

 

「ほほう! それは裏を返せば、あなたたちエンギルダ国も簡単に滅ぼせると捉えてよいのかね?」

 

「どうとでも捉えなさい。あなたたちみたいな戦争マニア、私は大嫌いよ」

 

「そうか。ならば……」

 

 グールドは自慢のペルシャ猫を抱き上げ、イスから立ち上がった。

 

 よく磨かれた革靴で一歩一歩クローナへ接近し、

 

「ふんっ!」

 

「うっ!」

 

 平手打ちが炸裂! 白く美しいクローナの頬に衝撃が走る!

 

「生意気な小娘が! 所詮、貴様なんぞ戦争の道具に過ぎんわ!」

 

「やっぱり最低ね、あなたたち。戦うことしか考えてない」

 

「ふん! くだらないことを言えるのも今のうちだぞ」

 

「分かってるわ。だから今言っているの」

 

「……ふん。もういい、この小娘を適当に閉じ込めておけ」

 

 黒スーツの部下がクローナを引っ張り、扉は閉じられた。

再び暗闇に飲み込まれたこの部屋に、グールドの下品な笑い声が木霊した。

 

 

 

 一方そのころ! リンセンは!

 

 手袋の変身能力のおかげもあり、特に苦労もなくナイラ国へ直進していた。

 

 一飛びで十数メートルは余裕なのだ。

荒野なんぞ、もはや無いに等しいものである。

 

 だが、かれこれ二時間ほどは変身を維持したまま活動している。ここまで長時間使用してようやく判明したことだが、なんとこの変身能力、あまり長く使用すると体力の消耗が激しくなるのだ。

 

 底なしの体力バカであるリンセンも、さすがに気づいた。

 

 荒野を一望できるほどの岩山の斜面を滑り降りている最中、リンセンの腹からみっともない音が流れた。

空腹のサインだ。

 

 そのサインを皮切りに、リンセンの移動ペースが大きく落ちてしまう。

照り付ける太陽の下で腹を押さえる全身鎧の男は、大きなため息を吐き出した。

 

「はぁー……腹減った。あいつを助けようにも、腹が減っちゃ戦はできねぇんだよ」

 

 ひとりごちて、変身を解除する。

 

 燃費の悪いリンセンの体では、これ以上の活動は不可能だ。

このまま敵陣に単独で突撃し戦闘になっても、まず勝機はないだろう。

 

 クローナの能力が悪用――戦争に使われることくらい、リンセンにだって理解できている。

一刻も早く救出せねば、クローナ自身も、国も、そして森の動物たちも滅ぼされてしまう最悪のシナリオも予想できている。

 

 だが動けない。

 

 空腹は、最大の敵だ。

 

 リンセンは空腹という名の新たなライバルに敗北し、歩みを止めた。

 

「腹、減った……だれか、なんでもいい。だれかなんか食わせてくれよ」

 

 浮かぶ雲が脳内で食べ物に変換されていく。

だが脳内でいくら食べようとも、永遠に空腹が満たされることはない。

 

 ただの風すらも甘い香りを運ぶ錯覚を覚えた。

エサを目の前に何分も待たされた犬のように、リンセンの口からたらりと唾液が流れ出る。

 

「誰か……食わせろ……俺に、メシを、食わせろ……」

 

 薄れていく意識の中で、リンセンの目に人影が飛び込んだ。

 

 地平線の彼方の存在だったが、その人物に微かに希望を抱いていた。

食べ物を所持していて、なおかつリンセンに差し出す確率は低いだろう。

 

 それでも。

 

 期待せざるを得ない!

 

「た、たのむぜ……お前がメシを持っているか否かで、この国の命運は決するんだぜ……さぁ、俺によこせ、メシを……メシを……っ!」

 

 そのとき、風に乗った肉の匂いが、リンセンの嗅覚を刺激した。

鼻を通過した匂いはやがて脳にまで達し、死に絶えそうだった活力に火をつけた。

 

「肉! 俺のぉぉぉぉ! 肉ぅぅぅぅ! よこせぇぇぇぇ!」

 

 彼方から接近する人影に向かって、四足歩行で突撃する。

オオカミか、ハイエナか、どちらにせよ食欲という名の暴力をむき出しにする獣なのは間違いない。

 

 すると彼方にいた人影が、踵を返して逃げるように走り始めた。

当然と言えば当然だ。

四足歩行の獣が猛襲を始めれば、逃げ出すのが普通だ。

 

 逃走の甲斐なく、人影はあっという間にリンセンに追いつかれ回り込まれた。

 

「ひぃぃ!」

 

 十歳ほどの少年は、顔を引きつらせてブレーキをかけた。

その手には白い紙に包まれた手の平サイズの何かがあった。

これが肉の正体だ。

 

「おい! その肉よこせっ!」

 

「えっ! え、ええと、うん、そのつもりだけど」

 

「あれ、おいお前、どっかで会ったことあるな」

 

 ごく最近、リンセンはその十歳ほどの少年に会っている。

のだが、記憶力の悪いリンセンがいくら脳内をひっかきまわしても、忘却の二文字が立ちふさがるばかりだ。

 

「ね、ねぇ。さっき町で助けてくれた人だよね?」

 

「あぁ? さっきだと? ああ、まさかお前、子犬を抱いてたあのガキか?」

 

 宿の前で、商会の跡取りに飼い犬を殴られた少年だった。

ここまで来てようやくリンセンが完璧に思い出すことができた。

 

「うん。そうだよ。でもビックリした。いきなり遠くの方でなんか飛んでくるんだもん。まさかと思って来てみたら、あのときのにーちゃんがいるなんて、ビックリだよ」

 

「あぁ。俺も急いでてな。でも腹が減って途中で燃料切れさ。その食い物、俺によこせ」

 

「えぇ? いや、いいけど」

 

 少年が包みを差し出すと、リンセンはひったくって中身を取り出した。

 

 その中身とはっ! 照り焼きチキンとシャキシャキレタスがサンドされているハンバーガー!

まだほのかに暖かく、日の光に照らされた油がキラキラと光っていて、食欲をそそらざるを得ないっ!

どんな小食もガッツクほどそそられるっ!

 

 一瞬で平らげたリンセンは、満足そうな顔で両の手を合わせた。

 

「あー、よし食った食った。腹いっぱいではねぇが、概ね満足だな」

 

「美味しかった?」

 

「最高だぜ」

 

 先ほどとは打って変わって、リンセンの表情は活き活きとしている。

とてもではないが、これから国を潰しにいく人間の顔とは思えない。

 

「そういや、お前はなんでこんな美味ぇもん持って歩いてんだよ」

 

「え、いや、僕が個人的に食べようと買って、丁度帰るとこだったんだよ」

 

「なんだ、お前のだったのか。悪ぃな食っちまって」

 

「いいよ。助けてくれたんだし。それより、どうしてこんなところにいたの?」

 

「あぁ? これからナイラ国に突撃すんだよ。腹立つ連中を十把一絡げにブチのめしにいくところだ」

 

「な、ナイラ国だって? どうして一人でそんなこと?」

 

「腹立つ連中をぶちのめす。ついでに人助けだ」

 

 リンセンは、そこまで正義感に溢れた発言をするつもりはなかった。

ナイラ国に対する怒りが大半を占めていて、英雄気取りをするつもりは毛頭ない。

 

 もちろんクローナを忘れたわけではない。

 

 一宿一飯の恩義もある。

美味いメシを食わせてくれる人間に、悪いやつはいない。

という単純理論だ。

クローナ自身と反りが合うかどうかは、また別問題だが。

 

 少年は、リンセンのその一言に心打たれた。

 

 クワンザなどの強力な軍事力を有するナイラ国を相手取り、果敢に挑もうとする凛々しい覚悟に、男らしさを感じたのだ。

 

 男らしさを! 感じたのだ!

 

 感じたのだ! 男らしさを!

 

「す、すげぇ! すげぇよ!」

 

「あったりまえだろーが。俺はすげぇんだよ。天下のリンセン様だからな」

 

「分かった! じゃあ、応援してるから! がんばって!」

 

「応援? んなもんなくなって、余裕で勝ってやっからよ」

 

 再びリンセンは手袋に触れ、瞬時に変身した。

 

 少年が二度目の驚愕を見せる前に、リンセンは地を蹴り、砂塵を巻き上げながら大ジャンプで彼方へ消え去っていった。

 

「じゃあなー! 名も知らぬ少年!」

 

 少年は、フェードアウトしていくリンセンを目で追いかけながらも、別れの言葉を聞き漏らすことはなかった。

 

 あの男は、何者なのか。

あの変身はどんなマジックなのか。

 

 突如現れた男に憧れた少年は、リンセンが消えた空へ手を振った。

 

 

 

 少年からもらったハンバーガーで活力を取り戻したおかげか、ナイラ国への移動は順調そのものだった。

 

 果てしない荒野を飛び越え、谷を乗り越え、森を抜ける。

本来は列車を使わなければ自殺行為である道のりなのだが、変身していれば造作もない。

 

 荒野は風が吹き荒れ、逆風となってリンセンを妨害する。

だがそんなものは、ネズミ一匹で猛獣を足止めするようなものだ。

今のリンセンには無風に等しい。

 

 複雑な高低差がある荒野をジャンプで移動中、ふとリンセンは足を止めた。

 

 数メートル下の地上、岩陰から何者かが針のようなものを射出した瞬間を見逃さなかった。

 

 咄嗟に身を翻し、射出されたそれを避ける。

目の前を細い銀色の針が通り過ぎて行った。

 

「なんだ、おい。吹き矢か……?」

 

 数メートル離れた相手に対して吹き矢で挑む心意気。

リンセンはその攻撃を挑戦として受け止めた。

 

「なんか知らねぇが。受けて立ってやるよ!」

 

 立っていた崖を飛び降り、地上へ降り立つ。

 

 乾いた大地が割れるほどの衝撃で着地するも、リンセンは顔色一つ変えることはない。

 

 手袋内部から混棒を抜き、針が射出された場所をにらみつける。

 

 リンセンは基本的に無鉄砲な戦法で戦うが、今回は違った。

あの目の前を通り抜けていった針――回避できなければ命中していた。

 

 それほどの力量を持つ人間で、なおかつ自分の敵となる存在と言えば、ナイラ国以外であるわけがなく、あの吹き矢もただの吹き矢であるはずがない。

 

 リンセンが敵陣へダイレクトに攻め込む前に撃退するつもりならば、当然、手袋による変身も視野に入れているはずだ。

並の兵隊を送り込むわけがない。

それに移動中に狙いを定めるほどだ。どこかで動向を伺っていた者もいる。

 

 導き出される答えは、

 

「こいつら、チームだな」

 

 吹き矢の他にも、密かに爪を研ぐ敵が、複数存在する!

 

 それも、リンセンの変身能力に匹敵する敵が!

 

「どこだ……吹き矢以外のやつ、どこにいやがるっ!」

 

 その瞬間だ! リンセンが三百六十度を警戒していたまさにそのとき、信じられないことに近くの岩壁から人が現れたのだ!

 

「てめぇ! いったいいつの間にっ!?」

 

 ニンジャのように巧妙に隠れ、ニンジャのような身のこなしで襲い掛かるその姿はまさにニンジャ!

長髪の若い男。

闇闘技大会の元チャンピオン。

その名は、

 

「俺様はディルハム! さっきの吹き矢はドブラのものだ! 貴様に恨みはないが、ここでくたばれアバヨ! さ!」

 

 ディルハムは変身などせず、武器も所持せず、体一つで豪快な拳を繰り出した。

 

 それを回避するだけなら造作もなかったが、そうはいかない。

四天王はそう甘くないのだ。

 

 ディルハムの攻撃に合わせ、二度目の吹き矢も射出されたからだ。

 

 リンセンはディルハムの拳を混で受け流しつつ、正面からの針も巧みに避ける。

 

 受け流しと回避を両立するのは至難の業で、さすがのリンセンもヒヤッと焦る!

 

 驚いたのは二人の連携だけではない。

その攻撃の威力と効果だ。

 

 ディルハムの拳は固い大地にめり込み、針は背後にあった木に深々と突き刺さり、数秒で土ごと腐らせてしまった。

 

 リンセンの予想、的中。

 

 こいつらは、普通ではない。

 

 

 

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ブログ小説(13)暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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「そ、それは……なんとなく、そんな気がして」

 

「なんとなくだと? どういうこった」

 

「分からない。私は、感じるの。人が近くにいた

り、危ないことをする人がいると、分かるの」

 

「お前も、クローナみたいな能力があるってのか」

 

「たぶん。そうだと思う」

 

 クローネの悲しみに満ち溢れた表情を見たリンセンは、それ以上の質問をやめた。

 

今はクローネの能力よりも、クローナの救出が優先だ。

 

「リンセン、私、この能力でお姉ちゃんを見つけたい」

 

「って言ってもよ。相手はナイラ国っつー危ねぇ国だ」

 

「だったら、なおさらお姉ちゃんが危ないよ」

 

「そりゃあ、そうだが。どうするつもりだ」

 

「リンセンが私を守りながら、私が誘導する……っていう方法」

 

「バカ言うな。おめぇみたいなちっこいガキ守りながら敵の中心に突っ込むってのか。そういうのをな、無茶って言うんだよ」

 

「で、でも。お姉ちゃんのためだから、無茶くらいしたって」

 

「それ、逆の立場でも同じこと言うだろうな」

 

「逆?」

 

「もしおめぇが攫われて、あいつがここにいたらって話だ。あいつだって、自分のことを顧みずに無茶すんだろ」

 

「あ、うん……」

 

「とにかく、俺はナイラ国を直接ぶっ叩きにいく」

 

 姉を助けてあげたい気持ちと、リンセンの邪魔をできないという気持ち。

相反する二つの気持ちがクローネの中でぶつかり、幼い心を締め付ける。

 

 今はただ、敵を前にして意気込むリンセンを応援することしかできない。

 

「お願いだよ、リンセン」

 

「あいつらを潰して、クソ女を取り戻す。それと……」

 

 リンセンは両の拳に力を込め、体をブルブルと震わせた! 武者震いだこれは!

 

「俺をあんな箱に閉じ込めやがったクソ人類どもを、十把一絡げに大成敗する!」

 

 リンセンにとって一番の怒りはそっちのようだ。

 

「というわけでクローネ、ナイラ国の場所を教えろ!」

 

「え、知らないの?」

 

「ったりめぇだろ? 俺がこんな国の地理なんぞ知るか」

 

「ええと、じゃあ、すぐに地図を出すから。それでいい?」

 

「おうよ」

 

 いったん二人で部屋を出た。

 

 クローネはリョウとの一戦によって荒れ果てた廊下を初めて見たが、能力によってリンセンたちの只ならぬ殺気を感じ取っていたため、大方の予想はついていた。

 

 だがそれでも、玄関が吹き飛び天井に穴が空き、壁も砕けているのだ。ショックでないわけがない。

 

「ねぇ、リンセン」

 

「あ? なんだ」

 

「あなたたちって、いったいなんなの?」

 

「なんなのって、俺は俺だ。リンセンだ」

 

「そうじゃなくて。どうしてこんな激しい戦いができるの?」

 

「さぁな。俺たちが強いからだろ」

 

 曖昧な説明ではあるが、別に誤魔化しているわけではない。

 

 ただ単に、説明がヘタなだけである。

 

「それより、地図はどこだ」

 

 クローネは瓦礫に混ざっていた地図を拾い上げて、リンセンに手渡した。

二階にあったものが落ちてきていたらしい。

 

 地図といっても、そこまで出来のいい地図ではない。

 

 あくまで、測量士が地道に歩いて調べただけの地図であり、細かい距離などにいくらか間違いはある。

もちろん手元にないよりは力になるが。

 

「おいクローネ、地図が読めん。読んでくれ」

 

「そっか。リンセンってニッポン人だから地図が読めないんだ」

 

「そうらしい。言葉は分かるんだがな。文字はチンプンカンプンよ」

 

 腕を組んでふんと鼻を鳴らして誇らしげなリンセン。

 

 そのアクションにため息をつきつつ、クローネがナイラ国の場所を指でさす。

 

「ここだよ。ここがナイラ国」

 

「おおっ! おめぇ頭いいな。知ってんのか、ここ」

 

「そりゃあそうだよ。すぐ近くだもん」

 

 地図で見る限りは、エンギルダ国のすぐ隣にナイラ国があった。

 

 だが国境は荒野が広がっているため、徒歩で越えるのはかなり厳しい。

行感覚で容易に足を運ぶ人間は、よほどの物好きしかいない。

 

「ここ、どうやって行くの? 列車?」

 

「列車だと? あんなトロいもん、乗るか」

 

「じゃあどうするの? 歩いて行くの?」

 

「おいおい、俺にはな、この手袋があるんだぜ。忘れるな」

 

 リンセンはまたまた誇らしげな口調で手袋を撫でた

その手袋が自分にとってどういうものなのか不明ではあったが、リンセンにとって大きな力になっているのは間違いない。

 

「忘れるなって言われても、それ、なに?」

 

「おっと、お前は知らないんだったな。こいつはな、すげぇ姿に変身できんだよ。普通の人類なんて完璧にぶっ飛べるほど強くなるんだぜ。すげぇだろ」

 

 半信半疑な視線でリンセンを見るクローネだが、あまりにも自信満々に語るリンセンを見て、つい信じてしまった。

 

「気になるなら、見るか?」

 

「え? うん。じゃあ」

 

 リンセンが手袋に触れると、たちまち鋼鉄の鎧がリンセンを包みこむ。

手品のように変身したその一瞬に、クローネは思わず拍手を送る。

 

「お、おお! すごい!」

 

「だろ? これがあればな、ナイラ国なんぞ軽い軽い。すぐ到着するぜ」

 

「じゃあ、もう行くの?」

 

「ったりめーだろ。今行かずいつ行くんだよ」

 

「その、準備とかしなくてもいいの?」

 

「男はな、腹ごしらえさえすりゃ完璧なんだよ、カンペキ」

 

「そっか、腹ごしらえさえすれば、カンペキなんだね!」

 

 クローネは頭の上で丸くなるピアストルを両手で抱き上げ、一緒にリンセンを見送ることにした。

 

 だが、クローネは納得しきれていなかった。

 

 姉がピンチだというのに、自分の能力を活かせないことが、とてつもなく悔しい。

 

 一寸先の闇に手を伸ばして姉を救い出したい気持ちはあった。

それでも、現実は気持ちとは正反対の方向へ流れて行ってしまう。

 

「クローネ、母ちゃんを頼んだぞ」

 

「う、うん」

 

「家は……ボロボロになっちまったけど、ほかの家にでも隠れててくれよ」

 

「分かった。気を付けてね。絶対にお姉ちゃんを助けて」

 

「ったりめーだろ!」

 

 別れを告げたリンセンは破壊された玄関から飛び出し、風のように去っていった。

衝撃で巻き起こった風がクローネの髪の毛をふわりと揺らした。

 

 どうにもならない虚無感がクローネの胸を支配する。

だが手助けをする必要もなければ必要にもされていない。

むしろ逆。

最悪は死ぬ。

足手まといが関の山だ。

 

 今の自分にできること。

それは、ただ無事を祈ること。

ただそれだけ。

 

 ただ、それだけ。

 

 

 

 五章 スカイ・グラウンド

 

 

 

 一方そのころ、ナイラ国のボスであるグールドの前には、四人の男女が集まっていた。

 

 彼らは一様に鋭い眼光を持ち、只ならぬ殺気をみなぎらせている。

 

 しかしグールドの前では膝をついた姿勢だ。

まるで……そう、仕えているといった雰囲気だ。

 

  グールドの全身は漆黒のスーツとネクタイ。

ワイングラスを片手に持ち、膝の上にはペルシャ猫が一匹眠りこけている。

分かりやすいほど、悪者のビジュアルだ。

 

 分かりやすいほど、圧倒的に悪者のビジュアル。

 

「今日ここに集まってもらったのはほかでもない。きみたちナイラ国四天王の全てを出し切り、あの忌々しいリンセンとかいうニッポン人を殺してほしいのだ」

 

 四天王は左右と顔を突き合わせる。

 

 ニッポン人――リンセン――。

 

 もちろん四天王と名乗るくらいだ。

イレギュラーな事態の元であるリンセンについての情報も仕入れている。

 

「監視からの情報によれば、リンセンはこちらへ向かっているとのことだ。

あの脳筋ザムライのことだ、正面突破で向かってくるに違いない」

 

「正面突破? ナイラ国へですか?」

 

 グールドの真正面にポジションをとるリーダーのディルハムが質問する。

 

「その通りだ。リンセンはバカな男よの。四天王が揃い踏みとも知らず、無策で死ににくるとは、これは面白い」

 

「我々四天王におまかせあれ。粉みじんにしてサムライの国へ送り返してやりましょう」

 

 四天王たちは一斉に立ち上がり、命をかけて戦う決意を表す拳を前に突き出した。

 

「頼んだぞ! 四天王最強、拳法と憲法の達人! 青き旋風・ディルハム!」

 

「ハイィー! ハイッ!」

 

 ディルハムは長髪の若い男。

リーダーに相応しい眼光を持ち、かつては闇闘技大会のチャンピオンだった男だが、逃げた恋人が残した借金を返すため、グールドの右腕となった。

 

 闇を闇で塗りつぶす闇の男とは、彼のことだ!

 

「必ずやつを仕留めろ! 毒の使い手、赤き熱風・ドブラ!」

 

「エイヤッ! オッ!」

 

 ドブラは貧民街で育った男である。

彼の得意分野は毒。

狙った獲物は逃がさない。

貧民街のスナイパーだ。

彼の吹き矢を受けたら最後だ!

 

「絶対に逃すな! 鋼鉄の科学者! 黄色い突風・フォリント!」

 

「フォー! ヘイッ!」

 

 フォリントマッドサイエンティスト――つまり悪の科学者である。

肉体は貧弱な彼は体を鍛えることを諦め、最強の化学を追求することにした。

そんな彼が行きついたゴールは、最先端の科学技術! 時計の修理から列車の修理まで、修理できないものはない!

 

「木っ端みじんにしろ! 紅一点の鉄人! 桃色の烈風・ルフィヤ!」

 

「イーヤッ! オウ!」

 

 ルフィヤは四天王の紅一点。

ナイラ国において、鉄人美女と言えばこのルフィヤだけだ。

金髪ロングのヘアーが風になびけば、振り向かない男はいない。

どんな男も、得意のブーメランがあれば一撃で仕留めてしまうだろう! 美しい!

 

「四天王よ! あの忌々しいニッポン人を潰せ。四天王にはとても期待している。勝てば、なんでも望むものをやろう。ただし負けたときは……きびしい処罰だ」

 

 処罰――その言葉を受けた四天王たちの全身を、恐怖が支配した。

処罰といっても単純なお叱りや減給程度ではない。地獄よりも恐ろしい、凄まじい処罰だ!

 

「行け! 四天王! リンセンをひねりつぶせば、もう恐れるものなどないわ。クローナがこちらにいる以上、勝ったも同然だがな! ハハハハハ!」

 

 グールドが高笑いしながら指をパチンと鳴らすと、黒スーツの部下がクローナを連れてきた。

目隠しによって視界を奪われ、手錠で拘束されている状態だ。

 

クローナエスクード。どうも、お元気かね?」

 

「あなた、グールドね。ナイラ国のトップが、私にどんな用事よ」

 

「ぐはは。そう怒るでないわ。これから、こちらへリンセンが向かってくる」

 

「り、リンセンがっ!?」

 

 大して長い付き合いでもないリンセンが救出に来るとは、正直クローナにとっては驚きだったが、報酬の食事を目当てにしている可能性が高いと考えた。

 

 もしもリンセンが救出にきてくれたら、とびっきりのご馳走くらいしてやるつもりだが。

 

「安心せい。あのニッポン人は助けには来ない。なぜなら、四天王に加え、リョウもいるのだからな。もしものときは、クローナの能力で追い詰めれば良いのだ」

 

「くっ……非道よ、あなたたち。非道よ!」

 

「非道! 結構! 大満足! 非道! 結構! 大満足! ハハハハハ!」

 

 体力の消耗を覚悟のうえで、クローナは能力を使って目隠しを透視した。

その非道な面構えくらいはこの目で確認しておかなければ、腹の虫がおさまらない。

 

 だが――。

 

 

 

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お題「マイブーム」

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「あの女? あのリョウっていう名前の?」

 

「そうだ。あのリョウとかってやつ、知り合いな気がするんだ」

 

「そうでしょうね。あなたと同じような手袋をしていたし、言葉遣いもニッポン人っぽかったわ。まさか、あなたの妹かなにか?」

 

「あぁ。少しだけだがな、なんとなくそんな気がする。あまり自信ねぇけどよ」

 

「そう。でも、僅かでも思い出せたのなら、収穫じゃない? もしかしてクローネと会ったおかげ?」

 

「あぁ? どういうこった」

 

「クローネは私の妹なの、リョウだって、あなたの妹かもしれないんでしょ?」

 

「そうだな。腹立つが、あのクソガキのおかげかもな」

 

「褒めてるのか貶しているのか、どちらかにしたら?」

 

「そうだな。じゃあ貶す」

 

「損するわよ、そういうところ」

 

「お互い様な」

 

 リンセンは紅茶のカップを掴むが、空になっていたことに気付き無言でクローナへ突き出した。

おかわりをよこせ、と、つまりそういうことだ。

 

 それくらい自分でやったら? と、クローナはため息で答えた。

 

 いいからよこせ。と、リンセンは再度カップを突き出す。

 

 再び大きなため息で返し、クローナは仕方なくカップを奪い取って部屋を出た。

 

 クローナが退出したあと、ふとリンセンが気配を感じて扉のほうへ目をやると、隙間からクローネがのぞいていた。

 

 真ん丸と大きな瞳による視線がくすぐったい。

 

「な、なんだよ、ガキ。なんか用かよ」

 

「お姉ちゃんの料理、美味しかった?」

 

「あぁ! 最っ高だぜ! あいつ、料理の腕だけは一流だな!」

 

「よかった。私もお姉ちゃんの料理大好き。いっぱい食べて、早くお姉ちゃんみたいな綺麗な大人になるんだ」

 

「あぁ? お前、あんな感じの大人になりてぇのか?」

 

「うん。美人で、頭が良くて、料理が得意で、私の憧れだよ」

 

「美味ぇもんいっぱい食えば、なれんのか?」

 

「うん。だから、私は残さず食べるんだ。……嫌いなものもあるけど、がんばって全部食べるんだ」

 

「の、残さず……全部……?」

 

 残さず食べる。

 

 クローネは幼いながらも、嫌いなものも含めて全て食べると豪語している。

それも、ただ食べるだけでなく、目標のためにだ。

 

 リンセンはクローネの小さな体に、とてつもないポテンシャルを感じた。

残さず食べるという至極当たり前の行動に、感銘を受けたのだ!

 

「偉いっ!」

 リンセンは控えめなパワーでクローネの肩をポンと叩く。

 

「え?」

 

「お前! ガキのクセに偉いぜ! 大人でも残すときは残すんだぜ!」

 

「そう? 全部食べるのは普通だと思うけど」

 

「いいや! お前は偉い! その歳でそこまでできるなんてよ! すげぇよ!」

 

「うーん? うん。私、早く大人になりたいからさ」

 

「うんうん! すげぇよ!」

 

 クローネにとって残さず食べるということは当たり前のことなのだ。

それが憧れのクローナが作る料理でなくとも、嫌いなものだろうと、出されたものは全て食べるのが彼女にとって常識なのだ。

 

 ここまで派手に褒められた理由はよく分かっていないが、褒められたことに対して悪い気はしていなかった。

 

 だが不意に、クローネの表情がキっと引き締まる。

 

「おい、どうした」

 

「リンセンって、誰かと争ってるの?」

 

「……あ? どういうこった」

 

「お姉ちゃんとリンセンって誰かと戦ってるんだよね」

 

「だから、どういうことだ」

 

「敵が、すぐ近くに来てるよ」

 

「――なにっ?」

 

 弾かれたように立ち上がり、扉から顔を出して様子をうかがう。

 

 リンセンは四方八方の殺気を探るが、周囲にそれらしい気配はない。

それどころか、人っ子一人の気配すらない。

あるのはクローナとフランの気配だけだ。

 

「おいクローネ。デタラメ言ってんじゃねぇぞ。どこにもなんもねぇじゃねぇか」

 

「分かるの? リンセン?」

 

「俺をナメんな。俺はなぁ、列車を一撃で食い止めて、早食いなら誰にも負けねぇ男だぜ。敵がいればすぐ殺気で気づくはずだ」

 

「ううん。もう少し遠いところにいるよ。あと、十秒くらいで到着するかな」

 

「おいおい、なにふざけたこと言ってんだ。つまんねぇこと言ってると、姉貴に言いつけるぞ」

 

「来るよ、本当に。お姉ちゃんを守って」

 

 クローネはリンセンの背中を押し、強引に部屋から追い出した。

 

「あぁ? あいつ、なに言って――」

 

 直後――台所の方から窓が割れる音が響いた。

 

 それはクローナたちの危機を知らせる警報でもあり、敵との戦闘開始を告げるゴングでもあった。

 

 リンセンは弾丸のように駆け出し、すぐさま台所へ飛び込む。

 

 床には無数のガラス片が散乱し、隅ではフライパンを握りしめて震えるフランの姿があった。

 

 クローナの姿は――見当たらない。

 

「お、おいあんた! クローナはどうした!?」

 

「あ、あああ、リンセンさん、そ、それが……それが、クローナが……」

 

「だ、だからクローナがどうしたってんだ!」

 

「へ、へへへんな黒い服を着た変な男たちが、そこの窓を割って……そ、それで」

 

 その先は言わずとも理解できた。

 

 ナイラ国の連中がどうにかしてここを突き止め、ダイレクトに襲撃し、見事にクローナを攫うことに成功したのだ。

 

 すぐに外へすっ飛んで変身したいリンセンだったが、一つ嫌な予感があった。

 

 ここを離れれば、クローナの味方をするフランやクローネが消されてしまう――ということだ。

 

 ナイラ国は、戦争のために人を攫うような良心の呵責などない連中だ。

邪魔者をあっさりと排除して、優雅に戦争をおっ始める魂胆は分かり切っている。

その辺のハエを叩き潰すのと同じような感覚で殺しをするだろう。

 

 だが追いかけねば、クローナに自由はない。

下手をすれば世界の危機だ。

 

 その時。

どちらを優先すべきか悩むリンセンを困惑させるように、玄関がぶち破られた。

 

「おいクローナの母ちゃん」

 

「は、はい?」

 

「今から変身する。驚いてもいいけど、騒がないでくれよ」

 

 手袋!

 変身に使うのは手袋!

 その力を開放し、リンセンの全身にパワーをみなぎらせるっ!

 

 瞬時に赤黒い鎧を身にまとったその一部始終を目撃し、さすがのフランも目を疑った。

疑わざるを得ないっ! のだ!

 

「な、ななな、なにそれぇ!?」

 

「悪いな。俺の特権だ。あんた自身と娘を助けたいって気持ちがあるんなら、どっかに身を潜めて待っててくれ」

 

 状況を飲み込めないままだったが、フランは何度も頷いた。

異国の人間に娘を託しても良いのかしばし迷ってもいたが、迷う暇がないことにも気づいている。

 

 リンセンは手袋越しの手の平から混を取り出し脇に挟む。

武器は万全だ。

あとは敵の姿や数を確認して、やられる前にやるだけだ。

 

 壁に背を預けて、玄関の様子をうかがう。

 

 確かに玄関は蹴破られていたが、それらしい気配はなく、クローナの部屋の扉も破られていない。

 

 どこだ。

 

 どこに何人いる。

 

 全神経を集中させ、警戒センサーを張り巡らせる。

 

 蹴破られた扉から吹き込む風がリンセンの頬を撫で、冷静さを失わせる。

 

 変身したことにより、感覚は研ぎ澄まされているはずだが、それでも敵の気配を察知することはできない。

 

「敵め……複数じゃあねぇな。単独だ。じゃなきゃ家ん中で気配を消せるはずがねぇ。それにクローナを攫った連中と違って、楽しんでやがる。まさか、俺と勝負したいだけだってのか?」

 

 一向に敵の気配が見つからないとなると、その線が濃厚になる。

 

 派手な侵入で警戒心を煽り、身を潜めて隙を伺い、じっくり攻めるチャンスを伺っているのだ。

その敵の目論見通り、リンセンは冷静さを失っていた。

 

 そのとき、リンセンは頭上にうっすらと殺気を感じていた。

だが当然、ニンジャのように天井に敵が張り付いているわけもない。

 

 となると。

 

「二階かっ!」

 

 気づいたときには遅かった!

 

 敵は二階から床を突き破りっ! 察知が遅れたリンセンの体へ一撃が振り下ろされる!

 

 鉄以上の硬度を誇る扇を用いて襲撃されたリンセンは、相手の姿を確認する隙もないまま床にねじ伏せられていた!

 天井が破壊されたことにより粉塵が巻き起こり! そして正体を確認することが厳しくなる。

しかし膝上までに抑えられた鋼鉄キモノ。

メットで顔を隠す小柄なシルエット。

まさしく、リョウだ。

 

「てめぇ……まだ生きてやがったのか」

 

「あっしは死んでなどいない。死ぬのは貴様なり」

 

「へっ、なにがナリだ。お前の攻撃なんてなぁ、屁でもねぇってんだよ!」

 

 フルパワーの混で薙ぎ払うと、リョウは既のところで飛びのく。勢い余った混は壁に突き刺さり、

再び粉塵を巻き起こした。

 

「これで、狙えるっ!」

 

 リンセンは粉塵でシャットアウトされた視界に臆することなく、リョウの着地地点へ向かって混をやり投げの要領で投擲した。

さすがのリョウでも着地直後の回避は容易ではないだろう!

 

 リョウは、粉塵を切り裂いて飛び込んできた混を避けることはできなかった。

が、直撃は逃れた。

扇一本で受けるには相当な衝撃だったが、大幅に体勢が崩れるほどではない。

 

 だがリンセンの投擲は、そのダメージすらも計算に入れた上での行動だった。

 

 混に気を取られたリョウの視界に、リンセンが出現っ! 天井ギリギリを跳躍し、まるで彗星のような飛び蹴りを混に向かってブチ込むっ! 蹴りの威力によって押し出された混がリョウの防御を貫いたっ!。

 

「不覚なりっ!」

 

 リョウは紙風船の如く壁へ叩きつけられる。

一杯食わされたリョウの表情は、悔しさで溢れている!

 

「おいどうした。馬車んときのアレはマグレか? しっかりしろよ、俺の敵を名乗るならな」

 

「おのれ、あっしを手こずらせるとは、やはり油断ならないなり」

 

「てめぇの目的はなんだ? クローナを捕まえたら終わりじゃねぇのかよ」

 

「あっしはただ、貴様を打倒したいだけなり。勝負するだけなり」

 

「へっ。なにが勝負だ。馬車での一戦で決まってんだろうが。クドいんだよ」

 

 

「……しかし、まぁいい」

 

「あぁ? なにがだ」

 

「やはり今日は調子が悪い。出直すとする」

 

「あぁ? いきなりなに言ってんだ。弱音吐いてんじゃねぇよ」

 

「貴様とは、もっと万全の状態で勝負したいなり。貴様も、もっと体勢を整えておくなり」

 

 好きなだけセリフを吐き、リョウはショートジャンプの連続で風のように家から飛び去っていった。

 

 リンセンは舌打ちをして変身を解除し、クローナの部屋を確認する。

 

「おいクローネ! 無事か!?」

 

 テーブルの下ではクローネがブルブルと震えていた。

ピアストルも同様に。

 

「り、リンセン。敵は? もういないよね?」

 

「あぁ。いねぇよ」

 

「でも、お姉ちゃんは? お母さんは?」

 

「母ちゃんは無事だ。だがクローナは攫われた」

 

 クローネは驚かなかった。

努めて冷静な表情を貫いていた。

 

 だが、決してクローネの心が強かったからではない。

クローネは気づいていたのだ。クローナが攫われたことを。

 

「お前、なんで敵が近くにいたって分かったんだ」

 

 

 

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ブログ小説(11)暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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「お、い……だれが悪人だ! おい!」

 

「リンセンも、子供が言うことでしょ。我慢しなさい、我慢」

 

「あぁ!? てめぇのしつけが悪いんだろーがクソ女!」

 

「子供の言うことくらい軽く流しなさい。しかも、またクソ女に戻ったの?」

 

「てめぇなんか、クソ女で十二分に事足りるだろうが。それで満足しろよ」

 

「そう。じゃあ、クソ女の用意するご馳走には興味ないのね」

 

「てめぇはやっぱりクソ女だが! ご馳走には興味ある!」

 

「正直ね。逆に清々しいけど」

 

「そいつぁどうも」

 

「そう。良かったわ、本当に」

 

 今まで何度も繰り返したやりとりを終え、クローナはパンと手を打って仕切りなおした。

 

「母さん、リンセンにご馳走したいの。一緒に作ってもらえる?」

 

「えぇ、もちろんだけど、その顔の傷、大丈夫なの?」

 

 リョウの扇による傷だ。

数センチずれていれば大惨事になりかねかなかった傷だが、幸いにもかすり傷程度で済んでいて出血はなかった。

だがフランはさっそく気づいていたようだ。

 

「大丈夫よこれくらい。気にしないで、大丈夫」

 

「……そう? じゃあ、作りましょうか、一緒に」

 

「えぇ。その間、クローネをリンセンに任せるっていうのは、どう?」

 

 と、リンセンに首をかしげるクローナ

 

「げっ、俺かよ。ふざけんな。ガキは嫌いなんだよ」

 

「そう? クローネはあなたのこと気に入ったみたいだけど」

 

 クローネはうるうるした瞳でリンセンの腕に抱き着いていた。

当然、そんな瞳で見つめられれば、古今無双天下無敵のリンセンも断れない。

 

「しょしょしょ、しょうがねぇな。メシを食わせてくれるってんなら、ガキくらい余裕だ」

 

「そうよね。十把一絡げなリンセンなら、子供の一人くらい余裕よね。あとハリネズミも」

 

 キャスケットの上で眠っているピアストルをクローネの頭に乗せる。

 

長旅で疲れていたせいか、眠ったままだ。

 

「じゃ、よろしくねリンセン。美味しいご馳走、待ってて」

 

 ひらひらと手を振って、クローナはフランと共に奥へ消えた。

 

 あとに残されたのは、小さな手でホールドされたまま身動きが取れないリンセンと、クローネのみ。

 

「お前、あんまりくっつくなよ。あいにくガキは嫌いなんだ」

 

「あなた、ニッポン人でしょ? お鼻が低いから、ニッポン人」

 

「だからどうした。文句でもあんのかクソガキ」

 

「クソガキ? クソガキなんて汚い言葉使っちゃいけないって、お姉ちゃんが言ってた」

 

「そのオネーチャンに言っとけ、クソガキは綺麗な言葉だってな」

 

「ウソでしょ、それ。綺麗な言葉を使わないと、心まで汚くなるよ」

 

「それもオネーチャンが言ってたのか」

 

「ううん。私はお母さんから聞いた。お母さんはおばあちゃんから聞いた」

 

「そのオバーチャンは誰から聞いたんだよ」

 

「お姉ちゃんから聞いたって言ってた」

 

「……」

 

「なに?」

 

「ったく、姉妹揃ってとんでもねぇ連中だ。それより、いい加減に離れろ」

 

 腕を払ってクローネを追い払った。

不服そうな顔で腕から離れるが、落ち着かない様子だ。

 

「ところでよぉクソガキ、一つ訊きたいんだが」

 

「私、クソガキじゃないよ。クローネ・エスクード

 

「はいはい。じゃあクローネ、一つ訊きたいんだが。お前も、あいつみたいな能力を使えんのか? あの、目で見たものをどうにかするっていう」

 

 なんとなくだが、リンセンはクローネに対して不思議なオーラを感じ取っていた。

クローナの妹だからそう感じているだけなのか定かではないが。

 

 だがリンセンの予想虚しくクローナは首を横に振って否定した。

 

「ううん。使えないよ。あれはお姉ちゃんだけの特別な能力なの」

 

「あったら便利とは思わねぇのか」

 

 その質問も同じく否定する。

 

「思わないよ。だってお姉ちゃん、あの能力があるせいで味をほとんど感じることができないんだもの」

 

「そーいやそうだったな」

 

「だからその代わり、私がお姉ちゃんのために味を伝えてるの」

 

「は? 味を伝える? 味が分かんねぇやつにどうやって味を伝えるってんだ」

 

「私が食べた感想を言うの。辛いとか甘いとか、酸っぱいとか」

 

「そんなんで分かるのかよ」

 

「うん。お姉ちゃんは全く味を感じないわけじゃないから、大まかな味はなんとなく分かるんだよ。それを大げさに表現して伝えるの」

 

「ふーん。面倒なこったな。メシは口で食ってこそメシだ。言葉なんかで分かるようなもんじゃねぇだろ」

 

「そういう人もいるんだよ。苦労している人」

 

「……あぁそうかい。そうだな。ご苦労なこった」

 

「だから、お姉ちゃんには優しくしてあげて」

 

「はいはい。世話好きな妹だな、お前」

 

「あなたは、いないの? 妹とか、弟とか、お姉ちゃんとか」

 

「さぁな。いるかもしれんし、いないかもしれんし」

 

「え?」

 

「おめぇには関係ねぇよ」

 

 冷たく返されて、クローネはぷぅと頬を膨らませた。

だがそんなことお構いなしに、リンセンは文句をぶつける。

 

「おい、クローネとか言ったな」

 

「うん。クソガキはやめたんだね。偉い」

 

「偉いとか言うな」

 

「それで、どうしたの?」

 

「ただここで待ってるのもつまんねぇ。どっかに部屋はないのか」

 

「うん。じゃあ、お姉ちゃんの部屋で待ってて」

 

 クローネは頭の上で寝息を立てるピアストルのトゲを撫でながら、側にあった扉を開いた。

 

「ここ、お姉ちゃんの部屋だから散らかさないでね。いま紅茶持ってくるから」

 

「おう。気が利くな、お前。姉貴より優秀なんじゃないのか?」

 

 褒められたせいか、クローネは僅かに笑みを見せた。

リンセンからすれば、クローナよりもクローネのほうが断然やりやすい。

 

 ぴしゃりと扉が閉められると、リンセンは部屋をグルりと確認した。

 

 廊下や玄関と同じく、真っ白な壁が取り囲み、クローゼットやテーブルにイス、窓枠などは水色で統一されている。

青空のような部屋と表現するのが的確だろう。

 

「いい部屋住んでんなぁあいつ」

 

 リンセンは故郷を想像していた。

 

 自分はどんなところに住み、どんなところに寝ていたのか。

 

 家族は優しかったのか。

厳しかったのか。

 

 美味しい食事にありつけていたのだろうか。

 

 クローナの家族とその優しさに触れたリンセンは、微かに故郷や家族に対して憧れのようなものを抱いていた。

 

「リンセン、はいこれ紅茶」

 

 妄想にふけていたリンセンを、クローネの声が現実に戻した。

 

 ウェイターよろしく片手でトレイを持ち、その上には紅茶のカップが二つ湯気を立てている。

 

「おう! 待ってたぜ! 紅茶!」

 

「ここ、置いておくね。もうすぐお姉ちゃんがご飯持ってくるから」

 

 トレイをテーブルに置くと、クローネはそそくさと退出した。

 

 気を利かせて、リンセンとクローナと二人きりにしてやろうという魂胆だ。

もちろんそんな気遣いにリンセンは気づくことなく、ただ紅茶をすするばかり。

 

 入れ違いに、皿を二つも持ったクローナがやってきた。

 

「おいおい、なんだそれ? なんて料理だ?」

 

 皿の上には、濃厚なチーズの匂いを漂わせる肉料理が鎮座していた。

 

「これはオロっていう料理。フェルテオリーブでフェルテ牛を焼いて、さらにフェルテチーズをトッピングさせてバジルパウダーを振りかけたものよ」

 

「美味そうじゃねぇか! 美味! 間違いねぇぜ!」

 

「そう? 喜んでくれたなら良かったわ」

 

「あれ、このバジルパウダーもフェルテ産か?」

 

「いえ、それはマルク国のもの」

 

「あっ、そう」

 

「それともう一つ、あなたの記憶が戻ったら良いなって思って、作ったものがあるの」

 

 タイミングを合わせたかのように、クローネが新たなトレイを持ってやってきた。

その上には、細長く黄色い食べ物が鎮座している。

 

 リンセンの目の前に置くクローネだが、その食べ物を不思議そうに観察しながら退出した。

この国の人間にはあまり馴染みのないものだ。

 

「おい、これなんだ?」

 

「これ、テンプラっていうの。ニッポン人なら毎日食べていると言われる料理よ」

 

 フェルテ産のエビを一尾使い、マルク国の小麦粉を塗してオリーブオイルで揚げたものだ。

世界の料理ブックに載っていたものをなんとなく作っただけだが、記憶が戻ってほしいという気持ちはしっかり籠っていた。

 

「テンプラ……ニッポン人は毎日食べてるって?」

 

「そうよ」

 

「うーん、そうなのか」

 

「これを食べたら、ニッポンのことを思い出せるかなと思って。世界の料理ブックに載ってたから、なんとなく作ってみたけど、素材がちゃんと揃えられなくて、完璧じゃないけど」

 

「ふーん。まっ! 美味けりゃそれでいいぜ。とりあえず、食ってみるか」

 

 リンセンは手掴みでテンプラを口に運んだ。

しっぽも含め、一口でペロリと平らげた。

 

 それに対する感想――美味いの一言を、クローナは静かに待ち続ける。

 

「おっ……おおおお」

 

「え、どうなの?」

 

「う、うううう、美味ぇぞこれ! よく分かんねぇけど! なんか表現が難しいけど、とにかく美味ぇぞ!」

 

「ほ、ホント?」

 

「ウソつくわけねぇだろ! 美味ぇもんには正直に美味ぇって言うのが俺流だろうが!」

 

「そ、そんな流儀は知らないけど……それで、記憶は? なにか思い出せそう?」

 

「いいや、なんもない」

 

 食べた感想とは正反対の即答だった。

だが食べた感想と同じく正直だった。

 

「難しいわね。記憶を取り戻すっていうのは」

 

「まぁそうだな。でもよ、俺だってすぐに取り戻せるとは思っちゃいねぇよ」

 

「そうね。あなたも、ゆっくりでいいから、無理しないで」

 

 優しい言葉をかけられたリンセンは、少しだけ心がくすぐったくなった。

意図的ではないがアメと鞭を受けているようなものだ。

 

「まぁ記憶のことはともかく、今は食事にしましょう」

 

「あぁ、そうだな」

 

 それからは、他愛のない会話をしながら食事をした。

 

 クローナやクローネが子供の頃にしたイタズラや、近所で見かけた妙な模様の猫。

美味しそうな形の雲、マルク国から来た面白いマジシャン。

外国へ旅行に行ったとき、文化の違いを思い知った……そんな、日々の思い出やどうってことのない話を続け、気づけばオレンジの夕日が半分にまで欠けていた。

 

 クローナは敵に狙われていることなどすっかり忘れ、ようやく緊張が解けたことに安堵していた。

 

 会話が一通り終わったあと、リンセンは大事な話を思い出し、ポンと手を打った。

 

「あ、そーいや、記憶のことで一つだけ話があった」

 

「? どうしたの?」

 

「さっき戦ったあの女。あいつと戦ってたら、日本にいたころの記憶を少しだが思い出したんだ」

 

 

 

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ブログ小説(10)暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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四章 ドッグアンドキャット

 

 無事にクローナの故郷であるフェルテに到着。

 

 到着後、御者のおじさんにはクローナが深く謝罪を繰り返した。

只ならぬ事態を察してか破壊された屋根を弁償しなくていいと言ったが、それでもクローナ自身の気が済まず弁償することにした。

 

 その間、リンセンはクローナの家でどんなご馳走を堪能できるのか? ただそれだけを考えていた。

 

 クローナの故郷フェルテ――。

 

 いくつもの背が高いレンガ造りの建物が並び、貿易や商業が盛んで活気に溢れる町である。

衣服、食材、武具、ペット用品、雑貨などなど、豆から槍までなんでもござれの大都市である。

 

 さらに、この町には一つ大きな特徴がある。

 

 この町、実は地面がほぼなく、移動のほとんどを船で行うシステムの水上都市なのだ。

 

 海とつながった特殊なフェルテへの荷物の搬送も全て船で行う。

かなり不便ではあるが、青い空と光る海と、オレンジ屋根の建物が彩る美しい景色を見るために観光に訪れる者は多い。

 

 馬車で船着き場まで行き、そこからは小さな船に乗り換えての移動だ。

独特な揺れに、リンセンは戸惑う。

 

「おいクローナ、ここが、お前の故郷なのか? こんな船で行くのか?」

 

「こんな船なんて、失礼でしょ。漕いでいる方に失礼でしょ」

 

「なんでよりによって水上都市なんだよ、普通に地面に作れよ」

 

「あら、水はお嫌い?」

 

「ちげぇよ。自由に暴れられないのが嫌なんだよ」

 

「そう。じゃあ、地面のあるところへ戻ったらどう? 私の家でご馳走は食べられないけど」

 

 クローナは、さっき習得したリンセンの扱い方を炸裂させた。

困ったら食べ物で釣るのが確実だ。

 

「おい、俺にエサとしてメシって言っとけば誘えると思ってんのか? 言っとくけどな、お前なんかより美味いメシを出せる人間がいるってんなら、そいつの用心棒をやったっていいんだからな。調子乗るなよ、おい」

 

「分かってるわよ。私だってあなたを失いたくないの。あなただって、私の能力は役立つでしょう?」

 

「へっ、時と場合によるな」

 

「そうね。それなりのリスクはあるし、体力も消耗する。でも、この能力で人が救えるのなら、私は人を救いたい。もちろん、救いたい人の中にはあなたも含まれるわ」

 

「そうかい。そりゃあどうも」

 

「素っ気ない返事ね。もう少し喜んでほしいところだけど」

 

「んなもん俺の自由だろ。そこまで決めつけんな」

 

「決めつけてなんかいないわよ。ただ提案しただけ」

 

「へっ、そういうクールな態度、嫌いじゃないが気に食わねぇな。女ならもっと笑っとけよ」

 

「そう。お互い様ね」

 

 一悶着終えたおかげで二人の間に信頼が結ばれたと思われたが、残念ながらお互いの欠点をののしり合う戦いは終わることがないようだ。

 

「お二人さん、仲がいいねぇ」

 

 先頭で船を漕ぐ若い男は、その一部始終を見て皮肉が入り混じった誉め言葉を贈った。

 

 だがもちろん二人は、

 

「違います!」「違ぇ!」

 

 同タイミングでシンクロした言葉によって彼を一撃で押し黙らせた。

 

 それからしばらく船は進むが、二人の間から会話は途絶えた。

「まるで熟年夫婦だ」と冗談を飛ばしそうになった船漕ぎだが、余計な油は注がないように黙っておいた。

 

 だが無言で進むのも辛いものがあるので、クローナはなんとか話題を作る。

 

「ところでリンセン、もちろんこのフェルテって町は初めてよね?」

 

「あたりめぇだろ。外国なんて見たこともねぇよ」

 

「そう。なら丁度よかったわ、いいことを教えてあげる」

 

「あぁ? 美味いメシの食い方か?」

 

「あなた、食べ物のことしか頭にないの? 確かに食べ物に関することだけど、食べ方ではないわ」

 

「じゃあ、なんだよ」

 

「見てて」

 

 船一艘分しか通れない狭い水路に入った。

左右には様々な店がにぎわっているが、特に果物屋が多く、果物屋同士がライバル意識という火花をバチバチと散らしている。

 

 クローナはポケットから百エン玉を取り出し、近くの果物屋へ手渡した。

 

「リンゴを一つ」

 

 それだけ伝えると、果物屋は迅速にリンゴを一つ手に取り、クローナの持つ百エン玉と交換した。

 

 この一連の流れを、なんと移動しながら行っている。

この町フェルテならではの買い方で、外国から訪れた人間ならば一度は経験してみたいことの上位に食い込んでいる。

 

 どう?

 

 と、クローナはリンゴをリンセンに突き出しながら得意顔になった。

 

「す、すげえ! すげぇじゃねぇか! なんだよ今の、曲芸かよ!」

 

「この町の人間ならば誰でもできることよ。ちょっとコツがいるの。船が動いたままやりとりをするから、慌てて小銭を海に落としたりしたら大変よ」

 

「お、俺にもやらせろ!」

 

 クローナが弾いた百エン玉をリンセンがキャッチすると、側にいた果物屋に投げつけて「オレンジよこせ!」と満面の笑みで叫ぶ。

 

 不意にぶつけられた要求にうまく応えられず、果物屋は明後日の方向へオレンジを投擲する。

だがリンセンは抜群の反射神経で海に落ちかけたオレンジを見事にゲットした。

 

「面白ぇじゃねぇか! この買い方、十把一絡げに気に入ったぜ!」

 

「十把一絡げの使い方、おかしくない?」

 

「いいんだよ、んなことは。それよりこの町、なんつったっけ?」

 

「フェルテよ。まぁ、気に入ってくれたなら幸いだわ、気にいってくれたなら」

 

「気に入った! よく見りゃこの町、けっこういい景色だしな!」

 

「そうでしょう? じゃあ、これから陸地に上がるから、ちょっと違う景色になるわよ」

 

「おおい! そりゃ楽しみだぜ!」

 

 船着き場に到着し、クローナたちは船を降りた。

ふわふわした感覚の船からどっしり固められたコンクリートの上へ移動すると、若干バランスを崩しそうになる。

 

「おい、なんか、変な感覚だぞ、おい」

 

「あれ、リンセンったら、船酔いしたの?」

 

「バカ言え、天下のリンセン様が船ごときで酔うかよ」

 

「そう? このまま歩いて私の家にまで行くから、ちゃんとついてきてよ」

 

「うるせぇな。酔ってねぇって言ってんだろ」

 

 船から眺めたフェルテの景色も賑やかだったが、陸にあがって町の中へ入ると四方八方を活気が染めていた。

 

 お世辞にも広いとは言えない道だが、狭いなりにうまく活用していて、建物と建物の間に厚い布を張ってその上でバグパイプなどを奏でている者もいる。

その下では派手な恰好をしたピエロがジャグリングを披露し、観客たちはお捻りを帽子に向かって投げている。

 

「どう、リンセン? 陸もすごい賑わいでしょ」

 

「あぁ。嫌いじゃないぜこの感じはよ!」

 

「安心したわ。あなたのことだから、文句を言うんじゃないか心配してたから」

 

「あぁ? そりゃどういうこった、おい」

 

「あー、それより、私の家を案内するわね。ついてきて」

 

 軽く皮肉をぶつけつつ、すぐにごまかして歩き続けた。

ここまで横暴な態度を続けたリンセンに対する僅かな復讐であり悪戯のつもりだ。

 

 人が賑わうエリアから離れて数分。

商店も姿を消し、次に姿を見せたのは住宅街だ。

どれもデザインが統一され、屋根の色も軒並みオレンジに染まっている。

当然、住宅街と言っても目の前には水路があり、ときたま船が通りかかるが。

 

 その中にある一軒の前に立つと、クローナはふぅと深呼吸をする。

 

「おい、ここお前の家だろ。なんで深呼吸が必要なんだ」

 

「そりゃあそうでしょ。服が汚れたから新しいの買って、あのリョウって女の子に襲われて顔にも傷ができたし、あなたも増えてるのよ」

 

「おい、俺が邪魔だってのか?」

 

「そうじゃなくて、いきなり男の人を連れてきたら、何事かって思うのが普通でしょ」

 

「はいはい。俺は邪魔ってことね、りょーかい」

 

「だから、そうじゃなくて……とにかく、横暴な態度は謹んで、横暴な態度は」

 

「じゃあ、俺が横暴な態度をとったらその能力でなんとかすりゃいいだろ」

 

「軽く言わないで。この能力は、あまり使いたくないの。いいから、とにかく中に入って」

 

 クローナキャスケットをしっかり被りなおしてから扉を開いた。

乗り気でないリンセンの手首を引っ張ると、リンセンはさらに面倒くさそうな表情になる。

 

 白い壁に白い天井、そして床まで白くカラーリングされている品のある家だった。

扉や窓枠、家具などは水色でアクセントがつけられ、清潔感がある。

 

「ただいま! 母さん! クローネ!」

 

 奥から姉らしくも見える若そうな母親と、クローナより五つほど歳の離れた妹のクローネが顔を出した。

 

クローナ! 大丈夫なの!?」

 

 母親のフランは顔を出してはすぐさまクローナの肩を掴み、鬼気迫る表情で抱きしめた。

 

「か、母さん、大丈夫だから、私は」

 

クローナ、聞いたのよ。あの能力を使ってサーカスの演出を手伝いに行くために列車に乗ったら、ナイラ国に襲われたって、それでニッポン人が殺しに来たって、そんな情報が!」

 

「情報? ってどこから?」

 

「ウワサ! 停まった列車を見てた人たちからの情報よ!」

 

 一部誤った情報が混ざっていたが、それでもフランの気持ちに偽りはなかった。

だが勘違いが正される前に、例のニッポン人と目が合う。

 

「こ、この人! この男の人。ニッポン人ね!」

 

「か、母さん、違うの、この人は」

 

 フランは側にあったホウキを手に取り、リンセンへ槍のように突き付けた。

もちろんリンセンは人の気持ちや感情を理解するのがすこぶる苦手な男なので、威嚇には威嚇で返すことしかできない。

 

「あぁ!? てめぇ、いい度胸じゃねぇか。俺を天下のリンセン様だと心得ての所業か!? てめぇら十把一絡げに大成敗してやっからな、覚悟しやがれ!」

 

 リンセンの怒号にフランが怯むことはなかったが、すぐ熱くなるリンセンを冷ますため、クローナはわき腹に肘を叩き込む。

 

「ぐおっ! てめぇクソ女! なにしやがる! おい!」

 

「リンセンも、母さんも、頭を冷やして。私の話を聞いてちょうだい」

 

「あら、クローナ、その……私、なにか勘違いを?」

 

 ようやく事態を把握できたフランはリンセンに向けていた矛先をひっこめた。

 

「この人はリンセン。ニッポン人だけど、私を助けてくれたの。ここまで帰ってこられたのもこの人のおかげよ」

 

「あ、あら、そうなの……?」

 

「ちょっと……いや、けっこう荒っぽい性格だけど、まぁ、大丈夫よ」

 

「俺はナメられるのが大嫌いなんだよ。仲良くやれそうにないが、よろしくな」

 

 リンセンは不服そうな態度だった。

初っ端から勘違いされて武器を向けられたのだから致し方ないところはあるが。

 

「改めて紹介するわリンセン、この子は私の妹のクローネ。こちらは母のフラン」

 

 クローネは好奇心旺盛な瞳でじーっと観察をする。

反対にフランは、初めて見るニッポン人に対して多少の不安があった。

 

「このおじちゃんは、誰?」

 

 クローネが一言。まだ小学生のクローネからすればリンセンはおじちゃんらしい。

 

「おじっ……」

 

 クローネの言葉につい怒鳴り散らしそうになるリンセンだが、さすがに子供相手には怒鳴れない。

そこは優しさではなく、あくまで面倒ごとを避けるためであるが。

 

「クローネ、この人はリンセンよ。少し口は悪いけど、まぁ、悪い人じゃない、と思うわ」

 

「そうなの? 悪い顔してるのに、悪い人じゃないの?」

 

 なんとか抑えてはいたが、リンセンの怒りの導火線には火が点き、頭に血管が浮き出ていた。

 

 

 

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ブログ小説(9)暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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「あの人、まさか子供? それにあのデザイン、まさかキモノ?」

 

 ナイラ国の追っ手かどうかは判断できなかったが、少なくとも楽しい旅行に招待してくれるわけではないことくらい察しはついていた。

 

 もちろん、その姿は変身したリンセンとも重ねていた

異質な衣装を身にまとって荒野に立つだけなら誰でもできるが、リンセンのように超パワーを誇った敵という可能性もある。

 

「私の、味方? 味方なの?」

 敵か味方か――クローナの頭に疑問がよぎる。

 

 馬車はリョウの横を通り過ぎた。

馬が巻き上げた粉塵でリョウの姿が隠れる。

 

 敵らしき存在を退けたことに安堵するクローナだったが、その気持ちをあざ笑うかのように、砂塵がリョウの一撃によって払われた。

 

 突風を巻き起こし、周囲の砂を含んだ小嵐を発生させる。

砂を全て吹き飛ばした瞬間、すでにリョウの姿はそこにはなかった。

 

「消えたっ!?」

 

 その一部始終を目の当たりにした瞬間、クローナはリョウを敵だと認識した。

経緯は不明だが、ナイラ国が兵器として用意していたもう一人のニッポン人だということは理解できた。

 

 馬車が走行を継続しつつも、クローナは周囲を警戒する。

 

 並の人間ならば馬車に追いつくなどという芸当、不可能である。

だがあの手袋による変身能力さえあれば、おそらく容易いことだろう。

リンセンは武器一本で列車を止めたくらいなのだから。

 

「まさか、上っ!」

 

 その、まさかだった!

 目を細めて上空を確認すれば、太陽をバックにしたリョウが上空数メートルを跳躍していた。

高さ、落下速度、共に馬車に狙いを定めた動きっ!

 

「来るっ! 落ちてくるっ!」

 

 畳んだ扇を構え、馬車の屋根を襲撃。

鋼鉄のナイフのように鋭利な扇が木製の屋根を突き破り、クローナの頭すぐ上の天井に穴を空けた。

 

「馬車っ! 斜めに動いてくださいっ!」

 

 おじさんは混乱しつつも馬にムチを入れて方向を修正する。

 

だがリョウが搭乗したことによって重量が増えてしまい、馬も戸惑うばかりっ! 思うように方向転換できず蛇行せざるを得ないっ! 危うしっ!

 

 しかし! 蛇行にも屈しないリョウは、扇を使って缶切りの要領で屋根を切り裂いてゆく!

 

 狙いはクローナただ一人。

 

 頭上から細かい木の破片が無数に落ちてくるため、下からではリョウの様子を確認できず、ただひたすら体を縮こまらせて身を守ることしかできなかった。

ハリネズミのピアストルもボール状になって端に転がるのがせいぜいだ。

 

 助けて……。

 

 助けて……リンセン。

 

「リンセン!」

 

 ――そのとき、クローナのヘルプが届いたのか――荒野を駆け巡る人影が一つあった

人間の二倍ほどの速度で風を切るその姿、まさに獣的速度。

 

 そいつはリンセンだ。

すでに手袋の力で変身した状態であり、握りしめた棍棒をがむしゃらに振り回している。

 

 そしてっ!

 

 両足で踏み込み、爆発的な跳躍っ! これは高いジャンプ! 荒野の固い地面を数センチ抉り、一気に馬車との距離を詰める大ジャンプを繰り出したっ!

 

 勢いで馬車ごと弾き飛ばせばクローナたち(特に馬)に被害が及ぶことは想定できる。

だからあくまで標的は、馬車の上で屋根を引き裂くリョウだ。

 

「切り裂く躍動、裁く震動! 一騎当千のォォォ! 俺の一太刀ィィィ! 十把一絡げに、大・成敗してやるぜぇぇぇええ!」

 

 放物線を描きながら襲撃するリンセンに気付いたリョウは咄嗟に扇を引き抜いて広げる。

 

「てめぇ! なんだその武器はっ!」

 

 リョウが華奢な腕で一振りすると、破壊的な突風が吹き荒れるっ! まさに刹那の台風! まさに刹那の大嵐っ! 空中で制御の利かないリンセンはその衝撃を耐え凌ぐので精一杯なのだっ!

 

 風の影響っ! 僅かに落下地点が逸れ、リンセンの足は馬車の屋根に到達することはなかったっ! これはマズい!

 

「終わり。この勝負、あっしの勝利なり」

 

 メットの下で不敵にほほ笑んだリョウは、視界から姿を消したリンセンに手を振った。

 

 気を取り直し、引き裂かれた屋根からクローナを睨む。

 だが当然、ただ黙って攫われるほどクローナもバカではない。

 リョウが掻っ捌いた屋根から睨み返し、能力を発動した。

 

「こ、この女! これが能力か!」

 

 見えない何かで縛り付けられたように、リョウの動きを封じた。

本当なら体ごと消滅させることも不可能ではないのだが……そこまで物騒な扱い方はしない。

 

「これは、あっしがこんなもの程度に後れを取るとは! 不覚なりっ!」

 

「あなた、誰なのっ! やはりナイラ国の敵なの!?」

 

「あっしは名乗りません。あっしは使命を果たすだけ!」

 

「あなたはまだ子供でしょう。それも女の子。こんなこと、していいはずがないわ!」

 

「無関係なり。あっしはただ、やるべきことをやり、相応の報酬を貰うだけ。その妙な能力には少々驚いたが、しかしその技、破ること容易なりっ!」

 

 ほぼ無敵を誇るクローナの能力も、体力が消耗されればそう長くは継続しないし威力も低下する。

 

 その隙をついたリョウは片手を振り上げて隙間から扇を投げ込んだ!

 

「くっ!」

 

 クローナの頬を掠って傷を作り、扇は馬車内に深々と突き刺さった。

 

「破れたり、珍妙な技。あっしの手にかかれば、容易なり」

 

 リョウは亀裂が入った屋根に鋭い拳を叩き込み、ついに馬車に侵入した。

体力を消耗したクローナの前に立ち、その腕を乱暴につかむ。

 

「同行してもらうなり、クローナエスクードで問題ないか?」

 

「私が誰だか分からないでここまで攻めてきたというの?」

 

「分からない。あっしはただの勘で動いただけに過ぎないなり。しかしあの珍妙な能力から察するに、貴様はクローナエスクードで相違ないなり」

 

「そう。本当に私がクローナエスクードならいいわね。それより、人に名前を聞くならあなたも名乗りなさい」

 

「あっしはリョウ。敵に名乗るのも妙な話だが、土産にするといい」

 

「じゃあリョウ。私を連れて行ったら、戦争が始まるのよ。あなたはそれでいいの?」

 

「無関係なり。あっしはあっしの国が守れれば、問題ないなり。ノープロブレムなり」

 

「国? 国って、ニッポンのこと?」

 

「答える必要はないなり」

 

 リョウはこれ以上能力を使わせないため、クローナの腹に拳を打ち込んだ。

 

「うっ!」

 

 疲労していたクローナは一撃で気絶し、リョウの肩に担がれる。

後は戻ってクローナを差し出せば、リョウの任務はこれにて終了だ。

 

「任務、終了なり。ただいま帰還するなり」

 

 軽い跳躍で、穴の開いた屋根に両足を広げて飛び乗る。

 

周囲を確認するが、どこにもリンセンの気配はない。

敵さえいなければ、あとは普通に帰還するだけの簡単な任務だ。

 

 リョウが本部まで戻るのに相当な時間を要するうえ、クローナを担いだまま普通の列車に乗るのも不可能だ。

 

そのため、ナイラ国はリョウを運ぶための特別な列車を用意している。

その列車へたどりつくのにも相当な距離はあるが、手袋のパワーで変身していれば造作もない。

 

 と、進行方向とは反対を向いたとき、足元に何者かの気配があった。

 

 爆走する馬車の足元に、誰かが、いるっ!

 

「逃がすかぁっ!」

 

 片手だけで全体重を支えていたリンセンが、混でリョウの足元を払う

不意を突かれたリョウは避けることができずその場で横転。

大穴が開いた屋根から馬車内へ落下っ! 続けてリンセンも馬車内に飛び降り、仰向けに倒れたリョウの顔面に追撃を仕掛けるっ!

 

「取ったぁぁぁあ!!」

 

 落下の速度をプラスした一撃っ! それを叩き込むっ!

 

 だが間一髪!? リョウは担いでいたクローナを盾にし、リンセンの攻撃を寸止めさせる!

 

「くっ! てめぇ! 卑怯だぞ!」

 

「使えるものは使う。それがあっしのやり方なり」

 

「へっ! てめぇ、なにもんだ? そのクソ女を連れてくってことは、俺を箱に閉じ込めたあのクソ人類どもの仲間か」

 

「くそじんるい?」

 

「腹の立つ連中のことに決まってんだろ。これ以上てめぇも下がらねぇってんなら、てめぇもクソ人類の仲間入りだな」

 

「この女、連れていく、それがあっしの任務なり。邪魔する者、排除あるべき、なりっ!」

 

 仰向けのまま、リョウは開いた扇を一振りしたっ! 馬車内が突風で満たされバランスを崩し、馬の脚が不規則に乱れるっ! 突如として発生した暴風にリンセンも身動きが取れない! これはアンバランスっ!

 

「てめぇ! そんな武器なんかで俺を止められると思ってんのかぁ!」

 

「あっしは帰る。遊んでいる暇はないなり。今度こそさらばっ!」

 

 両足を揃え、体全体をバネにしてリョウは高く飛び上がった。

そのまま爆走を続ける馬車から出てしまえば、あとは無事に着地して帰還するだけっ! ただそれだけっ!

 

 リョウは勝利を確信し、空中でほくそ笑んだ。

 

 だがそれも束の間――同じくリンセンも飛び上がり、逆光をバックにしたリョウの足首を掴む!

 

「不覚なりっ!」

 

「詰めが甘すぎるんだよクソ人類が!」

 

 リョウの体を引き寄せ、逆の手でクローナの腕を掴む。

そして流れるように蹴りを繰り出し、リョウとの距離を作るっ!

 

「奪われたなりっ! あっしの任務がっ!?」

 

 リョウはクローナを失ったまま、徐々にリンセンと離れていく。

だがリンセンは蹴りを入れた衝撃で大きく後退し、馬車の方向へ飛んで戻る!

 

「あばよっ! ガキっ!」

 

 馬車の中へ舞い戻り、クローナをかばって背中から着地した。

変身していなければ、背骨の二本か三本は砕け散っているだろう。

 

 仰向けのリンセンに、気絶するクローナ――この絵面だけ見れば、いかがわしいことこの上ない。

 

 リンセンは獅子の模様が刻まれた手袋に触れ、変身を解除した。

 

「おい、おいクソ女」

 

「……う、うう」

 

「さっさと起きろ、寝てんじゃねぇ」

 

 薄目を開けてあたりを見回すクローナ

状況の把握に努めるが、視覚だけでは満足いく情報は得られそうもない。

 

「り、リンセン? これは……?」

 

「てめぇが寝てる間に、俺は一勝負してたんだよ」

 

「そ、そういえば、あの敵は? あの敵はどうなったの?」

 

「だーかーら。俺が撃退したって言ってんだろーが。いいからさっさと俺の上から降りろ」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 ようやく事態を飲み込めたクローナは、コホンと咳払いをする。

 

「あの、助けてくれてありがとう。リンセン」

 

「あぁ? だから、てめぇのためじゃねぇ。気分が悪いから戦っただけだ」

 

「そ、そう?」

 

「それとな、用心棒になるのはやめた。やっぱりてめぇについていく」

 

「な、なにを言っているの? さっき宿で契約解除したでしょう。宿で」

 

「バカ言え、俺は承認した覚えなんかねぇぞ。だから、さっき助けた分の報酬は頂く」

 

「……あなたって人は。頼もしいけど……まぁいいわ」

 

 契約続行の証として、クローナは握手のための手を出した。

 

「あぁ? なんだこの手は」

 

「握手よ。仲間の証明なの」

 

「やらねぇよ。握手なんて」

 

「やらない? どうしてなの?」

 

「そういう馴れ馴れしいのは嫌いなんだよ。

俺は暴れられて美味いメシが食えればそれでいい。たとえ契約者がてめぇでなくともな」

 

「そう。じゃあ握手はしないでおくわ。その代わり」

 

 そこでいったん言葉を区切り、クローナは大きく息を吸った。

 

「私の家に一緒に来てもらうわ。あなたのこと、もっとちゃんと訊きたいし、私のことも聞いてほしい」

 

「あぁ? 訊くって、なにをだよ。能力のことは言えないんだろ」

 

「ここまで一緒に戦ったなら、教えといたほうがいいと思うし」

 

「わぁったよ、クソ女」

 

「何度も言うけど、私はクローナエスクードよ、リンセン」

 

「わぁったようるせぇな!」

 

 

 

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ブログ小説(8)暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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「な、なななんあなんだぁぁ!?」

 

 寝ぼけ眼を擦り、窓から外を確認する。

 

 よく見ると、子犬を抱いた十歳くらいの少年が、金持ちそうな三人の男たちに囲まれている。

その側では、悲鳴を上げた若い女性が倒れていた。

 

「おいおい、なんだありゃ。ったく、俺の眠りを妨げやがって」

 

 大きな舌打ちをしたリンセンは、手袋を装着して宿を出た。

 

 状況などまったく飲み込めていなかったが、目の前で起こったトラブルを力で解決して、一刻も早くベッドの上から夢の世界へ行きたかった。

ただそれだけを考え、問題の現場へやってくる。

 

「おいてめぇら。ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー騒がしいんだよ、おい」

 

 子犬を抱いて震える少年。

土で服が汚れた女性。

その二人を偉そうに睨む偉そうな三人の男。

そしてそこに首を突っ込む無関係なリンセン。

明らかに場違いだ。

 

「なんだ貴様。この国の者か? いや、違うか」

 

 偉そうな男その一が言った。

 

 男は金髪に純白のコート

して金のネックレスとステッキを輝かせている。

横にいる二人も似たような恰好で、人を見下す冷たい目も同じだった。

 

「へっ! 俺がどこの国の人間かなんかどーでもいい」

 

「どうでもいい? じゃあなんのようだ。関係ないやつは引っ込んでいろ」

 

「それがよ、そうでもないんだよなぁ。俺はしっかり関係あるんだよ、悪いけどな」

 

「おい」

 

 それはリンセンに対して放たれた言葉ではなく、横にいた男たちへの指示だ。

 

 うなずいた男二人は指をポキポキと鳴らし、リンセンへ接近した。

 

「その二人は俺が雇った用心棒さ。金さえあれば、大体のものは買える。強さも力も、安全もな」

 

「ほう。じゃあ、その自慢の用心棒がどんなもんか、俺に教えてくれよっ!」

 

 ニヤリ――リンセンの顔つきを見やり、用心棒の一人が勝利を確信した。

 

 ――のも一瞬。

ほぼ同タイミングで、用心棒の腹にはリンセンの拳が叩き込まれ、目を開けたまま地面に突っ伏した。

 

リンセンに対する判断は、どうやら大きく間違っていたようで。

 

 弾かれるようにステップを踏んだリンセンは、流れるようなスピードでもう一人の男に回し蹴りをお見舞いし、一撃の下に撃退完了した。

 

 白いコートの男は、よだれを垂らして倒れる用心棒を見て腰を抜かし、リンセンに対する恐怖心が全身を支配していた。

 

「き! ききき貴様! なんだ! 高い金を出して雇った用心棒を、た、たったの一撃で!」

 

「あぁ? てめぇが雇った用心棒が弱かっただけだろうが」

 

 リンセンは白いコートの男との距離を詰めてゆく。

 

 胸倉を掴みかかろうとしたそのとき、ふと震える少年が抱く犬が目に入った。

 

 犬の足の付け根は大ケガをしていた。

 

固いもので何度も叩かれたかのように赤く腫れあがり、その部分だけ毛が抜けている。

 

「おい、今更だが、こりゃどういう状況だ、おい」

 

「は、ははは。こ、この女が悪いんだ」

 

「あぁ?」

 

 この女、とは。先ほど悲鳴を上げた女性のことだ。

 

「この女、商会のトップの息子であるこの俺にぶつかっておいて、たかが謝罪だけで済まそうとしたのだ。だから軽く突き飛ばしたまでさ」

 

「あぁ? 謝ってんならいいだろうがそれで」

 

「ふ、ふざけるな。貧乏庶民が俺にぶつかっておいて、タダで済まされると思うな!」

 

「それで、どうして犬がケガをするんだよ、おい」

 

 大まかな流れを予想できたリンセンの怒りはさらに沸騰した。

浮き出ている血管は今にも千切れてしまいそうだ。

 

「見せしめにこの女の弟であるこのガキを制裁してやろうと思ったのだがな。町中である故、俺にも体裁があるから、子供を殴るのは良くないことだ。だからこのガキが連れていた犬を制裁してやったのさ」

 

「あぁ……? おい、罪もねぇ犬を殴ったってのか……?」

 

 怒りに拳を震わせながら、呟くように再確認した。

 

「なんだ? なんと言った?」

 

「だーかーらー……てめぇがこの犬を傷つけたのかって訊いてんだって訊いてんだぁぁぁ!」

 

 獲物目掛けて駆けるトラのような初速で拳を振るい、男の顔面にめり込ませたっ! 

鼻、アゴ、歯などなど! 顔に存在するパーツというパーツに多大なるダメージを負わせた!

 

 ダンサーよろしく空中三回転を決め込んだ男は鼻血をまき散らしながら無様に倒れるっ!

 

「き、きき、貴様……俺は商会の次期跡取りだぞ……こんなことして、許されると思っているのか……」

 

「あぁ? あいにく俺はバカなんでなぁ。てめぇのつまんねぇ言葉は理解できねぇんだ」

 

「ゆ、ゆゆゆ、許さんぞ……このことは、父上に報告して、貴様を地獄に叩き落としてやるからなぁ! …… 絶対に、必ず、だ!」

 

「あぁそうかい。まぁ、お前が犬を傷つけた事実は、お前の立場を危うくさせるものらしいがなぁ」

 

 周囲を見れば、村人たちの目線はすっかり冷たいものになっていた。

ある人は少年と犬を労り、ある人はフライパンを手に男に睨みをきかせている。

 

「おい次期跡取りさんよぉ。俺は、てめぇみたいに動物に暴力を振るうクソ人類に心底ムカっ腹が立ちやがるぜ」

 

 胸倉を掴み、ヘビのような目力で次期跡取りの震える瞳を見据える。

 

 瞳の奥底にある濁った心まで見えたリンセンは、これ以上殴る価値もないと判断し、ふんと鼻を鳴らす。

 

「おととい来やがれ。俺がてめぇを必要以上にぶっ飛ばす前にな」

 

「わ、わわわ分かった! 分かった!」

 

「それと! 約束しろ」

 

 リンセンは人差し指をピンと立て、次期跡取りの額を小突いた。

この約束は、その腐った脳ミソにしっかり叩き込め、とそういうことだ。

 

「二度と動物を傷つけるな」

 

「は、はい……」

 

「てめぇが跡を継いでも、死んであの世に行ってもだ」

 

「は、ははははい!」

 

「よし! 消えろ!」

 

「はいぃぃぃぃぃぃ!」

 

 脱兎のごとく、とはこのことだ。

 

 男は自慢のステッキを放り投げ、彼方へ走り去っていった。

高額で雇った用心棒はほったらかしのまま、自分の身を守るためだけにただ走り去った。

 

 用心棒が成敗された段階で逃げるべきだったが……。

 

「へっ、腰抜けめ。ざまぁ見ろって感じで心がスカっとしたぜ」

 

 邪魔者を追い払ったリンセンは、すっかり満足して宿へ戻ろうとした。

 

 だが、犬を抱えた少年が恩人のリンセンを呼び止める。

 

「ま、待って!」

 

「あぁ? なんだぁガキ」

 

「その、助けてくれて、ありがとう」

 

 その弟の様子を見た姉は、服についた泥を払ってから弟の横に並び、ひたすらお礼の言葉を繰り返した。

 

「あ、ありがとうございました。ありがとうございました。ありがとうございました」

 

「お、おいおい。勘違いすんなお前ら。俺はただ、あの偉そうなヤツのせいで寝れなかっただけだし、犬まで傷つける腐った思考が許せなかったんだよ。だからやめろよ、くすぐったいんだよそういう言葉は」

 

 頬をポリポリと掻いて目線を外すリンセンだったが、二人はお礼の言葉を繰り返した。

気づけば周囲もその流れに乗り、住人たちが囲んで拍手をしていた。

 

「お、おい! だからやめろって!」

 

 気分を害したリンセンは、囲む住人たちの間をこじ開けて脱出した。

 

 これでは、気分が悪いままだ。

 

 自分の性格上、ニッポンにいたころも人に感謝なんてされていなかったことは、自身も薄っすらと理解できていた

 

感謝され慣れていないリンセンは、どうしても感謝というものを素直に喜べないでいるのだ。

 

 感謝をうまく利用すれば、住人たちの感謝に乗じてご馳走をいただくこともできなくはなかったが、あいにくとリンセンの頭の回転はそこまで良いものではないため、とにかく感謝の猛襲から逃れることだけを考えて、町を出ることにした。

 

 なんだかんだと文句を言いながらも、やはりクローナが一番やりやすく、そしてご馳走にもありつきやすいことに、リンセンは気づいてしまったのだ。

 

「やっぱりあいつ! クソ女だが、俺と相性いいのかもしれねぇ!」

 

 リンセンは手袋のパワーで変身し、前傾姿勢で馬車を追いかけた。

 

具体的な方向や距離など把握できていないが、無事に到着することに賭けた。

 

 常人をはるかに超えるスピードを誇る今のリンセンならば、馬車に追いつくことなどたやすいことだ。

 

 方向さえ間違っていなければ、だが。

 

 

 

「お嬢さん、どこまで行くんでしたっけ?」

 

 手綱を握るおじさんは、クローナにそう問いかけた。

一日眠っただけではまだ疲れが取れていないため、クローナは半分夢の中だ。

 

「えぇ? え、ええ。シリングの町までお願いできます?」

 

「そうでした! そうでした! うっかりしてましたぜ!」

 

 ガハハと笑うおじさんを見ていると、自然とリンセンのことを思い出してしまう。

未練があるわけではない。

ただ、危なっかしいあの男を放置してしまって、周囲に被害を及ぼさないかが心配なのだ。

 

 馬のコンディションと移動距離を考えると、そこまで速度を出すことができない。

到着にはある程度時間がかかるが、今後のことを整理するための良い時間だなとポジティブに考えた。

 

 ナイラ国に襲われたこと。

列車がストップし、能力を連発したこと。

そして、あのリンセンという男の報告――問題は山積みだ。

 

 さらに、本来ならば列車で別の町に向かい、能力を使ってサーカスの演出を手伝う予定だったのだ。

それがナイラ国の襲撃で中止になった今、その町に謝罪の手紙を送らなければならない。

それと、妹のクローネへも心配をかけさせないよう努めなければならないし、今後のナイラ国の攻め方によっては全面戦争へ発展する恐れもある。

 

 いや、その可能性は高い。

 

 このまま何も対策を練らず、クローナを見逃すわけもない。

 

 列車を丸々一つ占領し、人質まで使う非道な集団だ。

どんな手で攻めてくるか検討もつかない。

 

 やはり、リンセンは用心棒として雇っておくべきだったか――。

 

「あの、すみません」

 

「ん? なんだいお嬢さん」

 

「さっきのパタカまで戻れますか?」

 

「お? あぁ、構わないけど、どうした、忘れ物か?」

 

「えぇ、少しだけ。大丈夫です?」

 

「いいよいいよ。まだ大して進んでないしね」

 

「どうもありがとう。助かります」

 

「では、戻るよ――んん!?」

 

 馬車を方向転換させようとスピードを緩めたとき、正面から接近してくる何者かが見えた。

 

 リョウだ。

 

 鋼鉄のキモノに変身したリョウが立っていた。

 

 キモノとは本来は足首までの長いものであるが、この鋼鉄キモノは膝上までの短いものだ。

長さこそ違うものの、その模様、シルエットはキモノそのもの。

 

 まさに大和撫子戦士!(ヤマトナデシコソルジャー!)

 

「な、なんだありゃあ?」

 

 馬車を止めるべくスピードを落とすが、危機を察したクローナはそれを中止させ、前進するよう指示を出した。

 

「ダメです! 走り続けてください!」

 

「で、でも! 轢いてしまうよ!」

 

「ならば、横を通り過ぎればいいのですっ!」

 

 素早く馬に鞭を入れ、僅かに軌道を変更する。

 

 俊敏な四本の足が軽やかに指示に応え、リョウと激突しないルートを直進する。

 

 だがリョウは、鋼鉄の扇を構え姿勢を低く構える。

 

 変身したリョウはクワンザを三体同時に相手にできるほどのパワーを誇るっ! スピード、そして反射神経、極めつけにジャンプ力っ! どれも普通の人間を遥かに凌駕していたっ! これは圧倒的っ!

 

 

 

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ブログ小説(7)暴風荒ミスティ・ミラージュ ラスティ

お題「マイブーム」

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「ちっ。うまい交渉だな」

 

「理解したなら、それで」

 

「んじゃあ、さっそくメシだな。どこになにがあるんだ、案内しろよ」

 

「食事もいいけれど、宿も探さないといけないのよ。どうせなら、宿で食事をしましょう」

 

「あぁ? 今日はもうお休みかよ」

 

「そりゃあそうでしょう。あなたは底抜けに体力があるらしいけど、私は能力の連発と長距離の移動とで疲労が蓄積しているの」

 

「へっ、クソ人類ってのは脆いな。不便だぜ」

 

「一言多いのよ、あなたは」

 

「ま、メシが美味けりゃ宿でいいよ、宿で」

 

 そんなわけで、クローナたちは宿を探すことになった。

ここは一般的に都会と言われるほど栄えている。

数種類の店もあり貿易も盛んなので、馬車も手配できる。

 

 ナイラ国の追っ手に備えて新しい服も手に入れておきたいうえ、なによりリンセンにも服が必要だ。

 

 つまり今必要なのは、宿、馬車、服である。

その三つが必要だ。

 

 そんなこんなで、宿を取り、明日使う馬車に予約もいれた。

そして現在は服屋にいる。

 

「おいおい、服なんてなんでもいいだろーが」

 

「ダメよ。服はその人を象徴するの、しっかり選ばないと」

 

「はいはい。任せるよ」

 

 食べ物のことしか頭にないリンセンは、面倒くさそうな顔で服屋を出た。

 

 クローナは自分の服と共にリンセンの服を選ぶ。

小一時間迷った結果、クローナは動きやすく目立ちにくい焦げ茶色の服を選んだ。

 

 薄い生地で身軽なジャケット。

胸元には鳥の羽が刺繍され、クローナが求める自由を象徴するかのようだった

あとは顔を隠せるように、少し大きめのキャスケットを購入した。

 

 リンセンには少し大きめの黒いジャケットをチョイスした。

逞しい体つきに乱暴な言動を加えれば、まるでゴロツキと思われるだろうか。

どう文句を吐き捨てられても「任せる」と言われた以上は着させるつもりだったが。

 

「まぁ、これっきりの付き合いだろうし、後でもっと優秀な用心棒を用意すればいいかな。そろそろ宿に戻ろう」

 

 買い物を済ませてクローナは宿へと戻った。

 

だが、なにやらリンセンがブツブツと文句を言っていた。

部屋に不満があるらしい。

 

「おいクソ女、こいつぁ、この状況はどういうこった」

 

「どういうこと? どういうことって、どういうこと?」

 

 部屋はベッドが左右の壁際に二つ。

中央には家具の類もなく、代わりに安いカーペットと小さな窓があった。

ただし日当たり良好とは言い難いが。

 

 そして、

 

「部屋が狭ぇじゃねぇか! おい! どういうこった!」

 

「しょうがないでしょ。あなたはメシメシメシメシうるさくて、宿なんかお前が探せクソ女って言うから、ここにしたの」

 

「だからってよ! もっとマシな部屋があんだろ!」

 

「さっきの食事、どこかの貴族も来るくらいの高級料理だったのよ。部屋に関しては、お金がないんだから仕方ないでしょう。スイートルームで優雅に羽を伸ばせるとでも?」

 

 服に馬車に道中の食事代のうえにここの宿代だ。

クローナのサイフもすっかり軽くなった。

 

ちなみに高級料理というのは真っ赤なウソだ。

 

「任せるって言った以上は、我慢しなさい」

 

「あぁ!? 我慢しなさいだと!?」

 

「文句があるなら、自分で探しなさい。それも嫌なら外で寝なさい」

 

「ぐぐぐ。俺は犬か」

 

「さっきの話、もう忘れたの? あなたは用心棒として雇ったようなものよ。それなりの対価は支払っているの」

 

「ぐ……」

 

「屋根があって壁があってベッドがあるのよ。幸せでしょう」

 

「お前はいいのかよ」

 

「えぇ、狭くても結構。この状況で贅沢を言うほど愚かではなくって」

 

「そうじゃねぇよ。男と一緒の部屋で寝れんのかって聞いてんだよ」

 

「あら、そういうつもりがあるの?」

 

「ねぇよ!」

 

「なら、お互いに満足ね。私はもう寝るから騒がないよう、では」

 

 そう言ってクローナはさっさとベッドに潜ってしまった。

リンセンに対しては、まるで警戒していない。

 

「おいクソ女、ちょっと言いたいことがある」

 

「私はクローナエスクード

 

「うるせぇ。おい、なんか嫌な予感がしねぇか?」

 

「嫌な、予感?」

 

「……いや、なんでもねぇ。俺も寝る」

 

「そう、おやすみ、リンセン」

 

「あぁ、クソ女」

 

クローナ

 

「おやすみぃ!」

 

 

 

 翌日、疲れ知らずだと思われていたリンセンはぐっすり眠り、酷いイビキをかいていた。

片足がベッドからはみだし、お腹も丸出しだ。

 

 こんな状況でも規則正しく起床したクローナは、ニワトリの起床時間よりも少し遅いタイミングでベッドから出た。

 

 軽い準備運動、加えてストレッチ。

全身の血液の流れを良くするためにも必要不可欠なことだ。

規則正しく活動することで、寝るときはぐっすり、起きる時もバッチリなのだ。

 

 一通りの準備運動とストレッチを終えると、リンセンがよだれを垂らしながら目を覚ました。

 

「あぁ? おい、朝か……?」

 

「えぇ、おはようリンセン」

 

「あー、体が重いぜ、ったく」

 

「変な恰好で寝てるからよ。当然よ、具合が悪くても」

 

「いや、なんか、変な夢を見たんだよ」

 

「夢? なにを?」

 

「いや、なんか、古い記憶かもしれん」

 

「思い出した、というの?」

 

「いやなぁ、なんか風景が日本っぽくてなぁ。着物を着て刀を持ったサムライがたくさんいてよ。なんかすげぇ熱かった。あとは、女がいたな」

 

「熱い? 夏……? それに、女? 母親のことでは?」

 

「いや、俺よりは年下っぽかったな。誰かは知らんし、顔も分からんが」

 

「では、妹?」

 

「知らねぇよ。覚えてねぇ」

 

「……そう」

 

「お前は、いるのかよ兄弟」

 

「えぇ。少し年下の妹が。名はクローネ・エスクード。賢くて、とてもいい子なの」

 

「うー、そうかい。ま、とりあえずメシだな」

 

 質問するだけしといて、その回答には無視を決め込んだ。

そのリンセンの態度に、クローナは早朝一発目のため息。

 

「あなた、寝ても覚めても食べ物のことしか頭にないの? 食べ物のことしか」

 

「人間、食えるときに食うのが一番だろーが。メシなんて、どの生き物でも必要だろ」

 

 ほとんど味を感じないクローナには、理解に苦しむ話だった。

食事は栄養のため、空腹を満たすためでしかないため、楽しむという発想がないのだ。

 

 その点、リンセンのことが羨ましかった。

昨日は過酷な一日だったのに、それでも食事のことを考えて元気になれるのは、すごいことだな、と。

 

 宿が用意した食事は、なかなか良いものでリンセンも納得だった。

 

 サラダにスープに軽い肉料理に、とろけたチーズが躍るトースト。

実に朝に相応しいメニューだ。

 

 リンセンは他人の目など考えず、ひたすら口に詰め込んだ。

しかも手袋をつけたままだ。

恥ずかしくなったクローナは、少し席を離しながらスープに口をつける。

 

「リンセン、食べるときは手袋くらい外したらどうなの?」

 

「あぁ? うるせぇな。こいつは俺にとって魂みたいなもんなんだよ。外せるわけねぇだろ」

 

「その魂が、肉の油とチーズで汚れてるけど、それでも?」

 

「ったりめぇだろ。あとで適当に洗えばいいんだよ」

 

「簡単に洗えるなんて、使いやすい魂ね、安っぽくて」

 

「あぁ? そりゃどーも」

 

「それとリンセン。あなた、他人の目ってものが気にならないの?」

 

 ほかにも宿泊客はいる。

もちろん、行儀悪く食べるリンセンに対して嫌な顔を見せるのがほとんどだ。

 

「あぁ? いいだろ別に。それより、今日はこれからどうすんだよ」

 

「はぁ……まったく、あなたって人は」

 

「なんだよ」

 

「今日は馬車に乗って、私の故郷のフェルテに戻って家に帰る。

一日経過してもナイラ国の兵士は追ってこれなかったようだから、このまま帰っても大丈夫だと思うわ」

 

「ふーん、そうかい。じゃあ、俺は自由にやらせてもらうとするかなぁ」

 

「自由って、どうするつもりなの、あなた? まさか真面目に働くとでも?」

 

「あ? お前みたいなやつの用心棒やって、それで食ってくってのがいいかもな。悪党どもを十把一絡げに倒すのも面白いしな」

 

「あなた、頭の中は暴れることと食べることだけ?」

 

「あと、寝ることもな」

 

「夢の中でも戦ってたようだけど」

 

「年中無休なんだよ」

 

 最低限の食事を終えたクローナは席を立った。

だが、まだテーブルには食事が残っている。

 

「おい、どこいくんだよ」

 

「さっき言った通り、馬車に乗って家に帰るの。じゃあね、短い間だったけど、お世話になったわリンセン」

 

 クローナは軽く頭を下げた。

リンセンのことは正直気に食わなかったが、それでも命を助けてもらって、用心棒として雇ったのだ。

最後くらいは礼儀正しく去りたかった。

 

「私が残した分は食べてもいいから」

 

「あ? あぁ」

 

 店を出たクローナキャスケットを被り、馬車屋のもとへ向かった。

馬は元気にしっぽを振っている。

雲で太陽がほぼ隠れているので、馬車移動には最高の日だ。

 

 御者のおじさんが、クローナを見て手を振った。

 

「おぉ、昨日のお嬢さん。さっそく行くかい?」

 

「えぇ。お願いします」

 

「おや、昨日一緒に歩いていた坊主はどうした? あの、平たい顔の」

 

 平たい顔、つまりニッポン人という意味だ。

 

「彼は、ここでお別れです。別にケンカではないですよ。彼にも事情があるので」

 

「そうかいそうかい。ま、そういうことなら、さっそく行こうかね」

 

 屋根がつき、後ろには窓がはめ込まれた質の良い馬車に乗り込んでパタカの町を出た。

 

 そのとき、クローナが宿のほうへ視線をやったのは、リンセンのことが少しでも気になっていた証拠だ。

 

 この後に危機が迫ることを察してのことなのか、あるいは……。

 

 

 

 三章 リバース リ・バース

 

 

 

 そのとき、宿の中にいたリンセンは食事を終えて一人で部屋に戻っていた。

 

 二人分のベッドがある狭い部屋だったが、食後のストレッチくらいはできた。

 

 軽く手足を伸ばし、またベッドに寝そべる。

 

 クローナの用心棒として戦う仕事がなくなってしまった以上、これからの目標は特にない。

 

 しいて言うなら次の契約を結べる人物を見つけることだが、あいにくリンセンにはやる気がない。

腹が減らない限り、そこまでのやる気を発揮できないのだ。

 

「ふわぁあ……なんだか、眠くなってきたな」

 

 大あくびをかまし、ベッドの上で背伸びをする。

 

 リンセンにとって魂である手袋すらも外し、床にポイと雑に投げ捨てた。

 

「あの女、どうなるかなぁ」

 

 クローナのことが、気にならないわけではない。

 

 それでも、付き合いは短く、深い関係があるわけでもない。

 

一時的な協力者――一時的なやむを得ない協力者でしかない。

 

「美味いメシを食わしてくれんなら別だが、それならあの女じゃなくてもいいしなぁ」

 

 とりあえず、リンセンは空腹になるまで横になることにした。

 

 腹が鳴ったら、それが目覚めるタイミング。

そんな適当な気持ちで、ゆっくりと目を閉じた。

 

 満腹のせいもあってか、眠気はすぐにやってきた。

 

 これから夢の中へ招待されようとした直前、外から女性の悲鳴が聞こえ、リンセンはベッドから跳ね起きた。

 

 

 

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